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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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81.続・レジーナvsハル



 ドンガラの集落で開かれている慰霊の宴。

 その中で催される“腕試し”なるイベントにて。


 対戦をする事になったレジーナとハルが円の中で向かい合っている。

 先ほどの舌戦ではかなりヒートアップしていた両者であったが、今は落ち着いている。


 いや、むしろ嵐の前の静けさというべきか。


 クルスがその光景をじっと眺めていると、

 審判役の男の合図を受けて試合がスタートした。


 次の瞬間、両者は全速力で前方にダッシュした。

 様子見などを一切せず、開幕から一気に距離を詰める両者。


「え? いきなり!?」


 驚きの声を上げるコリン。


 しかし二人の行動も一応は理に適っている。

 場外負けという要素がある“腕試し”では、様子見という行為は必ずしもローリスクではない。

 早めに円の中央を確保する為の前進も立派な戦術だ。


 遠い間合いから素早いステップで前進したハルが、身を屈めながらのオーバーハンドの右フックをぶん回す。

 多少無茶な振り方ではあるが、長身のレジーナの顔面を捉えるにはこうしなければ当たらない。


 対するレジーナはリーチ差を生かしてのジャブで迎撃。

 最短距離をゆく早い攻撃でのカウンター狙いだ。


 この両者の攻撃はクロスカウンター気味にヒット。

 いきなりの相打ちである。


 フックを被弾したレジーナはよろめき、カウンターを合わせられたハルは尻餅をつくがすぐに立ち上がる。

 レジーナには多少のダメージはあるようだが、アンドロイドのハルに関してはダメージ云々ではなく単に衝撃でバランスを崩しただけだ。

 その証拠に一瞬でリカバリーして再度距離を詰めに行くハル。 


 その様子を見たコリンが“信じられない”といった様子で言う。


「うわぁ、ハルさんおかしいよ! なんでレジーナのパンチ食らって平気なんだ」


 ハルが人間ではないと知っているクルスにしてみれば特に不思議でもないのだが、知らない人間にとっては有り得ない光景であろう。


 ファーストコンタクトの結果、やや慎重になるレジーナ。

 対するハルは先ほどと変わらぬ勢いで再び突っ込む。


 だが、今度は打撃ではなくタックルによるテイクダウンを狙うハル。

 超低空の鋭いタックルを披露するハル。


 しかし、レジーナはそれを完璧に読みきっていた。

 すっ、と腰を引いて突っ込んできたハルの上体を上から抑えつける。


 そしてそのまま、がぶった体勢からハルを持ち上げるとパワーボムで地面に叩き付ける。



「おおおおおおおおおおおお」


 豪快な技を決めるレジーナを見て盛り上がる観衆。


「うわあ……。凄いねぇ、レジーナさん」


 驚きを通り越して半ば呆れながらチェルソが言う。

 

 これにはクルスも同感であった。

 あんなパワーボムを見たのはノゲイラ対サップ以来である。


 一方のコリンは心配そうな声をあげる。


「いやいや、ハルさん今度こそ危ないでしょ。あんな風に地面に叩きつけられたら……」


 しかしコリンの心配をよそに、ハルは膂力を頼みに強引に立ち上がる。

 依然としてレジーナに上体を掴まれたままだったが、クラッチしているレジーナの両手を外し脱出に成功した。


 脱出したハルは離れ際に左アッパーからの右フックのコンビネーション。

 アッパーは空を切るがフックを被弾するレジーナ。


 かなりの威力であったらしく、よろけるレジーナ。

 その隙をハルは見逃さず、再び距離を詰めてパンチを見舞う。


 しかし、レジーナがよろけたのは“フリ”であった。

 突っ込んできたハルのパンチを横にかわすと、サイドキックを放つ。


 不安定な体勢の時に蹴りを喰らい、後ろによろけるハル。

 この蹴りもハルにとってはダメージになっていない。

 しかし、レジーナにとってはそれで良いのだ。


 ハルがよろけたその時、ドンと太鼓が鳴らされる。

 場外の合図だ。


 サイドキックで後ろによろけて後退した時に、ハルは円から出てしまっていたのだ。


「あ、場外だ!」


 コリンが叫ぶ。

 それに対して冷静に返すクルス。


「ああ、だがまだ一回だ。ハルにはまだ状況的に余裕がある」


 そう言い放つクルスに対して、チェルソが心配そうに言ってきた。


「でもクルス君。ハルちゃんの表情見てみなよ。……あれ、大丈夫かい?」


 チェルソに促されてハルの表情を観察するクルス。

 開始前の落ち着いた表情とは異なり、余裕の無い様子に見えた。


「あー……ひょっとするとテンパってるかもな」


 おそらく今の展開はハルにとっては想定外も甚だしいのだろう。

 たしかに、普通の人間相手だったらHL-426型アンドロイドがここまで苦戦する事もない。


 だが、生憎レジーナは“普通の人間”では無いのだ。

 選手が場外に出たため一旦仕切り直しとなり、両者スタンドの状態から円の中央付近での試合再開となる。


 再開と同時に懲りずに突っ込んだハルが、最初の時と同じモーションで右フックを見舞う。

 それをもう一度ジャブで迎え撃つレジーナ。


 しかし今度はフックが本命ではなかった。

 ハルは左手でレジーナのジャブをブロックしながらレジーナに組み付く。

 そして両手をレジーナの脇の下に通して、彼女の胴をがっちりと掴む。


 それを見たクルスは感嘆の声を上げる。


「おっ上手いなハル。フックのモーションで前進しながら組み付いた。しかも両差し」

「もろ差し?」


 クルスに解説を求めるチェルソ。


「ああ、組み合った場合はああやって脇の下に腕を差してる方が有利……つまり相手を倒し易いんだ」

「じゃあ、今は両手を差してるハルちゃんが有利なんだね」

「ああ、このまま足を掛けて倒すんだろうな」


 その瞬間、まさにクルスの解説通りにハルがレジーナの足を掛けて倒しにかかる。


 しかし、倒されるその刹那。

 レジーナはぐい、と腰を捻り逆にハルを投げにかかる。


 テイクダウンして上をとるつもりが、逆に下になってしまうハル。

 だが、何とか足をレジーナの胴体に絡ませる事に成功する。


 その様子を見てチェルソが唸る。


「おお! レジーナさんが馬乗りになったね」

「いや、違うぞチェルソさん。あれは馬乗りマウントじゃない。ガードポジションだ。足を使って下から技を仕掛けられる体勢だ」

「でも、上の方が有利は有利なんだろう?」

「一応な」


 上をとったレジーナは容赦のないフルスイングのパウンドを見舞う。

 まともに喰らったら一発で頭が割れそうなその攻撃を、すんでのところでかわすハル。


 そして一瞬の隙をついて、下からレジーナの頭を抱える。

 右手を使って頭を抱えたハルは、そのまま自分の左足を上げて顔の近くに引き寄せた。

 それによりレジーナの右手が完全に自由を奪われるラバーガードの体勢だ。


 グラウンド状態で距離が密着する両者。

 上のポジションこそとられたものの、卓越したグラウンドコントロールで主導権を握るハル。

 その様子を見たクルスがほっと一息つく。


「ハルはこれでひとまずは安全だな。この体勢ではレジーナは強い力では殴れない」


 呟くクルスにコリンが疑問をぶつけてくる。


「でも、これだとお互いに決め手がないんじゃない?」

「そんな事はない。むしろ動きを制限されているレジーナが危険な状態だ」


 クルスの解説が終わるなり、ハルが仕掛ける。


 レジーナの右腕を殺したまま、さらに自分の左足を引き寄せるハル。

 空いている左手でレジーナの即頭部を横にどかすと、引き寄せた左足をレジーナの喉元に押し付る。

 そして、その状態でレジーナの頭を自分の方に引っ張った。


 足を使って相手の喉を塞ぐ絞め技《フットチョーク》だ。

 あの状態ではレジーナの筋力をもってしても脱出は困難であろう。

 


「え? ねぇクルス、あれって首絞まってない!?」

「ああ、《フットチョーク》だ。がっちり極まってるな。レジーナはタップしないとまた落ちるぞ」

「ええ?」


 何とか技を外そうともがいていたレジーナだったが、やがて限界が訪れたようで今回は素直にタップした。

 結末を見届けたチェルソがクルスに話しかけて来る。 


「おおおお、だいたいクルス君の言った通りになったね」

「そうだな。スタンドは危なっかしかったけど、グラウンド技術の差は歴然だった」


 そう言って試合を総括するクルスが目を向けるとレジーナとハルが言葉をかけ合っている。



「ふふん、残念ですがマスターへの挑戦は今回はお預けですねぇ。レジーナさん」


 さっきの焦った表情はどこへやら、勝ち誇ってニヤニヤしたハルが告げる。

 対するレジーナは悔しそうな、だが同時にすっきりしたような清清しい顔をしていた。


「けっ、わかったよ。今回は負けを認めてやる。でもな、次はこうはいかねぇぞ。覚えてろよ、ハル」

「ええ、リベンジマッチはいつでも受付けましょう。ふふふ」


 そして固い握手を交わす二人。

 何だかんだでお互いの実力を認め合うまでに至ったらしい。


 激闘を終えた両者を労いに向かうクルスとコリン。

 その姿を認めたハルが小走りで近寄ってきた。


「マスター、勝ちましたよー!!」

「ああ、おめでとう。ハル」


 そうクルスが言うと嬉しそうに微笑むハル。

 そして衝撃の一言を放つ。


「じゃあ、次は私とりましょっか。マスター」


 一瞬、頭が真っ白になるクルス。


「……は?」



用語補足


ノゲイラ対サップ

 “柔術マジシャン”PRIDEヘビー級初代王者アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと、アメフト出身の“ビースト”ボブ・サップのワンマッチの事。

 開始早々タックルでテイクダウンを狙ったノゲイラをサップが豪快にマットに叩きつけたシーンが話題となった。

 


お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月26日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月25日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月14日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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