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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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80.腕試し



 プレアデス諸島のマイア島で開かれている慰霊の宴にて、チェルソは二人の子供たちと“力試し”なるイベントの見物に興じていた。

 円形の線の中で男達が殴り合っている。


「おお、凄いねぇ。今の見たかい? ルチア、ジルド」


 子供達にチェルソが話しかけると彼らは大きく頷いた。


「うん! おにいちゃん」

「うん、すごかったね」


 三人の“吸血鬼ヴァンパイア”が腕試しを観戦していると、クルスが近寄ってきた。


「はぁー疲れた」


 クルスは現地人に取り囲まれて質問攻めをされていた。

 そして今どうにか抜け出して来たのだろう。


「やぁ、クルス君。随分な人気者っぷりじゃないか」

「単に珍しがられているだけだよ」


 そう言ってクルスは、チェルソ達の近くに腰を降ろす。

 チェルソは彼に問いかける。


「ふーん、それはそうとクルス君は“腕試し”はしないのかい? さっきナゼール君が大活躍してたけど」


 チェルソがそう言うと、クルスは呆れたように言う。


「いやいや、チェルソさんよ。あんたらが“渇いて”ないか心配になって俺はここに来たんだぞ?」

「ああ、そうか。すまないね、心配をかけて」

「緊張感が欠けてるな。拳闘だって流血する時はするだろ。渇きの発作が出たらどうするんだ」


 そう心配そうに言うクルス。


「まぁ、いざという時はまたハルちゃんを咬むから大丈夫だよ」

「あいつをガムみたいに言うなよ」

「“がむ”?」

「あー……いや、なんでもない。ほら、これ」


 そう言ってクルスは血の入った小瓶を渡してくる。


「俺の血を入れてある。我慢できなくなったらそれを吸え」

「恩に着るよ」


 そんな事を話していると“腕試し”の会場の方で何やらどよめきが聞こえた。

 見ると、赤毛の女性が気風良く宣言したところであった。

 レジーナだ。


「おい! あたしにもそれ、やらせろよ!」


 それを聞いた男たちはぽかん、としている。


「だーかーらー! あたしにも殴り合いをさせろっつってんだよ!」


 身振り手振りで伝えるレジーナだったがいまいち伝わっていない。

 その様子を見ていたナゼールが気を利かせて彼女の言葉を訳す。


 それを聞いた男たちは何事かを言い、そして鼻で笑った。

 どうやらこの“力試し”は女人禁制のイベントのようだ。


 レジーナは憤慨する。


「おい、ゴルルァ!! 今のは何となくわかったぞ! あたしのことバカにしたろ!」


 それを宥めるナゼール。


「おい、落ち着けってレジーナ」

「あぁ!? てめぇまでこいつらの肩持つってんじゃねえだろうな? こんなの差別だぞ! サベツ!!」


 そう言って喚き散らすレジーナ。

 困ったナゼールは他の男達に何事かを伝える。


 すると男の一人が円の中に進み出る。

 そしてレジーナに手招きする。


 レジーナに告げるナゼール。


「ほら、レジーナ。お望み通りの“腕試し”だ。ルールわかるか?」

「相手をぶちのめすか、三回場外に出すか、だろ?」


 ニヤリと笑いながらレジーナは答える。

 そして円の中へと入っていった。



 その時少年のため息がチェルソ達の後方から聞こえた。


「あーあ、“また”だよ……」


 声のした方をチェルソが振り返ると、レジーナの相棒コリン少年だった。

 ルチアが嬉しそうに言う。

 船の上では良き遊び相手になってくれていたようだ。


「あー! コリンくんだー!」

「うわ、くっつくなよルチア」


 くっついてくるルチアを煩そうに引き剥がすコリン。

 そんなコリンをからかう様にクルスが言う。


「おっ、モテモテだな。コリン先輩。フレデリカちゃんが妬くぞ」


 それを聞いたコリンは顔を赤くして否定した。


「べっ別に、フレデリカとはそ、そんなんじゃないよっ!」

「そこまで照れなくてもいいだろ」


 まだ顔を赤くしているコリンにチェルソが問いかける。


「コリン君。何が“また”なんだい?」

「何ってレジーナの暴走だよ。この前は船の中でハルさんと喧嘩寸前までいって、そして今度はコレだよ」


 ため息をつきながらコリンは答える。


 その時、円の中の二人が動き出す。

 試合開始だ。

 コリンはクルスにねだる。


「あ、始まった。クルス解説してよ。詳しいでしょ、こういうの」

「んー。三回の場外で負けだろ。そのルール的には散打に近いな」


 腕を組みながら答えるクルス。


「“さんだ”?」

「ああ。そういう武術がある。いや、アマ散打は二回の場外で負けだったかな」

「ふーん」

「そして場外負けのリーチがかかるとその選手は、どんなに不利な状況でも打ち合わなければならなくなる」

「あ、そっか。後ろに下がれなくなるもんね」

「その通り。そういう局面では特にKOが生まれやすいから要注目だな」

「なるほどねー」


 その時、レジーナが豪快なストレートで相手の男を打ち倒した。

 見たところレジーナは無傷である。

 磐石の展開で試合を終えたレジーナをクルスは鋭い目つきで分析する。


「レジーナは大分ディフェンス技術を磨いたようだな。拳闘会の時とは別人みたいだ」


 疑問に思ったチェルソはクルスに尋ねる。


「拳闘会? なんだい、それ?」

「ああ、バーラムの町でそういう喧嘩大会みたいなのが開かれていたんだよ。レジーナもそれに出てた」

「ふむ、なるほど」


 それを聞いたコリンがチェルソに告げる。


「クルスはね、その時レジーナに勝ってるんだよ」

「えっ、本当かい?」


 チェルソには俄かに信じがたい話であった。

 体格的にはどう考えてもクルスよりレジーナの方が勝っているし、それに何よりたった今彼女の圧倒的なパワーを目にしたばかりだ。

 驚愕の表情を浮かべるチェルソをよそに当時の情景を思い浮かべるコリン。


「あの時は凄かったねぇ、クルス。何て技だっけ、レジーナを絞め落としたの」

「《三角絞め》」

「そう、それ!」


 懐かしむように話す二人の会話を聞く限り、どうやら事実らしい。

 そうして話している内にもレジーナはどんどん勝ち星を積み上げる。


 連勝を重ねるレジーナが五人目を倒したところで、ふとクルスの方を見やる。

 そして叫んだ。


「おい! クルス!! ここの連中じゃ相手にならねぇ!! あたしとろうぜ!!」


 それを見たクルスは舌打ちすると共に露骨に嫌そうな顔をした。

 一向に動く気配のないクルスにチェルソは問いかける。


「行かないのかい? クルス君」

「ああ、やりたくない」

「何でだい? 前に勝ってるんだろう?」

「いや、あいつのパンチって本ッ当に痛いんだよ……。二度と食らいたくない」


 などと経験者は語る。

 そんなクルスを、さっきの仕返しとばかりにコリンが煽る。


「クルス、よかったね。モテモテじゃん」

「うるせぇ。どうせならもっと可愛げのある子にモテたい」

「そんなに照れなくてもいいよ」

「照れてねぇよ」


 一方、動く気配の無いクルスに業を煮やしたか、レジーナがこちらに近寄ってくる。

 そこへ、立ちふさがる金髪の女性。

 ハルだ。


「おい、邪魔だ。どけよ、金魚の糞」

「そうはいきませんよ、イノシシ女さん。マスターと戦いたくば、まずはこの私を倒して貰いましょう。尤も、あなたにそれができるとは思いませんが。ふふっ」


 そう言い放ち、不敵に笑うハル。

 対するレジーナは今の発言に怒りを露にする。


「上等だ! この前の続きといこうじゃねえか!」

「ええ、この前は消化不良でしたからね。決着ケリをつけるとしましょう」


 そう言って円の中へと向かってゆく二人。


「うわぁ、ハルちゃんとレジーナさんか…。どっちが勝つか読めないなぁ」


 そう言って唸るチェルソ。

 対するクルスはご満悦の表情である。


「さすがはハルだ。俺の嫌そうな顔を見て気を利かせてくれたんだな」


 そのクルスにコリンが尋ねる。


「でもいくらなんでも体格差が有り過ぎじゃない? ハルさんがかわいそうだよ」


 二メートルを越える長身のレジーナに対し、ハルはせいぜい百六十五センチといったところか。

 だがクルスはコリンとは違う見解を有しているようだった。


「いや、いいマッチアップだよ。俺の見立てではハルがやや有利だな」

「え? クルス、正気?」

「もちろん。まぁ見てりゃわかるさ。そら、始まるぞ」


 そして二人の試合が始まった。




用語補足


散打

 中国の武術で、正式な名称は散手サンショウ

 立ち技主体の格闘技でありながら投げの比重が大きく、打撃はあくまでその補佐である。

 アマチュア散打の試合は“レイタイ”と呼ばれる台の上で行われ、一ラウンドに二回転落するとKO扱いとなる。

 


お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月23日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月22日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月14日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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