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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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8.不死者の襲来



「良かったな、クルス。これでお前は晴れて自由の身だぞ」

「……は? い、今何と?」


 ぽかんとする来栖を尻目に、キャスリン奥様とダリルはくっくっと笑いをこらえている。


「なんだい。あなた、まーた言ってないのかい? 好きだねぇホントに」

「そりゃいきなりこんな事言われりゃこういう反応になるぜ。ったく……」


 二人は愉快そうに笑っている。

 だが未だに状況が掴めない来栖の表情が、驚きから困惑に移り変わったところで男爵が口を開く。


「ふふ、私はこの時の元・奴隷の何とも言えぬ間抜け顔を見るのが大好きでな」


 非常に機嫌良さそうに男爵は続ける。


「そもそもクルスよ。私は奴隷としてお前を買ったわけではない」

「……と仰いますと?」

「実は経理を担当していたジャニスさんという女性が居るのだが、少し前に懐妊されてな。産休に三ヶ月ほど暇を貰いたい、と頼まれたのだ」

「私はその穴埋めですか」

「そうだ。だから奴隷というよりは経理ができる人間が欲しかった」


 まだ男爵の話は止まらない。


「更に言うなら、私は奴隷制度に常々疑問を抱いている。果たして本当に効率的なのか、とな」

「……少なくとも極限まで人件費は抑えられるのでは?」

「一理ある。だがそれは目先の話だ。私が問題にしているのは発展の速度だよ」

「発展の速度?」

「うむ。多くの貴族は奴隷を如何に安く、そして如何に使い潰すか、それしか考えていない。当然そんな貴族に飼われている奴隷なぞに、労働意欲を期待するだけ無駄だ。作業のスピードは遅いであろうし業務精度も著しく低い。これでは我が農場の発展の速度が保てない」

「なるほど」

「故に、私は奴隷を使わない。多少人件費がかさんだとしても正規の労働者に働いてもらう。実際、そうして先代より業績を伸ばしているのだ。」


 ご高説を垂れる男爵だったが、忠実なる護衛がそれに水を差す。


「クルス、騙されんなよ。あんな事言ってるが、本当は奴隷を入れておく牢も監視役を雇う金も無いだけだ」

「ダリル、黙ってろ。今私は途轍も無くタメになる話をしているのだぞ」

「はいはい」


 ゴホン、と一つ咳払いをすると男爵は更に続ける。


「それに私には“恨み”などという一銭にもならんものを買っている余裕はない。クルス、お前もマクニールの所に居たのなら、その目で見たはずだ。恨みを買い占めた者の末路を」


 来栖の脳裏に燃える屋敷が浮かび上がる。


「……はい」

「私は、ああはなりたくない。それが私が奴隷を使わないもうひとつの理由だ」


 その時パンッと手が鳴らされる。

 音の方を見ると奥様だった。


「はいはい、今日はその辺にしときましょう。今頃おちびさん達もお腹をすかせてますよ」

「そうだな、夕食にしよう。キャスリン、豚肉はあるか?」

「ええ、腸詰肉ソーセージなら」


 男爵の家族が暮らしている母屋に入ると小さな女の子が出迎えきた。


「おとうさまーおかえりなさい!」

「おーフレデリカぁ。パパは今帰ったぞぅ」


 うわ、親バカかよ。

 思わずドン引く来栖。


「ダリルさんもおかえりなさ……」


 と言ってダリルの横に居る、血の付いた包帯男・来栖を見てフレデリカ嬢が、青ざめて固まる。


「……あ……あ……」


 来栖がフレデリカ嬢の挙動を見守っていると不意に彼女は泣き出した。


不死者アンデッドだー!!」


 と言って泣きながら奥に引っ込んでしまう。

 それを見た来栖の口から困惑と落胆の混じった声が漏れた。


「えぇ……」


 一方のダラハイド男爵は娘に来栖の紹介をしようとしている。


「フレデリカ、待ちなさい。あれは不死者ではなくてパパのお友達で……」


 などと言いながら追いかける男爵。

 ダリルは横で爆笑している。


 呆然とする来栖にキャスリンが声をかけてきた。


「ほら、あたし達も行きましょう」


 彼女に促されて食堂に向かう来栖。

 そして到着するなり少年の声が聞こえてくる。

 奥の食堂では男爵の息子ジョスリン少年が待っていたのだ。


「フレデリカ! 一体どうしたんだ!」

「ヴぇーんジョスおにいちゃーん……あんでっどがー」


 鳴き止まないフレデリカをキャスリンが一喝する。


「こら! フレデリカ! お客様に失礼でしょう!」

「おきゃくさま……? あんでっどじゃないの……?」

「そうよ。だから泣くのはおよし」


 来栖は不死者では無いしそもそも客人でも無い。

 従業員だ。


 一方、親バカのダラハイド男爵はキャスリンに対して遠慮がちに述べる。


「お、おい、キャスリン。何もそんな言い方しなくても……」

「いいえ! あなたは子供に甘いんですっ!」


 この夫婦の力関係が伺えるやりとりだ。

 雇用主の夫妻に喧嘩してもらっては困るので来栖は一応仲裁に入る。


「まぁまぁ奥様も旦那様も落ち着いて」


 一方、護衛のダリルは二人のやりとりに飽き飽きしているのか面倒くさそうにのたまう。


「もうなんでもいいからメシにしようぜ、俺腹減ったよ」


 そんな思い思いの事を喋り散らす人々を、ジョスリン少年は毒気を抜かれた様子で眺めていた。



 夕食は野菜をふんだんに使ったホワイトシチューだった。

 男爵の強い要望で急遽、豚の腸詰肉も追加された。


「まぁ紹介するまでもなく、わかってると思うが私の子供達だ。ほら二人とも、挨拶なさい」


 ようやく父親らしい振る舞いを取り戻したダラハイド男爵が子供達に指示すると二人は来栖に挨拶してきた。


「ジョスリンです。よろしくお願いします」

「フレデリカです。さっきはないちゃってごめんなさい」


 それを受けて男爵は来栖を子供達に紹介する。


「で、こっちが今度からパパの仕事を手伝ってくれるクルスだ」

「来栖と申します。以後お見知りおきを」


 子供とは言え雇い主の親族なので丁寧に挨拶する来栖。

 来栖の見た感じジョスリン少年は十二、三才くらいで、フレデリカ嬢は十才前後だろうか。


 その時キャスリンが来栖に尋ねてくる。


「ほらクルスちゃん、おかわりは?」


 早速奥様に“ちゃん”付けで呼ばれる来栖。

 どうやら気に入られたらしい。


「すみません、いま胃袋小さくなってまして」


 来栖が丁寧に断るとそれを見た男爵が笑う。


「ははは、マクニールの所ではロクなものを食べてなかったようだな」

「ええ。でもここのシチューはとても美味しいです」

「そういってもらえてうれしいよ。それにはここで採れた野菜がたくさん入ってるからな」


 自慢げに述べる男爵。

 彼は更に言葉をかけてくる。


「ときにクルスよ。その怪我の治療だが、明日の夕方まで我慢できそうか?」


 正直、かなり痛みはあるが死ぬほどじゃない。

 仕事も重労働ではなく経理の書類仕事らしいのでなんとかなるだろう。


「はい、なんとか。経理の仕事は明日から行えばよろしいですか」

「いや、明日の夕方に神官殿がいらっしゃるのでな。体を治してから業務に励んだ方が効率的だろう。明

後日から仕事としよう。詳しい話はまたその時だ」

「了解しました」


 その時思い出したようにダリルが呟く。


「そっかぁ。神官さんが来るって事は明日“ケントウカイ”か」

「“ケントウカイ”?」

「あぁ、まぁなんていうか、夜に集まってみんなで語り合うのさ」


 なるほど“検討会”か。

 そう納得する来栖。

 すると男爵が尋ねてきた。


「ん? 何だ、お前も出たいのか?」


 早くここの農場の面々と親睦を深める為にも検討会には顔を出した方が良さそうだ。

 そう考えた来栖は首を縦に振った。


「ええ、是非」

「ふむ、わかった。皆にも伝えておこう。新人も参加するとな」

「ありがとうございます」

「うむ。さて今日はもう遅い。今までの疲れも溜まっていることだろう。今日はゆっくり休みなさい」

「あの、旦那様」

「ん?」

「拾っていただき、本当に、……本当に、ありがとうございます」

「感謝の意は働きぶりで示してもらおう。何、心配するな。書類の山は溜まっている」


 そういうと男爵は照れくさそうに微笑した。

 自分は本当に良い人間に拾われたのだと実感した瞬間だった。


 母屋から少しばかり離れた場所に住み込みの使用人が寝泊りする小屋があり、そこが来栖の住処となった。

 今までは前任者のジャニスさんが繁忙期に使っていたそうだが、今は使う者が居ない。

 小屋はこじんまりとしていて若干寂れてはいたが、今までの劣悪な環境に比べれば天国のようであった。


「じゃあ俺はもう寝るから。また明日な、クルス」


 小屋の案内をしてくれたダリルが言う。


「ありがとうございます、ダリルさん」

「むぅ、なんか敬称はムズ痒いな」

「えっ何でですか?」

「逆に聞くけどよ、俺が敬称やら敬語を使うようなお上品な奴に見えるか?」

「見えません」

「だろ? それにな、俺はお前とたいして違わない」


 そう言ってダリルは肩を晒して見せた。

 奴隷所有者取り消しの線が二本入っていた。


「俺も元奴隷だ。だからこそ、お前にはもっと腹を割って接してほしいね」

「わかった。わかったよ、ダリル。これでいいか?」

「上出来だぜ」


 そうしてダリルは自分のねぐらに向かった。

 門近くの守衛用の小屋を使っているらしい。


 明日、この農場を案内してくれると言っていた。

 早くここに馴染めるようにとの配慮だろう。

 彼にも感謝せねば。



 翌日、母屋で朝食を頂いた来栖はダリルに連れられて農場を廻っていた。

 バーラムの町に隣接するようにして存在するこの農場の各区画を見せてもらう。


 それと同時にそこで収穫作業に従事する人々とも面通しを行う。

 書類作業をメインとする予定の来栖とは一緒に作業する機会はほとんどないだろうが、顔を互いに知っておく事は重要だろう。







--------------------






 そうして来栖が作業員達と雑談しているのを、少し離れたところから見つめる視線があった。

 男爵の一人息子のジョスリン少年である。


 ジョスリンの姿を視認したダリルが近寄って話しかける。


「よう、どうしたジョス坊。あいつの事が気になるか」

「別に。ただ父の考えが理解できないだけです。あんな得体の知れない異民をこの農場で働かせるなんて」


 このジョスリンという少年は年齢の割りにしっかりした考え方をしている。

 だが同時に父親と違い、いささか保守的な傾向を有している。


 そうダリルは評価していた。


「何だ、心配してんのか?」

「ええ。以前父が連れてきた肌の浅黒い異民みたいに恩を仇で返すような輩でないことを祈ってますよ」


 来栖には伝えてないが、実は前にも異民の奴隷を旦那が買ってきた事があった。

 男爵はマリネリス大陸にない知識を手に入れる良い機会だと思っていたようだが、結局は奴隷身分取り消しの焼印を押す前に逃亡を許してしまった。


 そのことをこの少年は“恩を仇で返した”と認識しているようだった。


「あいつは言葉も通じるし、昨日だってちゃんと旦那に礼を言っている。後は奴が労働で以って恩を返すのを見届けるだけだ。違うか?」

「……いえ、そうですね」

「それによ、お前もゆくゆくは人を使う立場になるんだろうから、色んな種類の人間と接する事は必要な経験だと思うぜ」

「……」




-----------------------




 夕刻になり、日も随分傾いて来たところで三人組の神官一向が農場に到着した。

 老齢の神官、剃髪した若い神官、見習いと思しき女性神官の三名だ。


「おや、これはまたひどく痛めつけられたようですな」


 そういって老齢の神官、ベルナールが来栖に治癒の奇跡を顕現させる。

 みるみる内に来栖の体の傷が癒えていく。

 文字通りの奇跡としか言い様がない光景だった。


 今のは奇跡《大いなる回復》だろうか。

 ここまでの高位奇跡を使える者は少ないのでこの神官も、来栖が“名づけた”登場人物ではないものの、中々の使い手である事は間違いない。

 来栖の体が治ったのを見届けたベルナールは来栖にやんわりと忠告してくる。


「一応、これで大方治りましたが、あまり無理をしてはいけませんよ。あくまでも人の自然治癒を促進しているに過ぎません」

「はい、肝に銘じておきます」


 来栖は包帯を取ると検討会が行われるという広場に向かった。


 敷地内の開けた荒地に人が集まっていた。

 あれが検討会だろうか。


 人々は思い思いに酒を飲んだり騒いだりしている。

 検討会という名前から、もっと堅苦しい農場運営に関する意見交換会を想像していたが、どうやらもっとフランクな会合のようだ。

 来栖が人だかりに近付くと、面識の無い人間たちから好き勝手に声をかけられる。


「よう、新入り!! お前も“ケントウカイ”出るんだって?」

「ついさっき怪我治したばっかりなのに頑張るねぇ」

「これで今回の出場者はちょうど八人か。三回勝てば優勝だな」

「おう新入り! 頑張れよ!」

「おい! アラン! あんなひょろい奴に負けんなよ!」


 その声を聞いて来栖も異変に気付く。


 何かがおかしい。

 これは本当に“検討会”か?


 顔中にクエスチョンマークを貼り付けた来栖に、ダリルが近付いてきた。


「お、クルス。怪我は治ったようだな。良かった良かった。……っておい、どうした? 素っ頓狂な顔しやがって」

「え、あ……いや、昨日皆で語り合うって……」

「おう、拳でな」

「……」

「なぁに神官サマがいるんだから怪我してもすぐ治せるさ」

「……」


 ひょっとして“ケントウカイ”とは……。

 来栖が嫌な予感をひしひしと感じ取っていると、ダリルが笑顔で告げてくる。


「俺も出場するからよ。一緒に頑張ろうぜ“拳闘会”」


 ……やっぱり。


 来栖は頭を抱えた。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月16日(日) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月30日  行間を修正 一部、文章を追加・修正

※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 2月15日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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