79.慰霊の宴
「……クルスよ、やはりさっき言われたのは何かの悪口であろう?」
エセルバードがねちっこくクルスに聞いてくるが、クルスは聞かなかった事にする。
「さて、族長に船と水夫達の上陸許可を貰いに行きましょう」
「おいクルス。無視するでない」
エセルバードが不満げに言うが、クルスは取り合わずナゼールに声をかける。
≪ナゼール。その人が族長か?≫
その声に振り返るナゼール。
≪ああ、そうだ。紹介するぜ、親父。この人が俺の恩人のクルスさんだ≫
それを聞いて族長オレールが挨拶をしてくる。
≪オレール・ドンガラだ。遠路遥々よく来てくれた。礼を言う≫
≪クルス・ダラハイドです。ナゼールとは仲良くさせてもらっています≫
横からエセルバードが口を挟んでくる。
「おい、クルス。私にも話をさせろ」
「ええ、もちろん。訳しますのでお話しください」
「うむ、私はサイドニア国王ウィリアム・エドガー陛下の御下命を賜って、今回プレアデスを訪問に来たエセルバード・スウィングラーだ。よろしく、族長」
早速、訳すのが面倒な長文をべらべらと述べるエセルバード。
クルスが訳そうと口を開いた瞬間、ナゼールがばっさり切り捨てる。
≪親父、こいつはエセルバード。海向こうのエドガーっていう偉い人の手下だ≫
≪ふむ、そうか。よろしく、エセルバード≫
にこやかに笑いかけるオレール。
エセルバードも笑い返したが、その後でクルスに聞いてきた。
「おい、クルス。ナゼールの言った事は合っていたのか? 随分短い言葉だったが……」
かなり乱暴で礼節に欠ける訳ではあったが困った事に、だいたい合っていた。
「ええ、合ってます。あまり細かい事を気にしてるとハゲますよ」
「な……わ、私は大丈夫だぞ」
「そうですか」
「そ、そんなことより、族長殿」
「オレールさんです」
「オレール殿、沖合いに停泊している船を上陸させても良いか? あの船に食糧を積んであるのだが」
クルスがそれを訳すとオレールは大変感動した様子でクルス達に頭を深く下げる。
≪もちろんだ。一族を代表して感謝する。本当にありがとう≫
クルスが訳したその言葉を聞いたエセルバードは早速水夫達に指示を飛ばした。
「本船に合図を送れ! 上陸許可が出た!」
水夫の一人が小さな赤と黄色の旗が取り付けられた二本の棒を振って合図を送る。
門外漢のクルスにはさっぱりだが、あの手旗の振り方で意思伝達ができるそうだ。
それを横目にクルスはオレールに告げる。
≪なら、もう森に伏兵を置く必要は無いですよね?≫
クルスの言葉を聞いたオレールは驚いて一瞬目を見開く。
≪気づいていたのか……≫
≪目の良い仲間がおりましてね≫
≪そうか……。気を悪くしないでくれ。突然の来訪に驚いてしまったのだ≫
≪もちろんです≫
二人の会話が終わるとオレールはナゼールに問いかける。
≪ナゼールよ、お前の他にポーラとレリアの姿しか見えぬが他の者たちはどうした?≫
それを聞いたナゼールは悲痛な表情で顔を伏せる。
そして搾り出すように答える。
≪帰ってこれたのは俺達だけだ……すまねえ親父≫
≪そうか……。では彼らの慰霊の為の宴を開かなければな≫
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プレアデス側からの船の上陸許可が下り、水夫達が大量の保存食を運び込んでから数刻が経過した。
辺りは夕闇に包まれ、ドンガラの集落の広場では宴が催されていた。
これはナゼール達と共にマリネリスに赴き、そして帰って来れなかった者達を弔うための宴である。
食事の前に、集まった者達皆で祈りを捧げた。
そうして祈りが終わると、それまで厳かな静寂に包まれていた宴の場が一気に騒がしくなる。
やがて、香ばしい匂いが辺りに漂い始める。
船で持ち込まれた保存食を現地民が料理しているのだ。
マリネリスではあまり馴染みの無いプレアデスの香辛料を使っているらしく、刺激的な匂いが鼻腔をつつく。
程なくして、どんちゃん騒ぎが始まった。
湿っぽくするだけではなく、こうやって思いっきり騒ぐのも彼らなりの慰霊なのだろう。
広場の中心に大きな炎が炊かれ、その周りで人々が騒いだり踊ったりしている。
食事を終えて一息ついたフィオレンティーナは、座って盛大に炊かれた炎を眺めている。
あまりばか騒ぎするのは性に合わないので、じっと座って今後のことについて考えていたのだ。
あの後族長三名による協議の結果、食糧は三部族で均等に分ける事になったそうだ。
ただしオーベイとかいう一部族が来なかった為、彼らの分はドンガラで預かるらしい。
部外者であるフィオレンティーナにはよくわからなかったが、推察するにどうやらオーベイとその他の三部族の関係はあまり良好ではなさそうだ。
そんな事を考えながらじっと座っていると、隣にレリアとローブを纏った少女がやって来る。
「フィオ。ここ、いいかしら?」
「はい、もちろん。その人は?」
「ああ、紹介するわ。私の妹のデボラよ」
「へー、レリアさんの妹さんですか。デボラさん、フィオレンティーナです。よろしく」
フィオレンティーナが笑顔で挨拶するとデボラが頭を下げた。
「■■■■■■■■■■■」
デボラの言葉を聞いてフィオレンティーナは思い出す。
レリアやナゼール、ポーラと違ってここの人達とは言葉が通じないのを忘れていた。
「よろしく、って言ってるわ」
レリアが訳してくれる。
「そうですか、よかった」
「ところでクルスさん達はどこかしら?」
「ええと、あそこですね。何か取り囲まれていますけど……」
見ると、クルスとハルは何やら現地人に取り囲まれている。
「ああ、古プレアデス語を喋れる異民だから珍しがられてるのね」
それを聞いて、フィオレンティーナに一つの疑問が生じた。
その疑問を目の前のレリアにぶつける。
「そういえば、プレアデスに異民が流れ着いた事ってあるんですか? その口ぶりだと以前にも異民が来た風に聞こえますけど」
「流れ着いた……っていうのとはちょっと違うわね」
「え? どういうことですか?」
「偶に、船が来るの。それを見た人が結構いるのよ」
「へぇ?」
それは妙な話だ、とフィオレンティーナは思う。
外部から異民が来ているなら、何故彼らに助けを求めなかったのだろうか。
フィオレンティーナの疑問を事前に察してか、レリアが口を開く。
「でも彼らは決してこちらに接触して来ず、遠目から船で眺めてくるだけだった」
「どんな人達だったんですか?」
「うーん……。たぶんマリネリス大陸の人だと思うけど、でもサイドニア王国の人かどうかはわからない」
それを聞いて、よからぬ想像がフィオレンティーナの頭をよぎる。
少し声量を落としてフィオレンティーナは自分の考えを述べる。
「その人たちってまさかザルカ帝国の人達じゃ……」
「そうなのかしら?」
「かもしれません」
「ええと、そのザルカ帝国ってサイドニアと争ってたんでしょ?」
「はい。その異民達がザルカの人間だったら、ちょっと不味いかもしれませんね。エセルバードさんや族長さんの耳に入れた方がいいかも……」
「いえ、その事は族長は当然知っているわ。もうエセルバードさんにもあなた達以外の異民の目撃情報は話しているはず。あとは偉い人達に任せましょう」
そんな事を話していると、突如として歓声が上がる。
その方を見やると男達が何やら力比べに興じているようだ。
円形の線が引かれ、その中で男達が戦っている。
「レリアさん、あれって何ですか?」
「ああ、“腕試し”ね。宴になると男達がやるのよ」
「どんなルールなんですか?」
「基本的には殴ったり蹴ったり、もしくは絞め技とかで相手に“参った”をさせたら勝ちよ。あと、引かれた円形の線から三回相手を出しても勝ち」
「へぇ、面白そうですね」
「まぁ、あくまで男達の遊び事よ。私たちは眺めて楽しむだけね」
そんな事を言っていると歓声の中ナゼールが登場する。
今回、集落を救ったナゼールは早くも英雄的な扱いを受けていた。
「ナゼール、■■■■■!!」
「■■■■■!! ナゼール!!」
などという声が聞こえてくる。
言葉はわからなくとも、それら全てが応援の言葉であることはすぐにわかった。
そんな多くの声援を受けたナゼールは華麗な戦い振りを披露している。
体格が自分と同じか小さい相手には打撃で応じ、自分より大きい相手は上手く相手を場外に出して勝ち星を積み上げている。
“腕試し”にはトーナメント的な勝ち抜き要素は無いようで、気が向いたらふらっと戦い疲れたら休むというような緩い形式のようだった。
戦う場である円形の線は二つ用意されており、片方は船の水夫達に現地民が身振りでルールを教えながら進行している。
こちらは実力を競い合うというよりはレクリエーションのような雰囲気である。
そしてもう片方は現地民同士が鎬を削っている。
こちらは所謂、“ガチ”のようだ。
暫くナゼールが連勝していたが、疲れたのか現在は引っ込んでいる。
と、その時“ガチ”の方に歩いてく長身の女性の姿が見えた。
冒険者レジーナである。
レジーナはずかずかと円に近付くと、自信たっぷりにこう言った。
「おい! あたしにもそれ、やらせろよ!」
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 9月16日(土) の予定です。
ご期待ください。
※ 9月16日 後書きに次話更新日を追加
※ 4月14日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




