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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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78.帰還



「お、見えてきたよ。クルス君。島だ」


 骨董屋の商品である望遠鏡を覗きながら、チェルソが告げる。


「ああ、とうとう着いたな。プレアデスに」


 クルス達の乗る船は二隻とも無事に航海を終えることが出来た。

 懸念されていた『レヴィアタン』との遭遇が無かったのは僥倖であったと言えるだろう。


 前方には島が見える。

 平地がほとんど無く密林に覆われているその姿は、紛うことなきプレアデスの島である。


「お、何やら人が砂浜に集まっているみたいだね。この望遠鏡では粒にしか見えないけど」 

「そうか。歓迎してくれてたらいいが……」


 そこへハルがやって来て、クルスに耳打ちした。


「マスター、ちょっと」

「どうしたハル?」

「私も《望遠ズーム》と《温度感知サーモ》で見ましたが、彼ら武装してますよ。浜辺の連中は丸腰ですが、森に弓を持った男達が伏せってます」


 熱烈な歓迎ぶりである。


「どうやら警戒されてるみたいだな。ナゼールはどこに?」

「あすこです。甲板の一番前の方に」


 指差された方を見やるとナゼール、ポーラ、レリアの三人が感動した様子で目の前の景色を見つめている。


「呼んで来てくれ。俺はブラッドリー船長と話をしてくる」

「了解しました」


 ハルに指示を出した後、船長の元へ向かうクルス。

 クルスが船長室に入ると、ブラッドリー船長は近衛兵長エセルバードと何やら相談をしていた。

 ブラッドリーが話しかけて来る。


「おや、どうした? 客人」

「船長。前方に島が見えてきましたが、どうやら現地住民に警戒されている模様です」

「本当か?」

「ええ。一旦船は沖合いで停船して、小船を出した方が宜しいかと」

「ほう、それで異民達でご挨拶に行くってか?」

「はい。いきなり大きな船で乗り付けてしまうと、彼らの警戒心を逆撫でしかねません」

「ようし、そういうことなら交渉事は任せよう。船はもう少し島に接近した所で停止する」

「はい、お願いします」


 この一連の会話を聞いていたエセルバードがクルスに告げる。


「私も同行するぞ。サイドニア側の代表者としてな。通訳は任せる」

「ええ、お任せを」


 どうせならエセルバードには船でゆっくりとして頂いた方がクルスとしては面倒が少ないのだが、生真面目なこの男の事である。

 意地でもついて来るに違いない。

 だったらさっさと折れてしまった方が賢明である。


 ブラッドリーが部下の水夫に指示を出した後でクルス達に告げる。

 

「今、小船を用意させている。あんた方は異民達を連れて、そっちに向かってくれ」


 クルスとエセルバードが船長室を出ると、ハルに連れられたプレアデス勢の三人が待っていた。


「クルスさん。上陸はまだか!」


 もう待ちきれない、といった様子でナゼールが聞いてくる。


「落ち着けナゼール。もうすぐだ。とりあえず小船に向かうぞ」

「小船?」

「ああ、先にお前らの無事を知らせて、その後で船と水夫達の上陸許可をもらう」

「わかったぜ」


 そうして小船へと向かう一行。

 船の側面に小船が用意されており、水夫達が控えている。

 そこで暫し待つと、船が停止した。


「よし、行くとしようか」


 エセルバードが皆に告げる。

 ぞろぞろと小船に乗り込む異民達。


 そこへ水夫が一言。


「おっと、この小船では全員は無理だぜ。無理矢理のせる事も出来るが、そうすると転覆の危険が出てくる。一人残ってくれ」


 それを受けてハルが言う。


「あ、じゃあ私残ります。皆さん、お気をつけて」


 好奇心旺盛なハルにしては随分あっさりと引き下がったものだと訝しむクルス。

 だが、一瞬考えてすぐに合点がいった。


 ハルの致命的な弱点が一つある。

 泳げない事だ。


 元々水中での活動を想定されていない『HL-426型』アンドロイドであるハルは、水中では浮かぶ事無くそのまま沈んでしまうのだ。


 だから転覆の危険がある小船には乗りたくないのだろう。

 一見万能なアンドロイドであるがこういう欠点も存在する。



「あら、もしかしてハルさん泳げないの?」


 レリアは意外そうだ。

 対するハルはぐぬぬ、と唸っておりちょっと悔しそうである。


「だ、誰にだって不得意なものはありますよ……」


 そんなハルにぽん、と手を置き慰めるポーラ。


「大丈夫。ハルさん、私もですよ。“ネコかき”しかできません」


 水が苦手なネコ科の獣人族ライカンスロープらしく彼女も泳ぎは苦手らしい。

 だが、文字通り全く泳げないハルにしてみれば一ミリの慰めにもならない言葉であった。


 落ち込むハルを船に残し、一行は小船へと乗り込む。

 水夫達がオールを使って船を進めてくれる。


 島へ向かう途中、クルスはナゼールに話しかける。


「なぁ、ナゼール。あの島はプレアデス諸島のどの島か分かるか?」

「ああ、もちろんだぜ。あの浜の形は忘れもしねえ。ゾラ浜だ。つまり、あの島は俺の故郷マイア島だ!」


 指差しながら教えてくれるナゼール。

 となると、あの島にはナゼールの実家であるドンガラの集落がある。


 プレアデス諸島の七つの島の内で一番来たかった島に最初に来れた。

 これは幸先が良い。


 今頃、族長オサのオレール・ドンガラは息子ナゼールの帰還を心待ちにしているはずだ。

 そんな彼ならきっと協力的な態度をとってくれると、クルスは期待していた。


 水夫がオールで懸命に漕ぎ進めた甲斐あって、島がどんどん近付いてくる。

 それにつれ段々と浜に集まっている人々も鮮明に見えて来た。


 森に伏兵を置いているというから相当な警戒をしていると思いきや、浜には島の男性だけではなく女性や子供の姿もある。

 とすると、森の連中はもしもの時の為の保険であろう。


 浜が近付いてきてとうとう我慢できなくなったナゼールは、いきなり小船から飛び出す。


「ああ、もう我慢できねえ!! 先行ってるぜ!!」


 急に叫ぶとナゼールは綺麗なフォームで海に飛び込み、クロールでバシャバシャと泳いでいく。

 かなりのスピードだ。

 周りを海に囲まれた島国の住人らしくナゼールの泳ぎは見事なものだった。


 あっと言う間にゾラ浜にたどり着いたナゼールの元に、島の住民達が駆け寄る。


≪若! おかえり!≫

≪若様!! よくご無事で!≫


 そんな住民達にナゼールは咆哮で返す。


≪お前ら、帰ったぞー!! うおおおお!!≫


 海水でずぶ濡れになりながら、右手を天高く突き上げ雄たけびを上げるナゼール。

 勇ましい族長の息子の帰還に浜は大盛り上がりだ。


 そんなナゼールから一分ほど遅れてクルス達の小船も浜にたどり着く。

 小船を取り囲むように島の住民達が集まってきた。

 獣人族がポーラの姿を見て喝采を浴びせてくる。


≪ポーラ!! おかえり!≫


 呼ばれたポーラは目に一杯の涙を溜めている。

 今まで抱いていた緊張感、責任感から解き放たれたのだろう。


≪みんなー! ただいまー!!≫


 瞬く間に歓喜の渦に包み込まれるゾラ浜。

 その中でクルスとエセルバード、そして水夫達を除いてはレリアだけが静かに佇んでいた。


 住民の幾人かと言葉を交わしてこそいるが、どこかよそよそしい。

 他の二人のように心からの祝福は受けていないようだ。


 ところが、そんなレリアに走りよって来る人物の姿があった。

 暗い色のローブを纏った少女が息を切らしながら走ってくる。


≪姉様っ!!≫


 その少女を視認したレリアはここに来て初めての笑顔を見せた。


≪ただいま、デボラ≫

≪お帰りなさい……姉様……≫


 ああ、あれがデボラか。

 『この森が生まれた朝に』での設定をクルスは思い出す。


 彼女はレリアの妹で、未熟な占い師だ。

 そしてこの姉妹はオーベイの血を引いてるという理由で、いまいち周囲に馴染めていないという設定であった。


 クルスが再会を喜ぶプレアデスの民を眺めていると、いつの間にか島の住民が小船を囲んでいた。

 物珍しそうにクルス達を見つめている。


≪見ろよ! 異民だ≫

≪本当だ。ってことはあのでかい船は異民の船なのか≫

≪それにしても生っちろい肌してんな。“もやし”みてえだ≫


 やれやれ、また異民扱いか。

 思い切りため息をつきたくなるのをクルスは我慢した。


 プレアデス諸島の住民はよく日に焼けている。

 そんな彼らに比べればたしかにクルス達のもやし扱いも仕方が無いかもしれない。


 かつて自身の黒髪を“ひじき”と呼ばれたクルスであったが、今度は“もやし”である。


 だが、今回はクルス一人ではなくエセルバードや水夫も一緒である。

 エセルバードが困惑しながら尋ねてきた。


「お、おい。クルスよ。彼らは何と言っているのだ?」

「はい、“とても美しい白い肌だ”と」

「ほ、本当か?」

「ええ」


 適当にごまかしつつクルスはナゼールを呼ぶ。

 

≪ナゼール!! 来てくれ!!≫


 島の民と喜びを分かち合っていたナゼールだったが、クルスに呼ばれて駆け寄ってきた。


≪あ、ああ。すまねぇクルスさん。夢中になっちまって……≫

≪いや、こっちこそ再会の邪魔をして悪かったな。だが、船の水夫達も陸地を恋しがっている頃合だろうからな。はやく上陸許可が欲しい≫

≪わかった。じゃあ、許可を貰いに族長のところに……≫


 そうナゼールが言いかけたところで、杖をついたやせ細った男の姿が目に入る。

 ナゼールが叫びながらその男に駆け寄る。


≪親父ィ!!≫

≪ナゼールよ、よく戻った。それでこそ我が息子だ≫


 がっしりと抱擁を交わす親子。

 その光景を見たエセルバードがクルスに聞いてきた。


「あれが族長か?」

「ええ、上陸許可を貰いましょう」

「うむ」


 二人の元へ歩き出すクルスとエセルバード。 

 そこへ、クルスのことをもやし呼ばわりした住民が申し訳無さそうに言ってきた。


≪ご、ごめんよ。言葉がわかるなんて知らなくて…≫

≪大丈夫、気にしてないよ≫


 その様子を見たエセルバードは眉をひそめながらクルスに言った。


「……クルスよ、やはりさっき言われたのは何かの悪口であろう?」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 9月16日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 9月10日  文章を一部修正 

※ 9月15日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月14日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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