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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
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73.引越し




 一体、何故こんなことになっているのか。

 

 ドゥルセ不動産で物件探しをしていたチェルソ・パニッツィは困惑していた。


 クルスがようやくギルドから戻ってきたかと思えば、何やら恰幅の良い貴族がおまけで付いてきて、現在その貴族が骨董屋パニッツィの商品を品評している。

 曰く、その商品の出来如何では入居費用の負担も視野に入れているらしい。

 チェルソには俄かには信じがたい話だった。


 そう思ってクルスの方を見やると、何やら渋い表情をしている。

 貴族からこの好条件を引き出す為に、何らかの犠牲を払っていたのだろうか。


 だとするならば、後で埋め合わせをしなければならない。

 彼への借りはこれ以上増やしたくは無かった。


 クルスの持ち物『ベヘモスの胃袋』にしまっておいた店の商品を机に並べると、そのバフェットとかいう貴族は鋭い目つきで検分を始めた。

 バフェットがチェルソに話しかけて来る。


「ああ、店主。チェルソといったか?」

「はい、伯爵様」

「このネックレスを作った職人はかなりの腕利きであるな。紹介してはくれぬか?」

「いえ、彼は重度の人嫌いでして……。製作の時間を邪魔されるのも嫌ってますし……」

「ふうむ、そうか。それは残念だ」


 この男に、それはジルドが作ったと言ってもおそらく信じまい。

 見た目は子供であるジルドやルチアにそこらの職人を遥かに凌ぐ技量があるというのは、実際に作業風景を目の当たりにしない限りはわからないだろう。


 検分を終えたバフェットが口を開く。


「ふうむ。気に入った。良い品揃えだ」

「お褒めにあずかり光栄であります」

「で、どんな物件を検討しておるのだ?」

「はい、ここ等が妥当であるかと」


 そう言って、目星をつけていた物件をいくつか挙げる。

 いずれもこじんまりとした店舗向きの小さな物件であった。


 それを見たバフェットは憤慨する。


「こんな上質な商品を扱っているのに、そんな小さな店では駄目であろう!」


 自分の店の商品……つまりルチアとジルドの作ったものが褒められているのは素直に嬉しい。

 しかし大きな店舗を持ったところで、どうせ数年で引越しを強いられるチェルソにしてみれば店は小さい方が楽なのだ。


 その事を正直に伝えるわけにもいかないチェルソが、どう答えようか迷っているとバフェットは違う物件を挙げてきた。


「商品の質は高いのだからもっと良い物件を選ぶべきだ」


 そう言ってバフェットが指し示してきたのは、大通りに面した空き店舗の居抜き物件である。

 四階建てで一階の店舗スペースだけでノアキスの骨董屋パニッツィの二倍以上ある。

 上階の居住用スペースも広く、チェルソ達では持て余すのは明白であった。


「い、いえ、こんな広い物件私たちでは持て余します。その費用を負担して頂くのは申し訳ないです」


 と、及び腰になるチェルソ。

 だがその様子がバフェットには気に食わなかったらしい。


「いいや、駄目だ。そこ以外は認めんぞ。費用を他人が出すと言っているのに、こんなチャンスをみすみす逃すような奴に出資はしたくない!」


 何ともわがままな人だ。

 いや、おそらく商売人として向上意欲の無いチェルソの判断が許せないのだろう。


 そこへクルスが助け舟を出してくれた。


「まぁまぁ、伯爵様。落ち着いて」

「クルスも何か言ってやれ! この玉ナシに!」


 “玉ナシ”というのは比喩表現だとわかっているが、どきっとしてしまうチェルソ。

 それを横目にクルスがチェルソに聞いてくる。


「チェルソさん。余るスペースはどのくらいだ?」

「んー、間違いなくまるごと一階は余るよ」

「なら、その一階は俺に使わせてくれないか?」

「それは構わないが……何に使うんだ?」

「なーに、ちょっとした物置だよ。あとドゥルセでの宿代を浮かせたい」


 本当にそれだけだろうか。

 クルスの様子を見ると他にも意図がありそうな気がするが、チェルソには想像もつかなかった。

 更にクルスは続ける。


「それから、売り子も雇った方がいいんじゃないか?」

「売り子? いや、必要ないだろ。接客は僕がやるし」


 かれこれ八十年近く店主をやっているのだ。

 わざわざ人に投げる理由もない。

 だがクルスはチェルソの意見を否定してきた。


「いいや、雇った方がいい。少なくとも俺らが“旅行”に行ってる間はな」


 それを聞いてチェルソは“なるほど”と思う。

 プレアデス諸島とやらに行っている間も店を営業して売り上げを回収しようという魂胆だろう。


 それを聞いたバフェットが割り込んでくる。


「む、何だ? お前ら、どこかへ行くのか?」

「ええ、ちょっとした旅行に。どこかは言えませんが」


 そう言ってにやりと笑うクルス。

 彼はバフェットを利用する気マンマンであるらしい。


「ならば、私が信頼できる売り子を手配してやろう。それならば持ち逃げの心配もあるまい。その代わり……。わかってるな? クルス」

「ええ、お土産にはご期待ください」


 そう言ってぐふふ、と笑うクルスとバフェット。

 意外とこの二人は似たもの同士なのかもしれない。


 そしてこちらに向き合うバフェット。


「お前もそれで不満はなかろう?」


 ここまで外堀を埋められてはチェルソも飲み込むしかなかった。

 それに、話そのものは悪くない。

 少なくとも暫くは生活の心配もなさそうだ。


「ご支援に感謝いたします」


 そう言ってチェルソは恭しく頭を垂れた。




---------------------




「ハルちゃん、それはそこに置いてくれ」

「わっかりましたー!」


 店主チェルソの指示を受けて、てきぱきと働くハル。


 ハル、ナゼール、レリアは現在チェルソの新店舗に商品を続々と積み込んでいた。

 クルスとポーラの二人は二階にルチアとジルドの仕事道具を運んでいる。


 そしてその様子を太った貴族が見つめている。

 そして時折、店主チェルソに色々と意見をしている。


 その様子をハルが見ているとクルスが荷を運びながら話しかけてきた。


「どうした? ハル」

「いえ、あの人がちょっと気になって」

「ああ、バフェット伯か。彼には俺もお世話になってるからな。失礼な事は言うなよ」


 それを聞いてハルはバフェットへの評価を更新する。

 クルスが世話になったなら、きっと良い人に違いない。



 やがて、すべての積み込みが終わる。

 その頃にはもう辺りは暗くなっていた。


 出資者であるバフェットに丁寧に礼を言って送り出したチェルソは、積み込みを手伝ったハル達に礼を言う。


「いやぁ、みんなのおかげで助かったよ。ありがとう」


 それにナゼールが答える。


「別に、たいしたことはしてねえぜ。それより腹が減った」

「ははは、そうか。ちょっと待っててくれ。何か買ってくるよ。それまで寛いでてくれ」


 そう言ってチェルソはルチアを連れて街に出て行った。

 ジルドは二階で仕事道具のセッティングをしている。


 かなり配置に拘っているようだった。

 それで作業効率も結構変わるのだそうだ。


 そこへクルスが話かけてきた。


「ハル、メシ時になったら呼んでくれ。俺は四階に居るから」

「わかりました、マスター」


 その会話の後にレリアが話しかけて来る。


「ねぇ、ハルさん」

「何でしょう?」

「ハルさんは、あのバフェットって人の事は、知っていたのかしら?」

「いえ、あの人は私がマスターと知り合う前に出会っていたそうですね」


 そこへフィオレンティーナも加わる。


「まさか、クルスさんがあのバフェット伯とお知り合いだったなんて……」


 クルスの人脈に感心している様子のフィオレンティーナ。

 どうやらフィオレンティーナはあの小太り貴族の事を知っていたようである。

 ポーラがフィオレンティーナに尋ねる。


「フィオさん、その人って、有名なんですか?」

「私でも名前を知っているくらいには有名ですね。珍しい品々を沢山集めてらっしゃるとか」


 そんな事を話しているとチェルソ達が戻ってきた。

 香ばしい匂いのする袋を提げている。

 屋台で何か買ってきたらしい。


「待たせたね。夕食にしようか」


 ならばクルスを呼んで来なければ。

 ハルは四階へと向かった。


 店舗用の広い一階とは違い、二~四階はいくつかの小部屋に別れていた。

 四階に上るとその中の一室のドアが開かれており、そこからランプの光が漏れていた。


 中に入ると前の住人が残していった家具の他に、色々とクルスの持ち物が雑多に置かれていた。

 いくつかはハルも見覚えのないもので、おそらくここに来てから生成したものだろう。

 

 そう言えば物置に使うという話であったか。

 すべてを『ベヘモスの胃袋』に詰めていては、紛失した時のリスクが大きいという判断であろう。


 そしてクルスは机に向かって、何やら書いていた。

 ドアからは背を向けていてこちらには気づいていない。

 内容が気になったハルはゆっくりと忍び足で近付く。


「なに書いてるんですか? マスター」

「うわ! びっくりした。おどかすなよ、ハル」


 そう言って紙を隠すクルス。

 ハルはその紙を覗こうとする。


「おやぁ、何で隠すんですか? もしかして恋文ですかぁ?」


 何とか内容を見ようとするハルだったが、クルスはささっと懐にしまってしまう。


「そんなんじゃないさ。たいしたものじゃない」

「えー?」


 そう言われては却って気になってしまう。

 そこまで考えて、ふとハルは気づく。


 きっと彼はまた“台本”を書いていたのだろう。

 プレアデス諸島で使う予定があるから、今のうちに書いているのだ。


「あーなるほど。そういう事でしたか。お邪魔してすみません。マスター」

「あ? なに言ってるんだ」

「とぼけなくてもいいですよ。次の演目に期待してます」

「……ん?」


 まだすっとぼけているクルスの様子がちょっと可笑しかった。

 おそらく苦心して“台本”を拵えている姿を見られたのが恥ずかしかったのだろう。


「とりあえず、書き物は後にして夕食にしましょう。チェルソさんが戻って来ました」

「ああ、わかった」




 ハルは知らない。


 この時、クルスは“台本”など書いてはいなかった。


 もっとおそろしいものを書いていたのだ。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月28日(月) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月27日  後書きに次話更新日を追加

※ 4月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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