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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第五章 This Ship Has Taken Me Far Away
72/327

72.詐欺師の名はクルス




「はぁぁぁ……」


 交易都市ドゥルセの冒険者ギルドの受付嬢であるメイベルは長いため息を吐いていた。

 その理由は近頃ここに足繁く通っている貴族ジョー・バフェット伯爵だ。


 尋常ならざる蒐集癖を持つ彼は何やらクルスに用があるらしいのだが、生憎彼はノアキスに出張中である。

 それも国王陛下直々の依頼クエストで。


 その依頼は、言うまでも無く最優先事項だ。

 だが同時に部外秘でもある。

 その事をバフェットに言う事が出来ればあの貴族なんぞ一発で追い払えるのだが、残念ながら職務に忠実なメイベルにはそんな事は出来なかった。


 今日もバフェットは日中からギルドに押しかけ“クルスを出せ”と要望を述べる。

 メイベルが“まだ帰ってきていない”と伝えると“じゃあ待つ”と言って、酒場のスペースでくつろぎ始めるのだ。


 はっきり言って邪魔である。


 だがお抱えの執事は気配りの出来る老紳士で時折メイベルと最近、受付嬢になったアンナに差し入れを持ってきてくれる。

 ギルマンさんというらしい。

 あの主人に仕えているという事はさぞ苦労しているのだろう。


 メイベルがむすっとしながら書類仕事に励んでいると、隣で作業中のアンナがぼそっと呟く。


「クルスさん、帰って来ませんね」

「そうですねー。まだノアキスに居るのかな?」


 メイベルがそう返すとアンナは心配そうな顔をして言う。


「私、聞いたんですけどノアキスには今“吸血鬼ヴァンパイア”が居るらしいですよ」

「えー……でもクルスさん達なら大丈夫でしょ。“森の王”も倒したんだし」

「だといいですけど」


 その時、ギルドの扉が開かれた。

 そして、扉を開けた人物を見てメイベルは目を剥く。


 噂をすれば何とやら、黒髪の異民クルス・ダラハイドだ。

 メイベルは満面の笑みを浮かべてクルスを呼んだ。


「クルスさーん! こっちこっち」


 メイベルが手を振るとクルスが小走りで向かってきた。


「メイベルさん、久しぶり」

「はい、お久しぶりです」


 実際、この男と会うのは久方ぶりである。

 前に彼が来た時はメイベルは病床に臥せっていたのだ。

 その時はメイベルの父であるギルド長ブライアンが直々に応対したのだそうだ。


 カウンターまでやって来たクルスはアンナに話しかける。


「アンナさんは本格的に受付嬢になったんですね」

「はい、酒場の給仕から引き抜かれました。ギルド長が料理長を説得したんです」


 アンナはまるでそれを美談の様に語っているが、実際のところメイベルが家で目撃したのは土下座する父ブライアンと、彼の頭を踏みつける母アマンダである。

 

 あんなものは説得ではない。

 もっとおぞましい別の何かだ。

 だがこれは父の沽券に関わる事なので、口外せず腹の中にしまう事にしている。



「……で、バフェット伯が来てるって聞いてきましたけど」


 声を落としてクルスが聞いてきた。

 どうやら話を聞いてここに駆けつけてくれたようだ。

 

「はい、あちらに」


 酒場の方をクルスが見ると、老紳士ギルマンが会釈をした。


 一方バフェットはこくり、こくりと船を漕いでいる。

 日中なのに眠いのだろうか。

 いや、単に待つのに飽いているのだろう。


 クルスが申し訳無さそうに言ってくる。


「二人にはご迷惑でしたね」

「いえいえ、早く行ってあげてください。待ちくたびれていらっしゃいます」

「はい」


 クルスがバフェット伯の元に歩いてゆく。

 その後姿を見ながらメイベルは小さな声で呟く。


「よかった」


 肩の荷が下りたような心地で、メイベルはひとつ息をついた。




----------------------




「お久しぶりです。クルス様」


 クルスが二人の元に向かうと執事のアルフレッド・ギルマンが挨拶してきた。

 

「ええ、お久しぶりです。ギルマンさん。先ほど不動産屋で娘婿さんにお会いしましたよ。彼から何やら伯爵様がお呼びだと伺って参りました」

「おお、そうでしたか。ご足労をおかけします。ほら、伯爵様、お起きになってください。クルス様がいらっしゃいましたよ」


 ギルマンに揺すられてバフェットが目を覚ます。


「おお! クルスよ、待っておったぞ! “ふぃるむ”だ! “ふぃるむ”をくれ!」

「かしこまりました」


 そう言ってフィルムを生成して渡すと、バフェットは途端に油断の無い目つきになる。

 今まで見せていた温和そうな表情から一変して、冷徹なる貴族の顔になるバフェット。


「陛下の使いの者から聞いておったが、本当に『生成の指輪』を持っておるのだな」


 やはりエドガー経由でバフェットにもクルスの情報は渡っていたらしい。

 今更シラを切るわけにもいかないので素直に吐くことにする。


「ええ、実はこの指輪は指名依頼を頂いた時、釣竿やらカメラと一緒に作っていたのです。申し訳ございません」


 それを聞いて腕を組みながら唸るバフェット。


「ほう、策士だな。クルスよ。だが、謝る必要はないぞ。私は今のところ損はしておらん。お前が考えなしにその指輪をばら撒いたりしない限りな」

「指輪の価値を落とすような事はしません。誓います」

「なら良い。指輪はお前も持っておいた方が有益であろう」


 そう言ってふぅーと息を吐くバフェット。

 指輪を取り上げられるかと心配したが、杞憂だったようだ。

 見た目通りの太っ腹な御仁で助かった。

 尤も、取り上げられた場合に備えてここに来る途中で既に『予備』は作ってあったのだが。


 やがて再びバフェットが口を開く。


「だが、聞いたぞクルス。指輪絡みで陛下とひと悶着あったそうではないか」

「ええ、あの時は大変に肝が冷えました」

「“肝が冷えた”? ふん、その程度の感想で済むという事は、お前も只者ではないということだ」

「そうでしょうか」

「そうだ。私の古い知り合いの貴族がヘマをやらかした際には、陛下にひと睨みされただけでガタガタ震えて口も聞けなかったそうだよ。そしてその後そいつは失脚した」

「はぁ……」

「とにかく、お前がヘマをすると折角の異邦の知識と珍品が無駄になる。それを私が蒐集するまでは死ぬ事は許さんからな。そのつもりでいるのだぞ!」


 体の良い搾取宣言のような物言いだが、これでも彼なりにクルスの身を案じてくれているらしい。


「はい。お気遣いに感謝いたします。そのお礼と言ってはなんですが……」


 そう言ってその場でささっととある物品を生成する。

 持ち手にネタの名前がずらりと書いてある回転寿司屋に置いてそうな『湯のみ』である。

 知っている人間だったらあまりの安っぽさに憤慨しそうなものだが、バフェットは真剣に湯のみを検分している。


「ほほう、何やら面妖な文字が記されておるな……。うーむ、これは奇妙な品だ。見た事も無い」


 そりゃそうであろう。

 段々とクルスにもこの男の扱い方がわかってきた。

 

 要するに彼の見た事の無い物なら何だって良いのだ。

 そういう物をくれてやればたちまちご機嫌がとれる。


「お気に召しましたか?」

「ああ、気に入った。私のコレクションに加えよう」

「それは何よりでございます。では私はそろそろこの辺で……」


 そう言って、そそくさと退散しようとするクルス。

 そろそろチェルソの元に戻らねばならない。


「む、どうした。もう行くのか?」

「ええ、人を待たせております」


 そこで隣で話を聞いていたギルマンが聞いてくる。


「不動産屋にお戻りになられるのですか?」

「ええ」


 それを聞いてバフェットが割り込んでくる。


「何だ、物件探しか? どんな物件だ?」

「はい。友人の骨董屋に適した物件を……」


 “骨董屋”というワードに過敏な反応を示すバフェット。

 

「ほう……。クルスよ、その骨董屋の品の質はお前から見てどうだ?」

「はぁ。素人目ですが、品質は良いのではないかと」


 そして今度は獲物を見つけた獰猛な肉食獣の様な眼差しで提案してくるバフェット。


「よしクルス。その骨董屋に私にも一枚噛ませろ。その骨董屋の品を見て私が満足したなら物件探しを手伝ってやる。何なら出資してやっても良い」


 突然の豪気な提案に面食らうクルス。


「い、いえ、伯爵様にそこまでして頂くのは……」

「なーに、この程度たいした事ではないぞ。クルスよ。これは先ほどの礼だよ」


 ……先ほどの礼、というのはもしかして『湯のみ』の事を言っているのだろうか。

 あの湯のみの原価は知らないが、百円均一のお店で似たようなものを見た事があった。


 対価が釣り合ってないにも程がある。


 何やら意図せず、詐欺師になってしまったような罪悪感を覚えるクルス。

 だが、そんなクルスの気など知らずにバフェットは勇ましく立ち上がった。

 

「よし、行こうか。不動産屋へ」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月26日(土) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月25日  後書きに次話更新日を追加

※10月15日  誤字修正

※ 4月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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