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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
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68.“吸血鬼”の誓い



「大丈夫ですか? チェルソさん」


 クルスとハルに正体を看破され顔が真っ赤のチェルソを、ぱたぱたと扇ぎながらハルが言う。

 気を利かせたジルドが売り物の扇子を貸してくれたのだ。


「ああ。大丈夫だ。すまない、少し取り乱した」


 扇がれて多少は落ち着きを取り戻したチェルソはハルに尋ねる。


「いきなりこんなことを聞くのもどうかというのは重々承知しているんだが、ハルちゃんは……その……一体何者なんだい?」

「え? 私ですか?」


 そう言ってハルはちらりと視線をクルスに移す。

 “言ってもいいか”という意志確認である。


 それに頷くクルス。

 その様子を見てハルは答えた。


「私はHL-426型のアンドロイド。お察しの通り人間ではありません」

「何だって? アン……ドロイド?」

「ええ。何といいますか、機械ですね」

「き、きかい……」


 まったく違う文化圏に生きてると、言葉は通じても会話が成立しないらしい。

 見かねたクルスが助け舟を出す。


「ハル、合成樹脂をめくって見せてみろ」

「え、マスター。だ、ダメです。そんな“めくる”なんて、破廉恥ハレンチな……」


 そう言って頬を赤らめるハルに、冷ややかな視線を送るクルス。


「……」


 “いいからさっさとしろ”とでも言いそうなクルスの様子を見て、一瞬で真面目モードになるハル。


「マスター、ごめんなさい。今めくります」


 そう言って腕の一部の樹脂をめくるハル。

 普段は隠されている鋼鉄の機械部分が露になる。

 驚愕の表情を浮かべる三人の“吸血鬼”。


「ほ、本当に人間じゃないのか……」

「はい。なので噛まれても眷属化の心配はないわけです」

「な、なるほど。じゃあ君もこの大陸の外から来たのかい?」

「アンドロイドはマリネリス大陸ではなく、ルサールカ人工島というところの技術ですね」

「ふうむ……」

 

 腕組みをして唸るチェルソ。

 彼は質問を続行した。


「何故、ハルちゃんを眷属化できなかったのかはわかったよ。もうひとつ聞きたいんだが、君たちはどこでルチアが“吸血鬼”だと知ったんだい?」


 この質問に対してはちゃんと回答を用意してあった。

 ハルが答える。


「はい、実は私が街を歩いていたら、偶々ルチアちゃんの口から牙がにょきって生えるところを目撃しまして、それでマスターと一緒にルチアちゃんを尾行したんです」

「やっぱりそうだったか。わかった、ありがとう。これで知りたい事は大体わかったかな」

 

 疑問点を潰せたようで満足げなチェルソ。

 その後、しばらく皆で談笑する。


 彼らはクルスが設定した悪役ヴィランであるのは確かだが、こうして実際に接してみると気のいい連中だ。

 ひょっとするとそこらの人間よりもよっぽど善なる存在かもしれない。

 家族に手を出さなければ、であるが。


 クルスの処女作『ナイツオブサイドニア』の作中では正体が露見したルチアとジルドが人間に殺されて、怒り狂ったチェルソが街を壊滅させる。

 それを屠ったのはやはりレジーナだ。

 その戦いで彼女は文字通りの英雄となった。


 今回彼女の活躍の場を奪ってしまったわけだが、街ひとつの犠牲と比べればそんなものは些事である。

 それに作中ではノアキスが壊滅してしまった事により、ザルカ帝国が開戦に踏み切るわけだがそれも回避できただろう。


 唯一の懸念はクルスがこうして作中の歴史を改変していく事により、取り返しのつかない影響が出てくるかもしれない事であった。

 しかし、それに関してはしょうがないと割り切っている。


 一匹の蝶が羽ばたく事が引き金となり、遠方で竜巻が起こるなどという説もある。

 そんなもの人間にコントロールできるわけがないのだ。


 それに歴史を改変しているのはクルスだけではない。

 

 邪神バルトロメウス。

 “殺人鬼マーダー”であるラム爺が今際の際に遺した台詞。

 

 単なる病原菌がこの世界でなぜ邪神などと呼ばれ崇められているのかはわからないが、それが『世界の歪み』に関することなのは間違いない。

 リオネルが言っていた邪教の件もいずれ洗わねばならない。


 そうクルスが思案していると、チェルソが何やら尋ねてきた。


「そういえばクルス君達はオットーの工房に出入りしているみたいだけど、何かの依頼クエスト絡みかい?」

「うん。チェルソさんもあの工房のことは知っているのか」

「ああ、ノアキスの中でも老舗の工房のひとつだからね。何を作ってるんだい?」

「“鐘”さ」

「“鐘”?」


 すると、その会話を聞いていたハルが割り込んでくる。


「マスター、それ言っちゃって大丈夫なんですか? 鐘の件は“あのヒゲ”から口止めされていたような……」


 それに対し、クルスは自分の計画を口にする。


「うん。その件でチェルソさん達に、ちょっとしたお願いというか提案があるんだ」


 そう言うとチェルソは前のめりになって答える。


「なんだい? 言ってごらん」

「チェルソさん。今、工房で作ってる鐘は『レヴィアタン』避けの鐘だ」


 それを聞いてチェルソは息を呑む。


「ほう。それは本当かい?」

「ああ、それが完成すれば海を越えて『プレアデス諸島』に行ける。そこでは色々な宝石が採れるんだ。例えばこんな……」


 そう言ってクルスは予め指輪で生成しておいたマラカイトの原石を卓の上に置く。

 淡いグリーンの表面に孔雀の羽を思わせる縞模様が浮き出ている。

 マラカイトが“孔雀石”とも呼ばれる所以である。


 その石に真っ先に興味を示したのはやはりジルドだ。


「それ、ちょっと見せて!!」

「いいよ、ほら」

 

 原石を渡してやるとジルドはそれを手に取り、食い入るように見つめる。

 今この場で加工を始めてしまいそうな勢いであった。


 一通り眺め終わった後、ジルドはため息混じりに言う。


「この種類の石は見た事ないよ。何ていうの?」

「マラカイトだ」

「ふうん……。マラカイト……」


 言うなり、またじーっと石を眺め出すジルド。

 それを横目にチェルソが聞いてくる。


「それでお願いっていうのはその原石の加工かい?」

「いや、そんなんじゃないさ。チェルソさん達も『プレアデス諸島』への旅に同行する気はないかい?」


 その言葉に三人の“吸血鬼”達は色めき立つ。


「ほう……何でまた?」

「俺はマリネリス大陸ではどの宝石が希少だとか、そういうのがわからないからな。そういうことに明るそうな骨董屋さんが同行してくれれば助かるんだ」

「ふうむ……」


 腕を組んでじっと考え込むチェルソ。

 それを見守る子供たちは瞳を輝かせている。

 永い時を生きている彼らにとって未知の土地というものはこれ以上ない娯楽なのかもしれない。


 その様子を見て取ったクルスは背中をそっと押してやる。


「これはチェルソさん達にとってそんなに悪い話じゃないと思う。“吸血鬼”であるチェルソさん達にとって、他の土地を知っておく事は保険になるだろう? 万が一の時はそこに高飛びすればいいんだし」

「……」

「それに子供たちも息抜きが必要なんじゃないか? 海を越えた土地でしばらく羽根を伸ばすっていうのも良いだろう」


 ルチアとジルドが目を輝かせながらうんうんと頷いている。

 チェルソはその様子を認めるとため息まじりに言った。


「わかった、わかったよ。その旅に同行させてもらおう」

「ありがとう、チェルソさん」


 やったー、と喜ぶ子供たち。

 しかしチェルソは油断なくクルスに提案してきた。

 

「だが、こちらからも条件を出させてくれ」

「条件?」

「ああ、まず一つ。旅の途中の安全の保証」

「ああ、それなら心配いらない。いざとなればあらゆる手を使って守る。約束するよ」


 クルスはいざとなったら軽機関銃ライトマシンガンでも何でも生成して『レヴィアタン』を追い払うのも辞さない覚悟を持っていた。


「結構。それともう一つ。もし旅の途中で僕らが“渇いた”らクルス君の血をくれ。一滴、二滴ほど皿とかコップとかに垂らしてくれるだけで構わない」

「それならお安い御用だ。ところで普段は“渇いた”時はどうしてるんだ?」


 クルスの問いにチェルソは頭を抱えながら答える。


「それが難題でね。教会に忍び込んで息を引き取った人から少量頂いたり、自殺者の骸から貰ったりしている。この前は盗みに来たこそ泥から拝借した。まぁ彼には反省の色も見えなかったし自業自得だろう」

「なるほど。もしノアキスからドゥルセに引っ越すなら、俺に言ってくれればいつでも血をあげられるけど、どうする?」


 途端に表情を明るくするチェルソ。

 だが、すぐに曇った。

 何か問題があるようだ。


「それは本当に魅力的な提案だな。だが生憎、引越し費用をまだ稼げていない」


 クルスはできることならこの“吸血鬼”達を目の届く範囲に置いておきたかった。

 何かあった時にフォローできるかもしれないからだ。


「少しなら援助するよ、無利子でね。もちろんいずれ返してもらうけど」

「いいのかい?」

「ああ、ただし一つだけ約束してくれ。“絶対に人間を襲わない”って」

「わかった。誓おう」


 神妙な顔つきのチェルソは立ち上がって手を伸ばしてくる。

 そしてクルスとがっちり握手を交わした。


 その瞬間、心の中で大きく安堵するクルス。

 一切の戦闘行為なしに最凶の悪役を無力化できたのだ。



 未だ光明の見えない空想世界を巡る旅ではあるが、今後プレアデスに行く事で何らかの進展があるかもしれない。

 おまけに人脈も整ってきた。


 後は『世界の歪み』を見つけるだけだ。

 

 当初に比べて前途は明るいと言えるだろう。

 歯車ががっちりと噛み合い前進する感覚にクルスは大いに満足していた。





----------------------





 勤務先の大学病院で医師・葛城は、自らの担当患者を診ながら物思いに耽っていた。


 バルトロメウス症候群。

 この患者を蝕んでいる病気の名前だ。


 患者の家族にこの病気が寄生虫によるものだと告知してからしばらく経つ。

 その間にも葛城は独自に調査を進めていた。

 葛城は生物学に明るいわけではなかったが、この患者の脳を蝕んでいる寄生虫について興味が湧いたのだ。


 その寄生虫の名は『バルトロメウス線虫』。

 オランダの医学者であるバルトロメウス・スホルテンによって発見された。

 顕微鏡を通してでしか見ることのできない微細な線虫である。

 

 だが調べてみると、幾ら微細だとしても寄生虫というものは宿主の行動に影響を与えるものらしい。

 否、影響どころか“操っている”と言うべきなのかもしれない。


 例を挙げると、カマキリに寄生したハリガネムシは水中に戻るために宿主を入水させる。

 ユーハプロキスという吸虫はメダカの一種であるカリフォルニアカダヤシを水面に上昇させ、鳥類に捕食される確率を上げている。


 行動を操られるのは人間も同じである。


 一番多くの人間が感染しているとされる寄生虫はトキソプラズマであろう。

 世界人口の三分の一が感染しているといわれる。


 トキソプラズマはネコの腸内で繁殖している寄生虫であり、ネズミがこれに感染すると捕食者であるネコに擦り寄る異常行動を示すようになる。

 トキソプラズマが終宿主であるネコの腸内に向かう為に、ネズミが食われるように仕向けるのだそうだ。


 人間が感染すると鬱病の発症率が上がる等のリスクがあり、性格も変わってしまうという研究結果も出ている。

 一説によるとトキソプラズマに感染した人間は“猫好き”になるそうだ。



 『バルトロメウス線虫』が果たしてどの生物を終宿主とする寄生虫なのかはまだわかっていない。

 だがおそらくヒトではないだろう。


 ヒトが感染した途端眠りだして、その場で死んでしまったら彼らは繁殖できない。


 他の生物に捕食させるにしても、宿主を動き回らせた方が効率が良いのは明白である。

 眠らせてどうするというのだ。



 もしかすると『バルトロメウス線虫』は進化の袋小路に陥ってしまった哀れな虫なのかもしれない。

 その哀れな虫に寄生されるのはもっと哀れなのだが。


 葛城は目を閉じて静かに考える。

 どうにかしてこの患者を救うことはできないものか。





用語補足


終宿主

 一部の寄生虫は幼虫の頃に本来の宿主とは違う種の生物の体内に入りそこで成長する。

 そして成長を終えた後、終宿主の体内で繁殖をする。

 

 

 

お読み頂きありがとうございます。


今回で第四章は終了で、次話から第五章のはじまりです。

五章ではついに『危難の海』を渡りプレアデスへと向かう航海が始まります。

そしてかの地でとうとう『世界の歪み』を……。




次話更新は 8月17日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月16日  後書きに次話更新日を追加 

※11月19日  一部文章を修正・追加

※ 4月12日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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