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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
66/327

66.“私の”ドレスを




 異民どもが去った後の骨董屋パニッツィにて。

 店の片付けをしながらチェルソは今日の事を振り返る。


 あの後は特に大過なく閉店の時間を迎えることができた。

 当初は客入りが少ない凪の一日かと思っていたが、蓋を開けてみればとんだ嵐の日であった。

 手早く業務を片付けて、普段と同じ様に簡単な夕食を拵えてから地下室の二人を呼び出す。


「ルチア、ジルド。夕飯にしよう。二階へ上がっておいで」

「はーい」

「……」


 ジルドの声は聞こえたが、ルチアのは聞こえなかった。

 昼間の件を引き摺っているようだ。


 昨日とは打って変わってどんよりとした食卓を三人で囲む。

 いつものように神への祈りを捧げてから食事を始めようとした時、ルチアが立ち上がった。


「あ、あの……」


 ルチアが涙目になりながらチェルソに向き合う。

 そして腰を折って頭を下げた。


「誠に申し訳ございません! “お母様”」


 普段の子供の声・仕草ではなく、教養を持った成人女性のように謝罪するルチア。

 チェルソも気づかぬうちに、子供達はいつの間にかこういう言葉遣いを覚えていたのだ。


 謝罪するルチアに優しく声をかけるチェルソ。


「ルチア、気にしないでいい。おまえは悪くないよ」

「で、でも“お母様”……」

「ルチア、僕は今は“おにいちゃん”だよ」

「し、失礼致しました……」

「普段の言葉遣いでいいよ。僕は怒ってないから」

「はい……」


 チェルソは実は女性であり、本当の名はチェーリアという。

 そして二人の子供たちは眷属になって以来、チェーリアのことを母と呼んでいた。


 不老の為ずっと見た目が変わらないチェーリアは、およそ六~七年周期で引越しをしている。

 そしてその引越しの際、化粧や髪型などで大きく外見を変えて別人になりすますのだ。


 男装したのは今回の引越しが初めてであったが、大分コツを掴んできていた。

 今まで誰にもバレたことはない。



「ねえ、ルチア」


 今まで黙っていたジルドが口を挟む。


「何? ジルド」

「どうしてバレたの? お前が“吸血鬼ヴァンパイア”だってこと。僧兵達はなんで気づいたのか、心当たりある?」

「それは……」


 言いよどむルチア。

 それはチェルソも気になっていたことだった。


「僕もそれは気になるな。ルチア、怒ったりしないから言ってごらん」

「は、はい……」


 そうしてルチアは語り出す。

 友達のエルマと遊びに行った先で大量の血を見る機会があり、そこで発作的に“渇いて”しまった事。

 その様子をエルマに見られ、怪しまれたかもしれない事。


「なるほどね……」


 話を聞いたチェルソは納得する。

 おそらくルチアの事を僧兵に通報したのはエルマだろう。


「あ、あの、おにいちゃん?」


 ルチアが不安そうな眼差しでチェルソに話しかける。


「ん、なんだい?」

「エルマちゃんのこと、……消しちゃうの?」


 消す、というのはつまり口封じだ。

 チェルソ達三人の安全を考慮すれば、目撃者の口は早めに塞いでおいた方が賢明だ。


 自分達の身を守る為にも、この辺の判断は冷徹にしなければならない。

 それはルチアの友達といえども例外ではない。


 だが今回に限って言えば別だ。


 あの異民どものお陰で、ルチアの疑いは見事に晴れている。

 むしろ今このタイミングで通報者であるエルマを消したら、せっかく疑いが晴れたのにそれが台無しになる恐れもある。


「ルチア、大丈夫だ。心配はいらない。あの異民どもには感謝しないといけないね」

「じ、じゃあ!」

「うん、今回エルマちゃんには何もしない」

「よかった……」


 そう言って、胸を撫で下ろすルチア。

 自分のせいで友達が死んでしまう事になるかも知れなかったが、その事態を避けられて安堵しているようだ。


「でも、ルチア。今回はたまたま大事には至らなかったけど、友達を大切にしたいのならもっと自制する事を覚えないと駄目だ」


 一転して厳しい調子で告げるチェルソ。


「は、はい。ごめんなさい……」

「“渇き”の発作は僕でもコントロールできない時もあるから仕方ない部分はある。でもそれとは別に、お前はハルとかいう金髪女の挑発に我を忘れただろ。今回は結果的にそれが正解だったけど、本来は他人に噛み付くなんて絶対に駄目だよ」

「……はい」

「勘違いしないで欲しいんだが、これはお前のためを思って言っているんだからね。僕だって家族を失うのは嫌だ。それをわかって欲しい」

「……うん。ありがとう、おにいちゃん」


 これで、僧兵がなぜルチアに気づいたかはわかった。

 あとは……。

 同じ考えに至っていたらしいジルドがルチアに聞く。


「じゃあ、その異民達はどうやって気づいたんだろ。ルチアも知らない人達だったんでしょ?」

「うん、お外では見たことない人達だったよ」


 その時チェルソは一つの仮説を思いついた。

 彼は今思いついたことを口に出す。


「ひょっとすると、その異民たちも“渇き”の現場を見ていたかもしれない。ルチア、あの時お前の周りに奴らが居たんじゃないか?」


 それに対ししばし考え込むルチア。


「うーん……。その時は“渇いて”て周りのことはあんまり見えてなかっ……!!」


 何かを思い出したようにはっとするルチア。

 そして手で膝を打って叫ぶ。


「いた! 金髪女はあそこにいたよ! 黒髪の男は見てないけど」


 それを聞いて諸々の事に合点がいくチェルソ。


「やっぱりな。その時ルチアが“吸血鬼”だって気づいて、こっそりついてきたんだろう」


 これで幾らか謎は解明できた。

 だが、まだ彼らの行動には不可解な部分が残っている。


「なんで庇ってくれたんだろうね?」


 ジルドがぼそりと呟いた。

 それこそがチェルソが最も知りたい事であった。


 じいっと考え込むチェルソとジルド。

 その静寂に耐えられなくなったのか、ルチアが明るい声を出した。


「きっと、ウチの商品を気に入ったんだよ! あんなにいっぱい買ってくれたんだし」


 ルチアの推測は随分と楽天的だ。

 いや、意外と真実はそんなところなのかもしれないが、その確率は低いような気がする。


 いずれにしろ、判断材料が足りない。

 足で情報を稼ぐ必要があった。


 食事を終えた後、チェルソはルチアに告げる。


「ルチア、僕の……いや、“私の”ドレスを用意してくれる? あんまり派手じゃないのをお願い」


 習得した男性喋りを捨て、本来の女性喋りに戻るチェーリア。


「え? うん、わかった」


 そう言ってクローゼットに向かうルチア。

 一瞬で意図を悟ってくれたようだ。


 そしてそれはジルドも同じであった。

 チェーリアに尋ねてくる。


「異民のことを探りに行くんでしょ? ぼくも一緒に行った方がいい?」


 それを聞いて、一瞬考えてチェーリアは答えた。


「そうね。ジルドは影に隠れて私の周りを見張ってて。何かあったらすぐルチアに知らせられるようにね」

「わかった」

「あなたは彼らに顔を見られてないけど、念の為マスクを被っていきなさい」

「うん、とってくる」


 ジルドと入れ違いになってルチアが戻ってきた。


「はい、おかあさん。これ」


 そう言って、シックな黒のドレスとブロンドのウィッグを手渡してくる。


「ええ、ありがと」


 それを受け取り、着替えてから鏡のドレッサーの前で化粧を始めるチェーリア。

 なるべくチェルソの印象から遠ざかる為に濃い目のメイクを施す。


「これで別人に見えるかしら?」

「うん! ばっちりだよ」


 ルチアの太鼓判が出た。

 そこへ、フードに不気味なマスクを被って顔を隠したジルドも現れる。

 鳥のくちばしのような形をしたペストマスクだ。


「ジルド、私は確かにマスクを被れと言ったけど……。もっと他になかったの?」

「だってこれ、ずっと売れ残ってるやつじゃん」


 そういえばそうであった。

 他の社交界のダンスなんかで使うマスクや、子供の仮装パーティで使うようなものは絶賛品切れ中である。

 そもそも、マスクは客からリクエストが来たら取り寄せるか作るかするくらいであった。


「わかったわ、さてあんまり夜が更けてしまうと情報も集められないわ。出かけましょう、ジルド」

「うん」


 ルチアが言う。


「あれ、私は?」

「お前は異民に顔を見られてるから、お留守番だよ。この前みたいにこそ泥が来たら店を守っておくれ」

「うん!」

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん、気をつけてね」


 そうしてチェーリアとジルドは闇夜に紛れるように夜の街へと向かったのであった。




用語補足


ペストマスク

 その名の通りペスト医師が着用していたマスク。

 人を助ける医者には似つかわしくない不気味なデザインである。

 鳥のくちばしを模した意匠で、くちばしの部分にはハーブや香草がぎっしりと詰められている。

 それらで以って病を避けられると、当時の医師たちは信じていたようだ。

 

 


お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月7日(月) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月 6日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月18日  レイアウトを修正

※ 4月11日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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