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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
65/327

65.プレゼント



 驚愕の表情を浮かべるチェルソとルチア。

 そんな彼らに黒髪の異民クルスがにっこりと微笑みながら話しかけて来る。


「いやぁ、危ないところでしたね。“吸血鬼”さん達」


 クルスが言ったその台詞をチェルソは咀嚼する。

 どうもこの異民はチェルソ達が“吸血鬼ヴァンパイア”だという事を承知していたらしい。


 クルスに続いてハルが口を開く。

 彼女はルチアに対して謝罪の言葉を口にした。


「ルチアちゃん。ひるなんて失礼な事を言ってすみません。でも、ああするしかなかったんです」


 それに答えるルチア。


「……こっちこそ、思いっきり噛んでごめんなさい……」


 だがその言葉とは裏腹に、ルチアの警戒心はむき出しであった。

 口では謝罪の言葉を出したものの、目はハルから逸らさず僅かな隙も見せまいとしている。


 ルチア曰く、ハルは人間ではないそうだ。

 自然と仕込み杖を握る手に力が入るチェルソ。


「店主さん」


 クルスから声をかけられてハッとするチェルソ。

 彼の心臓はいつもより高鳴ってはいたが、可能な限り落ち着いて答えるよう努めた。


「……はい、何でしょう?」

「そんなに緊張しないでください。俺たちはあなた達“吸血鬼”と敵対する気は」

「ちょっと待ってください」


 クルスの発言を遮るチェルソ。


「はい?」

「現在、当店は“営業中”です。今こうやって話している間にも、お客様がいらっしゃるかもしれません。ですから……」


 “吸血鬼なんて単語を店内で口にするな”と、言外に匂わすチェルソ。

 幸い、クルスはすぐに察したようであった。


「なるほど、配慮が足りませんでした。でしたら、じっくりと話をするのはまた今度と致しましょう。俺たちはしばらくこの街に滞在する予定ですし」


 それは朗報だった。

 この異民からは、情報を聞き出さなければならないからだ。


 ハルが何故眷属化しなかったのか、そしてどうして彼らがチェルソ達を“吸血鬼”だと知っていたのか。

 それを探る為に、改めてこの異民たちと会う必要がある。


「でしたら、明後日は如何ですか? 店の定休日なんです」

「ええ、構いませんよ」

「では明後日、今回のお礼に昼食をご馳走させてください」

「そういうことでしたら是非」

「それは良かった。ところで、今日お買い上げになった商品は如何いたしますか? いますぐ必要でしたら、直ちに贈答用の包装をさせていただきますが」

「んー、いや。支払いだけ今日済ませて、品物は明後日受け取りに来ます」

「かしこまりました。ではこちらへ」


 そう言ってカウンターへクルスを招く。

 カウンターへ近付きながら、クルスが言った。


「ああ、その杖からは手を離して貰って大丈夫ですよ。こちらには戦う気はありませんから」


 背中に急に氷を突っ込まれたような戦慄を覚えるチェルソ。

 なぜ、こいつはその事を知っているのだ。

 カウンターの中は客からは絶対に見えない。

 ハルだけでなく、このクルスという男もまた何か超常の力を持っているとでもいうのか。

 手の平に汗をかきながらシラを切るチェルソ。


「失礼ですが、何を言っているかわかりかねます」

「ん? 勘違いでしたか。すみません」


 そう謝ると、何事もなかったようにカウンターに来て支払いを済ませるクルス。


「お買い上げ、ありがとうございます。では明後日、また当店にお越しください。腕によりをかけてお待ちしております」

「はい、楽しみにしています。それでは……あ」


 退店間際、クルスは目に留まった首飾りを手に取ると言った。


「すいません。これも買います」





------------------------






 骨董屋パニッツィを出たクルスとハルの二人は、ポーラ達が作業している工房へと向かっていた。


 ハルの前をクルスが歩いているがしばらく歩いた後、急に大きなため息を吐き出す。


「はあああ……」

「どうしたんですか? マスター」

「いや、物凄く緊張してたからさ」

「ええ? 私にはマスターはとっても落ち着いてるように見えましたよ?」

「そりゃ、そういう演技をしてただけだよ」

「そうなんですか。それにしても驚きましたよ。まさか悪役ヴィランを倒すんじゃなく、懐柔しようだなんて」


 クルスの意図を知るまでは、“吸血鬼”と戦う気まんまんだったハル。

 今回は見事に肩透かしを食らったわけだが、このような形で食らうのなら悪くないと思った。


「まあな。あいつらは他の悪役とは違って“話が通じる”連中だからな」

「そうですね。このままお食事もご馳走になって、仲良くなっちゃいましょう」

「おいハル、油断すんなよ。あいつらは争いを好まないってだけで、一旦やるって決めたら容赦ないぞ」

「でも、今日だってほぼ台本通りだったじゃないですか」

「そういえば、そうだったな」

「はい。あ、台本で思い出しましたけど、最後にマスターが買った首飾りって何だったんですか? あれ台本になかったですよね?」


 クルスは支払いを終えた直後に、突如思いついたように件の首飾りを購入している。

 ダラハイド家へのお土産ではないようで、包装もせずクルスがその場で受け取っていた。


「ああ、それな……」


 そう言ってクルスは首飾りを取り出すと、ぶっきらぼうな動作でハルに差し出す。


「……これ、やる」

「へ?」


 瞬間、フリーズしてしまうアンドロイド。

 それでも何とか再起動を果たし、言葉を搾り出す。


「こ、これって……もしかしてま、マスターからの、ぷぷぷぷプレゼント、ですか……?」

「まぁ、その、なんだ……。普段から何だかんだ世話になってるのに、何もあげないってのもアレだからな」


 などと照れくさそうに述べるクルス。

 その言葉に感動したハルはクルスに抱きつこうとする。


「マスターーーー!!!」


 しかし飛びつく角度が悪く、ヘッドバットのようになってしまった。


「ぐむっ!」


 ハルの頭突きをまともに食らい、胸の辺りを苦しそうに押さえるクルス。


「ああ、マスター……ごめんなさい。はしゃいでしまって」

「げほっごほっ。……おいハル。やっぱりそれ返せ」

「え、ダメです。嫌です。返しません」

「……」

「……」


 次の瞬間、二人の熾烈な追いかけっこが勃発した。





----------------------





 工房の中で特にやる事も無く手持ち無沙汰だったフィオレンティーナ・サリーニは、椅子に座ってポーラ達の作業を眺めていた。


 クルス、ハルの二人と別れた後、クルスに言われた通りに宿屋の確認をしたフィオレンティーナ。

 宿屋の部屋はジャンルイージ・ガンドルフォ猊下によってしっかりと押さえられていた。

 その後、翌日のノアキス案内プランを練っていたがそれもすぐに終わってしまう。


 そうして暇を持て余してしまった彼女は早めに合流場所である工房に来てしまったのだ。

 今は邪魔にならないように隅の方でじっとして物思いに耽っている。


 そして、とある考えがふつふつと湧き上がってくる。

 クルス、ハルと別れた時の会話を今になって考えてみると、あの時のクルスの弁が不自然だったように思えたのだ。



 そう、まるでフィオレンティーナを厄介払いでもしていたかのような……。

 ひょっとしてあの二人は……。


 そう思うとフィオレンティーナの胸は何故だか妙に締め付けられた。

 そして締め付けられた胸から漏れ出すように、ため息が出る。


「はあああ……」

「どうした? フィオ、具合でも、わるいのか?」


 手が空いたナゼールが様子を見に来た。


「いや、具合は悪くないんですけどね。何ていうか……ふぅ」


 そう言ってもう一回ため息を吐く。

 それを見たナゼールが心配そうに尋ねてきた。


「もしかして、相談事か?」


 その言葉に少し驚くフィオレンティーナ。

 あまりそういう機微は持ち合わせていなさそうなナゼールだったが、案外気配りは出来るらしい。


 彼に聞いてみようか。

 フィオレンティーナにはクルスの事で、最近ずっと気になってる事があったのだ。


 ナゼールは自分よりクルスとの付き合いが長い。

 その答えを知っている可能性はあった。


 フィオレンティーナは覚悟を決める。


「はい、相談事です。……ナゼールさん、笑わないで聞いてくださいね」

「ああ、いいが。何だ?」

「……クルスさんとハルさんって、その、……付き合ってるんですかね?」


 その問いにナゼールはさも当然といった様子で答えた


「ああ、そうだと思うが……」


 その瞬間、更にぎゅうっと胸が締め付けられるフィオレンティーナ。


「あ、ああ。やっぱりそうでしたか……」


 とだけ言うのが精一杯であった。

 平静を装い笑顔をつくるがきっとその笑みは、ぎこちないものだったに違いない。


 そんな傷心のフィオレンティーナに別の人物からお声がかかる。


「私は、違うと思うわ」


 その方向を見るとこちらも手が空いたのか、レリアが傍に立っている。


「え? ち、違うんですか?」

「たぶんね。前にハルさんと一緒の部屋に、泊まった、時に“ちがう”って言ってたわ」

「へええ……」


 ふっと心が軽くなったのも束の間、今度はそのレリアが聞いてくる。


「惚れたの? 彼に」


 文字通り、息が止まるフィオレンティーナ。

 慌てて言葉を搾り出そうとするが、意味を成した単語が一つも出てこない。


「だっ、どぅっ、えっ、ええと、その…」


 しどろもどろのフィオレンティーナの様子を見て、けたけたと笑うナゼールとレリア。

 笑いながらナゼールが言ってくる。


「内緒にしといてやるよ。ひとつ、貸しだ」

「い、いや、まだ自分でもわからなくて……。すっごい気にはなってるんですけど……」


 顔を真っ赤にしながらフィオレンティーナが言うと、レリアが呆れ気味に呟いた。


「それ、もう確定よ……」


 そこへ、クルスとハル達が戻ってくる。


 なぜかクルスだけが、ぜぇぜぇと息を切らしている。

 一方のハルはどういうわけか勝ち誇った表情をしていた。


 すかさずレリアが耳元で囁いてきた。


「……どうするの? 今言っちゃえば?」


 ぶんぶんと首を振るフィオレンティーナ。

 今はまだ、そのことは先送りにしたかった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 8月5日(土) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月 4日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月18日  レイアウトを修正

※ 4月11日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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