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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
62/327

62.三十二行目


 クルス達はノアキス大聖堂を去った後、鐘造りの為に提供された工房へと向かっていた。

 フィオレンティーナに先導されながら、大聖堂を出て商業区へと向かうクルス達。


 やがて一行は、しっかりした造りの工房の前で立ち止まる。

 ここが件の工房であるらしい。


 工房を前にして、キラキラと目を輝かせたポーラが言う。


「ここが、“こうぼう”ですか!!」


 中から赤熱した鉄を叩く甲高い音が響いていた。

 どうやら職人達が作業しているようだ。


「そうですね。猊下げいかに紹介されたのはここに間違いないみたいですね。とりあえず入ってみましょうか」


 そう言って扉を開けるフィオレンティーナ。

 クルス達もそれに続く。


「あのう、ごめんくださーい」


 作業中の職人達に向かって声をかけるフィオレンティーナ。

 すると、向こうから女性の声で返事が聞こえる。


「あいよー、ちょっと待っててー!」


 そうしてどたどたと足音を響かせながら一人の職人がこちらにやって来た。

 その職人は、身長がクルスの胸のあたりまでしかない小さな背であったが子供ではない。


 ドワーフの女性だ。

 がっちりとした体はところどころすすで汚れていた。


「はいはい。ウチの工房に何か用かい? ……って、うお。異民だ! ってことはあんたらが例の“鐘”を作りたいっていう……?」

「ええ、そうなんです。こちらで作らせて頂けると伺ってきたのですが」

「うん、その話はもちろん聞いてるよ。あ、とりあえず応接室に案内するよ。ついてきて」


 ドワーフ女に案内されて中を進むクルス達。


 そのクルス達を物珍しそうな目で見る職人の男達。

 ドワーフと人間の割合はおおよそ半々であろうか。



「はい。ここが応接室。ちょっと狭いけどここで待ってて」

「わかりました」

「あ、それとさ。こんな事聞くのもアレなんだけど、異民の人たちってこっちの言葉喋れんの?」


 ここまでのやり取りは全てフィオレンティーナに任せていたクルス。

 ここで初めて口を開く。


「もちろん。こっちのプレアデスの民達はまだ不完全だけど、意思疎通は問題ないよ」


 クルスがそう告げるとドワーフ女はほっと胸を撫で下ろした。


「そっか、良かった。安心したよ。んじゃ私は親方連れて来るから」

「よろしく」


 どたどたと足音を響かせながら走り去るドワーフ女。

 このような雑事を引き受けているということは見習いなのだろうか。


 彼女が応接室を出たところでナゼールが聞いてくる。


「クルスさん。なんだ、あのちっこい女」


 プレアデス諸島にはエルフやドワーフはいない。

 かわりに獣人族ライカンスロープがいるのだが。


「ドワーフだよ。ちなみに、あれで成人だからな。ちっこいとか言って馬鹿にするなよナゼール」

「ああ、わかった」


 程なくして先ほどのドワーフ女が親方と思しき男性を連れて来る。

 野太い声で挨拶するはこちらもドワーフだ。


「待たせたな、客人。ここの工房を預かっているオットーだ」


 オットーは立派な髭をたくわえた筋骨隆々の見た目で、工房の槌よりは斧でも持っていた方が似合いそうでもあるが、実直そうな職人にも見える。

 オットーに応え自己紹介をするクルス達。


 オットーもドワーフ女と同じく異民であるクルス達と意思疎通できるのかを心配していたようだったが、自己紹介の言葉を聞いてひとまず安心したようであった。


「よろしくな、客人ども。さて早速、鐘の話を始めるか。……と、その前に……」


 オットーはドワーフ女に向かって怒鳴る。


「おいヘルガ! 客が来たらまずは茶を出せっつってんだろ!」


 ヘルガと呼ばれたドワーフ女が直立不動で答える。


「すみません親方! いま持ってきます!」

「工房長だ!」

「すみません! 工房長!」


 そう言ってどたどたと走っていくヘルガ。

 そんな彼女の後姿を見てオットーはため息を漏らす。


「やれやれ……。あいつセンスはいいんだが、こういう細かい気配りがなっちゃいねぇ。まぁそれは置いておいて、とりあえず話を始めちまうか。あんたらが『レヴィアタン』避けの鐘を作りたいってとこまでは猊下から聞いてるんだが」

「はい。ええと、詳しい話はポーラが……」


 件の鐘に関してはクルスは門外漢なので、素直に専門家に振る。


「お、そこのネコの嬢ちゃんか」

「は、はいっ」


 ポーラは複数の図面を取り出しながら説明を開始した。

 バーラムの農場で苦心しながら引いていた図面である。


 見ると通常の鐘とは異なり、内部の形状に複雑な起伏がある。

 この起伏で音を反響させて『レヴィアタン』が嫌がる音を出すのだろう。

 図面を見たオットーは鋭い目つきだ。


「んー、なるほどな。……鐘の中の構造が随分複雑だな。こりゃあ再現に骨が折れそうだな」

「でも、こうしないと、音がでません」


 屈強な見た目のオットーに怯えた様子もなく、はっきりと言うポーラ。

 自分の専門分野の事になると強情になる性格なのだろうか。


「誰もできねぇとは言ってねぇよ。ただ、時間がかかりそうだなって話だ」

「じゃあ、今日から、もうやらないと……」


 その言葉を聞いたオットーは目を丸くする。


「ほう、やる気充分って感じだな。だが生憎今日は手が空いてる職人がいねえ。俺もこの後、別件の用事が……」


 そう言いかけたところで、ヘルガがお茶を持って入室してきた。


「お茶をお持ちしました!」


 その時、オットーがなにか閃いた様子で言う。


「あ、丁度いい。こいつなら今日から貸してやれるぜ。おいヘルガ。このネコの嬢ちゃんがもう作業してぇそうだから手伝ってやれ」

「はい! 親方……じゃなくて工房長!」

「おう、作業場に案内してやんな」


 そうしてヘルガの使用している作業場に案内された一行。

 聞くところによると、このヘルガという女性はやはり見習いであるらしい。


 この工房はかなりしっかりした教育をする事で知られているそうだ。

 見習いであるヘルガにも作業スペースが割り当てられている事からもそれは窺える。


 とは言え、その作業スペースにクルス達全員が入るわけではない。

 更に言えばポーラ以外は工房作業の素人である。


 そこでヘルガが提案する。


「うーん、二、三人ポーラさんの助手で残ってもらって、他は街をブラブラしてきたら?」


 それを聞いたポーラは間髪入れずに言った。


「若様、レリア。私たちで、やりましょう」


 短い言葉の中に気迫をみなぎらせたポーラの表情に何か感じるものがあったのかレリアは静かに頷いて応える。

 そしてその隣のナゼールは確かな意思を瞳に滾らせながら口を開いた。


「もちろんだ。ここまで俺達は、ずっとクルスさん達に、世話になりっぱなしだった。でも、ここからは俺達で、がんばるんだ」


 決意に満ちた三人の様子を目の当たりにしたクルスは素直に身を引くことを決める。


「三人の気持ちはよくわかった。でも、助けが必要になったらいつでも言ってくれよ」

「はいっ」


 ポーラが三人を代表して応える。

 この少女はもう、バーラムで悩み、泣いていた頃のポーラではない。

 任せてしまって大丈夫だろう。


「よし、日没までにこの工房に迎えに来るからそれまで作業していてくれ。ハル、フィオ、行こう」





----------------------






 工房を出てノアキスの町を歩くクルス、ハル、フィオレンティーナの三名。


 主であるクルスについて歩きながら、ハルはずっと考えていた。

 工房にいる間、ハルはここでの“皆の役割”というものを考えていた。


 フィオレンティーナがノアキスを案内し、ポーラを筆頭としたプレアデス勢が鐘を作り、クルスは“吸血鬼ヴァンパイア”対策を考えている。


 では自分の役割は何だ。


 それは言うまでもなく、“吸血鬼”の撃滅であろう。


 クルス曰く、人間と“吸血鬼”は相性が悪い。

 噛まれただけで眷属に変えられてしまうという。

 アンドロイドであるハルの仕事であることに疑いは無かった。



 暫く三人で歩いたところでフィオレンティーナがクルスに提案する。


「それじゃあ今日は私が街を案内しましょうか?」


 だが、クルスはこれを拒否した。


「いや、フィオは先に宿を見てきてくれないか。猊下が手配してくれているとはいえ、手違いが無いとも限らない。“吸血鬼”がうろついてる街で、日没後に宿無しっていう事態は避けたいしな。それに、フィオのいた古教会に何度もお世話になるのも悪いだろう」

「は、はぁ。それはそうですけど……。お二人はどうするんですか?」

「ダラハイド家の皆への土産を探してくる。プレアデス勢をずっと泊めてくれたのに、結局こっちは一銭も払ってないからな。少々高いのを恩返ししないと」


 それを聞いてハルは以前にクルスが“キャスリン奥様ときたら一向に礼を受け取ってくれない”とぼやいていたのを思い出す。


「それは返さないとダメですね、マスター」

「だろ? それにこういうのは、忘れないうちにやっておかないとな。というわけで街の案内は明日にでも改めてお願いするよ、フィオ」


 その言葉に納得した表情を浮かべるフィオレンティーナ。


「わかりました。たしかにその方がいいかもしれません。ではまた後で」

「ああ、またな。ハル、行くぞ」

「はい、マスター」


 そうしてフィオレンティーナと別れ、歩き出すクルスとハル。


 二人でしばらく並んで歩く。

 無言なのも何だか気まずいのでハルが話題を振った。


「こうして二人で並んで歩いていると何だかデートみたいですね、なんちゃって」


 しょうもない冗談を言っているという自覚はあるのだが、他に話題が思い浮かばなかった。

 だが、それに対するクルスの反応はハルの想定の外だった。


「なんだ、ハルはデートしたいのか? 別に俺は今日でも構わないけど……」


 その言葉に文字通り、目が飛び出さんばかりに驚愕の表情を浮かべるハル。


「え、え。そりゃあ私はマスターが望むのなら、い、いつだって……」


 今までまったくそっけなかったクルスの予想外の反応に動揺を露にするアンドロイド。



 ああ、動悸が。

 なんだか胸が痛い。

 ありもしない心臓がバクバクいっているようだ。


 ところが、そんなハルの様子などおかまいなしにクルスは言った。



「よし、わかった。今日やろう、デート」

「は、は、は、はい……!」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。ちゃんと“台本”も用意したし」



 ん?

 ………台本?


 デートに台本なんて使うのだろうか。

 頭の中がクエスチョンマークで一杯になるハル。


 急激に嫌な予感が鎌首をもたげる。

 ひょっとしてデートというのはクルスにとって何かの比喩表現であったのか。

 もしそうなら、ぬか喜びも甚だしい。


 兎にも角にも確認が必要だ。

 そう考えたハルはおそるおそるクルスに問いかける。


「あの、マスター。その台本を見せて頂いても?」

「もちろんだ。ちゃんと読み込んでもらわないと、“危ない”からな」


 クルスから台本を受け取り、流し読むハル。

 読んで彼女は落胆した。


 ああ、畜生、やっぱりだ。

 こんなの私が思ってたデートじゃない!

 などと叫び出したい衝動に駆られるハル。


 すっかりテンションを落としたハルがクルスに問いかける。


「マスター。これから“吸血鬼”のところに行くんですね?」

「うん、よくわかったな」

「そりゃわかりますよ! 台本のここ! この三十二行目! “ハルが噛まれる”って書いてあるじゃないですか!」

「……嫌か?」

「いえ、必要ならそれもやむなしですけど……。それに“吸血鬼”が三人居るなんて聞いてませんよ。相手が一人ならマスターの安全を確保しつつ倒せる自負はありますが、三人相手ではちょっと……」


 それを聞いたクルスは怪訝そうな顔をする。


「“倒せる”だと? 何か勘違いをしているみたいだな、ハル」

「え、勘違いですか?」

「そうだ。台本を最後までしっかり読んでみてくれ」


 言われるまま台本を確認するハル。


 なんということだ。

 ハルは台本を精読してクルスの意図を完全に理解した。


「なるほど……。とんでもないこと考えますね、マスター」

「いやいやこれが一番合理的というか、楽なんだよ」


 さらっと言ってのけるが、この台本通りにいけば凄いことになりそうだ。

 だがその為にはいくつかのステップが必要だ。


「まずはルチアちゃん、でしたか。それとお友達のエルマちゃん」

「ああ。その二人に上手い事動いてもらわないといけない」


 そう言いながらクルスは黒い何かを指輪で生成する。


 銃声を小さくする消音機サプレッサーだ。

 そして『ベヘモスの胃袋』から取り出した《リューグナー18》に消音機を取り付ける。


 それを見たハルが呟く。

 今度は先ほどのような冗談ではなかった。


作戦デート開始ですね」

「ああ、命がけのな」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月27日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月26日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月18日  レイアウトを修正

※ 4月10日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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