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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
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61.実践主義者




 一夜をフィオレンティーナの古巣である教会で過ごした翌朝。

 クルス達はジャンルイージ・ガンドルフォ猊下げいかが待つノアキス大聖堂へと来ていた。


 大聖堂の威容に圧倒されたクルスは思わず声を漏らす。

 

「うっわ、でかっ」


 クルスだけでなくハルやプレアデスの皆もドーム型の真っ白な聖堂を、驚嘆の表情で見上げている。

 皆が大聖堂に視線を向けているとフィオレンティーナが自慢げに言ってくる。


「でしょう? これが大聖堂です。ま、私も数える程しか来た事ないんですけどね。さ、こっちですよ。まずは手続きを」


 昨夜は《奇跡》を皆に説明する先生の様であったが、一転して今日はツアーガイドの様である。


 フィオレンティーナを先頭にした一行は入り口で訪問の理由を述べて、僧兵に武器を預ける。

 武器は別に『ベヘモスの胃袋』に収納してもよかったのだが、あの袋に入れたものを取り出すのもそれはそれで面倒なのである。


 僧兵が先導する中を付いて行き、“こちらでお待ちください”と部屋に通される。


 現在、ガンドルフォは沐浴をしているそうだ。

 待っている間、部屋に飾ってある宗教画や聖人を象った彫刻などを見るクルス。

 あまりこういう芸術的なものには明るくないクルスではあったが、それらの作品には人を惹きつける何かがあるように思えた。


 クルスが彫刻を眺めていると、一人の人物がふらりと部屋に入って来た。

 見覚えのある老齢の神官である。

 彼に気付いたクルスは声をかけた。


「あれ、ベルナールさん。お久しぶりです」

「黒髪の人が見えたので覗いてみたんですが、やはりクルスさんでしたか。元気そうで良かった」


 バーラムの町で世話になった神官のベルナールであった。

 農場でジョスリン少年が井戸に落ちた時にも、彼の助けを借りた。


「おかげさまで元気でしたよ。拳闘会の時以来ですかね」

「そうですね。こんな所でクルスさんに会えたのも、光のお導きがあったからでしょう」

「そういえば、何故ノアキスに?」

「ここは私の故郷なんで、ずっと帰りたかったんですよ。ですのでバーラムで教えていた神官に、あの町は任せる事にしました」

「なるほど」


 そこへ、他の神官が部屋に入ってきて声をかけてくる。


「ベルナール様、そろそろ……」

「おっと、もうそんな時間でしたか。ではクルスさん、またご縁があればお会いしましょう」

「ええ、ベルナールさんもお元気で」


 ベルナールを見送ると丁度、僧兵からお呼びがかかる。


「お待たせいたしました。猊下のご準備が整いましたので、こちらへどうぞ」


 僧兵に付いて行くと、沐浴を終えてローブに着替えた猊下が優しい表情で待っていた。


 白髪の短い髪の上に控えめなデザインの教皇冠を乗せている。

 純白のローブには煌びやかな刺繍が施され大変に豪華に見えたが、これでも簡易版なのだろう。


 顔に刻まれた皺がかなりの高齢であることを想像させる。

 確か設定では齢九十を越えるのであったか。


 クルス達は一列に並び跪き、猊下の言葉を待つ。

 ガンドルフォは非常に落ち着いた様子で水を一杯飲んでから、口を開いた。


「よく来ましたね。異地の民達よ。ノアキスの地はあなたたちを歓迎します」


 その言葉に頭を下げる一同。


「ウィリアムから書を預かっているそうですね」

「はい、こちらになります」


 そう言ってエドガーからの“指示書”をガンドルフォお付きの者に預けるクルス。

 お付きからそれを受け取り、眼鏡をかけてゆっくりと読むガンドルフォ。

 読了した彼は苦笑まじりに呟いた。


「ふうむ、“指示書”ね……。やれやれ、相変わらず強気なことだ」


 エドガーのその傲慢な言い回しは、たしかにクルスもどうかと思ったものだ。

 本来なら“要請”というような言い回しなどで、あくまでお願いしているという体にしそうな事をド直球に“指示”している。


 普通なら激怒しそうなものだが、しかし猊下は僅かに困ったような顔をしただけであった。

 これはガンドルフォの温厚な人柄もさることながら、両国のパワーバランスも関係している。


 サイドニアとノアキス両国の軍事力を比べた場合、まず間違いなくサイドニアに軍配が上がる。

 それに加えてノアキスの位置も問題だ。


 丁度サイドニアとザルカ帝国に挟まれた場所にノアキスは存在している。

 万が一ノアキスとサイドニアが事を構えた場合、背後をザルカに狙われる恐れがあった。

 その為、間違ってもサイドニアと関係を悪くするわけにはいかないのだ。


 念入りに指示書を読み進めるガンドルフォ。

 ところどころ、お付きの者と確認しながら慎重に内容を精査していた。

 すべてを読み終えると静かに言う。


「いいでしょう。内容は事前に提示されていたものと変更はないようですね。宗教関係の事柄は私に一任してくれるそうですし、我々には特に反対する理由もありません。我々ノアキスはあなた方への支援を惜しみませんよ」

「はっ、ありがとうございます」


 そこへ、フィオレンティーナが顔をこわばらせながら発言する。


「畏れながら、猊下。ひとつ確認したいことがございます」

「はい、なんでしょう?」

「かの地プレアデス諸島では神ではなく精霊という存在が信仰されているそうです。“神教”は精霊信仰をどう扱うのでしょうか?」

「ふむ。それは異端かどうか、という話ですか?」

「……はい」

「それは当人達から詳しい話を聞いてみないと何とも言えませんね」


 そういってプレアデスの異民の面々を順々に見やるガンドルフォ。


「どなたか説明できますか?」


 その言葉を聞いてポーラがおずおずと口を開く。


「わ、わたしが……」


 だが、緊張からか体が小刻みに震えている。

 そのポーラにナゼールがそっと声をかける。


「ポーラ、大丈夫だ。俺もところどころ補足、してやるから」

「若様、ありがとうございます」


 そうしてポーラはたどたどしく、途中ナゼールの補足も受けながらどうにか説明を終える。

 その説明を聞いたガンドルフォはゆっくりとひとつ頷いた。


「なるほど、よくわかりました。ご説明ありがとうございます」

「い、いえ……」


 ポーラは緊張しながらもガンドルフォに会釈を返す。

 そして一連の会話を踏まえてフィオレンティーナがガンドルフォに問いかける。


「そ、それで猊下。精霊信仰の扱いは……」


 彼女がそう言いかけたところでガンドルフォはさっと腕を上げて遮る。


「実際にその《祈祷》を見てみないことにはわかりません。皆さんはご存知ないとは思いますが、かくいう私もかつては神の存在を信じていませんでした。ところが命の危機に際して初めて神に縋り《奇跡》を目にしました。ですから、今回も自身で体験しようかと思います」


 そう言ってお付きの者から小刀を受け取ると、ガンドルフォは何の躊躇もせずに腕の皮を切った。

 その腕から赤い血が溢れ出す。


「げ、猊下!?」


 狼狽するフィオレンティーナだったが、ガンドルフォは落ち着き払って言ってのける。


「ほら、何をしているのです。はやく《祈祷》を見せてください。見ての通りの老いぼれですからあまり長くは持ちませんよ」


 慌ててポーラが精霊に祈り始める。

 すると無数のあたたかい光が集まってきて、たちまちガンドルフォの傷が癒えていった。


「なるほど。どこか《奇跡》にも似た感じを受けますね……。ふうむ」


 しばらく考え込んだガンドルフォであったが、やがて呟く。


「これは異端ではないと判断して差し支えないでしょう。少なくとも悪いものではありません」


 それを聞いたポーラが礼を言う。


「あ、ありがとう、ございます」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。あなたのおかげで見識が広まりましたよ」



 宗教論議が済んだ後、本格的に今後の予定についての説明を受けた。

 鐘製作に使う工房と近くの宿はガンドルフォが既に押さえてあるらしい。

 当面はその工房周辺を拠点に置くことになる。

 諸々の説明を終えたガンドルフォは笑顔でクルス達に告げた。


「それでは、異地の民達よ。あなた達の成功を私も祈っておりますよ」

「はっ、ありがとうございます。猊下」


 深々と頭を垂れるクルス達。

 そして部屋を辞そうとした時、ガンドルフォがつけ加えてきた。


「ああ、そうだ。今思い出しました。皆さん、ノアキス滞在中は夜間の外出はお控えください」

「なぜでしょうか?」

「現在この地には“吸血鬼ヴァンパイア”が徘徊しております。が、まだ除くには至っておりません。近頃も行方不明者が出てましてね。それも奴の仕業に違いありません。お気をつけください」

「ご忠告に感謝します」



 大聖堂を出て、紹介された工房へ向かう一行。

 歩きながらレリアが聞いてくる。


「クルスさん。最後に、話してたのって、この前言ってた“蚊”のこと?」


 そういえば、アルシアの町でそんな話をした。


「だから、たぶん蚊よりは大きいって」


 前と同じ突っ込みを入れるクルス。

 二人が会話していると、深刻そうな顔をしたフィオレンティーナが割り込んでくる。


「あの……二人とも。ちょっと……」

「え、どうしたの、フィオ?」


 不思議そうな顔をするレリア。

 危機感の無いレリアにフィオレンティーナは心配そうに告げた。


「いいですか、絶ッッ対に夜の街中でそんな会話しちゃいけませんよ。蚊や蛭というのは“吸血鬼”に対する侮蔑的表現だそうです。……もしかしたら怒った“吸血鬼”に襲われるかも」


 それを聞いたレリアは真面目な顔をして頷いたので、クルスもそれに倣う。


 尤も、クルスは心中ではこう思っていた。

 あの用心深いチェルソ・パニッツィがそんな事でぼろを出すわけがない、と。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月26日(水) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月25日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月18日  レイアウトを修正

※ 9月18日  一部文章を修正

※ 4月 9日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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