57.ちょっと狩ってくる
サイドニア国王ウィリアム・エドガーとのスリリングな謁見を終えて、王城を後にするクルス達。
王城を出ると外はすっかり夕暮れで、茜色の夕日が町を照らしている。
その町中を歩いているクルスにハルが大きく息を吐きながら言う。
「いやぁ、肝が冷えましたよ。マスター」
アンドロイドのハルには冷える肝などなさそうなものだが、表情やら仕草などが伴うと実に人間的に聞こえる。
「悪かったな。俺だって一杯一杯だったんだよ」
王城ですったもんだの一悶着があった後、一行はノアキス行きの馬車をチャーターしてさっさと王都を出立する事にした。
もう既に日は傾いており本来なら王都を出るべきではない。
夜は魔物の動きも活発になって危険だからだ。
だがサイドニアからノアキスまでは馬車でおおよそ片道一週間。
強行軍で飛ばして三~四日と言ったところであろうか。
というクルスの見立てを聞いたプレアデス勢は強行軍を支持してきた。
飢饉に苦しんでいる故郷を可能な限り早く救いたいのだろう。
そうして馬車は走りだす。
今回は二台編成だ。
一台に六人を無理に詰め込むと馬車内が手狭になる上に、馬の消耗も激しくなるためだ。
強行軍の為、交代要員の御者と馬も中継地点となる街に手配を頼んである。
通常に比べるとかなり値の張る高額なプランであるが、どうせ今回の旅費は陛下持ちだ。
王城でこちらの寿命を軽く三年分は縮めてくれたのだから、お詫びに陛下のカネを豪勢に使わせてもらってもバチは当たらないだろう。
夜通し馬車は走り続け日中も時折休憩を挟みながらではあるが夕刻まで移動を続ける。
やがて平地から段々と傾斜がきつくなり山道に入ってゆく。
その起伏の激しい山道にもめげる事無く激走を続ける馬車。
その甲斐あって、かなり早いペースでサイドニア~ノアキスの国境近くの町であるアルシアに到着する。
流石にこれ以上は馬が限界だという事で、アルシアで一拍すること相成った。
アルシアは周りを森に囲まれた小高い丘の上にある町であった。
クルス達はアルシアの町で最も上等と思われる宿を抑える。
無論、陛下の財力のなせる業である。
「はぁぁ……地面が揺れてないって幸せ……」
長時間の乗車ですっかり足腰の感覚が麻痺してしまったのか、久方ぶりの地面に感動した様子のフィオレンティーナ。
他のメンバーも多かれ少なかれフィオレンティーナと似た様なリアクションであった。
揺れない地面を有難がるその姿はまるで、長い航海から陸に帰還を果たした船乗りのようだ。
宿に入ったクルスたちは宿帳に記入を済ませ、荷物を預ける。
バーラムの農場に居た時は全員小屋の部屋で雑魚寝といった感じであったが、流石に町の宿では男女別の部屋を取る。
その後は食堂での夕食だ。
「マスター、早くご飯食べましょうよー」
待ちきれないといった様子でハルが急かしてくる。
馬車での移動中は塩漬けの干し肉やらパンやらで空腹を満たす他なかったので、ちゃんとした料理に飢えているようだ。
「うん、そうだな。俺も腹が減った」
今宵の夕食は近くの森で獲れたムース肉のステーキだ。
食べてみると牛などに比べて脂身はなく肉の主張は少ない。
だがそれがいい具合に上品な味を醸し出していた。
そしてあっさりな肉とは対照的に濃厚に味付けされたソースに食欲を刺激されて、クルスたちはステーキをぺろりと平らげてしまう。
ステーキの余韻に浸りながら付け合せのスープを啜っていると、そのムースを仕留めたという猟師が立派な角を見せてくれた。
平べったい形状から放射状に鋭い突起がいくつも生えている。
ムースは現実世界ではアラスカやカナダなどの寒い地域に生息している動物だ。
その為温暖な気候のプレアデス諸島では見られない事もあり、ナゼールは終始大はしゃぎしていた。
終いには、“俺も今から狩ってくる!!”などと言い出す始末だ。
無論、周りの皆から総出で止められナゼールのムース狩りは未遂に終わる。
やがて食事も一段落したところで、そのナゼールが口を開いた。
「クルスさん。すまねえ。無理を、言って」
ナゼールが申し訳無さそうに言ってくる。
「そうだな。今からムース狩りはいくらなんでも無謀だ。魔物も出るだろうし」
「いや、そうじゃなくてよ。今回の旅、馬車に乗りっぱなし、だろ」
ああ。
彼は自分達が提案した強行軍について申し訳なく思っているようだ。
「いんや、それはナゼールが気にする事じゃないさ。プレアデスの飢饉が心配なのは俺も一緒だ」
「そうか。そう言ってくれると、ほんとうにありがてえ」
そこへポーラが入ってくる。
「あ、あの、クルスさん。昨日はほんとうに、ごめんなさい、でした……」
「え? 何が?」
ポーラに謝られる事などあっただろうか。
疑問符を顔に浮かべるクルス。
一方のポーラは依然として申し訳無さそうな顔である。
「私が、捕まっちゃったから、クルスさんが……その……」
「ああ。あれは俺の考えが足りなかっただけでポーラは何も悪くないよ」
「ほんとう、ですか?」
「本当だ」
そこへ今度はハルが割り込んでくる。
「いいえ。マスターに一切非はありません。悪いのは全部あのヒゲですよ」
サイドニア国王エドガーを“あのヒゲ”呼ばわりするアンドロイド。
「ハル、落ち着け。お前がさっき美味そうに食ってたステーキはそのヒゲが出してくれたお金で買ったんだぞ」
「……でもやっぱり、あのヒゲのおじさんは悪い人だと思います。理由があってもあの暴挙は許容できません」
若干、言い回しが柔らかくなったがそれでも許す気はないようだ。
そこへ遠慮がちに話かけてきたのはフィオレンティーナだ。
「あ、あの……」
「ん? フィオどうした?」
「あの……クルスさんが昨日使ってた武器。“じゅう”ですか? あれって……」
昨日からずっと気になっていたようだが、下手な詮索を良しとせず今まで我慢していたのだろう。
しかしとうとう堪えきれずに質問してしまった、という感じであろうか。
クルスが返答を考えていると、ハルが“どうするんですか?”というような視線を向けてくる。
だがここにいる面々は既に銃を実際に使用している場面を見てしまっているので、今更隠すのは無理だろう。
それどころか下手に隠すと要らぬ不信感を煽りかねない。
正直に話すべきだ。
そう考えたクルスは意を決して口を開く。
「あれ……銃はな、俺の故郷で使われていた武器だ」
厳密には故郷ではなく海を越えた紛争地域などで、だが。
「え? クルスさんお手製の魔道具ではないのですか?」
「いや、そもそも魔道具なんかじゃない。火薬やガス圧を使って弾を打ち出しているだけだから、使い方さえ覚えれば誰でも使える」
「へぇ、そんな便利なものがあったんですね……。それがあればカルロもルーベンも……」
“死ななかったのに”という言葉を、彼女は飲み込んだのだろうか。
「でもその便利さが問題だ」
「え? どういうことですか? 誰でも使えるあんな強力な武器があれば魔物に怯えなくて済むじゃないですか」
「使い方さえ覚えれば誰でも使えるっていうのが問題なんだ。それがたとえ子供でもな。実際、紛争地域では少年兵が恐れられているらしい。非戦闘員との区別がつかないってな」
「……え」
「それで、その少年兵やらゲリラを恐れて町を爆撃……えー爆撃というのは広範囲に及ぶ魔術攻撃の様なものだが、それで関係のない一般市民が巻き込まれたりする」
「ひどい……」
「だろ? こんな武器や技術は発展させるもんじゃない。だから俺は銃を広めたくないんだ。どれだけ便利でもな」
「なるほど、よくわかりました。ならば昨日見た事は秘密にしないとまずいですね」
「そういうことだ。プレアデスの皆も頼むぞ」
クルスがそう言うと力強く頷くプレアデス勢。
真剣な表情で頷く皆にクルスは頷き返して、立ち上がる。
そして暗い雰囲気を振り払うように明るい声で言った。
「さて、食うもの食ったし、そろそろ寝ようか」
食堂のテーブルから立ち上がり、ぞろぞろと移動を始める一行。
その時ふとレリアがクルスに尋ねてくる。
「ねぇクルスさん。あれ、なんて読むの?」
「え? どれ?」
「あれよ、あれ」
そう言って食堂の壁に張られている紙を指差すレリア。
付近の生活情報などが記載されている。
曰く、近頃魔物による作物荒らしが増えているから注意しろ、だの空気が乾燥しているので火の始末をしっかりしろ、だのたいへん有難い情報が満載である。
その中でレリアが指差していたのはこういう文章であった。
「ノアキスで“吸血鬼”出没の疑い有り。夜間の外出は控えるように、か。物騒だな」
「“吸血鬼”? それって何なの?」
「この文からすると“夜に出て血を吸う何か”だな」
「じゃあ、蚊みたいな、ものなのね」
「いや、たぶん蚊よりは大きいと思うぞ」
“吸血鬼”。
それは、クルスが設定した中で最凶の悪役である。
用語補足
ムース
北アメリカに生息するヘラジカを指す。
シカ種の中では最大であり、雄は箆のような平べったい形状の大きな角を有する。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 7月15日(土) の予定です。
ご期待ください。
※ 7月14日 後書きに次話更新日を追加
※ 8月11日 レイアウトを修正
※ 2月15日 一部文章・用語補足を修正
※ 4月 5日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




