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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
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56.響く銃声



「我々は今ならまだ引き返せます。手を取り合う事もできます。ですが私の指に余計な力が入って、あなたを撃ってしまってからでは、遅いのです」



 クルスは内心の動揺を悟られぬようにきっぱりと言い放つ。

 しかし実際は心臓が爆発しそうな程に緊張している。

 それを意志の力で押さえつけなければならなかった。


「ほう、面白い。やってみろ」


 エドガーが言うが、本気なのか挑発なのかクルスにはわからない。


 やむを得ない。

 なるべくなら実際に発砲するのは避けたかったが、こうなってしまっては威力を見せ付ける他ない。

 腹を括ったクルスは手にした銃を発砲することにした。

 といっても本当に当てるようなことはせず、狙いはエドガーから逸らす威嚇射撃だ。


 クルスが今回生成したのは、ルサールカ人工島に存在するヴェスパー社製のハンドガン《リューグナー18》である。

 一見するとオートマチックの拳銃であるが、フルオート射撃が可能なため実際にはマシンピストルに近い。


 《リューグナー18》のグリップ部分から大幅に飛び出たロングマガジンには、三十二発ものパラベラム弾が装填されている。

 銃本体がコンパクトな形状で反動を制御し辛いので精密な射撃には向かないが、射撃の見た目が派手なので威嚇には向いているという判断だった。


 クルスはエドガーから銃口を逸らし、リューグナーの引き金を引く。

 パパパパという銃声が響き、調度品の壷が粉々に砕ける。

 血相を変えた近衛のエセルバードが叫ぶ。


「陛下っ!!」

「余は無事だ! おい、その槍をしまえ!」


 近代兵器を目の当たりにしたエドガーが堪らず近衛に命令する。


 良かった、折れてくれた。

 クルスは内心で安堵するが、まだ油断はできない。


 そう思ったクルスは、依然として銃口をエドガーに突きつけたままである。

 その様子に衛兵達は依然、警戒を強めたままである。

 エドガーの命令に承服しかねる様子のエセルバードが恐る恐る口を開く。


「陛下。で、ですが……」

「いいから、しまえっ!」


 怒気をはらんだエドガーの一声で衛兵が槍を収め、ポーラを解放する。

 即座にナゼールとレリアが駆け寄る。


≪ポーラ! 大丈夫か! 怪我はないか?≫

≪若様、レリア、ごめんなさい。わ、私……≫

≪ポーラ! いいから、そいつらから離れて!≫


 極度の緊張からか、ついつい母国語が飛び出すプレアデスの三人。

 それを尻目に、クルスの傍らに忠実なるアンドロイドが寄ってくる。


「マスター、ポーラさんは無事です。ですが依然として“敵兵”が入り口を塞いでいます。如何されますか?」


 既にサイドニア王城の衛兵を敵性の存在だと認識しているハル。

 しかし、それは流石に早とちりに過ぎるというものだ。


 ポーラが解放された事で、クルスの頭も多少は冷えた。

 そして冷えた頭で考えるとエドガーの行動のおかしい点が見えてきた。


 リューグナーを『ベヘモスの胃袋』に収納するクルス。


「え、ちょっと……マスター……?」


 理解できない、という表情でハルがクルスを見やる。

 一方のクルスはエドガーに向けて跪き、謝罪する。


「たいへん申し訳ございません、陛下」


 対して謝られた当人は困惑顔だ。


 だがそれでも一国の王というのはやっぱり偉いもので、急に態度を百八十度変えたクルスに対し何事も無かったかのように落ち着き払って質問をする。


「何が申し訳ないというのだ? むしろ謝るべきはこちら側の様な気がするのだが」

「私は陛下のお考えを全く理解しておりませんでした。陛下には我々を害する理由など無かったのです」

「ふむ、続けろ」

「これからプレアデス国交を開始すると言う時に、陛下がポーラを傷つけるわけがありません。あの脅しはあくまで私に武器を出させる為のブラフです。ですが冷静さを欠いた私は過剰反応をしてしまい、あろうことか陛下に銃を向けてしまいました」

「……うむ。そうであるな。たしかにその罪は重い。普通であるならば打ち首であろうな」


 それを聞いた瞬間、ハルが鬼の形相でエドガーを睨む。

 その視線だけで人ひとりくらいなら殺せるかもしれない。


「だが、余は寛大だ。それに今回の件はこちらにも非が無いとも言い切れん。余に武器を向けたクルスへの処罰はしないものとする」


 あのハルの視線を受けて尚、眉一つ動かさずに言葉を紡いだエドガーはやはり王という人種なのだろう。


「陛下の深いご慈悲に感謝いたします」

「別に慈悲ではない。その方が妥当だと余が判断しただけだ。……で、そちらの謝罪が済んだのであるならば、今度はこちらの番だ。でないと公平ではないからな」


 そう言うとエドガーは立ち上がり、そして深くこうべを垂れた。


「これから友誼を結ぼうという民達に対し、不義理を働いた。陳謝する」


 これには流石のクルスも面食らう。

 慌てて立ち上がりエドガーに頼み込む。


「へ、陛下、どうかお顔をお上げください」

「いやクルス。それにプレアデスの民達よ。説明をさせてくれ。今回、余が強硬な手段に出た理由について」

「……説明?」


 たしかに今回のエドガーの行動は、いささか突飛なものであった。

 クルスに銃を出させることには成功したが一歩間違えば、血が流れていたかもしれない。


 エドガーは深く息を吐くと今回の行動に到った理由を語り始めた。


「先日のナブアの村の事件、お前達は現場におったそうだな」

「ええ、それが何か?」

「そこを調べていたところ、ザルカ帝国の関与を疑わせる物証がいくつか出てきた」


 それを聞いたクルスにはさりとて驚きは無い。

 ナブアで起きた事件はクルスが処女作『ナイツオブサイドニア』で設定した通りにおおむね進んだ。

 あの事件がザルカの工作員の仕業であることくらいはクルスも承知の事だ。

 

 しかしそんな事を知っているのは当事者であるザルカの連中と、あの出来事イベントを設定した作者クルスぐらいである。

 よって、クルスはシラを切る。


「えっ!? それは本当なのですか? あのトカゲどもはてっきり自然発生したものとばかり……」

「まだ絶対とは言い切れん。だがかなり疑わしい事は確かだ。もし、奴らがあんなバケモノを兵器として実用化でもしようものなら……」


 ここでクルスにもエドガーの考えについて理解が及ぶ。

 ザルカ帝国の不穏な動きを感じ取った彼は一刻も早く対抗手段を用意したいと考えたのだろう。

 そのためにクルス達に対して強硬な手段に出たのは護国の念に駆られての事に違いない。


「それで武器をお求めに……」

「ああ。だが、お前が懸念しているであろうこともわかっておるつもりだ。お前はサイドニアとザルカの力関係を崩したくないのであろう?」


 エドガーの慧眼にクルスは驚く。

 どうやら彼は彼でクルスの考えをかなり読んでいるようだ。


 戦争というのは、どちらかの陣営が勝算を見出して初めて勃発するものだ。

 そして今、両国に戦争されてしまっては『世界の歪み』を探すどころではなくなる。

 そのためには両国には今のままの関係で居てもらった方がクルスにとっては都合が良いのだ。


 クルスの考えも察してか、エドガーは妥協案を示してくる。


「余とて戦争は回避したい。だが向こうもそう思っているとは限らん。……クルスよ。平和な今はお前に武器や技術を強要する事はせん。だが、もし戦争になったらその時は……」


 戦争になったら、戦火はサイドニア全土に広がる。

 『ナイツオブサイドニア』作中では物語後半で戦争が勃発し、ドゥルセも火の海に包まれた。

 バーラムがどうなったかは設定していないが、おそらく無事では済むまい。


 クルスはエドガーの目をじっと見据えて告げた。


「その時は、微力を尽くしましょう。お約束します」

「うむ。だが、まずはプレアデスとの貿易が先決だ。鐘造りを頼むぞ」






-----------------






 クルス達が去った後、サイドニア国王ウィリアム・エドガーは、近衛兵長を務めるエセルバード・スウィングラーを伴い執務室に移動していた。

 執務室の椅子にエドガーが座るなりエセルバードが青ざめた顔をしながら口を開く。


「陛下……、肝が冷えましたぞ」

「うむ、余の生涯で最も恐怖を感じた瞬間であったな。はっはっは」


 一方のエドガーは他人事のように言ってのけた。


「笑い事ではありませんぞ! 陛下! 今回はあの黒髪めが手を引く気になったから良かったにすぎません。もし、あのままあの武器を陛下に使っていたら……」

「ふん、奴はそこまで馬鹿ではあるまい。それで、あの武器、“じゅう”とか言っておったな。あれは何だ?」

「今、部屋に残った痕を宮廷魔術師に調べさせておりますが“魔力はまるで感じられない”と……」

「となると、魔術を介しないただの道具か」

「その可能性が高いかと」

「威力はどうだ? 余のお気に入りの壷を粉々にしてくれたが」

「宮廷魔術師の見立てでは“おそらく人体に致命的な損傷を与えるのは容易だ”と」


 それを聞いたエドガーは深く息を吐き出す。

 彼が今も生きていられるのは、冷静さを取り戻してくれたクルスのおかげであろう。


 深刻な様子でエセルバードが質問してくる。


「陛下。やはりあの連中……特にあの黒髪を野放しにしておく事は、よろしくないかと私は考えます」

「ほう、何故だ?」

「奴は陛下に何のためらいもなく武器を向けました。普通の民にはそんな事はできません。奴は実に冷酷な男です。そんな奴を野放しになど……」

「逆だ、エセルバード」

「……逆、と言いますと?」

「あやつはああ見えて意外に人情的だということだ。あの時あやつは、近衛兵が槍で仲間を脅した瞬間に牙を剥きおった。おそらく後先考えずにな。もしお前の言うような冷酷な人間なら、あの時仲間を見捨てておっただろう」

「……」

「だがその後仲間が解放され冷静になると、自分が色々と不味い事をしでかしたと気づいたのであろう。慌てて謝ってきおった。まったく、忙しい男よ」


 苦笑を浮かべつつ、エドガーは続ける。


「エセルバードよ。お前の心配もわかるがな。あやつはそこまで悪いやつではないと余は考える。お前も自分の主の直感を少しは信用するがいい」

「はっ、かしこまりました」


 そして、エドガーは連中に大事な事を伝え忘れた事に気づく。


 これから彼らが向かう地、ノアキス。

 そこには今、“吸血鬼ヴァンパイア”が居るらしい。




用語補足


リューグナー18(Lügner 18)

 ヴェスパー社製の自動拳銃であり実銃のグロック18をモデルにクルスが設定した架空銃。

 Lügnerとは独語で“うそつき”の意。

 拳銃の外観からは想像できない連射性能が由来である。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月14日(金) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月13日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 4月 4日  一部文章・用語補足を修正

物語展開に影響はありません。

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