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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
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54.愛称



 昼食を終えたクルスは他の皆と農場の敷地の外に集まっていた。

 フィオレンティーナ女史が譲ってくれるという武器の検分の為だ。


 まだ昨日の疲れは取れていないが、それでも昼食を終えて少し歩くと体がしゃっきりするのを感じる。


 ちなみに旦那様は現在外出中である。

 昨日のナブアの村で起こった事件を受けて、ドゥルセにて周辺の市町村の有力者の会合があるらしい。


 ジョスリン少年とフレデリカ嬢も一緒に着いて行っている。

 旦那様は我が子に広い見聞を持つ事を期待しているのか、日中で終わる用事には可能な限り子供二人を連れて行っていた。


 フィオレンティーナが持参した武器を地に並べて置く。

 良く手入れされた弓と年季の入った直剣。

 更にレバー式のクロスボウである。


「本当にお仲間の武器を貰っちゃっていいのかい、フィオレンティーナさん」


 そう確認せずにはいられないクルス。

 これを売ったら、よっぽど悪辣な商人に買い叩かれない限りはそれなりの金貨になると思われた。


「いえ、いいんです。きっとその方がカルロとルーベンも喜びます」


 そう、きっぱりと告げるフィオレンティーナ。


 クルスが他の冒険者の遺品の武器を譲り受けるのはこれで二度目である。

 現在はギルドで働いている元冒険者のアンナから、ハンドアクスを頂いたがそれは壊してしまった。

 今度はもっと大事に扱いたい、とクルスは心に誓う。


 とはいえ、以前に比べ予備武器の必要性は下がっている。

 いざという時は『生成の指輪』で造ってしまえばいいのだ。

 その為、クルスは昨日もドゥルセで武器を購入しなかった。


 しかしながらせっかく来てくれたフィオレンティーナに“武器は要らない”などと言って、追い返すのは鬼畜の所業である。

 ここは素直にありがたく頂戴するのが礼儀というものだろう。


 その時ハルがクロスボウを手にとってフィオレンティーナに問いかける。


「フィオさん、フィオさん! これ、ちょっと使ってみてもいいですか?」


 その言葉を聞いてクルスは以前ハルが銃の使用を提案してきた事を思い出す。

 その際は却下したが、クルスも本音を言えば飛び道具は欲しい。


 クルスは攻撃系の魔術は憶えていないし、レリアの呪術も詠唱の関係で早さには難がある。

 速効性のある遠距離攻撃手段の確保は、非常に有益なものである事に疑いは無かった。


 ハルの問いに笑顔を作るフィオレンティーナ。

 彼女はハルにボルトを手渡した。


「ええ、もちろん。はい、これがクロスボウ用のボルトです」

「ありがとうございます」

「あ、でもクロスボウの弦ってすっごく固いので、たぶん女性の筋力では引けないと思い……」


 ヒュンッ!

 力強い風きり音がクルス達の耳朶を打った。


 フィオレンティーナが言い終わる前に、あっさりと弦を引ききって射撃動作を完了させていたハル。

 それどころか次のボルトを既に装填リロードしていた。


「え? フィオさん、何か言いました?」

「い、いえ。何でもないです……」

「それにしても、これ、凄くいいですね! 良く手入れされてます」

「そ、そうですか。それは良かったです。……はは」


 何か信じられないものを見てしまった、という表情をしているフィオレンティーナ。

 ぱっと見は普通の女性であるハルが、大の男でも苦戦するというクロスボウの弦を容易く引いたのが意外だったのだろう。


 呆気にとられるフィオレンティーナに、ナゼールが弓を持って話しかけてきた。


「これ、見てもいいか?」

「え、あ、どうぞどうぞ。はい、これ、矢です」

「ありがとう」


 最初にナゼールとレリアの風貌を見たフィオレンティーナは物珍しそうに眺めていたが、あまり凝視するのも失礼だと思っているようであった。


 対してナゼールは彼女の視線など気にも留めず、弓矢を構えて試射をする。

 数発の射るとレリアに交代した。


 ポーラは二人の放った矢をせっせと回収している。

 戦闘は専門外なので、弓に興味は無いようだ。


 そんなナゼール達の様子をクルスが観察していると、フィオレンティーナが話し掛けてくる。


「あのクルスさん。リオネル様に聞いたんですけど、クルスさんは剣を使うんですよね?」

「ああ、そうだけど」

「ではこの剣はどうですか?」

「どれどれ……」


 手渡された直剣を鞘から抜いてみる。

 だいぶ使い古されているようだが、手入れもされており大事に扱われていた事が想像できた。

 刃の長さ的には、現在クルスが使っている剣よりも長いロングソードであろうか。


 クルスがそのロングソードの刃の状態をチェックしていると妙な点に気がつく。


「……ん、あれ?」


 その剣は“片側だけ”刃が潰してあった。

 日本刀じゃあるまいし、何故こんな状態にしているのだろうか。


 疑問の表情を浮かべるクルスにフィオレンティーナが説明してきた。


「あ、それなんですけど持ち主のカルロは“骨砕きボーンクラッシャー”って呼んでました」

「“骨砕き”?」

「はい。スケルトンには刃による斬撃があまり効かないので、刃を潰した方で叩くんです」

「なるほど」


 見てくれなんぞよりも、機能性・実用性をとった熟練の冒険者らしい改造だ。

 その辺の感覚はクルスにもよく理解できる。

 いや単にものぐさというか、面倒臭がりなだけかも知れないがとにかくクルスはその珍妙な剣が気に入った。


「じゃあ、俺はこれを貰おうかな」

「はい、クルスさんなら何の問題もなく使いこなせると思います」



 こうして各々が貰い受ける武器が決定した。


 ナゼールが弓、ハルがクロスボウ、クルスが“骨砕き”である。

 レリアも弓を試していたが、しっくりこなかったのでナゼールに譲ったようである。

 一同を代表してクルスが礼を言う。


「いやあ、本当にありがとうフィオレンティーナさん。とても助かるよ」

「いえいえ、礼を言うのはこちらです。あの時助けて頂かなければ、私もおそらく死んでいたでしょうから」


 神妙に告げるフィオレンティーナ。

 そういえば武器はその時の礼という話であったか。


 それにしても、この女性はこの先どうするのだろうか。

 フィオレンティーナはアンナとは違って、まだ完全に冒険者を諦めたようにも見えなかった。

 そう思ったクルスは彼女に尋ねてみる。


「これは、余計なお節介かもしれないが、この後どうするんだ? まだ冒険者を続けるのか?」


 その問いに、いくらか逡巡してフィオレンティーナは答える。


「まだ、少し迷っています」


 どうやら完全に心が決まったわけでもないらしい。

 ぽつぽつと、言葉を搾り出すようにフィオレンティーナは続けて言う。


「ありがたい事に、リオネル様のパーティに誘われているんですが、まだ踏ん切りがつかなくて保留にしています。一時はノアキスに帰ることも考えましたが……」

「……ノアキス?」


 今後クルス達が訪れる予定の町である。

 そこでポーラを陣頭指揮に置いて『レヴィアタン』またの名を『メルヴィレイ』避けの鐘を造るのだ。


 するとハルが妙案を思いついたらしくクルスに提案してくる。


「へー、奇遇ですね。私たちもノアキスに行く予定があるんですよ。ねえマスター、フィオさんにノアキス案内を頼むっていうのはどうですか? ……おいしいご飯屋さんとか」


 ハルの提案を受けてクルスは思案する。

 おそらく“おいしいご飯屋”という字句に彼女の意図のすべてが集約されているが、提案自体は悪くない。


 これから馴染みのない土地に行くに当たって地元民の存在は非常に心強い。

 ただでさえ悪目立ちしがちな異民の集まりである。

 何かしらのトラブルに巻き込まれた場合に、フィオレンティーナの存在が助けになる可能性があった。


 クルスはフィオレンティーナに問いかける。


「たしかにノアキスを案内してくれる人が居れば俺らとしても大いに助かるな。フィオレンティーナさん、頼めるかい?」


 少し驚いた表情を浮かべているフィオレンティーナにクルスが尋ねる。

 そして彼女は即答で返事をした。


「ええ、そういうことなら喜んでご案内しますよ。あ、でもひとつだけ条件が……」


 条件。


 何だろう。

 案内料として法外な金貨でもせびられるのだろうか。

 クルスは内心ビクビクしながらフィオレンティーナに問いかける。


「じ、条件?」


 その問いにフィオレンティーナは微笑を浮かべながら答えた。


「クルスさんも“フィオ”って呼んでください。前の仲間にもそう呼ばれてましたし、その方が落ち着くので」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月11日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月10日  ルビミスを修正 後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月 4日  一部文章を追加

※ 4月 2日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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