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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第四章 To Escape Your Meaningless
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52.遅めの夕餉





 ナブアの村での死闘の後、冒険者フィオレンティーナ・サリーニは疲労の極みにあった。


 トカゲどもとの戦いの後でナブア村の犠牲者たち、そして自分がパーティを組んでいた盟友のカルロとルーベンの死を悼み、祈りを捧げたフィオレンティーナ。


 辺りには死臭が色濃く漂い、鼻がおかしくなりそうになる。

 その匂いがきっかけで、彼女は昔の事を思い出した。


 かつて教会で奉仕していた頃、先輩の神官に“どうして死者は強烈な死臭を放つのですか”と尋ねた事がある。

 すると、その神官はこう答えた。

 “きっと、自分の死に気づいて欲しいのだろう”と。


 そしてこうも言った。

 “だから我々神官ぐらいはちゃんと気づいて供養して差し上げないと、彼らも寂しくてやってられないのだ”と。


 人知れず亡くなったり、もしくは碌な弔いを受けなかった死者はアンデッドになる。

 ここの死者たちがそうなってしまわないように、フィオレンティーナは真摯に祈りを捧げた。


 彼女が膝を折って手を合わせて祈っていると、途中でリオネルや他のパーティの神職の面々、更には猫のような姿の異民までも共に祈ってくれた。


 そうして、遺体の埋葬と弔いを済ませてドゥルセに帰還した頃には辺りもすっかり暗くなっていた。


 よろよろと歩きながら彼女はドゥルセギルドへと向かう。

 そしてギルドに併設された酒場で、遅めの夕餉にありついた。


 幸いなことに救援に来た冒険者に死者は居なかったらしい。

 だが戦いの中で負傷した者も少なくなかったのか、いつもならば荒くれ者達がどんちゃん騒ぎに興じている酒場も本日は静かである。


 そしてそういう静寂の場でこそ、今の自らの境遇からは目を逸らせない。


 かけがえの無い仲間を失ってしまった。


 ドゥルセへの帰路でさんざん泣き通したせいか、もう今日に関しては涙も出そうにない。

 目から水分がすべて無くなってしまったような錯覚を覚えている。


 傍らの席にはカルロが好きであった蒸留酒と、ルーベンの“いつもの”であるワインが注がれたグラスが置いてある。

 料理長から頂いた献酒である。


 それらを眺めながら、フィオレンティーナは自分の今後について考えを巡らせる。


 もう冒険者なんか辞めてしまおうか。

 そう考えてしまう程に今日体験した出来事は強烈であった。


 それにあの二人が命を賭して自分を救ってくれたのにそれをまた捨てに行くというのは、彼らに対して不義理だという考え方もできる。

 しかしここで諦めてしまっては、今までやってきた自分の行いを無意味にしてしまうことに他ならなかった。


 その二つの考えの中で堂々巡りをするフィオレンティーナ。

 彼女が悶々としながら席に座っていると不意に誰かに声をかけられる。


「よっ。ここ、いいか?」


 声を掛けられて顔を上げるフィオレンティーナ。

 見ると、リオネルのパーティメンバーのエルフの女性だった。


「はい。ええと、イェシカ……さんでしたっけ」

「そうそう」


 そう言ってどかっと座るイェシカ。

 あまり接点のない人物だが何用だろうか。


「リオネルとブリットマリーが来るまで暇だからよ。声掛けてみたんだ」

「なるほど」


 しかしここでフィオレンティーナに疑問が浮かぶ。

 リオネルのパーティは四人組だったはずだ。


「もう一人の方は? 大盾を持った男性の方」

「ああ、デズモンドは“傷に染みるから今日は酒は呑まねえ”ってさ」

「そうなんですね」


 そこへやって来る剃髪の男性と黒いローブを纏った女性。

 フィオレンティーナと旧知の中であるリオネルと、彼の現在の同僚である魔術師の女性だ。


 リオネルが気遣うように話しかけて来る。


「フィオレンティーナ」

「リオネル様」

「だから様はやめろと」


 それを聞いて、くっくっと笑う女魔術師。


「このやりとり、いつもやってるわね。飽きないの、フィオ?」


 過去にカルロが呼んでいた愛称を聞いていたのか、親しげに呼んでくる女性。

 たしかブリットマリーといったか。

 おそらく仲間を失ったフィオレンティーナを元気付けようとしてくれているのだろう。


 フィオレンティーナは努めて明るい表情をしてブリットマリーに返事をする。


「飽きる、飽きないじゃありません。私にとってリオネル様はリオネル様です」

「あらあら、強情なのね」


 そうして会話をしながら夕食をとる面々。

 一人で黙々と食べている時に比べ、フィオレンティーナの心はだいぶ軽くなってきていた。

 食事を終えたところでリオネルがフィオレンティーナに問いかけてくる


「時に、フィオレンティーナ。これからどうするつもりなのだ?」

「……それなんですけど、実はあまり考えが纏まらなくて」

「まぁそうであろうな。無理もない」


 そんな中、ブリットマリーが横から提案してくる。


「ねえ、もし冒険者を続けるのならうちのパーティに入っちゃえば? 反対する人もたぶんいないでしょ」


 ブリットマリーの意見に、リオネルとイェシカが賛同した。


「たしかにな。名案かもしれん」

「私も異論はねえな。デズモンドもたぶん反対はしねえだろ」


 その提案はフィオレンティーナにとっては有難いものであった。

 だが、今はどうにも心の整理というか、踏ん切りがつかない。

 そう思った彼女は少し濁しながら返答をした。


「お心遣いは感謝します。気持ちの整理がついたら、その時はお世話になるかもしれません」

「うむ。時間はある。ゆっくり考えるといい。ところで、話は変わるのだが……」

「なんですか?」

「カルロとルーベンの遺した武具はどうするのだ?」


 剣も弓もクロスボウもフィオレンティーナは使ったことが無い。

 

「彼らには身寄りが居ないので、冒険者の誰かに差し上げようかと思っています。私には扱えないですし……。もしよろしければリオネル様のパーティにお譲りしますが……」

「ふむ。見せてもらっても構わないか?」

「ええ、もちろん」

 

 フィオレンティーナが仲間の形見の武具を渡すと、リオネルたちがそれを検分し始める。


「なるほど。よく手入れされた上質の武器だが我々でも持て余しそうだな。デズモンドは槍使いであるし私もこれらの武器は扱えん。この弓はどうだ? イェシカ」

「いや、私は手に馴染んだこのコンポジットボウで充分だよ。私らなんかより他の誰かにあげたほうがいいだろ」

「そうか。ということだフィオレンティーナ。受け取れなくてすまないな」


 申し訳無さそうに告げてくるリオネルにフィオレンティーナは慌てる。


「いっいえいえ、とんでもない! むしろ私なんかに気を使って頂いてありがとうございます」


 そしてフィオレンティーナは思案する。

 知り合いの冒険者に受け取ってもらえないのならば中古武具として店に持って行った方がいいだろうか。


 しかし死者の持ち物で金貨を得るのは、フィオレンティーナにはためらわれた。

 折角なら自分が世話になった誰かに無償で譲りたいのだ。


 その時、彼女はふと思いつく。

 自分が世話になった人物の事を。


 いの一番に救援に駆けつけてくれた者達が居た。

 自分の絶体絶命の窮地を救ってくれたあの黒髪の冒険者とその仲間達だ。


 その時の事、特に黒髪に助けられた時の事を思い出すと不思議とフィオレンティーナの胸が高鳴った。

 しかし彼女は彼らの事を良く知らない。

 


「あの、リオネル様。黒髪の異民の冒険者の方について何かご存知ですか?」

「む? クルスのことか。そういえば、あやつは剣を使うな」


 それならば、尚更丁度良い。

 そうだ、武具は彼らに譲るのがいいだろう。

 フィオレンティーナはそう決断した。


 それに、ささやかながら彼らへの恩返しになる。

 思い返すと碌に礼も言ってない気がする。


「そのクルスさんにお礼をしていないので、この武具を貰ってくれないか尋ねてみたいと思います」

「ふむ、妙案だな。だが最近、あやつらは依頼クエストを受けていないな。ドゥルセではあまり見かけん」


 それを聞いてフィオレンティーナは大いに困る。

 居場所がわからないなら渡しようがないではないか。

 

 そこへイェシカが耳寄りな情報をくれた。


「ああ、それなんだけどよ。どうやらあいつら、あの肌の浅黒い連中と一緒にバーラムってとこに居るらしいぜ。何でも、マリネリス公用語を教えてやってるんだとか」


 すると、イェシカの情報を聞いたリオネルが疑問を口にする。


「ほう。だがそれでは生活費を稼げないのではないか?」

「ああ、それな。私も気になってパスタ女に聞いてみたんだよ。そしたら誰かの指名依頼なんだとさ。でよ、その誰かってのがな……」


 ニヤリと笑みを浮かべながら“溜め”を作るイェシカ。

 興味を引かれたらしいリオネルが続きを急かした。


「何だ。もったいぶらずに話せ」

「慌てんなって。これはあくまで噂なんだけどよ。あいつらが受けてるのはサイドニア王族の関係者からの依頼なんじゃねえかって」

「ほう。根拠は?」

「最近、異民を扱っていた連中が王都に召集されてるって話を聞いてさ。そんな話の直後だからよ。関連してても不思議じゃねえだろ?」

「なるほどな。で、その事についてハルは何か言っていたのか?」

「それがだな。“えーと……そのー……守秘的な、義務的な、やつが、ありましてですね……ええと……”ってさ」


 などと声真似を披露するイェシカ。

 それを聞いてリオネルは呆れ顔だ。


「その様子だと完全に図星ではないか……。まあ、たしかに依頼主の事は話してはいないが」


 実質、白状しているようなものだ。

 パスタ女こと、ハルというのがトカゲの悪魔デーモンと対峙していた金髪の女性であろう。


 それにしても王族から直々に指名を受けているとは。

 彼らの事を良く知らないフィオレンティーナが尋ねる。


「そんなに凄い人たちなんですか? クルスさんとハルさんって」

「あやつらは、ここ最近の新人の中では間違いなく一番の逸材であろうな」


 二人を賞賛するリオネルの言葉にイェシカとブリットマリーが同意する。


「だな、昇格のペースも尋常じゃなく速えーし」

「“森の王”と“殺人鬼”も撃破しているわね。それに今回の働きだってたいしたものよ」


 そう言われてフィオレンティーナも納得する。

 たしかに今回の戦闘でも彼らが時間を稼いでいなければ、もっと被害は大きかったであろう。


 そしてそんな彼らに武具を譲るならば、カルロとルーベンもきっと賛成してくれるはずだ。

 確信したフィオレンティーナはリオネルに告げた。


「じゃあ、早速明日にでもバーラムに行ってみようかと思います」


 宣言するフィオレンティーナを見てリオネルは大きく頷いた。


「うむ。それがいいだろう。実力だけでなく人格も優れた冒険者だ。良縁を築いた方がいい」

「はい」



 そこで築く良縁が彼女にとって重要な転機になることをフィオレンティーナが知るのは、もう少し後の話である。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月6日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月 5日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月30日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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