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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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51.被造物




 燃え盛る炎の中、プレアデスの民ナゼールは疲労の極みにあった。

 延々と途切れる事なくトカゲどもをたおし続け、今となっては何体屠ったのかも定かではない。


 しかし同時に、ナゼールはこうも思う。

 もし炎の壁が無かったら、今まで屠った分のトカゲども全員を同時に相手しなければならなかったのだ。

 そうであったならば、おそらく一分もたたずに串刺しになっていたであろう。


 その時、急激に周囲の気温がぐっと下がった。

 何事かと思い辺りを見回すと突如として大きなつららが空中に現れ、それが炎の壁に直撃する。

 すると今までトカゲどもの侵攻を遅らせてくれた炎が一瞬にして消失してしまった。


 不意に起こった予想外の出来事に驚き、そして動揺するナゼール。

 そこへ背後から複数人の足音がした。


 見ると四人の冒険者とクルスがこちらに向かって駆け寄ってくる。

 四人のうち二人には見覚えがあった。

 貿易都市ドゥルセで会った飲んだくれのエルフと、そのエルフを介抱していた面倒見の良さそうな男である。


 大盾と小槍で武装した面倒見の良さそうな男にポンと肩を叩かれるナゼール。


「よっ、ご苦労さん」


 すれ違いざまにその男はそう言うとまっすぐトカゲどもに突進してゆく。

 一見すると無謀な行いだが、あの堅牢な盾を粗末な木の槍で破れるとも思えない。

 おそらく連中の注意を引く為の突撃であろう。


 男の勇姿をナゼールが見つめていると、背後からヒュンという風切り音が連続してナゼールの耳朶を打つ。

 飲んだくれのエルフが弓での連射を開始したのだ。

 その射撃のあまりの速さに彼女は出鱈目に撃っていると思ったナゼールだったが、矢は全てトカゲに命中していた。


 そして今度は、風切り音なんて生易しいものではない音も聞こえてくる。

 暴風、嵐のような轟音だ。


 黒いローブを纏った女性冒険者が凄まじい風を巻き起こし、トカゲどもが木の葉のように吹っ飛んでいく。

 先ほどのつららもおそらく彼女の仕業だろう。

 マリネリスの魔術の真髄を見たような気がした。




「フィオレンティーナ、無事であったか」


 見ると、剃髪の男性冒険者が茶髪の女性冒険者に話しかけている。


「リオネル様!」

「様付けは止めてくれと言っているだろう。今は、同じ冒険者なのだからな。……それでカルロとルーベンは?」


 その問いに言葉を詰まらせるフィオレンティーナと呼ばれた女性冒険者。


「……彼らは私を庇って……」

「そうか……。この戦いが終わったら弔ってやらんとな。根無し草の冒険者と言えども、安らぎは必要だ」

「ええ、そうですね……」


 会話が終わるとリオネルとかいう男性冒険者はナゼールとレリアに向かって言う。


「怪我は無いか?」

「ああ。大丈夫、だ」

「そうか、だが疲労が溜まっているようだな。それに今回の“緊急案件”はあくまでギルドの領分だ。ギルドに所属していないお前達がその身を危険にさらす必要は無い。下がれ」

「で、でも……」

「強情な奴だな。お前からも何か言ってやれ、クルス」


 それを聞いたクルスが感謝の念を表情に出しながら言う。


「ナゼール、レリア、ここまでよくやってくれた。ありがとう。あとは俺達がやるから待っててくれ」

「……わかった」






----------------------------






「あ”あ”ーー!! ちくしょう!! ついてねえっ!!」


 ギルドがチャーターした馬車に揺られながら、赤毛の冒険者レジーナは喚いていた。


 彼女は今日はコリンと二人でドゥルセに買い物に来ていた。

 コリンが魔術書スクロールを買いたいと駄々を捏ねたのだ。


 若年にして“銀”にまで上り詰めたコリンといえども、時には歳相応のわがままを言うこともある。

 そのわがままを聞いてやるのも年長者であるレジーナの役目である。


 その帰り道に急遽“緊急案件”のお呼びがかかってしまった。

 なんでもナブアの村でトカゲ祭りが開催されているらしい。

 面倒な事この上ない。


 更には、もう既に結構な数の冒険者が向かった後だそうなので、レジーナ達の仕事も無さそうである。


 つまりは、徒労だ。

 だが召集されてしまった以上、行かねばならない。


 レジーナが不機嫌を露わにして唸っていると、相棒のコリンがなだめてくる。


「まあまあ、良いじゃない。田舎観光と洒落込もうよ」


 怒り心頭のレジーナと違い、コリンは気楽に構えていた。


 というよりは、ドゥルセで仕入れた魔術書にすっかり満足している。

 そのおかげで今は大抵の理不尽も許せてしまうのだろう。

 そう、コリンは書物オタクなのである。



 二人がそんな会話を交わしている内に目的地が見えてきた。

 馬車から降りて前方の戦場を見るレジーナ。


 ドゥルセギルドで召集を受けた冒険者達がリザードマン達の群れと戦っている。

 というよりも、既に状況は掃討戦に移行しつつあった。


 やはり、自分達の出番は無かったようだ。

 完全な骨折り損のくたびれもうけである。


 そう思っていたレジーナにコリンが声をかける。


「レジーナ……あれ見てよ」


 そう言ってコリンが指を差す。

 その方向を見てレジーナは息を呑んだ。


 トカゲの悪魔デーモンとでも形容すべきバケモノが、そこには居た。

 他のリザードマンとは一線を画する巨体は七、八メートルくらいはあろうか。

 おまけに凶暴性も段違いで目茶苦茶に暴れまわっている。


 しかしそれ以上に驚いた事に、その相手をハルが一人でしている。

 それだけでも十分に驚異的だが、加えてハルは笑みを浮かべていた。


「ねえレジーナ。なんだかハルさん、笑ってない……?」


 コリンが困惑しながら呟いた。


 対するレジーナは一転して機嫌が良くなる。

 完全な徒労かと思いきや、中々骨のありそうな相手にありつけそうだ。


「へっ、なんだよ。あたし好みの獲物が残ってるじゃねえか。おいコリン、あたしらも行くぞ」


 そう宣言してそちらの方向へ歩みを進めるレジーナ。

 ストレスのはけ口を求めていたレジーナは、とにかく暴れまわりたかったのだった。







----------------------






 ハルは忠誠を誓うクルスの言いつけ通り、トカゲの悪魔との鬼ごっこに終始していた。

 グスタフの攻撃をかわしながら彼女は大きなため息を吐きだす。


「はぁ、退屈だなぁ……」


 ハルはクルスの言っていた“足止め”という言葉を勘案した結果、敵を釘付けにする為に攻撃をすべてギリギリでかわすことに決めた。

 幸い、ここは森であり《フックショット》を打ち込む樹木には事欠かない。

 ハルの機動性が如何なく発揮できる戦場だ。


 トカゲの悪魔の攻撃は戦闘開始時と比較すると平均して二十七パーセントほど速度が低下している。

 このバケモノにも一応スタミナの概念は存在するらしい。


 よって回避動作にそれほど思考リソースを割く必要がなくなったハルは、望遠ズーム機能を使いクルスの方を見やる。


 いつの間にやらデズモンドのパーティが到着しており、クルスと何やら会話をしている。

 その声はこちらまでは届かないので、唇の動きを読むハル。


「えー何々……」


“ハルが回避ミスをするとは思えませんが、万が一ということも有り得ます。我々はさっさと群れを殲滅して加勢してやりましょう”


 その言葉を“読んだ”ハルは思わずニンマリと笑みを浮かべる。

 そう、グスタフなんぞのすっとろい攻撃が当たる確立など“万が一”なのだ。


 マスターが、自分に信頼を寄せてくれている。

 その期待に応えなければ。

 それこそがアンドロイドの誉れであり、喜びであり、そして存在理由でもある。


 いつしかハルは、すっかり動きを見切ってしまった爬虫類の事は頭の隅に置いておいて、思考に没頭していた。



 “ああ……加勢はまだかなぁ……いっその事マスターが来るタイミングを見計らって、わざと攻撃をちょっと喰らおうか。そうしたらマスターがさっき女冒険者を助けた時のように、颯爽と抱きかかえてくれるだろうか。”


 段々と思考が妄想の類いへと変遷していき、どんどん顔がにやけるハル。

 しかし、聞き覚えのある声がそれに水を差した。


「おーい!! 随分楽しそうじゃねえか!! あたしも混ぜろよ!!」


 あれは、“殺人鬼マーダー”と戦った時に共闘した冒険者のレジーナとコリンだ。



 ちっ、お前らが来たらマスターが来てくれないじゃないか。

 と、内心で毒づくハル。


 しかし、ここで彼らの助勢を断る正当な理由も特にない。

 仕方ないので声をかける。


「手伝ってくれるんですかー! 有難うございまーす!」

「おう! 待ってろ。こんなトカゲ、すぐにあたしがぶった切ってやる!!」


 そうしてやる気充分のレジーナがトカゲの悪魔に切りかかる。

 その後ろからコリン少年が魔術《火球》で援護をする。


 それらの攻撃でトカゲの悪魔の右腕が消し飛んだ。


 何だ、この分なら存外早く片付いてしまいそうだ。

 そう思ったハルが自らも攻撃に転じようとした瞬間、消し飛んだはずの右腕が一瞬で再生した。


「あ!? 何だありゃ?」


 驚愕を露にするレジーナ。


 一方のハルは、クルスが“倒さなくていい”と言った理由をおぼろげながら理解する。

 こいつはおそらくクルスが直々に“設定”した奴だ。


 きっと何らかの特殊な能力を持っている。

 あの設定狂のクルスが、ただの馬鹿でかいトカゲなんぞを設定するわけがない。


 トカゲの悪魔がレジーナ達に向き直る。

 どうやら興味がハルからレジーナに移ったらしい。


 その時、ハルは今まで見る機会の無かったトカゲの背中部分を初めて目にする。


 羽根が退化したような二対の突起物のすぐ下に、何やら人の形に見えるような部分を見つけた。

 まさか、こいつは元々は人間だったとでもいうのだろうか。


 一瞬その事に気を取られたハルだったが、すぐに“今は戦闘中”だと思い出す。

 彼女はレジーナにアドバイスを送った。


「レジーナさん! 四肢はたぶんすぐに再生します! 胴体、胴体を狙ってください!!」

「わぁったよ!! コリン、《火球》を頭にぶち当てて視界を奪え!」


 レジーナの指示にコリン少年は答えた。


「はいよ!」


 コリンの放った火の玉がトカゲの悪魔の頭部に直撃する。

 視界を奪われたトカゲは目茶苦茶に両腕を振り回すが、レジーナはそれを掻い潜り渾身の突きを見舞う。


「ぬああああっっ!!」


 人間の体でいうとちょうど心臓の辺りだろうか。

 そこにレジーナの大剣が雄たけびと共に突き刺さると、トカゲの巨体ががくがくと震えだした。


 やがて全身を支える力が無くなったのか、仰向けにずしんと倒れるトカゲの悪魔。

 その姿を見てハルは自身なさげに呟く。


「や、やった……?」


 胴体が弱点だというのもハルの憶測に過ぎない。

 何度も復活を遂げた“殺人鬼”の前例もあり、疑心暗鬼で警戒を強めるハル達。

 しかし、トカゲの悪魔が起き上がる事は無かった。


 ちょうどその時、クルス達がやってきた。

 群れの方も片付いたらしい。


「ハル! 無事か!」

「はい、マスター。この通り無傷ですよ」

「良かった。それと、レジーナ達も来てくれてありがとう。また助けられたな」


 クルスから礼を言われたレジーナは気だるそうに答えた。


「けっ、あたしはただ暴れに来ただけだよ」


 そして、ハルはクルスに小声で問いかける。


「マスター。あのトカゲって元々は……」

「その話は、また今度だ。ハル」


 そう言って遮るクルス。

 やはりクルスの被造物であったようだ。

 人に聞かれるとマズイ話らしい。


「とりあえず帰ろう、ハル。みんな心配してるだろうしな」

「そうですね」


 そう言いながらハルはあんなバケモノを想像し、創造したクルスが少しだけ、ほんの少しだけ怖くなったのであった。






-------------------------







「あーあ、結局あれも失敗だったかー」



 暗がりに包まれた、だだっ広い部屋で少年が呟く。


 少年は黒い髪を手でかしながら、部屋の内装には不釣合いなモニターを眺めていた。

 そのモニターはルサールカ人工島の協力者からの横流し品である。


「まあ、いっか。代わりは幾らでもいるし。それにしても便利だねぇ“ドローン”ってやつは」


 ナブア村での事件が発覚すると同時に別の工作員が遠隔操作のドローンを飛ばし、一部始終を撮影している。

 その映像をこの部屋のモニターに出力しているのだ。


 そのドローンには光学迷彩が施されており、まず露見はしないと思われる。


 少年の目に一人の男が目に止まる。

 マリネリス大陸では珍しい、黒髪の男だ。


 その男をじっと見つめながら、少年は心底楽しそうに呟いた。



「待ってろよぉ、クルス。今にお前の頭ん中をぐちゃぐちゃにしてやるからさぁ……」



お読み頂きありがとうございます。


今回で第三章は終了で、次話から第四章のはじまりです。

四章はノアキスでの鐘造りなのですが、そこで『ナイツオブサイドニア』作中最凶の悪役ヴィランが登場します。

全員無事だといいですね。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 7月1日(土) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月29日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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