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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
50/327

50.熱闘



 巨大なトカゲの化物“グスタフ”と、ザルカ帝国の実験の失敗作であるリザードマンの群れが大挙して押し寄せている。

 そんな中クルスは森に火を放ちリザードマンの群れの侵攻を遅らせていた。


 クルスは火の弱い箇所には油をぶちまけて火の勢いを強め、対して燃えすぎな場所は魔術《水撃》を浴びせる。

 そうしてせわしなく動きながらも前線で戦うナゼール達の様子をクルスはチェックした。


 ナゼールとレリアはクルスの炎によって侵攻ルートを制限されたリザードマンどもを次々と迎え撃っている。

 二人は非常に良く戦っていたが、やはり数には勝てない。

 もう少し待って援軍が来ないようだったら撤退も視野に入れなければならないだろう。


 一方で“グスタフ”と対峙するハルの方は心配なさそうだ。

 《フックショット》を巧みに扱い“グスタフ”を翻弄している。

 彼女にはもうしばらく鬼ごっこを続けてもらう事にする。


 その時、クルスは自分の背後に気配を感じた。。

 振り返るとそこには先ほど助けた女冒険者が居た。

 クルスは彼女に声をかける。


「何だ、どうかしたか?」

「……私も、戦います」


 確かな意思を瞳に宿して女冒険者がクルスに告げてくる。

 先ほどまで彼女は放心した様子だったが、時間を置くことで多少立ち直る事が出来たようだ。


「頼む。そろそろ、あいつらだけじゃ荷が重くなってきた」


 そう言ってナゼール達の方を指差すクルス。

 すると女冒険者はしっかりとした語調で返事をした。


「わかりました」


 そう言ってメイスを握り締めると彼女はナゼール達の方へと駆けて行った。





----------------






 一体、何体のリザードマンを片付けただろうか。

 プレアデスの呪術師レリアは汗を拭いながら自問する。


 もう、ナゼールとレリア合わせて三十体は超えただろうか。


 幸いにしてクルスが炎の壁を適切に維持してくれているお陰で、同時に相対するトカゲの数は大したことはない。

 しかし、その代償にずっと蒸し風呂に入っているような感覚に陥る。


 隣で戦っているナゼールはレリアに比べればまだ平気そうな顔をしていたが、それでも動きは鈍ってきた。

 いつまでこれを続けなければならないのだろうか。


 そんな事を考えてくるうちに次の“お客さん”が来た。


 それを迎え撃つナゼールとレリア。

 トカゲどもは粗末な木の槍で武装していたが、それはたいして脅威ではなかった。


「ふっ!!」


 《炎蛇えんじゃ》を纏わせた鉈でトカゲに切りかかるレリア。

もはやルーチンワークと化した行程である。


 苦手な熱に囲まれた環境のせいか、トカゲどもは攻撃に対する反応が悪い。

 接近戦が本職とはいえないレリアでも難なく鉈の一撃で倒せていた。


 そう、これまでは。


 レリアは鉈を振りかぶってトカゲに攻撃するが、その狙いが逸れて僅かにトカゲの頭部を外れた。

 肩口で刃が止まった鉈を彼女が引き抜こうとした瞬間、右肩に激痛が走る。

 痛みのあまり、思わず鉈を取り落としてしまう。


「うぅっ!」


 見ると、木の槍がレリアの体を貫いている。

 レリアが切りつけた個体の後ろから、仲間もろとも串刺しにする外道なトカゲがいたのだ。


 非常に不味い状況だ。

 レリアは武器を落としてしまい、共に戦っていたナゼールはやや離れたところで二体のトカゲを相手にしている。


 その時レリアの苦境に気付いたナゼールが大声を上げた。


「レリアッ!!」


 ナゼールが叫ぶ中、外道トカゲが更に槍を突き出して来る。

 回避が間に合いそうにない。


「くっ!!」


 半ば諦めながらも手を前に出し、防御しようとするレリア。

 眼前に迫る槍を前に反射的に目を閉じる。


 次の瞬間、不意に女性の叫び声が響く。


「ふああああっ!!」


 その声でレリアが目を開けると、茶髪の女冒険者が両手で握り締めたメイスをトカゲに全力で打ちつけていた。

 頭部を強打されたトカゲは一発で頭蓋が砕けたのか、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。


 これで周りのトカゲは殲滅できた。

 次の“お客さん”が来るまでまだ僅かな猶予がある。

 自らも二体のトカゲに襲われながらもそれを退けたナゼールが心配そうにこちらに駆けてくる。


「レリア、大丈夫、か?」

「大丈夫よ。まったく、心配症、なんだから、若は」


 と強がって見せるが、当然かなりの痛みがある。

 レリアが回復薬をポーラにねだろうかと思って彼女の方を見やると、クルスに魔力回復薬をあげている最中だった。

 クルスもずっと《風塵》と《水撃》を使いっぱなしで疲弊している。


 そこへ女冒険者が声をかけてくる。


「大丈夫ですか?」


 その茶髪の女冒険者はレリアの怪我を見ると、両手を胸のあたりで組み何やら祈り始めた。

 これが話に聞く《奇跡》というやつか。

 みるみるレリアの傷が癒えていく。


 驚きに大きく目を開けながらもレリアは彼女に礼を言った。


「ありがとうね、助けて、くれて」


 レリアが礼を言うとその女冒険者は返り血を拭いながら、はにかんで答えた。


「いえ、さっき皆さんに助けて頂いたお返しです」


 先ほどクルスに助けられた直後はすっかり腑抜けていた女冒険者だが、もう吹っ切れたようだ。


「おい、追加、がくるぞ」


 ナゼールが注意を促す。

 そう、まだまだこれからだ。


 だが不思議と、戦力が僅かに一人増えた現在は、先ほどよりは数百倍はマシと思えた。





-------------------





「おい、まだ着かねえのかよ! 早くしねえと、あいつらが……」


 ナブアの村に向かう馬車の中で、弓使いイェシカがうるさくがなりたてる。

 なんだかんだで、黒髪のクルスと“パスタ女”ことハルのことを気に入ってたようだ。


「落ち着けイェシカ。クルスとハルはそう簡単にくたばるようなタマじゃねえよ」


 そう言ってイェシカをなだめるデズモンド。


 デズモンドのパーティ四人組はあの後、ブライアンの指名通り“先鋒”として真っ先にナブアに送られていた。


「その二人もそうだが、カルロ達のパーティも心配であるな」


 神職のリオネルが憂いを表情に出しながら呟く。

 その言葉にイェシカが反応した。


「そういえばリオネルってフィオレンティーナとは古い知り合いだっけか」

「ああ、以前ノアキスでよく顔を合わせていた」


 リオネルは自分と同じく、教会から野に下ったフィオレンティーナを何かと気にかけているようだ。

 デズモンドもカルロ達のパーティとは顔見知りであり、彼らの技量と錬度の高さは尊敬している。


「うっ、この先すっごい魔力のうねりを感じるわ。結構な数の群れみたいね。そろそろ目的地じゃない?」


 そう言い出したのは魔術師ブリットマリーだ。

 それを聞いたデズモンドは前方を確認する為に御者台に向かった。

 すると御者がデズモンドに話しかけて来る。


「冒険者の旦那。何やら向こうで煙が上がってますぜ」


 御者の言葉通り前方の森で煙が上がっている。

 村の火が森に移ったのか。


「そうみたいだな……それにしては火の勢いがないように感じられるが……」


 その事に疑問を抱いたデズモンドであったが、とにかくナブアは目と鼻の先である。

 目の前の不明点は一旦置いておいて戦闘準備を仲間に促した。


「よしお前ら。準備しろ!」


 鶴の一声で各々が武具の準備を始める。


 デズモンドは愛用のタワーシールドとショートスピア。

 イェシカは熟練の弓使い向けのコンポジットボウと矢。

 リオネルは拳にセスタスを装備し、奇跡の補助に用いるタリスマンも忘れていない。

 ブリットマリーは魔術触媒の杖を用意している。


 メンバー全員が臨戦態勢を整えてから更に一分ほど走ったところで、戦場と化した村の様子もわかってきた。


 前方の村と森の境界を炎が覆っている。

 その炎を操っているのはどうやらクルスのようだ。

 火を嫌がるリザードマンの習性を利用し、群れを擬似的に分断しているようだ。


 デズモンドはとりあえず黒髪の後輩冒険者に状況を聞くことにした。


「クルス!」

「デズモンドさん! 来てくれたんですか」

「当たり前だ。それで、状況はどうなっている?」

「ええ、前方にリザードマンの新種の群れが居て、それは炎の壁でなんとか侵攻を遅らせています」

「ふむ、八メートル級のバケモノは?」

「ああ、“グス”……いやバケモノはハルが相手をしています」


 クルスが何か固有名らしきものを言いかけたのに違和感を感じるデズモンドだったが、それはすぐに吹き飛んだ。


「あ? 今なんつったクルス? バケモノの相手をハルちゃんひとりでか?」

「ええ、ほら」


 デズモンドがクルスの指差した方を見ると、ハルがバケモノを手玉にとっていた。

 バケモノのツメやらかみつき攻撃を全て紙一重でかわしている。


「なんだありゃ……。おいおい……まじかよ」

「ハルが回避ミスをするとは思えませんが、万が一ということも有り得ます。我々はさっさと群れを殲滅して加勢してやりましょう」

「お、おう。そうだな」


 クルスの落ち着いた一言で我に返るデズモンド。

 そこへリオネルが割り込んでくる。


「クルスよ、カルロ達のパーティは無事であるか?」

「カルロという人は知りません。俺が見たのは今あすこで戦っている茶髪の女性冒険者だけです」

「生きていたのはフィオレンティーナだけか……」


 何とも言えぬ表情を浮かべるリオネル。


 カルロとルーベンはダメだったらしい。

 だがフィオレンティーナだけでも無事で良かったというべきなのだろうか。


 そこへブリットマリーが話しかけてくる。


「ねえ、デズ」

「あ? どうした?」

「もうすぐ他の冒険者も到着する頃なんだから、炎は消しておいた方が効率的だわ」

「たしかにな」


 数的不利を緩和する為の炎の壁なのだが、援軍が来たらむしろ炎は邪魔になる。



「あ、じゃあ俺消しますよ」


 そう言って《水撃》を撃とうとするクルスをブリットマリーが制止する。


「あなたの《水撃》じゃ時間がかかるわ。私がやる」


 そう言って詠唱を始めるブリットマリー。

 おそらくは十八番のあの術だ。

 張り切るブリットマリーにデズモンドは声援を送る。


「おお、景気良く頼むぜ“ブリマリ”」

「だから、その呼び方止めてって言ってるでしょ!」


 ブリットマリーが詠唱を完了した瞬間、辺りの気温がほんの一瞬ぐっと下がる。

 次の瞬間、炎の壁に特大のつららが降り注ぐ。


 狙った箇所に氷のつららを降らせる魔術《氷雨ひさめ》だ。

 次々と降り注ぐつららが炎の熱を一気に奪い、瞬く間に炎の壁は消滅した。


 それを確認したデズモンドがパーティに指示を出す。


「ようし! トカゲどもをさっさと片付けてハルちゃん助けに行くぞ!」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月27日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 6月26日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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