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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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5.燻る火種

 


 あれから三ヶ月が過ぎた。


 トビーにマリネリス公用語を習った来栖は順調に知識を吸収していった。

 その結果、自分が異民いみんと呼称されていることを知る。

 この単語は設定した憶えの無い言葉だ。


 これは『バルトロメウス症候群』による、強引極まりない三作品の世界観のミックスによる不確定要素のひとつであろう。

 異民は他の大陸からやってくるそうのだがそれに関しては謎も多い。

 その最たるものが各大陸の中間に存在している『危難の海』である。


 これを渡ろうとした冒険心溢れる船乗りは少なくないが、生きて戻ってきた者はじつに少ない。

 『レヴィアタン』と呼ばれる怪物がかの海には巣食っており、討伐に成功した者は存在しない。


 それでも何人か海を渡ったと思われる異民が確認されているのは、おそらく難破して奇跡的に流されてきたのだろう。

 そして異民は言葉が通じないのでとりあえず奴隷にしてしまえ、という野蛮な行いがまかり通っているのがここマリネリス大陸であった。


 誰だ……こんな野蛮な設定にしたのは……。


 そうして言語と知識を吸収したら後は脱出だ。

 もう愚鈍を演じる必要も無いので、来栖は精力的に働いた。


 今までとは見違える来栖の働きぶりに周囲の態度は見る見る軟化してゆく。

 もうすっかり来栖は周囲に溶け込んでいた。


 全てが順調に進んでいった。

 脱出の隙が全く見当たらない事を除いては。


「ふぅ……」


 来栖は石を台車にのせると手の甲で汗をぬぐう。

 ほっそりとした体型だった来栖だったが、三ヶ月の奴隷生活で筋肉も多少はついたようだ。

 今運んでいるのは領地を守る外壁の補修工事で使われる石である。


 この周辺でもたまにゴブリンが出没するらしい。

 来栖にとっては漆黒の森で、煮え湯を飲ませてくれた因縁の種族である。


 あの子鬼共め、いつか根絶やしにしてやる……。

 来栖が暗い情熱を滾らせながら作業していると、


「休ぅ憩ぃーーー!」


 という監視役の使用人の声が周囲に響く。

 やった、休憩だ。


 当初は奴隷に休憩をくれるのが意外であったが、こっちを慮っているのではなく効率化を狙ってのものだろう。

 来栖が水を飲みながら一息ついているとラム爺が声をかけてきた。


「クルス、少しは慣れたかい」

「はい、おかげさまで。色々教えてくれる皆のおかげだよ」


 とりあえず殊勝な事を言っておく。


「クルスはいい奴だねぇ。どっかの口が悪いバカにも見習わせてやりたいよ」


 トビーの事だろうか。

 トビーは口が悪いだけで面倒見は良いのだが。


 その時クルスは当のトビーの姿が見えない事に気付く。


「あれ、そういえばトビーは?」

「……あぁトビーは、また頭痛だってさぁ」

「また? 最近多いね。大丈夫かなぁトビー」


 トビーは近頃頻繁に頭痛を訴えていた。

 もう今月に入って三回目である。


 病気だろうか。

 できればこっちに伝染うつすのは勘弁願いたいものだ。

 なんとか症候群はもう間に合ってる。


「みなさん、お水のお代わりは如何?」


 ふと、日傘を差した貴婦人が水差しを携えてこちらに向かってきた。

 来栖達の飼い主のマクニール男爵の夫人のハンナ奥様だ。


「有難う御座います。奥様」


 頭を垂れた来栖はハンナに水を注いでもらった。

 普通なら男爵夫人自らが奴隷風情に水をくれてやるなどという事は無いのだろうが、ハンナは数少ない例外だ。


 ハンナはあまり侍女や使用人に仕事を任せようとせず、自分でやりたがる。

 良い意味で貴族らしくない女性だ。

 そういえば、以前来栖が足を挫いてしまった時も手当てをしてもらった。


 一方、旦那であるカール・マクニール男爵の風評はあまりよろしくない。

 表面上は紳士ぶって、誰にでも分け隔てなく接する貴族を演じているようだった。

 奴隷の作業も視察に訪れるし、領地運営は真面目にやっているような印象があった。


 しかしすぐに奴隷に手を上げる、王都の役人を買収している、女の奴隷を買って地下に幽閉している、等々の噂を聞く機会が来栖にもあった。

 けれども、自分が名前をつけた登場人物ではないので、来栖にとってはどうでもいい木っ端のモブ貴族であった。


 この日の作業を終え、小屋に戻ってくると床に敷かれた粗末な茣蓙ござにトビーが横たわっていた。

 そして、如何にも体調の悪そうな様子でこちらに声をかけてくる。


「……いやぁ、みんなすまねぇな。どうにも具合が悪くってよ。」

「気にするなよ。よく休んで早く元気になってくれ」


 と、優しく声をかける。


「あぁ。すまねぇなクルス」


 言語教室を経ていつの間にか来栖とトビーは腐れ縁というか、親友のような関係になっていた。

 なんだかんだで、一番親身になってクルスの面倒を見てくれたのはこの男である。

 しかし、来栖は“ひじき”発言のことをまだ根に持っていたのだが。


 その後、粗末な夕餉を平らげ束の間の穏やかな時を過ごした奴隷達。

 そろそろ寝るかと、それぞれが茣蓙に寝る。


 眠りに入る前の僅かな時間に来栖は思案する。

 以前に思い出した、一発逆転要素に成り得る、あるアイテムについてだ。


 そのアイテムは『生成の指輪』というアイテムである。


 『生成の指輪』は名前どおり“あらゆるアイテムの生成を可能にする”と、これだけ聞けばとんでもない効果を誇るアイテムであるが、実際には貴重性の割には実用性に欠けると評価されていた。


 アイテム生成には魔力を消費し、大掛かりな物である程消費魔力は増大する。

 更には、これは当然のことではあるが“知らない物はつくれない”。


 科学技術が発達しておらず面倒事には魔術を使うこの大陸の住民には、便利な物を造るという発想が希薄であった。

 つまりロクに物を知らない。


 よって、『ナイツオブサイドニア』の登場人物であるこの大陸の住人には、この大陸に存在する物しか生成できないのだ。


 しかし、来栖は違う。

 『この森が生まれた朝に』に登場する数々の魔道具や希少性の高い貴金属も造れるし、『機械仕掛けの女神』に登場する機械文明の遺産も生み出せることであろう。


 いや、もしかしたら現実世界に存在するものも生成できるかも知れない。

 そしてそれらはこの大陸の住人にとっては、全くの未知の技術であるのだ。


 いやぁ素晴らしい。

 誰だ!

 こんな素晴らしい設定を考えた天才は!


 問題は入手手順である。

 『生成の指輪』は尋常ならざるアイテム蒐集癖を誇る変わり者の貴族、ジョー・バフェット伯爵が所有しているはずだ。

 バフェットに接触するには彼の屋敷に何か珍品でも持ち込むか、もしくは使用人として潜り込むとかだろうか。


 そのためにもこんな奴隷身分とは早々におさらばせねば。


 更に、来栖は最近どうにも様子がおかしいトビーの事を考える。

 本人はひどい頭痛と言っていたが、もしかして仮病ではなかろうか。


 そう考えた理由はいくつかあるが、一番大きいのはマクニールが所用で出かけている時に限って頭痛を訴えている点である。

 今日もそうだ。

 そしてマクニールが帰ってくる前にはきっちりと小屋の茣蓙に寝ている。


 では、仮病で休んでいる間に何をしているのか?

 頭痛と称して屋敷に行ったトビーを看病しているのはハンナだ。

 ハンナは仕事を他人に任せたがらず、時折奴隷の看病もしている。



 率直に言って、これは不倫の匂いしかしない。

 疑わない方がどうかしている。


 そして来栖は、ここからの脱出についても思いを巡らす。


 この邸宅の敷地から脱走できる確率はかなり低いであろう。

 使用人が常に目を光らせており隙がない。


 捕まったら見せしめに皆の前で打ち首であろう。

 ならば、どうするか。


 この際、手段は選んでいられない。

 脱走できないなら燃やすしかない。


 都合の良いことに、憎愛の火は燻っている。

 あとはそれに油を注げば勢い良く燃え上がるだろう。


 その隙に逃げられるかもしれない。

 しかし、それには大きな心理的障害が存在した。


 火に油を注ぐには、親友を裏切る必要があったのだ。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月13日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月30日  行間を修正

※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 1月24日  一部文章を修正

※ 4月26日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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