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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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49.火加減の調節



 貿易都市ドゥルセの冒険者ギルドにて。

 過労でダウンした娘メイベルの代わりに受付に座るブライアンはふと窓の外に目を向ける。


 外では段々と日が傾いてきて街を夕日が照らしている。

 すると徐々に依頼クエストを終えてギルドに帰還する冒険者のパーティも増えてきた。


 ブライアンはその中に自分もよく知るベテランの姿を見つける。

 熟練の冒険者デズモンド・ボールドウィンのパーティだ。。


 パーティのリーダーであるデズモンドが依頼の事後報告の為に受付に向かってきた。

 デズモンドは笑顔を浮かべながらブライアンに話しかけてくる。


「よお、ギルド長。一日受付嬢になってみてどうよ?」

「もうコリゴリだぜ、まったく。メイベルをもっと労わってやらんとな。それで、お前らのパーティは今日はどうだったんだよ?」

「今日は楽勝だったぜ。いや、今日“も”かな」

「けっ、今日の依頼はどれも楽勝だっただろ。自慢になんねえよ」


 などと世間話交じりのやりとりをしているところに、突如として急報は寄せられる。

 勢い良くギルドの扉が開かれ、衛兵がやってきた。


 弛緩した空気が一瞬にして張りつめ、冒険者たちの視線が一斉に衛兵に注がれる。

 その刺すような視線を受けながら衛兵が受付前までやって来る。


「ギルド長のブライアン・ミルズ殿はおられるか」

「ここに居るが、何用だ?」

「つい先ほどナブア村の住民から通報があった。“緊急案件”だ。七~八メートル級のトカゲのバケモノと、新種のリザードマンの群れだそうだ」


 トカゲのバケモノと新種の群れ。

 どちらか片方だけでも厄介そうな案件だ。

 その報告を聞いたブライアンは眉間に皺を寄せる。


「待てよ、ナブア村といったか?」


 ブライアンはギルドの依頼台帳を、ぺらぺらとめくりながら独り言を言った。。

 

「……確か、誰かのパーティがそこへ向かったはずだ」


 見るとそこにはカルロのパーティが向かったと記載されていた。

 カルロ達も優秀な冒険者には違いないが、通報内容が真実なら苦境に立たされているに違いない。

 ブライアンは衛兵に尋ねる。


「ナブアには既に冒険者が向かっているが、彼らの情報はないのか?」

「三人組の冒険者は沼に向かったきり、戻ってきてないそうだ」

「そうか……」

「だが、村民が逃げている途中で出会った非番の冒険者に助けを求めたところ、彼らが村へ一足先に向かったらしい。異民の冒険者だったそうだ」


 衛兵の言葉を聞いたブライアンは目を丸くする。

 彼の言う“異民の冒険者”とはクルス達のことだろう。


 これは由々しき事態になってきた。

 もし彼らの身に何かあれば、今後控えているサイドニアとプレアデスの国交に差し障るのだ。

 それだけは絶対に避けなければならない。


 “森の王”を倒し、“殺人鬼”すら退けたクルスとハルがそう簡単にくたばるとも思えなかったが、それでも一刻も早く増援を送らなければ危険だろう。


 そう考えたブライアンは、冒険者達の移送手段について考えを巡らせる。

 ナブアはそこまで遠い距離ではないとはいえ、一刻を争う今の状況では馬は必須だ。


「衛兵さんよ、貸し馬車屋には……」

「話は通してある。好きにチャーターしていいが、ちゃんと陛下宛で領収書を切っておけよ」


 それを聞くとブライアンはギルドにたむろしている冒険者達に告げる。


「おい! てめえら、まだ仕事は終わっちゃいねえぞ!! 緊急案件だ、至急ナブアに向かえッ!!」


 基本的に自由業である冒険者達にとって“緊急案件”は、唯一断固とした強制力を持った依頼だ。

 正当な理由無しで断れば最悪、ギルド追放もありうる。


 基本的には誰でも“緊急案件”の通報をする事ができるが、虚偽の通報は重罪である。

 今回の場合、ナブアの住民が通報した事になっているが、おそらくはクルスの助言があっての事だろう。


 ブライアンはギルド内の冒険者達に告知を済ませた後で、先ほどの話を近くで聞いていたデズモンドに声をかける。


「デズモンド」

「おう、俺らが先鋒か」

「ああ。既にクルス達が戦っている。絶対に死なせるな」

「おいおい、戦場に絶対は無いぜ?」

「んなこたぁ俺だってわかってる。それでも絶対に死なせるな」





--------------------






「ナゼール、レリア、ポーラ。俺達の相手は……あのトカゲどもだ」


 クルスにそう言われてナゼールが前方に目を向けると、森の奥からリザードマンの集団が向かってくるのが視認できた。


「数が、多い、な」


 正直な感想を漏らすナゼール。

 彼も自分の力に自信は持っている方だが、いくらなんでも多勢に無勢過ぎるというのが偽らざる見解だ。

 しかしクルスの表情からは落ち着きが感じられる。


「たしかにな。だが数的劣勢をひっくり返す策ならある」

「ほんとうか?」

「ああ、だがその前に……レリア」


 クルスがレリアに問いかける。


「なに?」

「あのトカゲどもの動きを止められるか?」

「まかせて」


 そう言って、レリアは呪文を唱えつつ両手を地につける。


 プレアデスに伝わる呪術のひとつ、《樹縛じゅばく》だ。

 すると瞬く間に地面から蔦が伸びてきてリザードマン達に絡みつく。


「それで、どうするの?」


 《樹縛》でリザードマン達の動きを止めたレリアがクルスを問いただす。

 この呪術は術者本人の動きも制限されるのが欠点だ。


「まあ、見てな」


 そう言ってクルスは腰に差した白い袋から何かの瓶を取り出す。

 何かの液体が入ってるようだ。


「それは?」

「見ての通り、油だよ。洞穴とかを照らすのに使う」


 そうして油を村と森の境界に撒いていくクルス。

 一通り撒き終わったところで、ためらうことなく火をつけた。


「おい! 何やってんだクルスさん、森を焼くつもりか!」


 森と共に生きてきたプレアデスの民であるナゼールにとって、その行為はとても容認できるものではない。


「まさか、そんなつもりは勿論ないさ」


 クルスは口ではそう言いつつも、火を《風塵》で煽って勢いを強くしている。

 この男は、こんな時にふざけているのだろうか。


 そう思ってナゼールが拳で以って蛮行を諌めようとした時、クルスは《水撃》を火に吹きかけて強くなりすぎた火を調節する。


 火の強さを《風塵》で煽ったり、《水撃》で弱めたりして、まるで料理でもしているかのようだ。

 その様子を見ていたナゼールはふと気づく。


 炎は森と村の境界を塞いでいるが、その中に意図的に火の勢いを弱めている箇所をわざとつくっている。

 水棲生物であるであるリザードマンは本能的にそこを通るであろう。


 これこそがクルスの狙いだったのだ。

 多勢に無勢かと思いきや、実際に相手するのは少数で済みそうだ。


「これでトカゲの侵入口を制限できたはずだ。レリア、もう《樹縛》は解除していいぞ。ここから近接戦闘だ」

「わかったわ」


 術を解き鉈を取り出すレリア。

 そして鉈に呪術《炎蛇えんじゃ》を這わせる。


 《炎蛇》は武器に炎を纏わせる術である。

 その様子がまるで蛇が巻きついているように見えることからその名がついた。


 ナゼールもドゥルセで購入したシミターを取り出し、《印術ルーン》を刻む。

 身体能力を高める《勝利》のルーンだ。


 そしてクルスは火加減を見つつポーラに白い袋を渡す。


「ポーラ、ほら」

「は、はい。何、ですか? これ」

「『ベヘモスの胃袋』といってな。中に回復薬が入っているから、それで皆を助けてやってくれ」


 それを聞いてナゼールは目を丸くした。

 『ベヘモスの胃袋』はたいへんに貴重なものであり、プレアデスの民でも実際に目にした者は数える程だ。


 ナゼールの知る限りではプレアデスを分割統治している部族の一つ、ンゴマ族が所有している。

 まさかそれ以外にも存在したとは。

 ポーラも驚いていたようだが、緊急時ゆえに疑問を飲み込んで頷く。


「わ、かりました」


 やがて、火の勢いの弱い箇所をおっかなびっくり少数のリザードマンが突破してくる。

 その様子を見たクルスがナゼール達に告げる。


「ほら皆、お客さんだぞ。相手をしてやってくれ。俺は今手が離せない」


 どうやらクルスは火加減を調節するので手一杯のようだった。


「任せろッ!」


 気合充分に吠えたナゼールはリザードマンに斬りかかる。






------------------------





 “銀”級冒険者フィオレンティーナ・サリーニは、目の前の光景を信じられないものを見る思いで眺めていた。


 あの黒髪の冒険者は手早く作戦と役割を仲間に伝えると、森に火を放った。

 リザードマンの群れはかなりの数がいる事が予想される中で、何故こうも平静を保っていられるのだろうか。


 フィオレンティーナは現在、獣人族ライカンスロープの少女と半壊した家の屋根に上り戦場を俯瞰している。

 二人の仲間を目の前で食い殺されて放心状態だったフィオレンティーナは、いつそこに移動したかも憶えていなかった。


 獣人族の少女は、黒髪から戦闘前に『ベヘモスの胃袋』とかいう奇妙な袋を預けられていた。

 特殊な魔道具であるらしく、なかには大量の回復薬が入っていた。


 苦戦している者が居ると、袋から時折回復薬を投げて援護している。

 これで下で戦っている者は戦闘に集中できる。



 そしてトカゲの群れとは別方向を見やると、更に信じられない光景が繰り広げられていた。


 金髪の女性冒険者がトカゲの悪魔デーモンから逃げ惑っている。

 否、その表現は適切ではない。


 金髪は完全に悪魔を手玉にとっている。


 左手に取り付けられた装置から綱を出して、それを巻き取って高速移動をしているようだ。

 特殊な魔道具、なのだろうか。


 とにかく、それを用いて悪魔の攻撃を全て“ギリギリ”でかわしていた。

 おそらくわざと、だ。


 完璧に安全にかわしてしまうと、あの悪魔が自分に興味を失くしてしまうかもしれない。

 そうなれば、トカゲの群れと悪魔、冒険者達の乱戦だ。


 その事態だけは避けなくてはならない。

 彼女はそう考えて敢えてギリギリで回避しているのだろう。


 そして、金髪は表情ひとつ変えずにそれを実行していた。

 集中力が切れて回避ミスをしたら即死の状況にも関わらず、である。

 正気の沙汰ではない。


 だが、その自己犠牲じみた光景はフィオレンティーナの心に訴えるものがあった。

 そして彼女は自分を庇って死んだ仲間達の事を思い出す。


 カルロはフィオレンティーナが食われそうになった時に身を挺して助けてくれた。

 ルーベンはあの状況でも諦めず、脱出の隙を作ろうとしてくれた。


 それに比べ、自分は何だ。

 ここで放心してただ眺めているだけか。


 今この瞬間も救援に来てくれた彼らが命を張っているのに、ここでのうのうと何をしているのだ。

 教会を辞したのは“目の前で人に苦しんで欲しくない”と思ったからではなかったのか。


 段々と恐怖が自分の不甲斐無さに対する憤りに置き換わってきた。

 奥歯をキッと噛み締めた彼女は決心する。


 両手でバチンと頬を叩き自らを鼓舞するフィオレンティーナ。

 隣でいきなり気合を入れた彼女に獣人族は驚いていたが、気にせずにフィオレンティーナは半壊した家の屋根から飛び降りる。


 そして火の調節に集中している黒髪に近付いた。

 すると黒髪が声をかけてくる。


「何だ、どうかしたか?」


 その問いに決意を滲ませて答えた。


「……私も、戦います」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月20日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 6月19日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月27日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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