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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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47.続・フィオレンティーナの受難



 ナブアの村で目撃されたという新種のリザードマン。

 その調査に訪れたカルロ、ルーベン、フィオレンティーナの三人の耳に入ってきたリザードマンの“群れ”の目撃証言。


 その目撃証言の裏取り、並びに行方知れずの若い衆捜索のために、冒険者の三人はナブアの村を出発して森の中を進んでいた。

 森を進む最中、フィオレンティーナはたちこめる剣呑な匂いに緊張を露にする。


 ナブアの村では住民感情を逆撫でしないように努めて沈黙を貫いていたが、彼女は行方知れずの若い衆の捜索は無駄骨だと思っていた。

 五分ほど歩いたところでフィオレンティーナは堪らずに聞いてしまう。


「ねえカルロ、ルーベン。二人は若い衆がまだ存命だと思いますか?」


 するとカルロが茶化すように聞き返してくる。


「何だ、フィオちゃん。びびってんのか?」

「そういうわけじゃないですけど、でもたぶん……」

「おっと、そこまでだぜ」


 フィオレンティーナの発言を遮るカルロ。


「俺だってフィオちゃんの言いたいことはわかるぜ。“村の若い衆の救出は俺らが冒す危険に見合ってんのか? 新種のリザードマンの調査だけやってとっととトンズラこけば安全だ”って話だろ?」

「はい。だから……」

「だけどよ。いいかフィオ。冒険者ってのはな、いちいち危険を恐れてちゃ仕事になんねえんだぞ」

「……」

「もちろんリスクリターンを計算するのも大切なことだぜ。でもよ、元神官様が困ってる村人を見捨てるのは如何なものかとも俺は思うんだよな」


 カルロのその言葉にフィオレンティーナはハッとする、いや、させられる。

 そうだ。

 自分が教会を辞し、野に下った理由を忘れていた。


 困っている人を助けたい。

 偽善でもいい。

 自己満足と罵られても構わない。


 ただ、自分は、目の前で人に苦しんで欲しくないのだ。

 カルロの言葉で自らの原点を思い出すフィオレンティーナ。



「シーッ」


 それまで一言も発せず前方を警戒をしていたルーベンが、口に人差し指を立てて息を吹き出す。

 そして手のひらを下に向けて“姿勢を低く”というジェスチャーを二人に送る。


 息を潜めてじっと前方を窺う三人。


 見ると、リザードマンが十体ほど居る。

 新種かどうかは判別がつかなかった。


「……どうんするんですか?」


 声を落として問いかけるフィオレンティーナ。

 冷静に状況を分析するカルロは囁き声で返事をする。


「村に近すぎる。まだ村民の避難が終わってないかも知れない」


 一方のルーベンはトカゲどもの様子を窺いながらカルロに問いかけた。


「カルロ、今なら先制をとれるぞ。どうする?」

「どっちみちここで時間稼ぎはしなくちゃならねえ。しゃーねえ。仕掛けるか」


 そう言って弓の準備をするカルロ。

 ルーベンも手早くクロスボウにボルトをつがえている。


 クロスボウは弓に比べて、扱いに技量を必要としないかわりに装填に時間がかかる。

 ルーベンはその課題を巻き取り機を使った装填ではなく、梃子の原理を利用したレバー式クロスボウを使用する事で補っていた。

 とはいえ弓より連射性で劣るのは確かなので、必中の精度が求められる。


 慎重に照準を合わせ狙撃体勢に入るルーベン。

 彼の初撃が戦闘開始の合図となる。


 カルロも弓を構えてルーベンの初撃を待つ。


 フィオレンティーナは小盾のバックラーと打撃武器であるメイスを構え、接近戦の準備に入る。

 カルロとルーベンの遠距離攻撃で敵の数を減らした後に切り込むのだ。



 カルロとフィオレンティーナが戦闘準備を整えたのを確認して、ルーベンがクロスボウで狙撃する。

 放たれたボルトは見事リザードマンの頭に命中し、頭蓋骨を一撃で破壊した。

 まずは一体撃破。


 攻撃を受けた事を認識したトカゲどもが、ギャアギャアと喚き出した。

 戦闘開始だ。


 すぐさまカルロも弓での攻撃を開始する。

 クロスボウに威力で劣るため、流石に一撃必殺とはいかないが熟練した技術での連続射撃は充分に驚異だ。


 そうして遠距離攻撃で数を五体まで減らしたあたりで、狙撃者二人の居場所がリザードマンにばれる。

 ここからがフィオレンティーナの出番だ。


 今までじっと息を潜めて隠れていたフィオレンティーナは、リザードマン達の不意を突きメイスで殴りかかる。

 後方から頭部を強打されたリザードマンが昏倒したところを、更に二発ほど強打を加えてトドメを刺す。


 不意打ちに驚いたリザードマンは反撃体勢に入るのが遅れた。

 そこをメイスによる豪快なフルスイングで強襲するフィオレンティーナ。

 さらに一体を昏倒させたところで、残りの三体がフィオレンティーナに襲い掛かってくるが、そこへルーベンのクロスボウが飛んでくる。

 的確な援護だ。


 武器を弓から剣に切り替えたカルロも参戦し、瞬く間にリザードマンを殲滅する事に成功した。



「とりあえずは片付いた、か」


 そう言いながらリザードマンの死体を検分するカルロ。

 フィオレンティーナもそれに続き、死体を調べ始める。

 果たしてこれが新種という奴なのだろうか。


 一方、ルーベンはまだ周囲を警戒している。


「今の十体はおそらく斥候であろう。二人とも、死体を調べるなら手早く頼むぞ」

「ああ、わかってんよルーベン。そんでフィオ、そっちはどうだ? 何か気付いたか?」


 カルロの問いに難しい顔で答えるフィオレンティーナ。


「うーん、あまり違いがわからないですね……あれ? これって……」


 その時彼女は何かの違和感を発見する。

 トカゲどもの背中の部分にあるものが気になったのだ。


「おいどうした、フィオ? 何か見つけたのか?」

「いえ、あの“これ”って何か……羽根みたいに見えません?」


 見るとリザードマンの背中には羽根が退化したような突起物が確認できた。

 これまでに確認されているリザードマンにそんな特徴はないはずだ。


「たしかにな。へっ、羽根付きの飛びトカゲってか。……このトカゲども、まるで“竜”になりそこねたみたいじゃねえか? なあ?」


 その言葉はカルロの単なる冗談であったが、三人のだれもそれを笑い飛ばせなかった。


「しっ」


 ルーベンが人差し指を立てる。


「トカゲの本隊か?」


 カルロがルーベンに尋ねる。

 フィオレンティーナにも、大勢のリザードマン達の足音がうっすらと聞こえてきた。


 数は十体なんてものではないだろう。

 歩みは遅いが、じきにここに来ると思われた。


 ルーベンが現実を見据えた選択肢を提案してくる。


「ああ、そのようだな。カルロ、このぶんではどの道、若い衆の捜索は無理だ。村民の避難の為に遅滞戦闘に務めつつ俺達も離脱しよう」

「仕方ねえな。当初の目的も一応は達成できたし、引き時っちゃあ引き時か。村長さんには申し訳ねえが……」


 と、名残惜しそうに言うカルロであったが、彼とて現況を正確に把握できている。

 数のわからない群れに対し、たった三人で挑む愚かさを。

 先に始末した十体は先制攻撃が決まったからこそ、難なく撃破できたに過ぎない。


「よし、村に戻るぞ。まさかまだ避難していないマヌケはいねえだろうが、一応確認しておいたほうが良いだろうしな」


 そうして三人は一旦村へと戻ることとなる。

 それは通常であれば、何ら間違っていない判断であった。


 しかし今回に限って言えば、致命的な間違いだった。

 村へと寄らずに真っ直ぐに離脱するべきであったのだ。



 来た道を引き返しナブアの村に戻る三人の冒険者たち。

 背後からはリザードマンの群れが進軍してきている為、駆け足での移動だった。

 幸い、群れの距離はまだ遠い。


 村が見えてきたところで、カルロが異変に気づく。


「おい、何か匂わねえか?」


 この三人の中で一番索敵に長けているのはルーベンであったが、こと“匂い”に関してはカルロの方が優れていた。


「……何の匂いですか?」


 嫌な予感を抱きながら一応聞くフィオレンティーナ。

 だがこの場合、答えは決まっている。


「……血だ。おい、準備しろ。音は立てるな」


 そして、警戒しつつ村に踏み込む三人。


 しかし、解せない。

 そうフィオレンティーナは思った。


 三人が村を出発してからまだ十分少々である。

 その僅かな時間にトカゲどもが村に襲撃をかけたのだろうか。


 であるならばそのトカゲどもは一体全体どこから湧いたのだ。

 群れの本体とは別の小隊がまだいたのだろうか。

 しかしフィオレンティーナの思考は唐突に中断される。


 突如響く、地を震わせる唸り声。

 ぐおおおお、と低く響くその声ははまるで、おとぎ話で聞くようなドラゴンのものに聞こえた。


 即座に臨戦態勢に入る三人。

 吸い寄せられるようにその声の聞こえた方角へと歩を進める。



 そこには逃げ遅れた村人達を貪り食っている一際大きいトカゲの化物が居た。


 その体長はおそらく七~八メートル以上はあろうか。

 通常の個体よりも遥かに大きく、おまけに鱗はとんでもなく堅そうである。


 二足歩行で、リザードマンの亜種と思われる。

 武器を扱う程の知性は無いようだが、尋常ではない膂力で人間の体をまるで紙切れを千切るように引き裂いていた。


 トカゲの化物がゆっくりとこちらに振り返る。

 その顔はケロイドのようにぐちゃぐちゃで、更におぞましいことに瞳が十数個不規則な位置についている。

 これはまるで、悪魔デーモンだ。


 トカゲの悪魔のあまりの醜さに思わず後ずさりしてしまう冒険者たち。


「ひっ……!」


 フィオレンティーナが恐怖のあまり発した声が、引き金になったのだろうか。

 いや、元々こうなる運命であったのだろう。


 トカゲの悪魔が一瞬体勢を低くしたと思った次の瞬間、口を大きく広げてこちらに跳躍してくる。

 恐怖で身が竦んで動けなかったフィオレンティーナ。


「フィオっ!!!」


 それを察知したカルロがフィオレンティーナを突き飛ばす。

 突き飛ばされて後ろ向きに転等した後で、起き上がったフィオレンティーナが見たものは腰から上が食いちぎられて無くなったカルロの死体であった。


 戦友の死にルーベンが怒りの声をあげてクロスボウを放つ。


「おのれ!! 悪魔め!」


 彼の射撃は見事に頭部を捕らえたが、一撃で頭部を破壊できたリザードマンの時と同じようにはいかない。

 十数個ある瞳の一つを潰したに過ぎなかった。

 しかし目を潰された痛みに、一瞬怯んだ様子を見せるトカゲの悪魔。


「今だ! フィオレンティーナ、逃げ」


 次の瞬間、ルーベンが悪魔の尻尾に叩き潰される。

 まともな形を保っているのはクロスボウを握っていた右手くらいで、残りの部分はひき肉のようだった。


 どうして、どうしてこんな事に。

 一体私が、いや私たちが何をしたというのだ。


 しかし、いつまでも混乱しているわけにもいかない。

 彼女とて冒険者の端くれだ。


 今はとにかく自分にできる事をしなくてはならない。

 一瞬たりとも迷っている暇はない。

 それほどまでに状況は切迫している。


 トカゲの悪魔がゆっくりとフィオレンティーナの方に向き直る。



「ひっ……」


 思わず漏れてしまう呻き声。

 何とも情けない事だが今の彼女には目の前の悪魔と戦い、仇討ちを試みるほどの意志も力も無い。

 ただただ逃げる事しか出来そうに無い。


 その時リザードマンが地が震えるような低いうなり声を発する。


 次の瞬間、恐怖に負けて全力疾走で逃げ出すフィオレンティーナ。

 リザードマンもそれを見て追いかけてくる。


 ああ、もうダメだ。

 わたしは、ここでわけもわからず食い殺されるのだ。

 そうフィオレンティーナが諦観した時、不意に悪魔の足元が凍りつく。


 凍り付いて滑りやすいアイスバーンに足をとられた悪魔がずしん、という音を立てて転んだ。

 だがその転んだ巨体に巻き込まれそうになるフィオレンティーナ。


 そこへ、ふわっと宙へ浮き上がる感覚。

 これは、魔術《氷床》と《風塵》だろうか。

 麻痺した脳でぼんやりとそんなことを考えるフィオレンティーナ。


 ふと気づくと彼女は何者かにかかえられて空を舞っていた。

 そしてその人物は、悪魔の巨体をかわしつつ、離れた場所に着地する。


「大丈夫か?」


 その何者かが聞いてきた。

 “銀”のタグをぶら下げた、黒髪の男だった。





お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 6月11日(日) の予定です。


ご期待ください。


※ 6月10日  前書きを削除 後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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