44.きぶんてんかん
農場にナゼール達を迎えて二週間が経過した。
プレアデスの三人の学習意欲は中々に旺盛で、クルスとハルの講義も思わず熱が入ることも多かった。
クルスから見て最も学習の成果が表れているのは、意外にもナゼールであった。
おそらく頭の良さではレリアの方が上なのだろう。
しかし彼にはそれを上回る熱意があったようだ。
一方のポーラは芳しくない。
やる気がないというわけではないのだが、どうも語学に関しては苦手なのだろう。
しかもポーラには他にやるべきことがあった。
“鐘”の図面を引くことである。
ポーラは例の鐘の鋳造に携わっていたのだ。
とはいってもポーラ自身の希望というわけではなく親方的人物のお手伝いとして鐘造りに参加した、否、させられたそうだ。
ポーラは石像やらの彫刻の技術を学びに行ったのだが、いつの間にか鐘の作成の手伝いをしていたらしい。
その親方は鐘を造るにあたって図面等を用意しておらず、職人としての勘のみで作成したらしい。
しかしその鐘は船ごとレヴィアタンに沈められ現存していない。
新たな鐘が必要だ。
そして新たな鐘を拵えるにあたっては、ノアキスの職人に形を伝える図面が必要不可欠であった。
ポーラの弁ではその鐘は少しでも形が変だと目的の音が出ないらしく、かなり繊細な造形を要求される代物らしい。
そのためポーラは語学の合間に何枚も図面の書き直しをしていた。
ちなみにそのレヴィアタンが嫌がるという音に関しては人間には聞こえないので、クルス達には判別はできない。
ただ一人、スナネコの耳を持つ獣人族であるポーラのみが判別できるのだ。
ポーラが鐘の図面製作をしている間、ナゼールとレリアは農場の手伝いをしている。
ダラハイド一家は別に気にしてなかったが、無償で泊めてもらっている事に多少の罪悪感があったらしい。
手伝いはその埋め合わせでもある。
もちろんクルスとハルも手伝いに参加している。
現在クルス、ハル、ナゼール、レリアの四名はジョスリン少年とフレデリカ嬢に連れられて、農場の一角に赴いていた。
雑草が伸びに伸びてしまった休耕地の手入れである。
「ジョスリン、これ、どこ、おけばいい?」
引き抜いた雑草の束を抱えながらナゼールがジョスリンに尋ねる。
大分、言葉も達者になってきた。
驚異的な進歩と言えるだろう。
「あ、そこの隅っこの方に置いといてください。後で荷車持ってきて纏めて運ぶんで」
「わかった」
当初ジョスリンはナゼールに多大な不信感を抱いていたようだ。
ジョスリンはナゼール逃亡の現場に居合わせていたらしく、それが彼にはある種の裏切り行為に見えたのだろう。
しかし農場に来てからのナゼールの勤勉な働き振りを目の当たりにして、考えを改めたらしい。
一方レリアは黙々と雑草を引っこ抜いている。
あまり無駄なお喋りは好まない性格だが、たまに気分が良いとプレアデスの歌を披露してくれることもあった。
そんなレリアにフレデリカがタオルを渡す。
「レリアお姉ちゃん、はい。汗拭いて、水分もとらないと倒れちゃうよ」
「あ、りがとう。フレデリカ」
「うん、どういたしまして」
その会話を聞いていたハルの一言。
「ねえ、みなさん。そろそろ休憩にしませんか?」
ジョスリンがそれに同意する。
「うん、そうですね。一休みしましょうか」
「じゃあ、私キャスリン奥様にお水もらってきます」
そう言って、すたすたと母屋に向かっていくハル。
彼女のここ最近の働きっぷりは尋常ではなく、講義に畑作業にと大活躍であった。
その様子を気にかけてか、ジョスリンがクルスに尋ねてくる。
「クルスさん。ハルさんって凄く働いてますけど、でもいつも元気ですよね。何か秘訣でもあるんですかね?」
「さあ? まあ悩みをつくらず、よく食べるとああなるんだと思う」
「そうなんですかね……」
そんな事を話していたらハルが戻ってきて、皆に水を配り始める。
そして配り終えたところで、クルスに耳打ちしてきた。
「あの、マスター……」
「どうした?」
「ポーラさんの事なんですけど……」
言いよどむハル。
彼女の言葉を聞いてクルスは事態を察した。
「煮詰まってるのか、ポーラは」
「はい。でもなんて声かけたら良いのか、私にはよく分からなくて……」
「わかった。ちょっと行ってくる。教えてくれてありがとな」
ハルに礼を言った後クルスはポーラのいる母屋に向かう。
母屋に戻るとポーラが机に突っ伏していた。
「ポーラ?」
声を聞いて顔を上げるポーラ。
彼女はやつれた表情でクルスに話しかけてくる。
「クルス、さん」
「元気なさそうだけど、どうした?」
特徴的なスナネコ耳をぺたんとさせてポーラは答える。
「あの、わたし、だめです、全然、だめ。ことば、もだめ。鐘、の図面も、だめ」
語彙が少ないなりにもマリネリス公用語で会話を試みている辺りに、努力する意思が垣間見える。
だがその真面目さが災いして、ナゼールやレリアより成長が遅い自分に苛ついているのだろう。
彼女は必要以上に自分を責めているようにクルスには見えた。
クルスは笑顔をつくるとポーラの肩に手を置く。
「よし、わかった。ポーラ、そういう時は“気分転換”だ」
「きぶんてんかん……」
「そうだ、気分転換。明日みんなでドゥルセの街に行こう」
丁度いいタイミングといっては何だが、クルスもドゥルセに行く用事があった。
その用事と並行してプレアデスの三人に街を案内すれば、ポーラの憂鬱な気分もリフレッシュできるかもしれない。
しかしクルスの提案にポーラは否定的だった。
「でも、鐘、の図面、が、まだ……」
「いいからいいから。一回街に行って気持ちを切り替えよう。な?」
クルスの少々強引な誘いにポーラは曖昧に頷く。
この生真面目な獣人族の少女はこうでもしないと、ずっとここで悶々と悩んで居そうな危うさがあった。
明けて翌日。
事前に手配していた馬車に乗り込んだ五名は、昼前にドゥルセに到着する。
まずは街で買い物だ。
ナゼール達に護身用の武器を進呈するのが今回の目的の一つである。
以前に所持していたものは、奴隷になった際に取り上げられて所在不明であるらしい。
ナゼール達を連れてドゥルセの市場を訪れたクルスは近場の武器屋に皆を案内した。
その武器屋で思い思いの品物をチェックするプレアデス勢。
ナゼールは湾曲した刀剣類をじっくりと眺めている。
彼は曲剣の使い手であり、シミターやファルシオン等を手にとって注視していた。
レリアは呪術を主として戦うが、接近戦も多少はこなせる。
そんな彼女は技量が無くても扱える鉈や斧にご執心のようだ。
一方、鐘職人であり祈祷師でもあるポーラは戦闘はからっきしである。
だが最低限の護身用に短剣類を選んでいた。
そんな中ハルが店の主人と何やら、やりとりをしている。
「あのーご主人。この前頼んだ“ブツ”は……?」
「ああ、あれか。ほれ、できてるよ。こんな感じだったかい?」
「はい、そうです! これこれ!」
どうやらハルは王都から帰ってきてドゥルセに立ち寄った際に、何やら注文していたらしい。
クルスが気になって覗いてみると、小振りのカタールのような両刃の短剣だった。
が、よく見ると通常の短剣のような持ち手が無く、何かの器具に直接とりつけるような外見をしている。
疑問に思ったクルスはハルに尋ねた。
「ハル、一体それは何だ?」
「マスター、これはですね。《パイルバンカーE型》に取り付けるアタッチメントですよ。これで電撃を流せなくなっても短剣部分を振り回して戦えます」
“殺人鬼”との戦闘の際、《パイルバンカーE型》が壊されてしまった。
電撃を発生させる装置に不具合が生じたのだ。
あの後すぐにレジーナ達が駆けつけてくれたおかげで事なきを得たが、もしそうじゃなかったら扱いづらい《パイルバンカーE型》の“杭”の部分を使っての戦闘を強いられていただろう。
杭による単純な刺突が高い技量を誇る殺人鬼に通用したとは考えづらい。
しかしその杭の部分を短剣に付け替えることで格段に接近戦がしやすくなるだろう。
だがもちろん杭の方が岩トカゲのような鱗を貫き易くはあるので、使い分けの必要はありそうだ。
ハルの考えにクルスは大いに感心した。
「へえ、よく思いついたな」
「前回の戦闘の反省点を踏まえた自己学習の結果です。あの後電撃発生装置も修理できましたし、これはさしずめ《パイルバンカーE型・改》ってやつですね!」
そう言いつつ得意げにドヤ顔を決めるハル。
するといつの間にか、こちらに近づいてきてその様子を見ていたポーラが話し掛けてくる。
「ハルさん、すごいね。じぶんで、何が、わ、悪いか、わかって、る」
そんなポーラにハルは優しげな表情で答える。
「いえいえ私だって失敗しまくりですよ。初めて街で買い物した時なんか大失敗でしたもん。ね? マスター」
「そういやそうだったな。商人どもにタカられてな」
それを聞いたポーラは意外そうだ。
「そう、なの?」
「そうですよ! だからポーラさんも今は不慣れな環境で色々大変だと思いますけど、きっと上手くいく時が来ます。だから、あんまり自分を嫌いにならないで、ね?」
するとポーラはいたく感動した様子で短く言う。
「うん。ハルさん、ありがとう……」
ほんの少し、目が潤んでいた。
用語補足
スナネコ
サハラ砂漠などに分布するネコ科の動物。
正三角形を思わせる大きな幅広の耳と、黄色い体毛が特徴のネコである。
かわいい。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 5月28日(日) の予定です。
ご期待ください。
※ 8月11日 レイアウトを修正
※10月13日 一部修正 矛盾点のある記述を削除
※ 3月20日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




