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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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42.非公式の接見



「それについては、私から説明させていただきます」


 と、言いながらクルスの頭は猛回転していた。

 ハルに向けられた疑惑を振り払えるような説得力のあるストーリーをこの場で作らなければならないのだ。


 クルスの言葉に眉をひそめながらエセルバードが尋ねてくる。


「ふむ、私はこちらのお嬢さんに質問しているのだが何故、君が答えるのかね?」

「ハルの様子を見てください。しどろもどろになっているでしょう? あれは極度の緊張によるものです」

「ほう、それで?」

「そんな人間から話を聞くのは時間の浪費に他なりません。それに私は答えを知っています」

「……続けたまえ」


 よし、食いついた。

 ひとまず、エセルバードの標的をハルから移すことに成功するクルス。

 その勢いのまま彼は語り出す。


「実は、私の暮らしていた地には他の大陸に関する文献がいくつか残っております」

「ふむ。プレアデスの事もその文献で知ったのか。では君はマリネリス大陸の事も……?」

「ええ、予め知っておりました」


 そう、断言するクルス。

 しかしエセルバードは追求の手を緩めない。


「ふむ、それでその事がそのお嬢さんと何の関係があるのだね?」

「それを今からお答えします。ハルはカプリの村の外れに住む猟師の娘で、俗世間から半ば隔絶された環境に置かれておりました。そんな彼女はとても“飢えて”いたのです」

「飢えて? 何にだ?」

「外界の知識に、です」


 一拍、間を置いてからクルスは畳み掛ける。


「私が教えた知識や言語を彼女は恐るべき速度で吸収していきました。これは断言できるのですが彼女には非凡な才能があります。天賦の才と言っても過言ではないでしょう。その気になれば今からでも言語学者になれそうなくらいの才能が、です」

「……ふむ」


 一方のエセルバードは考え込んでいる。

 クルスの発言を咀嚼して、真贋を見極めているのだろうか。


 その静寂の中をお構いなしに扉を開ける者が居た。

 勢い良く開かれた扉の音を聞いて不機嫌になるエセルバード。


「誰だ! こんな時に。今は見ての通り取り込み中で……」


 台詞の途中で固まるエセルバード。

 まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

 彼の視線の先には扉を開けた人物の姿があった。


 地味な色合いの、だがそれでいて上質なローブを着流した四十代くらいの男性だ。

 口元には立派な髭をたくわえている。

 エセルバードが言葉を失い固まる様子を気にも留めずに、その人物はずかずかと部屋に入ってきてそのまま上座に着く。


 それと同時に部屋に充満する緊張感。


 間違いない。

 そうクルスは直感する。


 その人物はサイドニア王国の現国王、ウィリアム・エドガーだった。

 地味なローブは公務ではない時の彼のお気に入りの装束だと設定した覚えがある。


 突然の王の訪問に驚きつつも咄嗟に跪く一同。

 いや、プレアデスの面々はきょとんとした様子で突っ立っている。


 その様子を見たエドガーは面倒臭そうに告げる。


「あー、いちいち跪かんともよい。楽にしておれ。これは非公式の接見である。形式ばったやりとりは時間の無駄だ。……エセルバード」

「はっ」


 呼び寄せられたエセルバードはエドガーの耳元に手を当て、ひそひそと話し始めた。

 これまでの経過を報告しているのだろう。


「ふむ、なるほどな。クルスとハルであったか」


 クルスとハルは声を揃えて返事をした。


「「はっ」」


 二人の返事を聞いたエドガーは二人に告げる。


「余はナゼールと話す。そなたらにはその通訳を頼みたい。いいな?」

「勿論でございます」


 ナゼールと話したいという事は、エドガーもやはり『危難の海』の渡り方を知りたがっているのだろうか。

 何にせよ、通訳という役目はクルス達にとっては好都合だ。

 王からの信頼を得られれば、今後情勢が変わったとしても悪い扱いを受けることもないだろう。


 折角通訳が二人居るのだからクルスがエドガーの発言を訳し、ハルがナゼールの言葉を訳すことで会話をスムーズかつスピーディに運ぶことにする。


 まずエドガーが口を開く。

 その口から発せられた言葉はクルスにとっては少々意外なものであった。


「まずはそなたらプレアデスの民に謝罪をしたい。異民が奴隷商どもに好き勝手されているのは、この地を統べる余の責である」


 その言葉を受けてのナゼールの返答。


≪その謝罪を俺は受け入れる。おそらく族長は激昂するだろうが説得する、してみせる。だから……≫

「貿易の件であろう? それは心配するな。余は乗り気だ。海を安全に渡れる事さえ確認できればな」

≪それは、ありがたい。海を渡る方法はクルスさんに言った通り、俺達三人を解放してくれたら教えよう≫

「勿論そなたらを解放するのはやぶさかではない。だが解放されたとして、行く当てもなかろう。また奴隷商に捕まったらどうする気だ?」

≪それは……≫


 そこへ話を静かに聴いていたレリアが割り込んでくる。


≪ちょっといいかしら? 私からそれについて提案があるのだけれど≫

「何かな?」

≪クルスさんとハルさんのところでお世話になる、というのはどうかしら? 私たちもこっちの言葉を覚えてた方が貿易の時に便利でしょう?≫


 それを聞いて、暫し思案するエドガー。


「あやつらはああ言っているが、クルス、ハルそなたらはどうだ?」


 クルスには断る理由は一つも無い。

 それどころかサイドニア王家に恩を売るチャンスだ。


「陛下のご命令とあらば」

「うむ、よかろう。エセルバード、あやつらの枷を外してやれ」

「はっ」


 王の命令を受け、てきぱきと三人の枷を外すエセルバード。


「さぁ、枷を外したぞ。次はそなたらが話す番だ」

≪感謝するぜ。それで海の渡り方だが……≫

≪それは私から説明します≫


 今度はポーラが割り込んでくる。


≪海に棲むメルヴィレイの事は当然ご存知だと思いますが、私たちが調べたところ、そのメルヴィレイには苦手となる音があることがわかりました≫

「苦手な音? それはどんな音なのだ?」

≪それは普通の人間にはわかりません≫

「むう? どういうことだ?」

≪その音は人間には聞こえない音なのです≫


 その言葉を聞いてクルスは得心がいく。

 これは人間の可聴域の外の音の話だ。


 たとえばゾウは人間には聞こえない超低音で仲間とコミュニケーションをとっているし、コウモリやイルカは超音波で会話しているという。

 しかしながら、そういう知識が無いサイドニア民の面々は懐疑的だ。


「クルスはそういう話を聞いた事があるか?」


 エドガーが問いにクルスは答えた。


「ええ、野生動物の中には人間の聞こえない音で会話をしているものも居るとか」


 クルスの言葉を聞いたエドガーは改めてポーラに尋ねる。


「……そうか。それで、その音をどうやって出すのだ?」

≪特殊な鐘を使います。その鐘は航海の途中で壊れてしまいましたが、私は造り方を知っています。ただし相当精巧に造らなければならないので、技師の方の助力があれば心強いのですが≫

「ほう、優秀な鐘職人が居るとすればノアキスであろうな。よしわかった。話はつけておく」


 ノアキスは宗教色の強い国家でサイドニアとは同盟関係を結んでいる。

 教会等の建築物が多数存在しており、それ故に多数の職人も存在している。


 


「いずれにせよ、鐘職人との綿密な連携が必要になるのであれば、言語習得が先決であろう。クルス」

「はい」

「言語習得にはどれくらいかかる?」

「完全に習得するには最低でも六ヶ月はかかるかと」


 ある企業家が六ヶ月で中国語をマスターし、ネイティブスピーカーレベルにまでなったという。

 それでも、教員でもなんでもないクルスにとっては不十分な期間である。


「完全でなくとも良い。多少、不恰好で構わん。かの地には飢饉が迫ってるというのだ。一ヶ月でやれ」


 人に言葉を教えた経験が無いクルスにとっては無茶振りであったが、たしかにあまり悠長にしている時間も無い。


「承知しました」

「うむ、一ヶ月経った後にこの者達を連れて再びこの城に参るが良い。その間にノアキスでの鐘造りに関する手回しをしておこう。それまでこのことは内密にしておけ」

「はい」

「よし、それではクルスとハルには指名依頼という形で今回の仕事を頼む事にしておく。そうすれば生活の為に他の依頼などをせずに言語学習に集中できるであろう。当座の資金はドゥルセのギルドに振り込んでおく」

「お心遣いに感謝いたします」





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 そうして、異民どもと男爵一行はバーラムに帰って行った。

 しばらくはバーラムの農場であの黒い肌の異民達の面倒を見るという。


 その姿を見送ったエセルバードは腹の中にどうにも不安を抱えていた。

 例の黒髪の態度がどうにも気になっていたのだ。


 少し思案したのち、彼はその事を主に伝える事にする。

 

「畏れながら陛下。彼らを自由にしてしまって本当によろしかったのですか? プレアデスの民はともかく、あのクルスとかいう男はどうも何かを隠しているように見えてなりません」


 ところがエドガーは眉一つ動かさずに頷く。

 それは彼も承知の事であったようだ。


「であろうな」

「で、では何故?」

「あやつらは自由に泳がせておった方が良い。エセルバードよ、あやつの指に嵌められている指輪を見たか?」

「指輪? ええ、たしかに嵌められておりましたが……」

「あれは使い手の知識を具現化できる『生成の指輪』といってな。“アイテム狂”ことバフェット伯の物だ。少し前にバフェットの事を調べさせたが、どうやら最近クルスに指名依頼を出していたらしい」

「つまり、奴が指輪を盗んだと?」

「いや、それなら手配書が出ているはずだ。この点はバフェット伯にも話を聞く必要があるであろうな」


 そして声を落としてエドガーは続ける。


「……エセルバードよ、あやつは本当に“ニホン列島の文化水準はサイドニアと同等”と言ったのか?」


 エセルバードはその質問をした時のクルスの表情を思い出す。

 確証は無いが、あの異民は一瞬質問にどう答えるか吟味していたように見えた。


「ええ。ですが私はそれは、保身の為の嘘ではないかと思います」

「余も同意見だ。おそらくあやつは我々よりも高い文化水準を“知って”おる。この意味がわかるか?」


 それを聞いたエセルバードは恐ろしい事実に思い至る。


「……つまり……我々の知りえない物。……例えば武器等も指輪を使ってこの場で造れると?」

「そうだ、エセルバードよ。奴を怒らせていたら、ひょっとすると殺されておったかも知れんぞ」


 その言葉を聞いてエセルバードは大層肝を冷やしたのであった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月23日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月17日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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