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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
40/327

40.地下牢で



 “殺人鬼マーダー”との戦いから一夜明けた翌日。


「ふぁぁ……」


 眩しい日差しの中、欠伸をするクルス。


 衛兵の詰め所で行われた取調べから、深夜に解放されたクルス達。

 その後宿で倒れこむように眠りに落ちたクルスだったが、未だ疲れはとれていなかった。


 現在ダラハイド男爵一行はサイドニア王城前にいる。


 城門入り口の警備は物々しいがそれも無理も無い。

 殺人鬼の騒ぎがあり、それが終結したというのは未だ一部の人間しか知らぬ事である。


 城の門番に一切の武器類を預けた後、入場を許可される。


 中に通された一行。

 荘厳な様相の廊下を、衛兵に先導されて進む。


 ダリルと男爵は心なしか、というよりもかなり緊張した面持ちである。

 田舎の弱小貴族とその護衛は、城内に足を踏み入れた事がないのだろう。


 それとは対照的にハルは興味深そうに、且つ無遠慮に辺りをじろじろと眺めている。

 ルサールカではまず見られない造りの建造物に興味津々の様子だった。


 一方のクルスはというと、思っていたよりは緊張せず“バフェット伯の屋敷とどっこいどっこいだな”という感想を抱いていた。



「この部屋で待て」


 衛兵にそう言われて待合室のような一室に通される一行。

 すると、ダラハイド男爵が神経質そうな表情を浮かべて椅子にどかっと座る。

 腕を組みながら指をとんとんと動かしていて、非常にナーバスな様子であった。


「……」


 そんな様子を見たハルが一言声をかける。


「旦那様。もしよろしければ体をほぐしましょうか? あまり緊張し過ぎては体に毒です」

「う、うむ。では頼む……」

「はい」


 旦那の肩を揉み始めるハル。

 その様子を横目にクルスとダリルは昨夜の出来事について話をする。


「おいクルス。お前の体は大丈夫なのか。奴に一撃もらってただろ?」

「ああ、大丈夫だ。まだ肩口に痛みはあるが、たいしたことはない」


 肩をさすりながら答えるクルス。

 昨夜、あの後神官に治してもらっていた。


「まぁ、化物になってからは動きが単調になったのが救いだったな」


 と、事も無げに言うダリル。

 やはり、この男は只者ではない。


 勇気をだしてクルスは熟練冒険者デズモンドに聞いた話を振ってみる。


「そんな台詞が出てくるとは、流石“毒針のダリル”だな」

「……なんだ、知ってやがったのかよ。……もう随分と昔の話だ。あん頃は散々手を汚したが、今はもう足を洗った」

「それだと手は汚いままだぞ」


 雰囲気が重くなり過ぎないように、突っ込みをいれるクルス。

 ダリルは笑顔を浮かべる。


「ははっ、違いねえ。とにかく、二度とカネ目当ての殺しはしねえと心に誓ってる」

「わかってるさ。ダリル達のおかげで俺は助かったんだ。本当に感謝している」

「……ふん」


 その時コンコン、と扉がノックされ男が二人入ってきた。


 一人は上等な軽装の鎧を纏った王陛下直属の近衛と思しき男。

 そしてもう一人は城勤めらしくないラフな出で立ちの無精髭を生やした男だ。


 近衛の男がまずは口を開く。


「待たせたな諸君。まずは自己紹介をしておこうか。私が陛下の近衛を勤めているエセルバード・スウィングラーだ。そしてこちらの御仁はドゥルセのギルド長のブライアン・ミルズ殿だ」

「ブライアンだ。よろしくな」


 二人に会釈を返す一行。

 それに頷いた後エセルバードが問いかけてくる。


「さて、それでは早速確認をさせてもらうぞ。貴公らがダラハイド男爵とその護衛の諸君で間違いないな?」


 全員を代表して男爵が答える。


「相違ありません」

「よろしい。で、陛下の召喚に応じてその異民を連れてきた、と」

「い、いえ。この異民……クルスというのですが、連れて来たというのとは少し違うのです」

「……クルスだと? ふむ、その者が件の異民か」


 訝しげにクルスを睨むエセルバード。

 どうやら彼もクルスの存在は把握していたようだ。


「クルスという異民の冒険者が居るということは、こちらのブライアン殿から聞いていたから知っている。その為にわざわざドゥルセから呼び寄せたのだからな」


 エセルバードの言葉を聞いてクルスも合点がいった。

 なぜドゥルセのギルド長がこんなところに居るのか謎だったが、その理由がわかった。

 異民の情報収集をしている折に、どこかでクルスの事を知りブライアンに問い合わせたのだろう。


「私が聞きたいのは何故そのクルスとダラハイド男爵が共に行動しているか、だ。しかも、ブライアン殿から提供されたギルドの名簿によると、クルスを養子にまでしている。何故だ?」


 それに答える男爵。


「ギルドに指名依頼を出して私の護衛を頼みました。養子の件は、過去に彼に私の息子を救ってもらった礼です」


 その言葉を聞いて頷くエセルバード。


「なるほど、だいたいの事情は察した。では次は男爵ではなく本人に色々と尋ねよう。いいかね?」

「はい。なんなりと」


 クルスが言うと、エセルバードはペンと紙を取り出しながら聞いてくる。

 いよいよ取り調べじみてきた。


「よろしい。ではまず、君はどこから来た?」


 未だハル以外の誰にもちゃんと答えていない質問だ。


 今までは“海の向こうから来た”としか言ってない気がする。

 変に隠すと矛盾点が出るかも知れないので、クルスは素直に答えることにした。


「日本列島という島国からです」

「ニホン列島……。ふむ、場所はわかるか?」

「いいえ」

「ここ、マリネリス大陸には来ようと思って来たのか? それとも海難事故か?」

「事故です」


 正確には事故ではないのだが、どうせ本当の事を言っても信じてもらえないので事故ということにしておく。


「マリネリス公用語はどこで覚えた?」

「奴隷仲間から教えてもらいました」

「そうか。自分以外に異民を見た事は?」

「ありません」

「なるほど。では我がサイドニアの文化水準は、君の居たところと比べてどうだ? 高いか? それとも低いか?」


 クルスがどう答えるか迷う質問が遂に来た。

 素直にクルスの知る文化水準は“ここより遥かに高い”と答えるのは楽だが、そうした場合最悪ここに縛られる可能性がある。


 もしそうなったらクルスがすべての知識を吐き出すまで、おそらく解放されないであろう。

 それはリスクとしてはあまりに大きすぎる。

 そう考えたクルスはこう答えた。


「いえ、あまりここと変わらないと思いますよ」


 内心の緊張を押し隠して告げるクルス。

 手のひらにはじっとりと汗をかいている。

 これが冷や汗という奴か。


「ふむそうか。わかった。質問はここで一旦打ち切ろう。また何かあれば呼びたてるやも知れんが」

「ええ、いつでもお呼びたてください」


 どうやら、エセルバードには不審に思われなかったようだった。

 質問攻めから解放されて安堵するクルス。


 しかし、ここからが本番であったのだ。

 何かを思い出したようにエセルバードはクルスとダラハイド男爵に頼みごとをしてきた。


「おお、そうだ。ついでといっては何だがもう一つ頼まれてくれるか」

「はい、何でしょう?」

「クルスとそれから男爵。この二名は私について来てくれ。会わせたい者が居る」






------------------------






 クルス達が取り調べを受けている、その遥か地下深くでの事。

 三人の男女が牢に捕らえられていた。

 一人は人間の男性、もう一人は人間の女性。


 そしてもう一人は獣人族ライカンスロープと呼ばれる種族の女性だ。

 獣人族は人間の体にところどころ獣の身体的特徴を有している種族である。



 サイドニア王城の秘匿された地下牢で、『プレアデス諸島』の異民ナゼール・ドンガラ達は永遠と思える時間をただ無為に過ごしていた。

 否、結局あれから脱出の糸口はまるで見えず、無為に過ごさざるを得なかったと言った方が適切だろう。


 ナゼールは三日前に怪我を負っていた。

 衛兵が食事を運んで来た時に牢の鍵を奪おうとして逆襲にあったのだ。

 浅黒い彼の肌には現在包帯代わりの粗末な布が巻きつけてある。


 ナゼールが包帯が巻かれた腕をさすっていると獣人族の少女が尋ねてくる。


「ナゼール様。お怪我の具合は如何ですか?」


 獣人族はナゼールの故郷プレアデスではごくありふれた存在だが、この大陸では未だ見かけていない。

 ナゼールは少女に返答した。


「ああ、多少は良くなった。ポーラの治療と《祈祷》のおかげだ。ありがとな」


 ナゼールの感謝の言葉にポーラと呼ばれた獣人族の少女は顔を赤面させる。


「い、いえいえ。そんな」


 人間の肌にところどころネコのような毛皮が付いていて、頭にはとがった幅広の耳がついている。

 毛皮は黄色いトラ柄のようで、耳の形はスナネコにそっくりだ。

 その大きな耳がポーラのトレードマークであった。


 一方、その会話を眺めていたもう一人の女性は辛辣だった。

 彼女がナゼールに文句を言ってくる。


「そもそも若が考え無しに暴れるから無用な怪我を負うんでしょ。もっと考えてから暴れなさいよ」


 自慢の長くて黒い髪をいじりながらナゼールを睨みつけるのは呪術師の女性レリアだ。

 彼女はナゼールのお付きとして今回の旅に同行している。


 ナゼールがレリアの罵倒を甘んじて受けていると、レリアの言葉にポーラが噛み付く。


「若様にそんな言い方しなくてもいいでしょ! レリア!」

「いや、このくらい言わないと伝わらないわ。若はバカなんだから」


 とことん斜に構えた発言をするレリア。

 ナゼールと同じく肌は浅黒い。

 艶のある長い黒髪を指先で触りながら、ふてくされている。

 もともと冷淡な性格だったが、この大陸に着てからはそれに拍車がかかったような気がする。


 尤も、それも無理も無い。

 レリアはこの大陸に流れ着いて早々ポーラと共に娼館に放り込まれそうになったのだ。

 その際にレリアは呪術を使い、ポーラと共に逃げ出したところをこの城の衛兵に捕まった。


 喧嘩を始めるレリアとポーラを仲裁するナゼール。


「二人ともやめろよ。レリアの言うことも正しい。俺の思慮不足だった」


 言葉の通じない大陸で捕らわれたナゼールは最初、農場らしきところに連れていかれた。

 その農場で肩に何やら焼印をつけられそうになったところを一瞬の隙をついて脱出に成功する。

 しかし逃亡生活は長くは続かず、あっさりと捕まりこの城に連れてこられたのだった。


 連れてこられた先で、ポーラとレリアに合流できたのが唯一の救いだった。

 牢の中という事をのぞけば、であるが。


 ナゼールの仲裁で落ち着きを取り戻したポーラが不安を滲ませた声色で呟く。


「それにしても……いつになったら出られるんでしょう?」

「心配するなポーラ。俺が必ずここから出してやるから」


 彼女を元気付けようとして根拠のないことを言うナゼールだったが、その言葉に何の説得力も無い事は自覚していた。

 そのナゼールの言葉を聞いて鼻で笑うレリア。


「それもいつになることやら……ね。期待しないで待ってるわ、若」


 嘲笑するようなレリアの言葉を聞いてとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、激昂するポーラ。


「レリアっ! いい加減にしなさいよ! あの時私を助けてくれた事は感謝してるけど、若様に冷たすぎるでしょう! だいたい……」


 その言葉を遮るナゼール。


「ポーラ、その辺にしとけ」

「若様、止めないでください!」

「いや、違う。そうじゃない。……誰か来る」

「えっ?」

「シッ! 静かに」


 耳を澄ますと足音が聞こえてくる。

 数は三人。

 その足音はいつもの衛兵のものではない。


 足音はゆっくりとこちらに近付いてくる。

 固唾を飲んで三人が待っているとやがて、三人の男がナゼール達の牢の前に姿を現す。


 そのうちの一人はナゼールにも見覚えがあった。

 最初に連れてこられた農場の主と思われる男だ。


 ナゼールはその三人の会話に聞き耳を立てる。

 何を言っているかはさっぱりわからないが、他にする事もなかった。


 農場主がナゼールを見て口を開いた。


「■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■」


 それを受けて立派な鎧を身に纏った男が黒髪の男に問いかける。


「■■■■■■。■、■■■■■■■■■? ■■■■■?」

「■■、■■■■。■■■、■■■■プレアデス■■■■■■■■■■■■■■■■」

「■■、■■■■■■■■■」


 その会話を聞いたナゼールは思わず立ち上がり、“プレアデス”という単語を発した黒髪の男に牢越しに詰め寄る。

 そして縋るような目を向けながら問いかけた。


「……あんたは、プレアデスを知っているのか?」





三人の会話


 「この男に間違いありません、私が購入した奴隷です。女の方は知りませんが」

 「やはりそうか。で、クルスの方はどうか? 同郷の者か?」

 「いえ違います。ですが、おそらくプレアデスから来た者ではないかと思われます」

 「ほう、心当たりがあるのか」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月20日(土) の予定です。


ご期待ください。


※ 5月19日  後書きに次話更新日を追加

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月14日  一部文章を修正 後書きの文章を修正

物語展開に影響はありません。

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