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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第一章 Thoughts Of A Dying Novelist
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4.黒髪の異民



 『ナイツオブサイドニア』の舞台となったマリネリス大陸。


 大陸の中心付近に王都サイドニアは存在し、そこから西方にやや進んだ所に大陸の中でも最大規模の都市である交易都市ドゥルセがある。

 ドゥルセからは放射状に数多くの街道が伸びており、地方都市と王都を繋ぐパイプのような役割を果たしていた。


 イサラの町もそのパイプに繋がれた地方都市のひとつである。






----------------






「いやぁ、今日も疲れたねぇ」


 最年長のラム爺がほとほとウンザリした様子でボヤく。

 すると若い青年がそれに文句を言った。


「何いってんの。ラム爺はまだまだ余裕あるじゃんよ。むしろ俺のがもうダメダメだよ」


 実際このジジイは年齢の割りに異常なまでのバイタリティを有している。

 青年はそう思っていた。

 しかしラム爺は飄々とした調子で若い青年に笑いかける。


「わしよりふた周りも若いくせに弱音吐くなよぅ、トビー」


 ラム爺のその言葉を聞いて、トビーと呼ばれた若者はふてくされた様に答えた。


「いいんだよ、吐いたって。どんだけ頑張ろうが所詮俺らは、奴隷なんだからさ」


 彼らが現在居るのはイサラの町に領地を持つ貴族、マクニール男爵の邸宅の敷地。

 その外れにある奴隷用の小屋である。


 そのマクニールの領地内で彼らは過酷な重労働に従事しており、今は労働を終えて休息しているところだ。

 彼らは最初から奴隷だったというわけではなく、ある者は罪を犯し、ある者は借金のカタにされ、ある者は悪辣な奴隷商人に攫われ今の境遇にある。


「トビーよ。そうあんまり自分を卑下するもんじゃないぞぅ」


 ラム爺は良識あるジジイだ。

 卑屈な思考に陥った若者を諭すような言葉をかけてきてくれる。


「そうだな。ありがとう、ラム爺」


 素直にトビーは老人への感謝の念を口にする。

 その素直さは彼の美点であった。

 そしてトビーは、奴隷小屋の隅でじっとしている黒髪の異民を見ながら付け加える。


「それに、あいつに比べたら俺だって少しはマシさ」


 その異民は一週間ほど前に現れた。

 なんでも異民であるが故に奴隷としても大した値がつかずタダ同然で旦那様が買い叩いてきた、という噂であった。


 実際、仕事ぶりはのろまであるし、体力・筋力にも欠ける。

 そもそも、言葉が通じないせいで何を命じても満足にこなせない。

 最近では奴隷を使役する立場の使用人達も半ば匙を投げている有様であった。


「あの異民か」

「本当につかえねぇ奴だよ。嫌になるぜ」

「うむ。奴が入ってきた時から、わしらの飯が若干少なくなった気もする」

「それな。仕事できねぇのに飯は一丁前に食いやがる」


 トビーには日頃からの鬱憤がたまっていた。

 まだ悪口は収まらない。


「だいたい何だよあの黒髪。“ひじき”かっつの」


 サイドニアでは金髪碧眼や赤毛・茶髪などが一般的であった。


「おい……トビー」


 ふと、ラム爺がトビーを諌める。

 いつの間に移動してきたのか、二人の目の前に件の異民が立っていた。


 そして、物言わずにじっとトビーを見つめている。

 予想外の事態にうろたえたトビーが困惑気味に異民に声をかける。


「な、なんだよ……」

「コトバ、オレ、ワカル、オシエテ、ニナリタイ、オネガイ」


 ぽかんとした表情で異民の言葉を聴いたトビーとラム爺。


 数瞬ののちに、今の台詞をよくよく咀嚼する。

 この異民は言葉を教えてくれとでも言っているのか。



「こいつは……驚いたなぁ」


 ラム爺が思わず感嘆の声をあげる。

 こいつは誰からもろくに言葉を教わっていない。

 完全に独学だ。


 他人の会話をただ聞いていただけで、単語の意味を理解したとでもいうのか。

 途端にこの異民がなにやら優秀な存在に見えてきた。


 トビーは目の前の異民の能力に対する評価を一瞬で白紙に戻す。


 こいつに言葉を教えるのは面白そうだ。

 良い暇つぶしになる。

 それに本人の前で堂々と悪口を言ってしまった埋め合わせもしなければ。


 こう見えてトビーは義理堅い男でもあった。


「いいぜ、教えてやるよ。あと悪口言ってごめんな」

「ワ、ル?」

「あーわかってないならいいや。とにかく教えてやる」

「スル、カンシャ」


 文法は目茶苦茶だな、とトビーは苦笑する。


「俺はトビー。お前の、名前は?」

「ナマエ、来栖」

「よろしくな、クルス」


 奴隷小屋のマリネリス公用語教室開校の瞬間である。







--------------------







 この野郎、“ひじき”とかぬかしやがったな。


 来栖はトビー達の悪口を、実はしっかりと理解していた。


 大昔に設定したオリジナル言語である為、文法は壊滅的だったが単語ならある程度は記憶していた。

 だから文法を教えてくれる教師が必要だった。


 来栖はむしろ彼らが悪口を言うのをずっと待っていた。

 語学教師の依頼を断らせない為である。


 何の報酬も用意できない今の状況では断られたら、それでおしまいだ。

 だからトビーが悪口を言ったタイミングで単語くらいは理解していると知らせた。


 すると向こうは勝手に罪悪感を感じてしまい、断りづらくなってしまう。

 もちろん来栖が敢えて愚鈍に振舞っていたのも向こうに悪口を言ってもらう為である。



 それにしても……と来栖は回顧する。

 まさか自分が奴隷に身をやつす事になろうとは。

 迂闊だった。


 あの小屋に辿り着いた時点で助かったと早合点してしまっていた来栖は、助けてくれた兵士に日本語でありのままの感謝を伝えたのが、それが完全に裏目に出た。

 死にかけの状態であった為に、マリネリス公用語の存在が頭から抜け落ちていたのだ。


 あの後、鞭の音で目を覚ました彼を待っていたのは如何にも悪役ヴィランっぽい風貌の奴隷商人達。

 そこで身ぐるみを剥がされ、これまた悪そうな貴族やら商人共にさんざん値踏みされた後、ここの旦那様がお買い上げになった。


 そして肩に焼印が押される。

 この焼印は誰の所有物かを示すものであり、これで晴れて来栖は奴隷の仲間入りだ。


 自分の空想世界でこんな状況に陥るということは、忌々しいバルトロメウス症候群に来栖の本体が順調に蝕まれている暗喩に思えた。



 冗談じゃない。

 こんなところでくたばってたまるか。


 何としても逃げてやる。

 逃げおおせてやる。


 だがここから脱走するにしても、領主にうまいこと取り入って出してもらうにしても語学能力は絶対に必要だった。

 そのための第一歩である語学教師探しは無事成功した。


 後は言語学習と並行して脱出に繋がる糸口を探すとしよう。

 しばらく時間はかかりそうだが止むを得まい。


 来栖は脱出に関しては手段を選ぶつもりは無かった。

 言葉を教えてくれるトビー達奴隷仲間を、生贄スケープゴートにして自分のみ脱出するのもやぶさかではない。


 どうせ彼らとて、空想の産物だ。

 それに、ここから出てしまえば……。


 この一週間でクルスは一発逆転要素に成り得る、あるアイテムの存在を思い出したのだ。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月12日(水) の予定です。


ご期待ください。


※ 7月30日  行間を修正

※ 8月 8日  レイアウトを修正

※ 1月23日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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