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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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39.慈悲を



「あ、ああ、偉大なるバルトロメウスよ……。慈悲を、どうか……慈悲を」


 か細い声でそう呟くとラム爺の体が白くなり、そして塩になり崩れる。

 後には彼の身に着けていた服と武器類のみが残される。

 クルスがその様子を呆然と見守っていると、ダリルが呆気にとられながら口を開く。


「嘘だろ……。人の身体が一瞬で塩になっちまった……」


 一部始終を見ていたダリルが嘆く。

 一方のクルスはそれとは別の部分で衝撃を受けていた。

 何故ラム爺が『バルトロメウス』という名称を知っていたのか。


 このクルスの脳内の空想世界で、その単語を知っているのはクルス本人とハルのみである。

 ハルがクルスに聞いてくる。


「ねぇ、マスター。今のって……?」

「……」


 ハルの問いかけに沈黙を持って答えるクルス。

 今は結論を出すには情報が少なすぎるが、これはおそらく『世界の歪み』に関する重要な手がかりだ。


 『バルトロメウス症候群』によるクルスの脳内への侵食・干渉の確たる証拠である。

 しかしその証拠を握るラム爺は今、目の前で塩になってしまった。


 手元にある情報をもとにクルスが頭をフル回転させていると、レジーナが問いかけてきた。


「おいクルス、こいつお前の知り合いかよ?」


 塩の塊を指差して聞いてくるレジーナにクルスは答える。


「ああ。俺にマリネリス公用語を教えてくれた奴隷のひとりだ。ラム爺という。まさか“殺人鬼マーダー”だったとは」

「……そうかい」


 コリンも口を挟んでくる。


「ねぇクルス。さっきあいつが言ってた『バルトロメウス』ってのは何? 邪神か何か?」

「……さあな。俺にもよくわからない」

「じゃあ、クルスは何でその名前に反応したのさ?」

「それは……」


 答えようとしたところで、鎧甲冑の立てるガシャガシャという音が聞こえてくる。

 見ると、物々しい鎧姿の騎士達がこちらに向かってくる。


「けっ、今頃衛兵が来やがったか」


 忌々しそうに吐き捨てるレジーナ。


 ダラハイド男爵に連れられての衛兵の到着だ。

 しかし、丁度こちらが殺人鬼を片付けたタイミングでの登場であり、まったくの徒労である。

 クルスたちの姿を見た男爵が心配そうな様子で駆け寄ってきた。


「お前達! 大丈夫か!?」


 クルスは男爵に心配をかけまいと笑顔をつくる。


「ええ、何とか」


 クルスの言葉に同意するようにダリルも男爵に返事をした。


「大丈夫だぜ、旦那。殺人鬼は俺達できっちり仕留めたからよ」

「本当か! 良かった……」


 ダラハイド男爵はクルス達の無事を確認すると安堵のあまりしゃがみ込む。

 その時、クルスたちの会話を聞いた衛兵の一人がこちらに歩み寄ってくる。


「で、その殺人鬼の死体はどこにあるのだ?」


 そう言いつつ辺りを見回す衛兵。

 彼の問いにレジーナが答えた。


「ほれ、そこだ」


 レジーナが塩の塊を指差して告げる。

 ラム爺の着ていた服が塩の塊に埋もれている。

 それを見て不可解な顔をする衛兵。


「……塩ではないか」

「塩になったんだよ、殺人鬼がよ。なぁ?」


 相棒レジーナの言葉を首肯するコリン。


「うん、僕も見たよ。その瞬間」


 一方の衛兵は懐疑的だ。


「そんな訳なかろう。……他に見たという者は?」


 クルス、ダリル、ハルの三名の挙手。

 それを見た衛兵はため息混じりに言った。


「……わかった。詰め所で詳しい話を聞こう」





----------------





「ええ……確かに私たちも、見ました。男が……その、赤黒いスライムのような魔物になる瞬間を……」


 困惑を表情に出しながらも老夫婦はそう言った。

 王都の衛兵の一人であるディランは彼らの話に耳を傾けながら、彼らの様子を観察する。


 しっかりとした話しぶりから察するに彼らは嘘をついているわけではなさそうだ。

 じっとこちらの目を見ながらその時の様子を話してくれた彼らの態度からは実直な人柄が窺えた。

 

 衛兵ディランは“殺人鬼”を倒したという胡散臭い冒険者どもの話の裏をとる為に、付近の民家に聞き込みに訪れていた。

 驚くことに複数の住民が人が魔物へ変貌する瞬間を目撃しており、冒険者どもの証言ともおおむね一致している。



 彼らの話を総合するにまず黒髪の異民たちと殺人鬼が交戦状態になり、その段階ではまだ殺人鬼はまだ人の形を保っていたようである。

 ところが異民が殺人鬼に止めを刺した後、殺人鬼が化物に変化したというのだ。


 人が魔物に転じるというのは何とも眉唾ものな話であり、通常なら笑い飛ばす類いのくだらない冗談にしか聞こえない。

 しかし複数の住民、それも至って真面目そうな人間達からの証言を加味するとどうにも本当の事のように聞こえてしまう。


 どうしたものか。

 一介の衛兵風情にはいまいち判断しかねる事象が発生したというのは確かなようだ。

 ディランは改めて冒険者連中の話を聞きに行くことにする。


 情報を提供してくれた老夫婦に礼を言った後、ディランは衛兵詰め所へと向かう。

 ディランが詰め所に戻ると中から、悲痛な訴えをする赤毛女の声が聞こえてきた。

 部屋を隔てたディランにも聞こえるくらいの大きな声だ。


「だーかーらー! あいつが化物スライムになって、その後人間の姿に戻って塩になっちまったんだって!」


 一体何回の問答をしたのだろうか。

 何度も同じ説明をしたせいか、その赤毛の女はひどくイラついているようだった。


 ディランが詰め所内に戻ると中に居た同僚が尋ねてくる。

 

「おうディラン。戻ったか。どうだった、聞き込みの方は?」

「それがだな。どうやら連中の言っている事は正しいようなんだ」

「なんだと? 確かか?」

「ああ。全員に催眠術でもかかってない限り、ここまで証言が一致するはずが無い」

「俄かには信じられんな」

「とにかく、もっと詳しく連中から話を聞くほかないだろう」


 そう言うとディランは冒険者達が事情聴取を受けている部屋に向かう。

 部屋に入って来たディランを見るなり、あからさまにがっかりする赤毛の女。


「何だぁ、また別の奴におんなじ説明しなきゃならねぇのかよ……」

「いや、その必要はない」

「あ? どういうこった」

「実はついさっきまで付近の住民へ聞き込みをしていた。その結果、だいたい君らと同じ内容の事を証言している」


 その言葉を聞いたダリルとかいう男が言う。


「だろ? だから俺達は最初からそう言ってたじゃねえか」

「ああ、だからもっと詳細な情報が欲しいと思ってな。特に……」

「特に?」

「そこの黒髪の異民殿からな。人を魔物に変えるというのは、我々の知らない秘術か何かなのではないか?」


 それまでは口数の少なかった異民だったがディランの言葉を咀嚼し、やがて言葉を紡ぐ。


「殺人鬼はスライムに変化する前に何かの薬品を服用したようです」

「何かの薬品……それは一体なんなのだ?」

「それは俺にもわかりません。ですがおそらくあの殺人鬼は異教徒です。我々の知らない秘薬を持っているのかも知れません」

「ふむ。どうして異教徒だとわかる? 根拠は?」

「奴が最期に言った言葉です。“偉大なるバルトロメウスよ。慈悲を”と」


 バルトロメウス。

 聞いた事の無い単語だ。

 どこかの邪教が崇拝している神だろうか。

 ディランは黒髪の異民に問いかけた。


「そのバルトロメウスというのに心当たりは?」


 ディランがそう尋ねると、横で聞いていたとんがり帽子の少年も追随してきた。

 興味津々のようだ。


「それ僕も聞きたいな。ねぇ教えてよクルス」

「バルトロメウスというのは俺の故郷では……不治の病の名前だった。それに罹った者は二度と目覚めない」

「ふーん、じゃああいつは病魔を崇拝してたってこと?」

「わからない。が、たぶん違うと思う。おそらく奴の崇拝している神と、俺の故郷での不治の病が偶々同じ名前だったんだ」

「そんな偶然あるかなぁ?」

「……これに関しては、本当に俺にもよくわからない。だが最近この辺で異教徒が増えているという。その異教徒達が何か知っているかも知れない」


 確かに最近、異教徒の動きが活発になってきたという情報はディランの耳にも入ってきている。

 この異民の言っている事はあながち間違いでもなさそうだ。


 ディランが思考を纏めているところに、貴族の男が話し掛けてくる。

 この冒険者たちの雇い主だろうか。

 確かダラハイドとかいう名前だった。


「なぁ衛兵殿。少しよろしいか?」

「何でしょう?」

「この取調べは一体いつまで続くのだ?」

「取調べというのは大げさですな。我々はただ、事情を伺っているだけであります」


 詭弁である。

 ディランは自覚していた。


 実のところは塩になった人物は“被害者”で、こいつら“下手人”が口裏合わせて話をでっち上げている。

 という可能性も当初は考えていたのだ。

 それを考慮して冒険者どもを何とか引き止めていたのだが、住民への聞き込みの結果それもどうやら徒労であったらしい。


 露骨に疲れた表情をしたダラハイド氏がディランに詰め寄る。


「どういう名目にせよ、そろそろ解放してくれないと困るのだがな。こう見えても国王陛下から召喚状を頂いてる身でな。明日の予定に差し障る」

「……左様でございますか。わかりました。それでは今日のところはお引取り頂いても結構で……」


 ディランがそう言い掛けたところで赤毛の女が口を挟む。


「それは構わねえんだけどよ。カネはどうなるんだ? 殺人鬼にはたしか、懸賞金かかってただろ。当然くれるんだよな?」

「……いや“人が魔物に変じた”という話に完全に裏がとれるまで公表はできないだろう。それから殺人鬼の身元も不明だ。それらが解明されるまでは懸賞金の受け取りは厳しいんじゃないか、というのが俺の見解だ」


 その懸賞金は殺人鬼を一向に捕らえられない不甲斐無い衛兵達の給料から、天引きで捻出されるという噂であった。

 よって、時間稼ぎを図るディラン。

 彼はレジーナに自分の見解を伝えるフリをして時間稼ぎを図る。


「そんな身元不明の殺人鬼退治の報酬を待つよりは、どこか他で儲け話でも探した方が建設的だと思うぞ。冒険者さん方」

「何だよそりゃ。……いやちょっと待て。おいクルス。お前、殺人鬼の身元わかるんじゃねえのか? 知り合いだったんだろ?」


 身元なぞわかるはずが無いと思って時間稼ぎのつもりで発言したディランだったが、事態は彼の予想外の方向へと向かっていく。

 赤毛女の問いかけに明朗に答える黒髪の異民。


「殺人鬼の名前は“ラム”。ラム爺と呼ばれていました。マクニールという貴族の下で俺と一緒に奴隷として働かされていました」


 なんということだ。

 落胆を隠せないディラン。


 謎のベールに包まれていた殺人鬼の情報が、あっさり判明してしまったではないか。

 この情報を聞いてしまったからにはディラン達も調べざるを得ない。

 これでその情報の裏が取れてしまえば、ディラン達の給料カットは不可避である。


 悲嘆に暮れるディランは思わず天を仰ぎ、そして祈った。


 おお、神よ。

 どうか、慈悲を。




お読み頂きありがとうございます。


活動報告の方にも書きましたが、ストックが底をつきました。

ですので、これ以降更新ペースが鈍りますがご容赦ください。

次話更新は 5月18日(木) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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