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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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38.殉教者



 “殺人鬼マーダー”が出没するという王都サイドニアの食堂で用心棒バウンサーをするレジーナとコリン。

 クルス達が食堂を出て行った後、彼らは暇を持て余していた。


 用心棒を請け負うことで食事代をケチる事には成功したものの、その代償としてこの店から出られなくなってしまった。

 現在店内に居るのはレジーナとコリン、そして店主のみであり店内では閑古鳥が鳴いている。


 客が来ないのを良い事に、店主は先ほどから奥でなにやら作業している。

 厨房の清掃だろうか。


 レジーナは欠伸をかみ殺す。

 こんなことなら用心棒なんか提案するんじゃなかった。

 そう公開しながら彼女は呟いた。


「暇だなぁ……」


 とうとう口に出してしまうレジーナ。

 一方のコリンは持参した書物に顔を埋めている。


「そんなこと言ったって、レジーナが言いだしっぺなんだから今更やめるのは無しだよ」


 一方のコリンはのんびりと読書に耽っていた。

 何かの哲学書らしい。

 レジーナも借りて読んでみたが、その本の難解さに三ページと持たずに断念する。

 あんなものを読んで何が楽しいのやら、レジーナには理解できなかった。


「でもよぉコリン。お前だって退屈だろぉ?」

「いや、別に。ていうか、今いいところだから話しかけないでよ」


 鬼か、このガキは。

 胡乱な目つきでコリンを見るレジーナ。



 どのくらい時間が経ったのか。

 もういっそ酒でも呑んでしまおうか。

 どうせ“殺人鬼マーダー”は今日は現れないだろう。

 などと、だんだんと思考がやさぐれてくるレジーナ。


 もし万が一殺人鬼が現れてもコリンが居る。

 レジーナが酒を飲んだとして、コリンが時間を稼いでる時間に酔いを醒ませば問題はないはずだ。

 短絡的にそう考えたレジーナは相棒に話しかける。


「なぁ、コリン。ちょっとくらいなら呑んでも……」

「しっ、静かに」


 いつの間にかコリンは本を閉じて、集中している。

 こんな街中で、魔力のうねりでも感じたのだろうか。

 小声で尋ねるレジーナ。


「魔物か?」

「うん……。いや、よくわかんない。魔物だったらもっと早くに感知できるんだけど、既に割と近くに居るんだよ。やばそうなのが」

「ちっ、どうするか」


 レジーナが逡巡しているところに勢い良く扉が開けられる。

 ダラハイドとかいう貴族とその護衛のダリルだ。


 その音で店主が気づき、厨房から出てくる。


「どうしたんだ、お客さん。忘れ物かい?」


 店主の問いにダリルが緊迫した様子で答える。


「いや違う。なぁ店主さんよ、そこの用心棒借りていいかい?」


 なにやら剣呑な様子のダリルに問いかけるレジーナ。


「おい何が出た? 魔物か?」

「殺人鬼だ。……いや今は“化物モンスター”か。とにかく来てくれ! 今、クルスとハルちゃんが戦ってる」


 どうやらクルスたちは大当たりを引いてくれやがったらしい。

 レジーナはため息を吐くと店主に告げる。


「おやっさん、あたしらは行くぜ。もう店は閉めちまいな。どうせ今日は客なんか来ねえよ」

「ああ、そうするよ」


 それを聞いたダリルは、やや安堵したような表情を見せる。


「来てくれるのか」

「しょうがねえ、ひとつ貸しだぜ。案内しな」

「ああ、勿論だ」


 レジーナの言葉に頷いたダリルはダラハイド男爵に指示を出す。


「旦那は衛兵を呼んで来てくれるか。俺はこいつらを奴のところに案内してくる」

「うむ。任せておけ」


 そう宣言し、詰め所に向かうダラハイド男爵。

 その様子を見届けた後レジーナとコリンは食堂を出る。


 そのままダリルに先導されて“化物モンスター”とやらのところへ向かう。。

 しばらく走ったところで、遠めにクルスとハルの姿が見えた。


 見るとクルスと殺人鬼と思しき男が向かい合っており、相打ちのような形だ。

 あいつは、クルスは無事か。

 レジーナがそう思った瞬間、相手の男が倒れるのが見える。

 ほっと息をつくレジーナ。


「なんだ、倒しやがったじゃねえか。多少危なっかしかったけどよ」


 どうやら自分達の出番は無かったようだ。

 そう思ったレジーナとコリンは走る速度を緩める。

 しかしダリルの一言で事の深刻さを理解する。


「いや、まだだ。殺人鬼がくたばるのはあれで二度目だぜ。たぶんまだ終わってねえ」

「は? いやいや、頭に斧がぶっ刺さってたように見えたぜ?」


 レジーナがそう言った瞬間、一行は信じられないものを目撃する。


 男の死体が赤黒いスライムに変貌を遂げる。

 そして動けないクルスに襲い掛かる。


 絶体絶命に思えたクルスだったが間一髪のところで妙な装置を使うハルに救出された。

 レジーナの前を進むダリルが急かしてくる。


「おら! 急ぐぞお二人さん!」

「何だよあいつ! 人間じゃねえのかよ!」


 全力でクルス達のもとに向かう三人。


 近付いてみると、クルスはどうやら痺れ毒か何かを食らって動けないようだった。

 ハルは敵の攻撃の回避に専念していて、クルスに解毒処置を施す余裕も無さそうに見える。


 その様子を見たコリンがいち早く、魔術《火球》で化物に強襲をかける。

 《火球》は一定の効果を見せたが、すぐにスライムは再生した。

 どうやらかなり厄介そうな相手だ。


 ひとまずクルスとハルに近づく事に成功したレジーナたち。

 コリンがクルスに話しかける。


「苦労してるみたいだね。クルス」

「コリン先輩……」


 それに続いてレジーナもクルスに声をかけた。


「よぉ。あたし抜きで楽しそうな事やってんじゃねぇよ」

「……ちっとも楽しくねえよ」


 そこへダリルが割り込んでくる。。


「クルス! 痺れて動けねえんだろ?」 

「ああ……」

「だったら下がってな。ハルちゃん、そいつ頼むわ」


 ハルはダリルの頼みを聞き入れて大きく頷く。


「はいっ!!」



 ハルにクルスを任せた後で三人は敵と向かい合う。

 自慢の大剣バスタードソードを抜き放ち、両手で構えながらスライムを観察するレジーナ。


 人間の上半身をかたどったシルエットのスライムが、ゆらゆらと不定形に蠢いている。

 先ほどクルスを襲ったように腕の部分を伸ばして奇襲攻撃もできるようだが、それ以外の動きは緩慢だ。


 レジーナがスライムを観察しているとコリンがレジーナに問いかけてきた。


「一応《火球》は効くみたいだけどすぐに再生されちゃ意味ないね。どうしよう?」


 レジーナは一瞬のうちに思案する。

 通常の個体と多少毛色が違うとはいえ、スライムはスライムだ。


 身体の中にあるコアを破壊すればスライムの活動は停止するはずだ。

 ならば、核ごとみじん切りにしてやるまでだ。


 方針を決めたレジーナはコリンに指示を出す。


「コリン、エンチャントだ」

「はいよ」


 コリンがレジーナの大剣にエンチャント型の魔術《魔刃》を施す。

 これでレジーナの大剣の切れ味が向上したはずだ。


「あたしは核を狙う。その間コリンは《雷陣》の詠唱をしとけ」

「わかった」


 一方、ダリルはコリンの前に立ちエストックを構えた。


「魔術の詠唱中は守ってやるぜ、少年」

「うん、期待してるよ」


 そしてレジーナがスライムに飛び掛る。

 大剣をぶん回しスライムの粘性の身体を切り刻んでいく。


 スライムは切り刻まれながらも、高い再生能力を駆使し反撃を図る。

 しかしその反撃の矛先はレジーナではなく、コリンだ。


 コリンの魔術を食らったら再生する間も無く消滅させられる可能性があった。

 一方、レジーナを放置しても身体を再生すれば、すぐにやられる事はないという判断だろう。

 思考能力など無いと思われていた化物だったが、戦い方は心得ているらしい。


 胴体部分をレジーナに切り刻まれながらもスライムは、腕にあたる部分を再生しカタールを模した刃でコリン目掛けて刺突攻撃を仕掛ける。


 コリンが危ない。

 彼の身を案じたレジーナが叫ぶ。


「ダリル! 頼む!」

「ふん、他愛もねえ」


 単純なスライムの刺突を見切ってエストックで的確に弾くダリル。

 そこからスライムは更に腕を鞭の様にしならせて斬撃を放ってくるが、すべてダリルに受け流される。


 そして、本命のコリンの詠唱が完了する。


「レジーナ、さがって!」

「ああ!」


 スライムを囲むように出現する雷の柱、《雷陣》だ。

 柱に囲まれたスライムを襲う電圧による暴力。


 範囲指定の詠唱に時間をとられるものの、そのデメリットを補って余りある絶大な威力が特長の魔術だ。

 そして一旦柱に囲まれてしまえば、そこから逃げ出すのは容易ではない。

 雷によって形作られる死の陣である。

 今回の相手のスライムのように本体の動きの鈍い、だが再生力の高い相手との相性は抜群であった。


 バチバチとした放電の音とともに赤黒い色をしたスライムが瞬く間に黒焦げになる。

 だがコリンは念入りに、たっぷり一分かけてスライムに電撃を浴びせ続けた。


 後になって残ったのは完全に炭化した黒い塊であった。

 その様子を見ていたダリルが呟く。


「今度こそやったか!?」


 だがコリンはまだ気を抜いていない。


「ううん、まだ魔力反応はあるよ」

「何だと?」


 などと会話している二人を諌めるレジーナ。


「おい、油断すんなよ二人とも」


 その瞬間、スライムがこげた黒い塊から鉄塊が吐き出されて飛んでくる。

 元はハンドアクスか何かだった鉄塊を、大剣ではたき落とすレジーナ。

 その際に核の場所を視認する。


「それでネタ切れか。あばよ、スライム」


 大剣でスライムの核を叩き潰すレジーナ。

 高い再生能力を誇っていたスライムは完全に沈黙した。

 場に静寂が訪れる。


 レジーナは相棒に問いかけた。


「コリン! どうだ?」

「うん、魔力反応も消えたね。やったみたい」

「ふぃーっ。やっと終わったか」


 そう言って一同が安堵しかけたその時。

 スライムの黒い塊がぐにゃりと歪み、形を変える。


「おい、コリン! 死んでねえぞ!」

「いや、魔力反応は確かに消えてるよ。たぶん“元”の形に戻ってるんだ」


 やがて、スライムは元の人間の形へと戻る。

 小柄で痩せ型の老人だ。

 それを見たクルスが足を引き摺りながら、こちらに近寄ってくる。

 レジーナは彼に声をかけた。


「おいクルス、もう大丈夫なのか?」

「まだ多少痺れは残ってるが大丈夫だ。済まない。それより……」

「ああ、この野郎から話が聞けるといいが」


 その人間、殺人鬼が咳き込む。


「ごほっごほっごふっ」


 苦しそうに咳き込む老人をクルスは問いただす。


「おい、ラム爺。一体何をしたんだ? 何を飲んだんだ、あの時」


 驚いたことに殺人鬼はクルスの知り合いであったらしい。

 その老人が震える声で呟く。


「わ、我は殉教者なり……鳥たちの囀りは我の、み、耳に入った……おお、偉大なる、偉大なるバルトロメウスよ、破壊と、こ、混沌による救済を、救済を、我らにもたらし給え」


 聖書か何かの引用だろうか。

 無学なレジーナにはさっぱりだったが、その字句を聞いたクルスは激しく動揺する。


「おいっ! ラム爺! 何故、お前がその名前を知っている!」


 だがその老人はクルスの問いに答える事はなく、手を真上に伸ばす。


「あ、ああ、偉大なるバルトロメウスよ……。慈悲を、どうか……慈悲を」


 虚ろな瞳でそれだけ言うと、その老人の身体は一瞬で塩になってしまった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月16日(火) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月12日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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