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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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37.化物



「……あんた、ラム爺か?」

「うん。久しぶりだねぇ、クルス。こんな事になるならあの時、お前を殺しておけば良かったよ……」


 かつての奴隷仲間と剣を交えたクルスは目を見開き呆然とする。


 “殺人鬼マーダー”は“邪教シンパの異常者”という設定はしていたが、本名やその他パーソナルな事柄までは決めていなかった。

 まさかその殺人鬼と顔見知りどころか奴隷仲間だったとは。


 未だ動揺を隠せないクルスを気遣うようにハルが話しかけてきた。


「……マスターのお知り合いですか?」


 ハルは少し悲しそうな目つきでクルスを見つめてくる。

 しかしながらラム爺を取り押さえる力はまったく緩んでいない。


 クルスはため息混じりにハルに返事した。


「……ああ。昔、ちょっとな」


 はっきりしない物言いでクルスがそれだけ言うと、ダリルが横から急かしてくる。


「おいクルス。気持ちはわかるが話は後にしろ。衛兵が先だ」


 そうだ。

 ラム爺……いや殺人鬼を拘束できているうちに早く衛兵を呼ばなければならない。


 その時、殺人鬼が不敵な笑みを浮かべる。


「ふふっ」


 ダリルが殺人鬼にエストックを突きつけながら尋問する。


「何がおかしいんだ、ジジイ?」

「そりゃおかしいさ。詰めが甘いよ、お前らは。後学のために教えといてやるよ。こういう場合は両手を拘束しただけじゃ不十分だ。猿轡さるぐつわでも用意しておくんだったねぇ」


 そういうと殺人鬼は口をもごもごと動かした。


 しまった!

 クルスは戦慄する。


 殺人鬼は歯の隙間に何か仕込んでいるのだ。

 その仕込んだ何かをカリカリという音を立てて咀嚼する殺人鬼。


 また何か、別の毒物の粉末だろうか。

 それをこちらに向けて噴出すというのか。


「させるかッ!」


 それを阻止する為にダリルが殺人鬼の口を塞ぐ。

 頭頂部と下顎を持ってガッチリと固定するダリル。

 荒事に慣れている彼らしい瞬時の判断だった。


「けっ、残念だったな。どんな毒を吐き出すつもりだったか知らねえが、その毒は自分で食うんだな」


 やがて苦しみだす殺人鬼。

 ゲホゲホと血を吐き、ガタガタ震えだす。

 顔色が蒼白になり、目からは涙が止まらない。

 その苦しそうな様子に、いたたまれなくなり目を逸らすクルス。


 三十秒ほど経った後、唐突に殺人鬼はぷつっと糸が切れたように動かなくなる。

 事切れたのだ。


 心音の停止を確認したハルが拘束を解く。


「ラム爺……」


 クルスは膝をついてラム爺の死体に歩み寄る。

 一時とはいえ、自分も世話になった人物だ。

 たとえその男がイカれた殺人鬼だったとしても、最初に刷り込まれた印象をクルスは中々払うことが出来なかった。

 その人物の死に悲嘆に暮れる。


 一方のダリルはクルスに何か声をかけようとしたが、言葉が見つからなかったのかクルスを死体から遠ざけようとする。


「ほらクルス、とっとと衛兵を呼んで来いよ。一応、見張ってるからよ」


 彼なりに気遣ってくれているのだろう。

 その心遣いにクルスはいたく感謝した。


 しかし、その時ハルが異常に気づく。


 念の為、温度感知サーモで殺人鬼の体を見ていた彼女は、殺人鬼の体温が急激に上昇している事に気づいたらしい。

 よからぬ危険を察知したハルは注意を促す。


「マスター! まだ終わっていません! ダリルさん、こいつから離れて! こいつの体温が急上昇しています! もはやヒトの温度ではありません!」


 そう言って自らも離脱しようとするハル。

 しかし遅かった。


 突如、殺人鬼の腕がハルを掴む。

 人間とは思えない凄まじい膂力りょりょくでハルの右腕を掴む殺人鬼。

 そしてそのままゆっくりと立ち上がるが、その表情は虚ろだ。

 その腕を振り払おうとするハル。


「ぐっ、離しなさい!」


 ハルも普通の人間に比べたら力はかなり強い方だが、そのハルでも腕を剥がせない。

 彼女から位置が近いダリルがハルを助けようとする。


「ハルちゃん!大丈夫か!」


 研鑽けんさんを重ねたエストックでの突きで、殺人鬼を貫こうとする。

 しかしその刺突は、カキンという音を立てて殺人鬼の腕に弾かれる。


 なんだ、あれは。

 肌が硬化でもしているとでも言うのか。

 クルスは我が目を疑った。


 いや、それどころか体が膨張しているように大きくなっていく。

 いつのまにか肌はトカゲの鱗のようになっている。

 殺人鬼はいつしか“化物モンスター”へと変化を遂げていた。


 ここにいる三人だけではこの化物は倒せそうもない。

 そう判断したクルスはダリルに向かって叫ぶ。


「ダリル! 旦那様を連れてここから離れろ!」

「はぁ!? 二人を置いていけねえよ!」

「お前のエストックじゃこいつの相手は無理だ! さっきの食堂の二人を呼んで来い! その時間は俺が稼ぐ!」


 決意に満ちたクルスの言葉を聞いたダリルは乱暴にダラハイド男爵の腕を引っ張った。


「……ちっ。おい行くぞ旦那! 遅れるな!」

「あ、ああ!」


 そうして二人は後方に走ってゆく。


 一方、右腕を化物に掴まれていたハルは身動きがとれない。

 彼女はがむしゃらに暴れていたところを、化物に無造作に放り投げられる。


 凄まじい勢いで投擲されたハルであったが、《フックショット》を上手く使い衝撃を殺す。

 投擲によるダメージはほとんど無いようだ。


「ハルっ! 大丈夫か!?」

「はい! ですが右腕を掴まれた時に《パイルバンカーE型》が壊れました」


 なんてこった。

 クルスは天を仰ぎたいのを我慢した。

 即座に《パイルバンカーE型》を生成し直したいところだが、どうやらその隙もなさそうである。


 両手が自由になった化物は鎖鎌を拾い、びゅんびゅんと回し始める。

 だがその勢いと威力は先ほどの比ではない。

 あの分銅を叩きつけられたら一発で頭蓋骨が砕けそうだ。


 一旦《活力》のルーンを解除し、《勝利》のルーンに切り替えるクルス。

 毒物を警戒していないわけではないが、あの膂力に立ち向かうには身体能力強化が必須だ。


 ちなみに複数のルーンの重ねがけは禁忌である。

 そんなことをしたらプレアデスの精霊達にそっぽを向かれてしまう。


 クルスは《しるし》を描きながらハルに指示を飛ばす。


「ハル、お前は攻撃に参加しなくていい。俺がやばそうな時に《フックショット》でサポートしてくれ」

「はい!」


 その会話が終わりきらないうちに襲ってくる鎖。

 咄嗟にショートソードを両手で構えるクルス。

 その剣に鎖が巻きつき、クルスは体ごと引き寄せられる。

 そこに化物の持った鎌が振りかざされる。


 今だ。

 クルスはショートソードを投げ捨て、腰に差していた予備武器を取り出す。

 子鬼に殺された冒険者の遺品。

 アンナの許可をとり、譲り受けたハンドアクスだ。


「ぬあああっ!」


 雄たけびをあげて、ハンドアクスを全身全霊の力で振りぬくクルス。



 結果は相打ちだった。

 化物の鎌はクルスの右肩に突き刺さり、どくどくと血が流れている。

 そして印術により身体能力が強化されたクルスのハンドアクスは、化物の頭部にザックリとめり込んでいた。


 二、三歩よろめいて後ろに倒れこむ化物。

 クルスの傷も深いが肩口なので、命に別状はない。


 とはいえ激痛が全身に走る。

 更に身体に妙な痺れる感覚を憶えるクルス。

 鎖鎌の刃には痺れ薬か何かが塗られていたようだ。


「ぐう……痺れ、る……」


 肩を抑えながら、うずくまるクルス。


「マスター! 大丈夫ですか! 今手当てを……」

「いい! お前は化物をよく見ていろ。たぶんまだ終わっていない!」

「は、はいっ」


 これはクルスの単なる勘だった。

 もしくは嫌な予感、というやつか。

 そういう予感は得てして当たるものだ。


 化物の身体がドロドロと溶けてゆく。

 そしてその溶けた身体がさらに膨張する。

 その姿は赤黒いスライム状で、質量保存の法則など知ったことかと言わんばかりだ。


 スライムは人型のようなシルエットを形作るが、もはや形も曖昧だ。

 下半身は無く上半身だけで、左右の腕と思しき部分はカタールのように鋭利になっている。

 あれで切り刻まれたら、ひとたまりもない。


 そして負傷により素早い動きが出来ないクルスに、カタールの刃が襲い掛かる。

 腕にあたる部分を伸ばしてくるスライム。


「マスター! 危ない!!」


 ハルが《フックショット》を使い、クルスを抱えながら一瞬で移動する。

 それによりカタールの一撃をかわすことに成功する。


 しかしこのままでは攻め手が無い。

 クルスの武器ハンドアクスはスライムに飲み込まれてしまい、《パイルバンカーE型》は故障中。

 ジリ貧だ。


 クルスは肩の激痛に顔を歪ませながらも、必死に頭を働かせる。

 何かを生成すれば状況は打破できそうな気がするが、何が適しているのかわからなかった。

 殺人鬼の設定はしたが、こんな化物スライムの設定はした覚えがない。


 いや、そもそも悠長に何かを生成している隙もない。



 その時、化物スライムに突如火の玉が降り注ぐ。

 魔術《火球》だ。


 そして火の玉と同時に生意気そうな少年の声も聞こえてきた。

 とんがり帽子の小さな魔術師が駆けつけてくれたのだ。


「苦労してるみたいだね。クルス」

「コリン先輩……」


 コリンが来たということは当然、その相棒も来たということである。

 ゆったりと歩いてくる長身の女戦士。

 愛用の大剣バスタードソードを担いでいるその姿は貫禄充分だ。


「よぉ。あたし抜きで楽しそうな事やってんじゃねぇよ」


 そう言うとレジーナはギラついた瞳を輝かせて、にやりと笑った。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月15日(月) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月11日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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