表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
35/327

35.どきなさい



 クルスとハルがバーラムの農場を訪ねた翌朝、ダラハイド男爵達の一行はバーラムを出発する。

 これより馬車にて王都サイドニアへ向かうのだ。

 国王に召喚されたダラハイド男爵をクルス、ダリル、ハルの三名で警護する。


 道中は馬車を借りてのゆっくりとした旅ではあった。

 だがクルスたちの本分である護衛の仕事も忘れてはいけない。

 王都への道すがら、街道を進む馬車が魔物などに襲われないとも限らないのだ。


 そう思ったクルスは御者の隣にハルを配置して警戒させていた。

 その気になれば彼女の目は望遠ズームで一キロ先の景色も鮮明に捉えられる。


 一方、依頼主の男爵はというとぐうぐうと寝息を立てて幸せそうに眠っている。

 王都に国王直々に呼び出しを食らって不眠気味だった地方貴族にとっては久々の快眠であった。


 クルスとダリルは雑談を交わしながら馬車に揺られていた。

 二人の話はやがて、話題が現在王都を騒がせている“殺人鬼マーダー”に移る。

 一通り話題が出尽くしたところでダリルが唐突に切り出した。


「しかし、どんな奴なんだろうな。その殺人鬼ってのは」


 ギルドに指名依頼を出しに来た時に、ダリルも噂は聞いていたらしい。

 クルスはブリットマリーから聞いた話をダリルに伝える。


「俺が知り合いの冒険者に聞いた話では、正体がまったく掴めていないって事だったけどな」

「なら、対策のとり様がねえな」

「そうだな。まあ一応、毒物を警戒して解毒剤とかは買っておいたけど」

「おっ、気が利くねぇ。流石は冒険者って感じだなクルス」

「おだてても何も出ないぞ」


 話が一段落した時、クルスは兼ねてより気になっていたことをダリルに尋ねる。


「前から気になってたんだけどさ、なんで旦那様は馬車買わないんだろ?」


 それを聞いた瞬間ダリルの表情が強張る。

 む、何か不味いことを聞いただろうか。

 心配になったクルスがダリルの顔色を窺うと、彼はダラハイド男爵の方にチラリと目線を向けた後でクルスに耳打ちしてきた。


「おいクルス。旦那が起きてる時には、なるべくその話題は出すなよ」

「え、何でだよ?」

「旦那は子供の頃、両親と馬車に乗っていた時に野盗に襲われてるんだ。その時は誰も命まではとられなかったが、たいそう怖い思いをしたんだろうな」

「……まじかよ」

「ああ、それで長いこと馬車に対するトラウマみたいなものがあったそうなんだ。もうそれは克服済みだが、それでも馬車を農場に置く気はないらしい」

「そうか、大変だったんだな」

「ああ。でも本人はこうも言ってたけどな。“決して馬車を買う金がないわけではないぞ!”ってな」


 


 そして道中では幸いにして大事無く、昼にドゥルセに到着する。

 徒歩では朝から夕までかかるバーラム~ドゥルセ間の行程も馬車ならこの通りである。


 ドゥルセ到着後、近場のレストランで昼食をとる一行。

 ハルの強い希望でパスタを扱っている店に行く。

 念願のペスカトーレを注文するハルだったが、クルスの頼んだカルボナーラを見て一言。


「……やっぱりそっちの方が良かったかもです。ねぇマスター、交換しませんか?」

「ふざけんな、次の機会に頼め」

「ひどいっ」


 という平和なやり取りをした後、王都に向け出発する。

 予定では今夜遅くに王都サイドニアに到着し、国王様との謁見は翌日となる。

 その後は王都観光を予定していたが、殺人鬼が出没しているので早めにバーラムに帰る事になった。


 王都への道のりも大過なく、予定通りの到着となった。

 降車後、馬車に乗りつかれたダリルが体を伸ばしながら言った。


「あー……痛てててて。やっと着いたな。なぁ旦那、今夜の宿は伝手つてでもうとってるんだろ?」

「うむ、私の商売仲間に代理予約を頼んである。寝床の心配はいらん。まずは食事といこうか」


 この根回しの良さは流石に商売人である。

 実際、経理を担当していたクルスは、男爵の商売人としての優秀さは良くわかっていた。


 夜の王都を四人で歩く。

 だが街は妙な静けさを漂わせていた。


「しっかし殺人鬼のせいか、街が妙におとなしい気がするぜ。冒険者のお二人さんはどう思う?」


 ダリルの問いかけにハルとクルスが答える。


「皆、その殺人鬼を怖がって出歩かないんでしょう。ねぇマスター?」

「そんな気はするな。っていうか閉まっている店多くないか?」


 こんな物騒な時期に商売をしても儲けが少ないのか、営業している店は少ない。

 その状況を見て少し困ったような表情を浮かべるダラハイド男爵。


「うむ、どうするか……。お、あの店は営業しているようだな」


 そんな中、男爵が営業中のこじんまりとした食堂を見つける。

 そこで食事をすることにした一行。


「では馬車を預けなくてはな」

「ええ、そうですね。おい、ハル。先に食堂に行って席を確保しておいてくれ。馬車を預けたらすぐに行く」

「わかりました、マスター」





------------------




 テーブルが六つ並んだらそれで一杯になってしまうような、こじんまりとした食堂。

 そのテーブルの一つでレジーナとコリンは夕食をとっていた。


 いつもならこの時間にはレジーナは酒を呑みゴキゲンになっている頃合いであるが、ここ最近は違う。

 言わずもがな、“殺人鬼”のせいである。


 神出鬼没な狂人の出現により、すっかりナーバスな街になってしまった王都サイドニア。

 営業を控える酒場も増え、更に自分達もいつ襲われるかわからないこの状況で酒を飲む物好きはごく少数の死にたがりだけだ。


「レジーナ、見てよ。向こうの連中」


 相棒のコリンがそっと囁きかけてくる。

 視線の先には“如何にも”なごろつき連中がたむろしている。


 腕っ節以外は何も取り柄のなさそうな、柄の悪い男どもが四人。

 傭兵だろうか。


「けっ。どうせイカれた殺人鬼を仕留めて名を上げようって魂胆だろうさ。いちいち気にするなコリン」

「うん、まぁ僕らには関係の無さそうな話だね」


 二人は協議の末、自分達からは殺人鬼には関わらないという方針を固めていた。

 素性も知れない相手と殺しあうなど、リスクとリターンが釣り合っていない。


 そもそも奴が単独犯と決まったわけでもない。

 便宜上“殺人鬼”と単数形で呼称されているだけで実際には殺人鬼“達”かもしれない。

 情報がほとんど無い現状、手を出すのは危険だ。


 無論、自分達が襲われたらその限りではない。

 返り討ちにしてやる。

 その為にこうしてレジーナは酒を断っているのだ。


 その時、店に一人の客が入ってくる。

 若い女だ。

 二十歳くらいだろうか。


「いらっしゃい。ひとりかい、お嬢さん?」


 店主がカウンターから話しかける。


「いえ、あとからもう三人来ます。構いませんか?」


 こんな物騒な夜に出歩いている者は少なく、店内の客はレジーナ達と前述のごろつき連中のみである。


「ああ、もちろんだとも。とりあえず座ってな」

「はい」


 その女の座ったテーブルへ、下卑た笑みを浮かべたごろつきどもが向かっていく。


「やぁ、こんばんは。お嬢ちゃん」


 馴れ馴れしく話しかけるごろつき。


「はぁ、どうもこんばんは」


 対する女は良く言えば平静を保っている。

 悪く言えば無警戒だ。


 やれやれ、これはトラブルの匂いだな、とレジーナはそのテーブルを注視する。

 実は“用心棒バウンサーをしてやるから、食事の料金をまけろ”と店主に提案していたレジーナ。

 殺人鬼に怯えていた店主はその提案を二つ返事で了承してくれた。


 どうせ客は来ないからトラブルも少ないだろう、と踏んでいたレジーナ。

 ところが目の前ではトラブルが進行中でありとんだ誤算である。


 ニヤニヤと笑いながらごろつきが女性に話しかける。


「へへっ嬢ちゃん一応“鉄”の冒険者さんなんだな」

「はい、それが何か?」

「でもよぉ、“鉄”じゃぁちょっと不安だよなぁ? なんたって今王都には怖いこわーい殺人鬼が出るからなぁ」

「……何が言いたいんですか?」

「いやいや、俺達は嬢ちゃんの力になりたいだけさぁ。嬢ちゃんさえ良ければ、俺達が護衛してやってもいいぜぇ。なぁお前らぁ?」


 などと不快な笑顔を浮かべながらごろつきは仲間に同意を求める。


「ああ、へっへっへっ」


 いよいよキナ臭くなってきたな。

 そろそろ助け舟を出してやる頃合か。

 そう思ってレジーナが立ち上がった時、事態は急転する。


「なぁお嬢ちゃん。悪い話じゃねえと思うぜぇ。困った時はお互い手を取り合うのが当然だろぉ?」


 そう言って男の一人が隣に座り肩に手を回してきた瞬間、その手を掴み鳩尾みぞおちへ肘の一撃をかます女。


「うぐっ」


 男がその呻き声を言い終わるよりも早く、女は男の手を捻り手首関節を極めつつ取り押さえる。


「その席はマスターの席です。どきなさい」


 毅然と言い放つ女。

 さっきまでの無警戒な態度の時とは別人のようだ。


「い、いや……」


 ところが男はどかない、当然だ。


「何が、いやなんですか?」

「と、取り押さえられてたら、どけない……です。痛ででで……」


 一瞬、ぽかんとした表情を浮かべる女だがすぐ我に返る。


「あっそっか、これは失礼。ほら、これでいいでしょう?」


 そう言って手を離す女。

 そして改めて命令する。


「もう一度言います。“どきなさい”」



 その一言でごろつきどもはそそくさと退散した。

 助けに入ろうとしてテーブルから立ち上がっていたレジーナも、肩透かしを食らったような面持ちで成り行きを見守っていた。


 涼しい顔で座りなおす女性に店主が声をかける。


「お嬢さん、大丈夫かい?」

「あっはい。すみません店主さん、騒がしくしてしまって。そちらのお二人もごめんなさい」


 などとレジーナとコリンに謝罪してくる女性。

 レジーナは手を振りながら答える。


「あー……いや気にすんな。あんたのせいじゃねえよ」


 やれやれ、と一息ついて座りなおすレジーナ。

 と、そこへ女の連れと思しき連中がやってきた。

 その顔ぶれを見てレジーナは愕然とする。


 女性が連れの黒髪の男に声をかけた。


「あ、マスター! 席、ちゃんと確保しましたよ」

「うん。ご苦労さんハル」


 その男はかつてレジーナを絞め落とした黒髪の異民だった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月13日(土) の予定です。


ご期待ください。


※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月 9日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ