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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第三章 (No) Mercy
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34.召喚



 久しぶりにバーラムを訪れたクルス。

 ハルを連れて町の入り口に来た彼の事をダリルが待っていた。


「おっ、来たな。久しぶりだなクルス!」

「ダリル!」

 

 再会を喜び、拳を合わせるクルスとダリル。

 クルスはダリルに近況を尋ねた。


「久しぶりだなダリル。元気にしてたか?」

「見ての通りピンピンしてるぜ。お前こそ無事かよ、冒険者さんよ」

「ああ、優秀な相棒がいるからな」


 そういってハルを見やるクルス。

 するとダリルが意外そうな顔をした。


「ほぉーそいつがお前のパーティメンバーかよ。随分な別嬪べっぴんさんじゃねぇか。……胸が“ぺったんこ”なのが、ちと残念だが……」


 などとダリルが小さく呟く。

 ハルに聞こえないように声を落として言ったダリルの言葉だったが、しかし耳ざといハルはその声をしっかりキャッチしていた。


「え? 何が、残念なんですか?」


 ダリルの不用意な発言で場が凍りつく。

 いやハルは無垢でド天然なので、ダリルの発言の意味がわかってないだけの可能性もある。

 彼女はダリルに向き合って自己紹介を始めた。


「あ、申し遅れました。ハルです。それでダリルさん、私の胸の何が“残念”なんですか?」

「い、いや……何でもねえ。忘れてくれよハルちゃん」

「いやいやいやいやいやいや、そう言われても気になりますって。教えてくださいよダリルさん」


 情け容赦の無い追撃を見せるハル。

 それを見たクルスは困惑する。

 こんなにもしつこいハルは初めて見る。


 女性型とはいえアンドロイドだから胸のサイズなんか頓着していないと思いきや、案外気にしているのだろうか。

 その割りには、彼女の言葉や表情からは怒気は伝わってこない。


 しかし、それが、また、なんとも、怖い。


 ダリルもその恐怖を感じ取ったようで、しきりに謝っている。

 しょうがないので助け舟を出すクルス。


「そのくらいにしといてやれよハル。ダリルも悪気は無かっ……いや、あったのか」


 ところが、クルスの助け舟は泥舟だった。

 その事に抗議するダリル。


「なっ! おい! クルスてめー! 助けるんならしっかりフォローしろよ!」


 自分で蒔いた種だろうが。

 などとクルスが内心で毒づいているとハルが問いかけてきた。


「ねぇマスター。今の“残念”てどういう意味なんですか?」

「気にするなハル。いいからさっさと旦那様に会うぞ。俺は歩き疲れてるんだ」

「あっ、すみません。私とした事が気づきませんで」


 クルスの言葉であっさりと矛を収めるハル。

 その様子を見たダリルが驚愕の表情を浮かべながら言う。


「クルス、お前すげぇな……」


 ハルとダリルの面通しも済んだところで三人で母屋に向かう。

 中に入るとキャスリン奥様と子供達が出迎えてくれた。


「クルスちゃん、おかえり。良く来たね」

「ただいま帰りました、奥様。それにジョスリンとフレデリカも元気そうで良かったよ」


 クルスが声をかけるとフレデリカとジョスリンがクルスに向かって駆け寄ってくる。


「わーいクルスさんだー!」

「クルスさん、お久しぶりです。そちらの方がお仲間ですか?」


 ジョスリンの問いかけにクルスは返事する。


「ああ。ほら、ハル。自己紹介を」

「あ、どうもハルです。よろしくお願いします」


 自己紹介したハルとキャスリンが抱擁を交わし、そして子供達もハルに自己紹介をする。

 その光景をクルスは微笑みながら見守った。


 ダラハイド一家も変わりないようで一安心するクルス。

 しかしその時、ダラハイド男爵の姿が見えない事に気付いた。

 クルスはキャスリンに尋ねる。


「旦那様は書斎ですか?」

「そうなのよ。急に国王様から召喚状が来てね。それの準備をしてるのさ」

「えっ! 国王様から?」


 クルスにとって寝耳に水の話である。

 てっきり農場の仕事か何かで王都に行くのだと想像していたが、まるで違った。

 こう言っては何だが地方の弱小貴族であるダラハイド男爵に、国王が用事があるとは思えなかったのだ。


「一体どんな用件なんでしょう?」

「それが私にも教えてくれないのよ。何でも守秘義務とやらがあるらしくてねぇ。ダリルは何か聞いてないかい?」


 キャスリンがダリルに問いかけるが、彼も首を横に振る。


「いんや、俺も聞いてないな。何かやらかしたんじゃねえの? 違法賭博とか」

「そんなことしたら、私がこの農場から叩き出してやるよ。まぁとにかく二人とも、主人に顔を見せておあげよ」

「ええ、そうします」


 書斎に向かう二人。

 そこには鬼気迫る面持ちで机に向かっているダラハイド男爵の姿があった。


 声をかけていいものか。

 少し気後れしてしまうクルス。

 だがここでじっとしていても始まらない。

 そう考えた彼はダラハイド男爵に声をかけた。


「旦那様。ただいま戻りました」


 バッと顔を上げる男爵。

 目の下にはクマが出来ている。

 あまり寝ていないようだ。


 明らかに体調は良くなさそうだが、男爵は笑顔を浮かべてクルスに言った。


「おお! クルスか! 良く戻って来たな!」


 勢い良く立ち上がった男爵はクルスに抱擁してくる。

 しかしながら彼の様子はいつもと違った。

 普段よりテンションが二割増しに感じられる。


 きっと寝不足で“ハイ”になっておられるのだ。

 一体、国王に何用で呼ばれたのか。


 本題に入る前にクルスはハルを紹介した。


「旦那様、こっちが共に護衛するハルです」

「ハルです。よろしくお願いします」


 ハルが挨拶すると男爵は愉快そうに大笑いした。


「おお! そなたが! はっはっはっ! 中々に美人をつかまえたものだな、クルスよ!」


 大丈夫か、この人。

 心配になったクルスは男爵に尋ねる。


「旦那様、睡眠はしっかりとられていますか?」


 その問いにだんまりを決め込む男爵。

 沈黙する男爵にクルスは畳み掛けた。


「国王からの召喚を受けたと聞いております。差し支えなければどんな用件なのか教えて頂ければ」


 クルスの言葉に考え込む様子を見せる男爵だったが、どうやら話すことに決めたようだ。


「……うーむ。絶っっ対に、他言はするなよ? そちらのお嬢さんもだ」

「「はい」」


 二人が声を揃えて了解したところで、男爵は仔細を話しはじめる。


「実はな、クルスよ。この農場に来た異民はお前が初めてというわけではないのだ」

「えっ」

「以前、ドゥルセで肌の浅黒い異民の奴隷を買ったのだ。海の向こうの知識が得られると思ってな。だがそいつには逃げられた」


 肌の浅黒い異民……。

 それはおそらく、クルスの第二作目『この森が生まれた朝に』の舞台であるプレアデス諸島から流れてきた異民だろう。


「どうやら国王は異民を集めようとしておられるらしい。それで、私のような過去に異民の奴隷を買った貴族などから、事情聴取をしようとしているようなのだ」

「なるほど……」

「更には、異民本人からも事情を聞きたいと考えておられるらしい。だが、私は今言ったようにそいつを逃がしてしまった。だから詫びの文章を寝ずに考えていたのだが、上手く纏まらなくてな」

「なるほど、それで寝不足に」

「ああ、困ったものだ」


 彼はその異民を逃がした責任をとらされるかもしれないと考えているようだ。

 それは流石に考えすぎだとクルスは思うのだが、田舎貴族が国王に呼び出しをうけている現状では今の男爵のようにナーバスになるのも無理もない事かもしれない。


 ここで、自己紹介以外は黙っていたハルが口を挟む。


「私には男爵様が何故悩んでおられるのかが、わかりません」

「む、どういうことだね。お嬢さん」

「だって異民ならついさっきここに到着して、いま私の隣に居らっしゃいます」


 そう言ってクルスを見るハル。

 ハッとするクルスとダラハイド男爵。


「そうか……。もう私にとってクルスは身内同然というか、見慣れた存在だから異民というのを失念していた」

「いや、俺ももうここが実家みたいな気分だったんで忘れてましたよ。そう言えば元々はよそ者でしたね……はは」


 クルスもドゥルセでは接してくる街の人間の態度を見て“自分は異民だ”と自覚できるのだが、バーラムではすっかり溶け込んでしまった。

 クルスは気を取り直すと咳払いをして話題を転換させる。


「しかし、王族からの事情聴取ってどうなるんでしょう? 俺、捕まったりしないですよね?」


 若干の不安を抱えながらクルスが言うと首を捻りながら男爵が返答する。


「さぁ、どうであろうな。まぁそんな事になるようなら私は連中に一切協力はしない。即刻バーラムに戻ろう」


 そこへ割り込んでくるハル。


「大丈夫ですよ。マスターを捕まえるような奴は私が許しません」

「それ全然大丈夫じゃねえよハル。頼むから王城の兵士相手に暴力沙汰とかやめてくれよ……」

「……あっはい。すみません」


 非常にわかりやすく落ち込むハル。

 すると意外にも男爵がハルの肩を持ってきた。


「おいクルス。相棒に向かって少し言い過ぎではないのか? お前の不安を和らげようとしてくれていたのだぞ」


 男爵の一言でクルスも少し言いすぎた事に気付き、ハルに謝る。


「……そうですね。ハル、悪い。言い過ぎたよ」

「い、いえっ大丈夫です」


 その時、食堂から声がかかる。

 キャスリンの声だ。


「皆ー!! そろそろ夕飯にしましょう」





--------------------





 マリネリス大陸でも有数の規模を誇る都、王都サイドニア。


 その中枢に位置するサイドニア王城。

 荘厳な造りをした城内には現王権の権勢を思わせる高価な内装が施されており、豪華絢爛という言葉を体言している。


 しかしどんな綺麗なモノにも二面性というものはあるのだ。


 まるで臭いモノに蓋をする様に王城地下には牢があり、貴族でありながら罪を犯してしまった者や表向きは死亡したことになっている政治犯など、外には出せない厄介な連中がそこに捕らえられていた。


 ここに収容されているナゼール・ドンガラもその一人である。


 いや正確にはナゼール独りではなく、彼の“同郷”の人物二人が同じ牢に収監されている。


 この大陸の言語を話せない彼らに同情してか、或いは単純に管理が面倒だったのか。

 それとも、ナゼールに対する足枷としてその二人を同じ牢に入れたのか、とにかく現在その牢には三名の人物が居る。

 彼らはプレアデス諸島から流れ着いた異民であった。


 どういう意図でこの大陸の蛮人どもがナゼール達三名をここに幽閉しているかは不明だったが、このままこんなところで朽ち果てるつもりも無い。


 浅黒い肌のナゼールは、その双眸に強い光を宿して脱出の為の機会を虎視眈々と窺っていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月12日(金) の予定です。


ご期待ください。


※ 5月11日  後書きの日付ミスを修正

※ 8月11日  レイアウトを修正

※ 3月 8日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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