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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
33/327

33.感動のもしもし



 デズモンドのパーティと親交を深めた次の日、冒険者ギルドに顔を出したクルスとハル。


 さて、今日はどんな依頼に手を付けようか。

 と、二人が掲示板を眺めていると受付から声がかかる。

 受付嬢メイベルが呼んでいる。


「クルスさーん! ちょっといいですかー?」


 メイベルの呼び声を聞いたクルスは思案しながら受付へと歩く。


「どうしましたかメイベルさん?」

「実はクルスさんに指名依頼が来ています。すっかり人気者ですね」


 どうやらまた指名依頼らしい。

 もしかしてバフェット伯爵からの指名依頼だろうか。


 まったくあのアイテム狂め。

 気は進まないが依頼の詳細を聞かねばならない。

 クルスはため息を我慢しながらメイベルに問いかける。


「ひょっとしてまたバフェット伯の依頼ですか?」

「いえ違います。今回は別の方から護衛の依頼です」

「護衛?」


 予想外の言葉に驚くクルス。

 彼は依頼の仔細についてメイベルに尋ねた。


「依頼主は誰ですか?」

「ステファン・ダラハイド男爵ですよ。クルスさんの方がよくご存知でしょう」

「えっ!!」


 メイベルから告げられた依頼主の名に驚くクルス。

 そしてメイベルから手渡された依頼書を確認する。

 そこにはこう記載されていた。


 “王都サイドニアまでの道中往復と王都滞在中の護衛”。


 なんてこった……タイミングが悪すぎる。

 クルスは頭を抱えたくなった。


 つい昨日、王都にあの“殺人鬼マーダー”が出没したとの情報を得たばかりだ。

 “殺人鬼”はクルスが設定した悪役ヴィランだ。

 鎖鎌をはじめとした暗器の使い手で、かなりの技量を誇る強敵である。


 確か、邪教か何かの信奉者という設定だった気がする。

 そんな彼にとっては殺人すらも救済であるらしい。

 クルスには到底理解できない価値観だ。


 誰だ!

 こんな奴を設定したのは!

 自分の考えた登場人物に憤慨するクルス。


 “殺人鬼”は『ナイツオブサイドニア』作中ではレジーナとコリンが苦戦の末に倒した相手である。

 今回もできればあいつらに押し付けて、自分は旦那様の護衛に専念したいところだ。

 というか、そっちが今回のクルスの仕事である。


 旦那様には散々世話になった。

 是が否でも死なせてたまるものか。

 自分達が護るのだ、と決意を新たにするクルス。

 彼は毅然とした口調でメイベルに伝えた。


「当然、お受けします」

「わかりました。依頼開始は今から六日後との事です。できれば前日にはバーラムに来て欲しいとの事でしたが」

「了解しました」




 こうして先の予定が決まってしまった。

 だが護衛当日までじっとしているわけにもいかないので、遠出ではなく近場の依頼で時間を潰すと同時にハルの昇格も狙うことにする。


 その結果、バーラムに向かう前日にハルが“鉄”に昇格する。

 ハルも段々とマリネリス大陸の暮らしに慣れてきたようでひとまずクルスは安心する。


 そしてクルスはハルの昇格と並行して“殺人鬼”対策も進めていた。

 無論こちらから殺人鬼に突っかかる気は毛頭ないが、万一奴に遭遇した時の事を考えて回復薬、特に解毒薬を多めに用意した。

 奴は毒の付いた投げナイフなどの投擲武器も用いるのだ。


 買い込んだ大量の薬品をベヘモスの胃袋に詰めるクルス。

 それにしても便利な袋である。


 アンドロイドであるハルに毒は効かないし、クルスもある程度であれば《印術ルーン》で対処できる。

 しかしダラハイド男爵やダリルが毒を受けた場合は危険だ。

 対策は万全にしなければならない。


 そして遂に指名依頼で指定されていた日がやって来た。

 護衛開始の前日だ。


 クルスとハルは朝早くにドゥルセを発ち、バーラムへ向かう。

 馬車代をケチっての徒歩移動だ。

 よくよく考えるとどうせこの後ドゥルセ経由で王都に向かうのだから二度手間な行程である。


 しかしわざわざ前日に来いと男爵が言うからにはクルスに“久々に農場の面々に顔を見せろ”という意図があるのだろう。

 なんだか実家に帰るような気分だ。


 実家。

 そういえば自分が倒れたのは実家に向かう時の高速道路のサービスエリアだったか。

 クルスは気付けば望郷の念に囚われていた。



 今頃、現実世界の両親はどうしているだろうか。

 クルスの脳内の空想世界と現実では時間経過は同じ速さなのだろうか。

 それすらもわからない。

 クルスが歩きながら考えていると隣のハルが話し掛けてくる。


「マスター、どうしたんですか? 何か、ボーッとしてますけど」

「……ホームシックかもな」


 自嘲気味に答えるクルス。


「え、これから帰るんでしょ? バーラムに」

「まぁ、第二の実家と言えなくも無いけどさ」

「あ、“ほんとうの”実家ですか」

「うん、向こうの様子が全然わからないのは辛いな」


 それを聞いたハルが尋ねてくる。


「あの、マスターの居たところではどんな機械を使って通信してたんですか?」

「ん? そうだな、個人間のやりとりだったら携帯電話で……」


 クルスはハッと気づく。

 ここに来てすぐマイカーと共に水没したスマートフォンを生成すれば、向こうの様子がわかるかもしれない。


 それに思い至ったクルスはハルに言った。


「ハル、お前天才だな」

「えっ? い、いやぁそれほどでも」


 戸惑いながらも照れるハル。

 それを横目にクルスはスマートフォンを生成する。


 生成が終わった瞬間に早くも着信が来た。

 あの“無意識”君だろうか。


「はい、もしもし」


 嗚呼、なんと懐かしいフレーズ、懐かしい日本語。

 “もしもし”。

 まさかこの言葉を発声して感動するとは。

 

 などとクルスが感傷に浸っていると懐かしい声が聞こえてきた。


「やーーーーっと繋がったな! この野郎!」


 開口一番にブチ切れる無意識君。

 どうやらずっとクルスに電話をかけていたらしい。


「いや、済まない。スマホが水没してしまってな。新しく生成するのに時間がかかった」

「かけ過ぎだ!」

「いいじゃないか、無事だったんだから。そんなことよりそっちでは新しい情報はないのか?」


 自身の本体の治療の進捗が気がかりだった。

 クルスは期待を込めて相手の言葉を待つ。


「……」


 しかし期待に反して返事はない。

 この“無意識”君はただ単にクルスのことが心配だっただけのようだ。

 ため息を吐きながらクルスは言った。


「新しい情報はないのか。切るぞ」

「ち、ちょっと待て」

「なんだよ」

「お前、何回死に掛けた? 二回くらいか?」


 不意の“無意識”君の質問に違和感を覚えるクルス。


「一回海で泳いで死に掛けて、もう一回はマクニールという陰険な野郎に半殺しにされた。それがどうかしたか?」

「実は二回ほど俺達の担当医がひどく慌てた様子になった時があってな。その時にお前がそっちで死に掛けてたんじゃないかと思ったんだ」

「慌てた様子?」

「ああ。何でもそれまで活発だった脳波が急に検知できなくなったらしくてな。脳死状態になったんじゃないかと疑われていたぞ」


 なんだと。

 クルスは訝しげな表情になる。


 “植物状態”と“脳死状態”は患者が起き上がらないという点は一緒だが、決定的に違う点がある。

 患者に意識がある可能性があるか、ないかだ。

 以前、二十三年間植物状態だったベルギーの男性が“動けなかった時もずっと意識があった”可能性があるという事が判明し話題になったことがある。


 おそらく『バルトロメウス症候群』は感染した人間を脳内の空想世界に閉じ込めて、それに似た状態にしてしまうのだろう。

 そして、その空想世界の中で死ぬと脳死に近い状態になるのだろうか。


「脳死……」


 脳死状態と判定されてしまったら最後、もう生還は絶望的だ。

 植物状態とは違って、快復の見込み無しということである。

 クルスの本体が安楽死させられてしまう。


 それは絶対に避けなければいけない事であった。

 さらに無意識君は情報を持ちかけてくる。


「あーそれとだな、医者先生の独り言で気になるのがあってだな」

「気になる事?」

「ああ、なんでもバルトロメウス症候群っていうのは脳内にきせ……」


 突然、通話が切れた。

 それと同時に無感情な女性のアナウンスが響く。


「おかけになった電話は、只今電波の届かない所にあるか……」


 画面を見ると、圏外表示だった。

 どうやら今回はここまでのようだ。

 今回も気になるところで切れてしまった。


 また今度掛けなおそう。


 と思ったクルスがスマートフォンの着信履歴をチェックするが、想定外の事に唖然とする。

 着信履歴の表示が文字化けしていた。


 そういえば、以前マルテの森で着信した時もそうであった。

 試しに発信できないか試すが、上手くいかない。


 何てこった。

 こちらから発信できない。

 いや、そもそもどこから電波がきてるのだろうか。 

 この大陸には中継局も無いというのに。

 少しばかり考えるクルスであったが、すぐにそれを棚に上げた。


 これについて現時点であれこれ考えても仕方ないだろう。

 いずれにせよ、このスマートフォンは受信専用機であることが判明しただけでも収穫だ、とクルスは思うことにする。


 そう前向きに捉えたクルスはスマートフォンを『ベヘモスの胃袋』にしまった。

 その時、ハルが話しかけてきた。


「マ、マスター……」


 見るとハルが目をまんまると見開いている。


「い、今の言葉って、どこの言葉ですか?」


 ああ、そういえば久しぶりに日本語で話していた。


「俺の故郷の言葉だよ」

「へぇぇ……」


 尚も、クルスの方を見つめているハル。


「……なんだよ、どうした? ハル」

「あの、この前“かみさま”の話をしたじゃないですか」


 リオネルに異教徒について聞かれた時に、神についての話をハルとした記憶がある。


「ああ、そうだな」

「あれから私もちょっと考えてみたんですけど、ひょっとしてここではマスターが“そう”なんじゃないかなって」

「あのなハル。俺はこの世界で既に二度ほど死に掛けている。神が自分の創造した世界で普通死ぬか?」

「……いいえ、たぶん」

「だろ? だから俺は“かみさま”なんかじゃ……」

「でもっ!!」

「でも?」

「結局、マスターは死ななかったじゃないですか」


 そしてハルは強い語調でクルスに言い放つ。


「バルトロメウス症候群だかなんだか知らないですけど、そんなんじゃマスターは倒せません。私にはわかります」

「おいおい……買い被り過ぎだ」


 だがクルスの言葉をハルは聞き入れず、搾り出すように言った。


「……マスターが死ぬなんて絶対に有り得ません。絶対に……!」


 並々ならぬ忠誠心を見せるハルに少しばかり驚くクルス。

 正直、重苦しいと思わなくもないのクルスだったが、せっかくのハルの忠義を無碍にすることは出来なかった。

 クルスはハルに優しく言葉をかける。


「そうだな。色々と弱音を吐いて済まなかったなハル」

「いえそんな。こちらこそちょっと熱くなってしまいました」

「この話は今日はここまでだ。ほら、バーラムが見えてきたぞ」

「ここがマスターの第二の故郷……」

「ああ」


 熱のこもった話をしている内に、いつの間にかバーラムに到着していた。

 クルスの第二の故郷への凱旋だ。





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 勤務先の大学病院で医師・葛城は、自らの担当患者を診ながら物思いに耽っていた。


 バルトロメウス症候群。

 この患者を蝕んでいる病気の名前だ。


 この患者が運び込まれてから数度、脳波が微弱になり脳死状態かと疑ったが現在の容態は安定している。

 良くも悪くも、安定している。


 尤も海外のレポートによると脳波が著しく弱くなったからといっても、咳反射や角膜反射などの身体的な反射は見せているようだ。


 バルトロメウス症候群では、いまのところ脳死と判定された患者は居ない。


 だが同時に目を覚ました者も居ない。

 患者の家族にとって病名の告知は死刑宣告のようなものだったであろう。



 明日、この患者の家族が病院に面会に来る予定だ。

 葛城は今から憂鬱であった。


 その際に伝えなければならないのだ。

 気は進まないが、伝えなければならない。

 バルトロメウス症候群はウィルス性の病気では無いのだ、と。



 この患者の脳内には寄生虫が巣食っているのだ、と。




用語補足


脳死の判定

 1.深い昏睡状態である

 2.瞳孔固定

 3.脳幹反射の消失

 4.平坦な脳波

 5.自発呼吸の停止

 6.以上の項目を六時間後に再度実施

 

 これらの項目を、充分な知識と経験を持つ二名以上の医師により行い判定する。

 本文中の“咳反射や角膜反射などの身体的な反射”は3に該当する。



お読み頂きありがとうございます。


今回で第二章は終了で、次話から第三章のはじまりです。

三章ではクルス以外の“異民”が登場するかもしれません。

そしてクルスが自ら設定した“悪役ヴィラン”との戦いも…。


次話更新は 5月11日(木) の予定です。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※11月19日  クルスのスマートフォンに関する会話を追加

※ 3月 7日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。



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