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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
32/327

32.長い名前だけど


「さて、私たちはそろそろ引き上げるかね」


 クルス達より先に食事をしていたイェシカとリオネルの二人は、食事が済んで立ち上がる。

 クルスは彼らに礼を言った。


「同席を誘って頂きありがとうございます」

「なーに良いってことよ。この貸しはまた今度返しておくれよ」

「ええ、是非」


 そして去り際にリオネルがクルスに話しかけてきた。


「そういえばクルスは異民であるな」

「はい。ご覧の通りそうですが、何か?」

「うむ。最近“この辺では見かけない異教徒の連中を見た”という噂をよく耳にしてな。何か心当たりはないか?」

「異教徒の噂……」


 だがクルスにはそんな設定をした覚えはなかった。

 それでも頭の中の引き出しを引っ掻き回すクルス。

 しかし何も心当たりがない。 

 クルスはリオネルに謝る。


「すみません。ちょっと心当たりは……」

「そうか。なに、気にせんでも良い。ちょっと気になっただけだ。それではまたな」

「ええ、また」


 そういって二人は去っていった。

 彼らの後姿をクルスが見送っていると、プッタネスカを美味しそうに平らげたハルが尋ねてくる。


「マスター。なんですか、“いきょうと”って?」

「信じる神様が違う人達のことさ」

「うーん“かみさま”っていう概念もルサールカに一応ありましたけど、私にはよくわからないんですよね」


 とするとハルにとって神は単なる“概念”のようなものらしい。

 敬虔な信徒が聞いたら怒り出しそうな気もするが、無神論者のクルスにはよくわからない。


「俺にだってわからないよ。たぶん、神を真に理解できる人間はこの世にはいないんじゃないかな」

「え。でも彼、リオネルさんは神官様でしょ?」

「そうだな。その神官様でも実際に神様に会った事はないだろう」

「ふーん……」


 いまいち腑に落ちていないような相槌をうつハル。

 今頃、彼女のCPUは人類が未だ解けていない難問を果敢にも演算処理しようとしているのだろう。

 だが程なくしてそれも強制終了されたようだ。


「……そんなことより、夕飯どうします?」

「今、昼飯食ったばっかだろうが」





-----------------





 夕刻になり、依頼を受注した冒険者達が続々と帰還してくる。

 それらの冒険者達をそつなく捌き一息つく受付嬢メイベル。

 併設の酒場も仕込みが始まり、そろそろ受付業務は閉める時間である。


 そこへ、ふらりと現れる客。

 メイベルは見た事のない男だ。


 冒険者ではないようだが、かといって堅気の人間とも微妙に違う雰囲気を漂わせている。

 腰に細身の刺剣をぶら下げているその男が話しかけてきた。


「まだ受付はやっているかい?」

「もうすぐ閉めますけど、まだ大丈夫ですよ」

「そうか、すまねぇな。遅い時間に来ちまって」

「いえいえ、お気になさらず。それでどんなご用件で?」

「依頼を出したい。護衛のな」

「護衛ですか。場所はどちらで?」

「バーラムの町から王都サイドニアまでの道中往復と、王都滞在中の護衛だ」

「かしこまりました。ご依頼主様のお名前を伺っても?」

「ステファン・ダラハイド男爵だ。俺はその使いでな。ダリルという」


 ダラハイド?

 どこかで聞いたような……。

 メイベルは記憶をまさぐる。

 その名前は最近どこかで聞いた事がある


 あっ思い出した。

 ダラハイド男爵というのはクルスの養父ではないか。

 その事に思い至ったメイベルはダリルと名乗るその男に問いかける。


「あのうダリルさん。つかぬ事をお伺いしますが、ひょっとしてクルスさんのお知り合いですか?」

「おっ、よくわかったな。あいつとは同じ農場で働いてたんだ」


 やはり彼とも知り合いらしい。

 折りよくクルスはカプリ村から戻ってきて、今日も依頼をすぐに片付けてフリーのはずだ。

 だったら、指名依頼でも出させた方が良さそうだ。

 メイベルはダリルに提案する。


「でしたら、クルスさんに指名依頼を出されたら如何です? どうせなら見知った顔の冒険者に護衛された方が、ご依頼主様も安心されるかと」

「へぇ、そんな制度があるんだな。知らなかったよ。じゃあ折角だからクルスに頼むかな」

「それでは指名依頼出しときますね。護衛期間はいつからですか?」

「一週間後だ。そういえば、あいつはパーティを組めているのか? 異民だから避けられてるんじゃないかと心配してたんだが」

「つい昨日からパーティ組んでますよ。二人組みです」

「そいつは良かった。今はどのくらいの実力なんだ?“鉄”くらいか?」

「ええと、“銅”ですね。昇格のペースは大分速い方かと思います」

「ふむ、頑張っているみたいで何よりだ」


 なんだかんだでクルスの事を心配している様子のダリルを見てメイベルは安心する。

 クルスとも農場でも良好な関係を築いていたようだ。

 軽く世間話をした後、ダリルは前金を払って去っていった。


 そのダリルとすれ違うようにして、デズモンドが入ってくる。


「よう、メイベルちゃん」

「デズモンドさん、こんばんは。もう受付閉めちゃいますけど、何かご用ですか?」

「いや、今の男が気になってな。冒険者じゃないだろ?」

「そうですね、依頼をしに来た方です」

「ふーん、そうか……」

「何か気になるんですか?」

「いんや。ただ、堅気にしてはいささか剣呑な奴だと思っただけさ。そんじゃな」


 そういってさっさと酒場に行ってしまうデズモンド。


 熟練冒険者のデズモンドがあのダリルという男に何を感じ取ったかは、メイベルにはよくわからない。

 だが、彼がクルスの事を心配していた様子から察するに、メイベルには悪い人間には見えなかった。





-----------------------





 デズモンドが酒場にて席を確保していると、黒いローブを纏った一人の女性が現れる。

 デズモンドのパーティメンバーである魔術師のブリットマリーだ。


「あらぁ、お久しぶりね。デズ」

「おう、元気だったか? ブリマリ」

「ちょっと! その呼び方止めてって言ってるでしょ!」

「はは、悪い悪い」


 ブリットマリーは自分の名前を略されて呼ばれるのを好まなかった。

 しかしその割りにデズモンドのことを“デズ”などと略して呼ぶので理不尽である。


 それが悔しいのでデズモンドは毎日、最低一回はわざとブリットマリーの名前を略す事をノルマにしていた。

 ノルマを達成したデズモンドは戦友に近況を尋ねる。


「それより、そっちの副業はどうだ?」

「もう、全っ然ダメ。いまどき、魔術教室なんて流行らないわね」


 ブリットマリーは副業として魔術教室を開いていた。

 だが経営は上手くいっていないようだ。

 デズモンドが聞いた風の噂によると、どうやら随分なスパルタ教育らしい。

 それでは流行らないのも無理は無いだろう。


 などと二人で話しているところに、イェシカとリオネルが合流する。


「あ! ブリットマリー帰って来てんじゃん」

「うむ、久しぶりだな、ブリットマリー」


 イェシカとリオネルの挨拶に笑顔を返すブリットマリー。


「ええ、イェシカ、リオネル。二人もお元気そうで何よりよ」


 久方ぶりにパーティメンバーが勢ぞろいしたデズモンドのパーティ。

 卓を囲んだ四人はすぐに冒険者稼業の話に移る。


 このパーティのまとめ役のデズモンドが今日の議題を切り出す。


「さて、次の仕事はどうするかね」


 それに反応するリオネル。


「む? “森の王”の予定ではなかったのか?」


 しかし彼の発言はブリットマリーによってすぐに否定される。


「あら、聞いてないの? リオネル。そのオーガはもう討伐されたそうよ」

「なに? それは残念だな……。いや、犠牲者も出ているのだからそんな事を言うのは不謹慎であるな」


 事情を知らない二人にイェシカが説明する。


「リオネル、昼間に会った黒髪を憶えているだろ。あいつがやったんだよ」

「なんと。“森の王”もクルスが片付けておったのか」


 するとクルスと面識が無いブリットマリーが疑問の声を上げる。


「え、なーに?そのクルスって人、私知らないわ」


 そんな彼女にイェシカが説明する。


「最近ドゥルセに来た異民さ。デズモンドのお気に入りの」

「へぇ……。デズ、そうなの?」


 ブリットマリーの問いかけに頷くデズモンド。


「ああ、実力のある奴だよ。だが異民ゆえにパーティメンバーが集まらないとぼやいてたな」


 デズモンドがクルスに関する私見を述べるとイェシカが割り込んでくる。


「それなんだけどさ、デズモンド」

「何だ?」

「あいつ、今日からパーティ組んでるってよ。つっても二人組みだけど」

「何? まじかよ。そのうち勧誘する事も考えてたが……いらんお世話だったみたいだな。どんな奴だ?」


 デズモンドが尋ねるとリオネルが答えた。


「別嬪の娘だった。だが、何というかつかみどころのない妙な娘であったな」


 リオネルの発言に同意するイェシカ。


「それな。美人ではあるけどド天然だったよな。あのパスタ女」

「パスタ女?」


 どうやらクルスのやつ、随分へんてこりんな相棒を見つけたらしい。

 そうデズモンドが思っているとイェシカが声を上げる。


「あ、噂をすればパスタ女とクルスじゃん。おーい!」


 二人も酒場に来たようだ。

 目敏く二人を見つけたイェシカが声をかけると二人がこちらに歩み寄ってきた。


「どうも、皆さん」


 クルスが挨拶してくる。

 隣には二十代と思しき金髪の女性。


 なるほど中々の美人さんだ。

 これが件のパスタ女か。

 デズモンドが女性を観察しているとクルスが口を開く。


「デズモンドさんとは初めましてですね。紹介します。ハルです」

「どうも、ハルです。不束者ですがよろしくおねがいします」


 ハルを紹介されたデズモンドは笑顔を見せつつ、クルスたちとは初対面のブリットマリーを紹介した。


「おう、俺はデズモンド、よろしく。それとこっちはブリットマリーだ」

「ブリットマリーよ。よろしくね。長い名前だけど、ちゃんと全部言ってね」


 はじめましての挨拶の最中にも名前の省略を禁止するブリットマリー。

 謎の拘りである。

 こうして互いに面通しが済んだところでデズモンドは二人に着席を促した。


「まぁ座れや、こっちのパーティ再集結祝いとそっちの結成祝いを兼ねよう」

「いいですね」


 そうして皆で酒と食事を楽しむ。

 一通り呑み、食べ終わった後は座を囲んでの情報交換になるのが冒険者の嗜みだ。


「次の獲物をどうするかっていう話で悩んでいてな。二人は何か知らんか?」


 デズモンドが、クルスとハルに話を振ると彼は腕を組んで考え込んだ。


「うーん、皆さんの腕に見合う獲物っていうとこの辺には居ないんじゃ?」

「そうか? じゃあハルちゃんはどうだ? 何か心当たりはあるか?」


 ところが当のハルはタンドリーチキンを口いっぱいに頬張っている。

 どうやら、かなりの食いしん坊のようだ。


「はひっ?」

「あ、やっぱりいいやハルちゃん。どうぞゆっくり食ってくれ」

「あいがとうごあいまう」


 もぐもぐとチキンを咀嚼しながら答えるハル。

 イェシカがハルをパスタ女と渾名あだなするのも、何となくわかる気がする。

 そのイェシカは既に酔いつぶれて、テーブルに突っ伏して寝ていた。


 その時ブリットマリーが話題を提供してくる。


「ねぇ、そういえば聞いた? 王都での噂」


 そういえば、彼女の魔術教室は王都にあったか。

 デズモンドは彼女に聞き返す。


「どんな噂だ?」

「何でも、最近王都で次々と人が何者かに殺されているって話よ」

「何者かってなんだよ」

「正体が全然わかっていないのよ。だから単に“殺人鬼マーダー”って呼ばれてるみたい」


 殺人鬼という単語を聞いた一瞬、クルスの表情が強張った、ような気がした。

 そのクルスが会話に入ってくる。


「それって人間の仕業なんですか?」

「うーん、どうかしらね。でも魔物が入り込んだ形跡も無いそうだから、やっぱり人間の仕業なんじゃない?」

「なるほど……」


 深刻な表情を浮かべるクルス。

 一方のブリットマリーはクルスに対して軽い調子で告げる。


「まぁ、あなた達も王都に用事があるんなら気を付けなさいな。あれば、だけど」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月10日(水) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正 文章を追加

※ 3月 6日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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