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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
30/327

30.慈善事業



 二人は街での買い物を終えて、いつもの安宿に戻ってきていた。



「うう……マスター。すみません……」


 初めて街での買い物を終えたハルは、開口一番で謝意を表す。

 彼女の“はじめてのおつかい”の結果は酷いものだった。

 クルスが呆れながら口を開く。


「多少はぼったくられる事は予想していたが、まさか防具しか買えなかったとはな」

「だ、だってマスター。あんなにたっくさんのお店があって、商品もいっぱいあって、どれがいいのかわからなくなってしまったんです。それで店の人に色々聞いてたら、いつの間にか高いの買ってたんですもん」


 貿易都市であるドゥルセには多数の商人が出入りしており店の数もべらぼうに多い。

 その店の数にハルはすっかり混乱してしまったようだ。

 店の人間にしてみればハルは“カモがネギを背負ってついでに鍋やガスコンロも持ってきた”ようなものだっただろう。


「いつ間にか買ってたというか、正確には“買わされた”だな」

「そう! 買わされたんです。卑怯ですよこんなの!」

「別に卑怯じゃないさ。店側のテクニックの範疇だ」

「そんなぁ……」

「まぁいいさ。足りない装備……つまり武器は俺が生成するとしよう」

「それなんですけど、マスター」

「何だ」

「私、剣とか扱える自信ありません」


 衝撃的な発言をかますハル。

 呆気にとられたクルスは彼女を問いただした。


「……は? 何でだ?」

「だって私にそういうプログラム入ってませんもん」

「ん? すまんハル、わかるように言ってくれ」

「ええとですね。私……というか『HL-426型』シリーズはあくまで“人の傍で共に生き、支えるアンドロイド”です」

「うん。そういうコンセプトで設計されてたな」

「ですので、あまり戦闘向けのプログラムはAIに組み込まれてないんですよ。マスターだってご存知でしょう」


 などとハルは言うが、クルスとて全ての設定を完璧に把握できているわけではない。

 彼にだって忘れてしまって記憶の奥底に置いて来てしまった設定もあるのだ。


 クルスは眉間に皺を作り記憶を辿りながらハルに問いかける。


「あー……つまり剣とかを振る動作も、よくわからないのか?」

「はい。あ、でも銃と徒手格闘を使用する最低限の護身用のプログラムは勿論入ってますよ。そうじゃないと仕えているマスターを護れないですからね」

「なるほど」


 もっと戦闘向けのアンドロイドを作っても良かったのだが、そうすると今度は外見が人間とは離れてしまう。

 思わぬ難題にクルスは頭を悩ませた。


 すると、一瞬考え込む表情をしてからハルが口を開く。


「あの、銃をマスターに造って頂いてそれを使うのはダメですか?」

「ダメだ」

「理由をお聞きしても?」

「いいぞ。そもそもハル、ルサールカがあんなに荒廃したのは何故かわかるか?」

「大規模な戦争があったからですよね」

「それだと不完全な回答だな。ここマリネリスでも過去に大戦はあった」


 サイドニア王国とザルカ帝国が過去に一戦交えている。

 という設定だった。


「あ、そっか。じゃあ他にも要因があるんですね」

「ああ、ルサールカでは技術が発達し過ぎた」

「し過ぎた?」

「そう人殺しの技術とでもいうべきか。細菌兵器、地雷、戦車や航空機、戦闘用のアンドロイド、そして核兵器」

「そうですね。それらの技術で争った結果、ルサールカはガスマスク抜きではおちおち外も歩けなくなりました」

「ああ、それらの高性能な兵器開発の出発点が銃だと俺は考えている」


 クルスの話を聞いて納得した様子のハル。


「あ、やっと私にもわかりました。私たちが銃の存在を知らしめてしまうことで、いずれマリネリスも第二のルサールカになってしまう、と」

「そういうことだ。とは言え、ここの人間に見られなければ問題は無いはずだ。他人の目が無い状況だったら使おうかとも思う」


 クルスも生命の危機に瀕すれば銃の解禁もやぶさかではないが、今はまだその時では無いと考えていた。

 クルスの考えを理解したハルは頷く。


「なるほど、じゃあ銃以外での戦闘手段を考えなければいけませんね」

「そういうことだ。ハル、お前はナイフとかは使えるのか?」

「あ、そういう小物は護身用プログラムに組み込まれているので多少は。それと……」

「それと?」

「“専用兵装”があれば百パーセントの力を発揮できます」


 専用兵装。

 アンドロイド固有に設計された目的別の特殊武器である。


 クルスは自分の考えた設定を記憶から呼び覚ましつつハルに問いかける。


「ハルが付けられる兵装って何だっけ?」

「《フックショット》と《パイルバンカーE型》です」


 《フックショット》は先端に楔が取り付けられたワイヤーを射出する装置だ。

 そのワイヤーを高速で巻き取って遠くへ一気に移動したり、軽めの物を引き寄せる。


 《パイルバンカーE型》は対象に杭を打ち込んでそこから電気を流す兵器だ。

 強大な力を誇る戦闘用アンドロイドをショートさせる事を想定して造られた。


 どちらも腕に直接取り付けるタイプの特殊兵装だ。

 取り付け部分は包帯でも巻いてごまかせば他の人間が見ても変では無いだろう。


 それならば、この大陸の人間が見ても“ちょっと変わった武器”で済むかもしれない。

 いや“かなり変わった武器”ではあるが、銃とは違ってこんな兵装を再現したところで余程訓練をしないと人間には扱えない。


 ここの大陸の人間に見せても問題は無いだろう。

 何なら魔道具ということにしてしまえばいい。


「わかった。特殊兵装の使用を許可する。明日、対魔物でも有効に機能するかを確認しよう」

「はいっ。お役に立って見せます!」


 “はじめてのおつかい”に失敗した機械アンドロイドは雪辱を晴らす機会チャンスに燃えていた。



 翌朝、ギルドに顔を出す二人。

 専用兵装の性能テストに向いた何か手頃な依頼は無いだろうか。

 そう思って掲示板を眺めているとぴったりの依頼がクルスの目に留まった。

 その依頼書を掲示板から剥ぎ取るクルス。


 依頼書を横から覗き込んだハルが尋ねてくる。


「岩トカゲ、の討伐ですか?」

「ああ」


 岩トカゲはその名の通り岩場に生息する魔物である。

 岩のような外見の鱗を持ち基本的には温厚な気性の生物だ。



 現実世界では攻撃的な動物ほど派手な外見を有している。

 俗に“警戒色”と呼ばれる黒と黄色のツートンカラー。

 蜂やら虎など危険な生物はそういう派手な外見で周りの生物を威嚇する。


 それらの動物に比べ岩トカゲは温厚そのものだ。

 岩に擬態して身を隠し無駄な争いを避けている。


 しかし全ての岩トカゲがおとなしいわけではなく、時たま体長の大きい個体が出現する。

 そういう変異個体は体長だけでなく気も大きくなったのか、気性は荒い事が多く周辺に被害をもたらす事も少なくない。

 過去には縄張りの岩場から飛び出して村を襲った事例もある。

 そうなった場合の被害は甚大だ。


 しかし冒険者にとってはあまり旨みのある獲物であるとはいえない存在である。


 一言で言うと“硬すぎる”のだ。

 まともに切り合っても大概、武器の方が先に音を上げてしまう。

 かといって魔術が有効かというとそうでもない。

 炎系の魔術はほぼ通らず《暴風》ですら強固なウロコで容易に防いでしまう。


 以上の要因からかろうじて有効とされる雷系、もしくはエンチャント系の魔術が必須のたいへん面倒な相手とされていた。

 その為、冒険者界隈では岩トカゲ討伐の依頼を慈善事業ボランティアと呼ぶ者も少なくなかった。


 今回の依頼は五メートル級の変異個体の討伐である。

 クルスは依頼受注の旨をメイベルに伝える。


 受付嬢メイベルは、いたく感激した様子であった。

 当然である。

 こんな依頼を受ける物好きなど、そうそう居ないのだ。



 件の岩トカゲが出没しているのはドゥルセから西へ進んだところにある採掘場らしい。

 依頼を受注してすぐに採掘場に向かうクルスとハル。

 本来は採掘に従事している鉱夫達も休業しているようだった。


「さて、岩トカゲに遭う前に専用兵装を渡しておこう」

「はいっ、お願いしますっ!」


 既に鼻息が荒いアンドロイド。

 大丈夫だろうか。

 一抹の不安がクルスを襲う。


 勤めていた職場では、こういう鼻息の荒い新人ほどすぐに辞職した気がする。

 少し心配になったクルスだったが、すぐに気を取り直した。 


 まずは目の前のパーティメンバーを自分が信じるのだ。

 そうすることによって信頼関係というものは築かれるのだ。

 そう自分に言い聞かせるとクルスはハルの専用兵装を生成する。


 眩い白い光とともに現れた自らの武器エモノを見てハルは目を輝かせた。

 それらをハルに手渡したクルスは彼女に指示を出す。


「ハル、気負う必要はない。まずは《フックショット》を試してみろ」

「はいっ!」


 ハルの左腕に装着された《フックショット》からワイヤーが射出され、ハルは縦横無尽に飛び回る。

 操作性は良好のようだ。


「次は《パイルバンカーE型》だ」

「はいっ!」


 近くの岩に右拳を突き出すハル。

 すると腕に装着した兵装から杭が勢い良く飛び出す。


 バキン、という音が響き渡り岩に亀裂が走る。

 次の瞬間、雷鳴のような轟音が鳴り電流が岩を突き抜ける。

 その衝撃を受けて岩はあっさりと砕け散った。


「マスター見ましたか? どうですかっ!!」

「うん。凄いなそれ」

「でしょう? でしょう?」


 自慢げにはしゃぐアンドロイド。

 これなら堅牢な鱗を誇る岩トカゲにも通用すると思われた。


 専用兵装の試運転を終えた二人は更に採掘場を進む。

 程なくして件の五メートル級と思しき岩トカゲの個体を視認した。


 物陰から様子を窺うクルスたち。

 件の個体は動かずじっとしている。


 それ自体は岩トカゲらしい行動なのだが、問題なのはその位置だ。

 工夫達が使用する道のド真ん中に陣取り擬態する気はサラサラ無さそうだ。

 やはり体だけでなく気も大きくなってしまっているようだ。


「あいつか」

「ですね。早速やっちゃいましょう!」


 相変わらず鼻息の荒いハル。

 心配が皆無ではないが、ここは活躍の場を与えてやった方がいいかもしれない。


 というよりもクルスが現在持っている攻撃手段ではあの固い鱗は貫けない。

 何か対抗手段を生成すれば別だが、ここはハルに花を持たせるとしよう。

 そう考えたクルスはハルに告げる。


「そうだな、まずはハル単独でやってみろ。やばそうだったら俺も加勢する」

「はいっ!! お任せを! マスターはそこでお茶でも飲んでて下さい」


 そう言い残すとハルは《フックショット》を使って一気に岩トカゲに近付く。

 ワイヤー付きのフックを近くの岩に打ち込んでそれを高速で巻き取る。

 それによって凄まじい速度で移動するハル。


 それに気づいた岩トカゲが尾撃を見舞う。

 しかしハルは巧みに姿勢を制御し紙一重でそれをかわす。


 そして岩トカゲの鱗に直接、《フックショット》を打ち込む。

 そのままワイヤーを使って一気に肉薄距離まで近付くことに成功した。


 しかし岩トカゲも黙ってはいない。

 前足の鋭い爪でハルを引き剥がそうとするが、それらも紙一重でかわす。

 そして右の拳を突き出した。


 《パイルバンカーE型》だ。

 突き出した杭が鱗に突き刺さり電気を流し込む。


 その電流を体内に注ぎ込まれた岩トカゲは体をびくびくと震わせた後、どしんと音を立てて倒れこんだ。

 討伐成功だ。


「ハル、討伐の証をとるんだ」


 ショートソードをハルに手渡すクルス。


「わかりました」


 岩トカゲの討伐の証は、舌だ。

 比較的、刃の通る部位ということで舌になったのだろう。


 ひと仕事終えたハルにクルスは労いの言葉をかけた。


「専用兵装の有用性が証明されたな。よくやったハル」

「あ、ありがとうございます。マスター。私、お役に立てましたか?」

「もちろんだ。あんな厄介な相手にあっさり勝てたんだ。お手柄だよ」

「そう言って頂いて、光栄です……」


 はにかみながらも、喜びをかみ締めるハル。

 その姿はまるで親に褒めてもらった子供のようだった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月8日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 3月 5日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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