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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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29.カルチャーショック



「おや、お疲れですか? マスター」


 魔力切れで朦朧とした様子の主人を見て早速、ハルが世話を焼こうとしてくる。

 クルスはハルに声をかけた。


「あー、そこの小瓶をとってくれないか? ハル」

「かしこまりました。マスター」


 そういって小瓶・魔力回復薬を渡してくるハル。


 それを一気飲みしたら、多少は頭が冴えて来た。

 改めてハルを見やる。


「どうしました? マスター」


 相変わらずタンクトップとショートパンツ姿のハルが聞いてくる。

 その姿は確か工場出荷状態の初期衣装だ。


 流石にこのままでは人目を引く。

 そう考えたクルスはハルのために、女性冒険者に見えるようなレザーのレギンスとブーツ、ジャケットを『生成の指輪』で造った。


「わっ! それ今どこから出したんですか? マスター」


 『ルサールカ人工島』には存在しない『生成の指輪』の能力に大いに驚くハル。

 機械とは思えない実に表情豊かなリアクションを見せてくる彼女にクルスは言った。


「そのうち教えてやる。とりあえず、これを着てくれ」

「は、はいっ」


 これでハルの姿も大分この大陸の冒険者っぽい見た目になった。

 しかしそうすると今度は銀髪がより目立ってしまう。


「後は髪だな。確か、色とか長さとか変えられるんだろ?」


 ルサールカが荒廃する前はHL-426型は割とポピュラーなアンドロイドだった。

 よって他人のアンドロイドと差別化する為に髪型、髪色、瞳、更には肌の色もすぐに変更できる仕様だ。

 肌の部分に使われている合成樹脂や、髪に使われているポリエステル素材に特殊な色素が仕込まれている。

 これの比率を調整することで色を変えるのだ。


「はい。どんな髪型が良いですか?」

「ええと、金髪のショートヘア。肌はそのままで」

「わかりました」


 ハルがそう言って髪をかき上げるような動作をすると瞬く間に髪がブロンドになる。

 便利な奴だ。

 これでマリネリス大陸の住民の一般的な外見になった。


「よし、宿帳にお前の名前を書きに行くぞ」

「は、はぁ。あの、ひとついいですか? マスター」

「何だ?」

「あのここって『シェルター』の中なんですよね? 空気は汚染されてないみたいですけど……」


 その言葉を聞いてクルスはハルの懸念に気がついた。


 クルスの三作目『機械仕掛けの女神』の舞台である『ルサールカ人工島』は核戦争の後に滅びた地だ。

 大気の汚染は凄まじくガスマスクなしでシェルターの外に出ようものなら、十分と待たずにあの世にいける。

 彼女はそれを心配しているのだ。


「大丈夫だよハル。ここはルサールカじゃない。外も大気は綺麗さ」

「ええっ? そんなところが存在するんですか? 私のデータベースには無いです」

「じゃあ下の食堂でメシを食った後、ここマリネリス大陸についての講義をする。それでデータベースを更新するんだ」

「わかりました」


 宿の受付に戻った二人を見た主人が不思議そうな顔で聞いてくる。


「ん? あ、あれ? その方がお連れ様ですか? いつの間に……」

「ああ、すみません。彼女はちょっと世間に疎いもので、勝手に入ってきてしまったようです」


 クルスが取り繕う。

 すると宿の主人はそれ以上は疑問には思わず謝罪してきた。


「ああ、そうでしたか。こちらこそお客様がいらっしゃったのに気づきませんで、失礼を」

「いえいえ、宿帳に記入をしても?」

「ええもちろん。あ、そうだ。夕食はいかがなさいますか?」

「こちらで頂きます」

「かしこまりました。そちらのテーブルでお待ちください。すぐにお持ちします」


 宿帳にハルの名前を記入したクルスは、ハルとテーブルに向かう。

 ハルには、周りの物全てが珍しいようできょろきょろと辺りを見回している。


「私、本物の木製家具なんて初めて見ました……」

「カルチャーショックってやつだな。驚くのはいいがあんまり騒がないでくれよ。人目は引きたくない」

「了解です」


 そこへ料理が運ばれてきた。

 豚肉をトマトソースで煮込んだ物とポテトサラダ、それにフランスパンという献立だ。

 ハルは物珍しそうにその料理を眺めている。


 ちなみにハル、もといHL-426型は人間と同じように食物を摂取することができる。

 元々の開発コンセプトが“人の傍で共に生き、支えるアンドロイド”である。

 その為、稼働時間を延ばす為に有機物を摂取して、エネルギーに変える仕組みが存在している。


 だが今は食欲よりも好奇心が勝っているのか、じいっと料理を観察するハルにクルスは問いかけた。


「どうした、食べないのか?」

「あ、あ、い、頂きますっ!」


 いちいち驚きを隠せないハル。

 無理も無い。

 ルサールカでは、加工され原型を留めていないブロック、もしくはゼリー食品が主流だ。

 こんな素材の見た目が残っている料理など、彼女のデータベースには無いであろう。


「おいひいれふっ」


 料理をガッつくアンドロイド。

 クルスはそれを嗜める。


「おいしいのはわかるが落ち着け。料理は逃げない」

「はひっ」


 下手をすると、本物の人間であるクルスより表情豊かなハル。

 性格設定をランダムにした結果、こんな天真爛漫になってしまったようだ。


 二人とも料理を食べ終わり、部屋に戻ったところでクルスは切り出す。


「さて、そろそろ講義をはじめようか」

「お願いしますマスター」


 クルスはこれまでに自分が設定したマリネリス大陸の設定に加えて、これまで見聞きした自分で設定していない事柄などを事細かにハルに伝える。


 そしてここがクルスの脳内の空想世界であり、クルス本人は今は病院のベッドの上であることも。

 バルトロメウス症候群という病魔が産み出した“世界の歪み”を正せば現実に戻れる可能性が出てくることも。


「なるほど、三つの作品世界が混ざった状態と……」

「ああ、まったく厄介なことだ」

「で、マスターはその創造主だと」

「信じるのか?」

「え、そりゃそうですよ。マスターを信じないアンドロイドなんて居ませんよ」


 従順なアンドロイドだ。

 それとも盲信というべきか。


「そうだな。だが、他の人の前で俺が創造主だという話は秘密だ。頭のおかしい狂人だと思われる」

「マスターにそんな暴言吐く奴は私が許しません!」

「あとハルが人間じゃないのも秘密だ。」

「やっぱりバラしたら不味いですかね?」

「不味いだろうな。“造り方を教えろ”なんて連中が殺到しかねない」

「そんな連中は全員排除します!」


 勇ましいアンドロイドだ。

 それとも野蛮というべきか。

 少しハルのことが心配になったクルスだったが、それはひとまず置いておいて彼女に質問する。


「そういえば、お前の初期設定の時に言語設定でルサールカ共用語だけでなく、マリネリス公用語、更には古プレアデス語まで入っていたが、お前は何か知らないか?」


 HL-426型は設定上はルサールカ共用語しか話せないはずである。


「確かにインストールされてますね。でも、うーん、なんでだろ? でもごめんなさい、わかりません」

「そうか」

「でも、それこそがマスターが創造主だっていうことの証明じゃないですか? きっと創造主であるマスターがその指輪で私を造ったからですよ」

「そんなもんかね」



 翌日クルス達は乗り合い馬車に乗りドゥルセへと帰還する。

 まずはギルドに顔を出し、指名依頼の結果報告をしなければならない。

 そのついでにハルの冒険者登録も済ませてしまおう。


「よしハル、ギルドに行くぞ」

「はいマスター。“ぼうけんしゃ”の人達が沢山いるんですよね?」

「いや、この時間は空いているはずだ。皆依頼の為に外に出ている時間帯だからな」


 ギルドの扉を開けたクルスを、メイベルが出迎える。


「あ、クルスさん。お帰りなさい。どうでした、首尾は?」

「上々ですよ。はい、これ伯爵からの感謝状」

「お、成功したんですね! 良かった。今頃無理難題吹っ掛けられてるんじゃないかって予想してたんですが、要らぬ心配でしたね」

「おかげさまでなんとか気に入られましたよ」

「それは何よりです。指名依頼もソロでこなすなんて、もうクルスさんもすっかりベテラン的存在ですね」

「いやいや俺なんかまだまだです」

「まーた謙遜しちゃってー。……ところでさっきから気になってたんですけど、あの金髪の女性はクルスさんのお連れさんですか? なんかウロウロしてますけど」


 すっかりハルの事を忘れていたクルスは後ろを振り返る。

 そこにはギルドの中をきょろきょろと見ながら歩き回っているハルが居た。


「おい、ハル!こっち来い」

「あっはい! すみません、マスター! ついつい見物欲が」


 主従関係を匂わせるハルの発言に、メイベルが怪訝な顔をする。


「……マスター?」


 不審に思われただろうか。

 だが、敢えて無視するクルス。

 このアンドロイドの見た目は本当に精巧に出来ている。

 アンドロイドという概念を知らないマリネリス大陸の人々には人間にしか見えないはずだ。


「えーと、紹介します、メイベルさん。この子はハル。カプリの村の近くに住んでる猟師の娘さんです」


 ハルの生い立ちのでっち上げ設定は馬車で考えた。

 クルスの紹介を受けてハルが口を開く。


「あ、どうもご紹介に預かりましたハルと申します。猟師を生業にしてきて人里にあまり降りてなかったもので世間に疎くて困っていたのですが、この度マスター・クルス様に拾われました。何卒よろしくお願いします」

「こ、これはどうも。メイベルです」


 ハルの丁寧極まりない挨拶に面食らうメイベル。

 そんな彼女にクルスは話しかけた。


「それでメイベルさん。このハルの冒険者登録をお願いしたいのですが」

「あ、じゃあハルさんとパーティを?」

「はい。元猟師ですから戦闘面はあまり不安視していません」

「わかりました。それではタグをつくりますのでお待ちください」


 そうしてハルの“錆び”のタグが完成した。

 これでこのアンドロイドも晴れて冒険者である。

 タグをハルに手渡したメイベルが嬉しそうに言う。


「いやぁ、しかしとうとうクルスさんもパーティ結成できましたね」

「ええ。感無量ですよ」

「この後はどうされるんですか?」

「とりあえず、ハルに街を案内するついでに装備も買うので、依頼は明日からですね」

「そうですか。それでは明日お待ちしております」

「ええ。ではまた明日」


 メイベルに別れを言ってギルドを出た二人は市場へ向かう。

 ハルの装備やら消耗品などを買わなければならなかった。

 その道中、ハルが話しかけてくる。


「あの、マスター。私、思ったんですけど」

「何だ」

「装備とかを買うよりも、指輪で造っちゃえば安上がりじゃないですか?」

「あのな、この指輪は別に万能じゃないぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。まず魔力消費がでかい。魔力回復薬を買うほうが割高だ」

「はぁ」

「それに、いくつか制約もある。生物は造れないし、自分より大幅に体積の大きい物も無理だ」

「なるほど」

「それに今回の買い物はお前の社会勉強の意味もある。ほれ、お金」


 そう言って金貨を渡すクルス。


「あっ、どうもありがとうございます。へぇー、これで売買取引をするんですねー」

「ルサールカでは、電子通貨か水と交換だっけか」

「ええ。あんな荒廃した所で、こんな金ぴかの物持ってても役に立ちませんし」

「まったくだな。まぁとにかく何事も経験だ。ハル、その予算内で自分の装備を調達してみせろ」

「はいっ。おまかせを!」


 こうして、ハルの“はじめてのおつかい”の幕が上がったのだった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月7日(日) の予定です。


ご期待ください。




※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 3月 3日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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