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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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28.HL-426型、起動



 翌日、バフェット家所有の馬車に揺られながらクルスは思案に耽っていた。

 昨夜からずっと考えている『生成の指輪』の入手についてである。


 この指輪はこの大陸の人間にとってはあまり役に立つものではないが、知識のある者にとっては絶大な効果を発揮する垂涎の品だ。

 是が非でも手に入れなければならない。


 そのためには多少の後ろめたい事に手を染める覚悟も整えているクルスではあったが、可能ならば穏便に事を済ませたくもあった。


 仮に指輪を盗む等の手段をとってそれが露見でもしようものなら、クルスの立場はかつて辛酸を舐めた奴隷時代に逆戻りだ。

 大貴族といってもいいバフェットを敵に回す事は避けたい。


 難しい顔をして頭を働かせているクルスの様子を見たギルマンが話しかけてくる。

 どうやら必死なクルスの様子を“これから貴族に会うから緊張している”と勘違いしたようだ。


「実は一月ほど前に、娘が孫を授かりましてね。それも何と“双子”を」

「双子! それはおめでたいですね」

「ええ、そうなんですよ。まぁ娘夫婦は一気に二人も子供を授かって苦労もしているようなのですが、それでも嬉しいと言っておりました」

「そうですか。子育ての苦労は私には分かりませんが、大変そうですね」


 そんなことを口では言いながら、頭ではそれどころではないクルス。

 そんな彼にその時、電流が走る。


 ギルマンの言った“双子”というワードにアイディアが刺激される。

 その結果クルスの頭に妙案が浮かんだ。

 クルスがずっと考えていた指輪入手方法を思いついた瞬間であった。


 程なくして馬車がバフェット家の屋敷に辿り着く。

 屋敷というにはいささか規模が大きすぎるバフェット家の屋敷は、俗世間から隔絶されたような場所にある。


 周りを湖でぐるっと囲まれた、難攻不落の要衝の地だ。

 かつてサイドニア王国が今だ戦乱に包まれていた時代には城がそびえ立っていた。

 その城は焼け落ちてしまったが、その跡地に屋敷を立てたのが先代のバフェットである。


 馬車から降りたクルスはギルマンに先導され、屋敷内に足を踏み入れる。


 屋敷内には豪華絢爛な調度品が所狭しと並んでいる。

 大理石に敷かれた真っ赤な絨毯の上をクルス達は進んでいく。


 やがてギルマンが、執務室と思しき扉の前で静止した。

 そして恭しい手つきでドアをノックすると、中から女給がでてくる。

 女給にギルマンが来客の旨を告げると、すぐに恰幅の良さそうなバリトンボイスが聞こえてきた。


「入れ」


 執務室の中に入る二人。

 中ではぽっちゃりとした貴族の男が豪勢な椅子に座っていた。


「冒険者のクルス様をお連れしました」

「うむ、ご苦労。下がって良いぞギルマン」

「はっ」


 そうしてクルスに向き合う貴族の男・バフェット伯爵。


「お前がギルドから派遣されてきた者か」

「お初にお目にかかります、伯爵。ドゥルセより参りましたクルスと申します」


 恭しく一礼するクルス。


「うむ、早速で悪いがやって欲しいことがあってな。これを指に嵌めてみろ」


 そういって伯爵が指をパチンと鳴らすと、女給が銀の皿を持ってくる。

 その皿の上には指輪が置かれている。


「これが……」

「そう、これが使用者の知識を投影する珍品『生成の指輪』だ。さぁ早くお前の知識を見せてくれ」

「かしこまりました」


 クルスは『生成の指輪』を人差し指に嵌め、念じる。

 指輪が光り、その直後に体から魔力が抜ける感覚。


 次の瞬間、クルスの目の前に釣竿が現れる。

 釣り好きのバフェットが喜ぶ品といえばこれしかない。

 もちろんこの大陸で一般的な木の竿ではなく、カーボン製の伸縮式のやつである。

 さらにナイロン製のライン疑似餌ルアーもおまけで付けた。


「そ、それは釣竿か? 見せてくれ」


 椅子に座っていたバフェットが思わず立ち上がってクルスに駆け寄る。


「ええ、どうぞ」


 まるで少年のようにはしゃぐバフェット。

 すっかりご満悦だ。


「お気に召しましたか?」

「ああ! もちろんだとも。他には? まだ造れるのだろう?」

「ええ、お任せを」


 そうしてクルスは様々な物を造る。

 ステンレス製の魔法瓶、ワンタッチで開く折り畳み傘、キャスター付きのふかふかロッキングチェアー等々。


 しかしバフェットの物欲は、それらの品では満たせなかった。

 決して感心していないわけではないが、もう一押しが必要そうだ。


 そこでクルスはダメ押しの一品を用意する。


 ポラロイドカメラだ。

 デジタルカメラに慣れてしまった現代人にとっては若干レトロ感漂う一品だが、この大陸では最先端どころかオーパーツに等しいものだろう。


「はい、そこに立って動かないで下さーい」


 突如、カメラを構えるクルス。


「な、ど、どうしたのだ。いきなり」

「伯爵の姿を投影、いえ撮影します。強い光が出ますが目を閉じないで下さーい」

「う? うむ……」


 パシャリという乾いた音とともにポラロイドカメラから写真が出てくる。

 クルスはそれを抜き取り二、三回軽く振って伯爵に見せた。


「……」


 バフェットは驚愕で言葉が出ないようだった。

 目を見開いてクルスを見やる。


「ご満足いただけましたか?」

「あ、ああ。使い方を教えてくれるか?」


 クルスが使い方を教えると伯爵は早速、部屋の物を撮影し始めた。

 どうやらお気に召したようだ。


「このカメラは凄いな! クルス!」

「いえいえ、『生成の指輪』の方が凄いですよ。」



 一通りの生成が終わったところでクルスは『生成の指輪』を返却する。

 クルスはもうその指輪には用はなかった。


 別れ際にバフェットはクルスのことを労ってきた。


「クルスよ、今日は誠に大儀であった。また来てくれるか?」

「ええ、御用の際にはギルドに指名依頼を出して頂ければ喜んで参ります」


 そうしてバフェット伯爵に見送られ、屋敷を後にするクルス。

 帰りもギルマンが馬車で送ってくれた。

 その馬車での車中、ギルマンが尋ねてくる。


「そういえば、クルス様。よろしかったのですか? 結局、『生成の指輪』は得られなかったようですが?」

「ああ、それなら大丈夫です。造りたいものが有ればまたこちらにお邪魔して指輪をお借りすれば良いだけですから」


 そう、大丈夫なのだ。


 何故なら『生成の指輪』は“もう手に入れた”。

 “盗んでもいない”。



 そしてカプリの町に到着したクルスは、バフェット家の者達と別れる。

 ドゥルセ行きの乗り合い馬車はもう出発してしまったので、今日もこの村に一泊である。

 クルスは昨日も泊まった宿に行き、今度は昨日とは違い一人部屋ではなく“二人部屋”をとる。


「え?二人部屋ですか?」


 宿の主人が聞いてくる。


「はい、実は知り合いと、この後合流する予定でして。宿帳はその時に記載します」

「はぁ、そうですか」


 そして部屋に入ったクルスはポケットの中から何かを取り出した。

 指輪だ。


 それは間違いなく『生成の指輪』そのものであった。

 実は、バフェットがクルスの造った物に夢中になっている間に小細工を弄していた。


 『生成の指輪』を『生成』したのだ。


 そして生成した指輪をこっそりとポケットに忍ばせ、何食わぬ顔で本物を返却したのだ。

 ギルマンの話に出てきた双子という言葉がヒントになったのだ。


 クルスは早速、目的の品を生成する。

 先ずは『ベヘモスの胃袋』だ。

 『プレアデス諸島』に伝わる秘宝で非常に優れた容量を誇る収納アイテムだ。


 見た目は何の変哲も無い小さな小袋ではあるが、何でも飲み込んで収納してしまう様子はまさに巨牛の胃袋である。

 予定通り便利アイテムを造れて満足そうな表情を浮かべるクルス。


 続いて、こちらが肝要だ。

 『HL-426型』である。


 機械文明の都『ルサールカ人工島』で造られた機械だ。

 これはさっきの小袋などとは違い、大分体積がある。


 体積の大きな物や複雑な機構を持つもの程、生成にかかる魔力消費は大きい。

 魔力回復薬を一気飲みして魔力と気合を補充すると、指輪に念じる。


 直後、クルスを襲うごっそりと魔力が抜け落ちる感覚。

 魔力補充をしておいて正解だった。


 出てきたのは、人ひとりがすっぽり収まりそうな鉄製の箱だった。

 その箱の側面に操作用の端末が付いている。


 魔力抜けで朦朧とした頭で端末を操作するクルス。

 まず初期設定だ。


 所有者の名前と声紋、指紋を登録。

 続いて個体名の設定だ。

 

「うーん『HL』だから『ハル』でいいか……」


 などと独り言を言いながら雑に決める。


 更に言語設定をマリネリス公用語に設定する。

 ここで、ふと疑問が生じる。


 なぜ『ルサールカ人工島』の『HL-426型』にマリネリス公用語が登録されているのか。

 本来はらルサールカ共用語しかインストールされていないはずなのだ。


 クルスは暫し考えたものの自分を納得させるような答えは浮かんでこなかった。

 朦朧とした頭では結論には辿り着けないようである。


 魔力抜けの虚脱感のせいで、いよいよ設定が億劫になってきたクルス。

 性格設定などの残りの設定は全てランダムにした。

 これで設定は全て終了だ。


 全ての設定を終了すると、シューッという音と共に鉄の箱が開く。

 中から出てきたのは、タンクトップにショートパンツを着た銀髪の人間の女性……ではない。


 女性型アンドロイド『HL-426型』だ。

 一見どこから見ても人間にしか見えないが肌は合成樹脂であるし、よくよく見ると肘などの関節部分にスリットが入っていて、おまけに眼球の瞳孔部分はカメラのレンズのようだ。


 箱から出たアンドロイドはクルスの姿を視認すると、丁寧に腰を折ってお辞儀した。


「ヴェスパー社製アンドロイド『HL-426型』をご利用いただき、まことに有難うございます。あなたがクルス様でいらっしゃいますね?」

「ああ」

「お初にお目にかかります。ハルです。これからどうぞよろしくお願いします、マスター」


 そう言うとそのアンドロイド・ハルは、にっこりと微笑んだ。




用語補足


オーパーツ

 “その場所・時代にそぐわない場違いなもの”の意。

 水晶髑髏やナスカの地上絵などが代表例。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月6日(土) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月15日  一部文章・用語補足を修正

物語展開に影響はありません。

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