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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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27.ことわざ



「依頼主はジョー・バフェット伯爵ですね。アイテム蒐集が趣味の」


 ドゥルセギルドの受付嬢メイベルの言葉にクルスの胸が高鳴った。

 ずっと接触したかった人物だ。

 まさか本人から指名依頼が来るとは、クルスにとっては嬉しい誤算だった。


「受けます。その依頼」

「へ? あ、あのクルスさん。まだ私依頼内容言ってませんけど……」


 クルスが今までに見せたことの無い積極性に、たじろぐメイベル。

 この時のクルスはまるで獲物エサに食いつくダボハゼのようだった。


 クルスは一つ息をついて気持ちを落ち着けると改めてメイベルに問いかける。


「依頼書を見せてくださいますか?」

「あ、はいそれはもちろん。と言ってもたいした内容は載ってないんで、たぶん秘密性の高い依頼だと思いますけど」

「拝見します」


 そう言ってクルスは依頼書を隅から隅まで確認する。

 内容にざっと目を通したところ貴族らしく色々小難しい事が書いてあるが、要約すると“とりあえず来い”の一言で済みそうだ。

 確かにこの内容ではどんな依頼かさっぱりわからない。


 だが、わからないなりにも推測はできる。

 バフェットがわざわざ異民であるクルスを指名してきたのは、もしかして『生成の指輪』絡みの依頼ではなかろうか。

 その可能性は充分にある。


 バフェットとて変わり者ではあるがバカではない。

 クルスと同じようにあの指輪の本質に気づいたのだ。

 つまり、異民を利用してアイテムを作らせる気なのだ。


 この依頼はどんなに怪しかろうと、胡散臭かろうと絶対受けるべきだ。

 そうクルスの勘が告げていた。


「受けます。この依頼」


 改めて宣言するクルス。

 メイベルは頷いて依頼についての細かい情報を話し出した。


「わかりました。それではまずは『アキダリア平原』を進んだ所にある『カプリの村』という場所を目指してください」

「結構遠いですね」


 たしかカプリ村へは確かドゥルセから乗り合い馬車が出ていたはずだ。

 茶か何かの原産地である。


「そのカプリの村で、バフェット家の使用人の方が待っているそうなので、その方に会ったらこれを渡してください」


 そういって紹介状を渡してくるメイベル。

 そして彼女は重要な情報をクルスに伝えてくる。


「依頼人との接触にはその紹介状とは別に合言葉が必要になります。いいですか、口頭でのみお伝えします。メモは取らないでください。言いますよ。“私が岩石を持ち上げたから”と先方が言ったら……」


 その合言葉はクルスも知っている言葉だった。

 過去に自分が考えたバフェットのエピソードに登場する語句である。

 クルスはメイベルの言葉に被せるようにして続きを言った。


「“君が宝石を見つけたのだ”といえばいいんですね」

「えっ! な、なんで知ってるんですかっ!?」


 “私が岩石を持ち上げたから、君が宝石を見つけたのだ”というのは、イスラエルのことわざらしい。

 富を有しているが故に用心深いバフェットの合言葉を、何故そんなところから引用して設定したのかは、自分でも謎である。


「ただの諺ですよ。それでは行ってきます」

「あ、はい。お気をつけて……行っちゃった。今日のクルスさん、妙にご機嫌だったなぁ……」





 ギルドを出たクルスは、すぐに乗り合い馬車を調べて乗り込む。

 日に一本しか出ないカプリの村ゆきの馬車に間に合い胸を撫で下ろすクルス。

 他の客はほとんどが農民と思しき人々であった。


 クルスは馬車に揺られながらバフェットについての設定を思い出す。

 『ナイツオブサイドニア』作中におけるバフェットの登場するエピソードはこうだ。



 バフェット伯爵は先代の遺産を上手く転がして莫大な富を得ていた。

 そんな有り余る富を腐らせるのも勿体無いと考えた彼は、様々な宝物、貴金属、珍品を蒐集する事にした。

 そうして様々な物を取り扱ってゆくのだが、次第にそんな蒐集にも飽いてしまう。

 生活に困らないだけの財はあり、それ以上に空虚な時間が大量に有った。


 そんな彼がのめり込んだのが釣りである。

 暇な貴族と成り果てたバフェットに釣りというレジャーは実にぴったりとフィットした。


 嬉々として釣り三昧に明け暮れるバフェットだったが、そんな彼に危機が訪れる。

 意図せずに強大な魔物であるレモラを釣り上げてしまったのだ。


 その危機を救ったのが、たまたま通りがかった『ナイツオブサイドニア』主人公・レジーナのパーティである。

 助けられたバフェットは、レジーナに『生成の指輪』を褒章として与える。


 早速その指輪を旅先で試すレジーナ達だったが、結局は魔術で大抵の事は片付いてしまう。

 そのことに気づいたレジーナの“思ったより使えねぇな、コレ”という台詞がオチになる。

 そういう、どちらかといえばコメディ寄りのエピソードだ。


 まさか、そんなコメディエピソードの登場人物がここまでクルスにとって重要になるとは。

 などとクルスが物思いに耽っている間に、乗り合い馬車はカプリの村へと到着していた。


 時刻はもう夕暮れである。

 クルスは早速バフェット家の使いの者を探す。


 いや、探すまでも無く一人の老紳士がクルスに声をかけてくる。

 仕立てのいい服に黒の帽子を被った上品な男だ。


「失礼、指名依頼をお受けの冒険者の方ですかな?」

「ええ、そうです。クルスと申します」

「ふむ、それではクルス様。“私が宝石を持ち上げたから”」

「“君が”……」


 答えようとして、クルスは違和感に気付いた。

 合言葉が違う。


 クルスは老紳士に気取られないように、そっとショートソードの柄に手を置く。

 そして詰問するような、強めの視線を老紳士に向ける。

 それに気づいた老紳士が帽子を取り謝罪する。


「おっと、これは失礼致しました。試すような真似をして申し訳ない。これでも屋敷の安全を守る立場なもので」


 一瞬、この老人がバフェットの富を狙うこそ泥か何かだと疑ったクルスだったが、思い違いだったようだ。

 クルスは表情を柔らかくして老紳士に言った。


「いえ、あなたの立場なら当然の配慮でしょう」

「ご理解いただけたようで何よりです。では改めて“私が岩石を持ち上げたから”」


 今度は合っている。

 ほっと胸を撫で下ろすクルス。


「“君が宝石を見つけたのだ”」

「結構。ギルドの紹介状を拝見しても?」

「はい、どうぞ」


 クルスが渡した紹介状に注意深く目を通す老紳士。


「確かに、確認致しました。私はバフェット家の執事を務めております、アルフレッド・ギルマンと申します。以後お見知りおきを」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ギルマンさん」


 そうして自己紹介を終えた二人。

 今日はもう遅いということで、ギルマンの提案でカプリの村の宿に泊まることになった。

 宿では他に二人のバフェット家の者が待っており、彼らは馬車の御者であるという。


 夕食時になり、四人で世間話を楽しむ。

 特に閉鎖的環境に置かれているバフェットの使用人達にとって、クルスの冒険者稼業の話は大変に刺激的なようだった。

 話もひと段落ついたところでクルスはギルマンに切り出す。


「ところで、バフェット伯爵は俺のような異民に何用で?」

「はい、我が主は『危難の海』を渡って来られた異民のクルス様の知識を所望でございます」

「知識……」

「ええ。まだ詳細は申し上げられませんが、その知識を具現化するものがございます」


 クルスの推測はどうやら当たっているようだ。

 しかし、知らない風を装い質問をする。


「具現化とは?」

「その方の頭の中にある知識を『あるもの』を使って投影し現実ものとするのです」

「ふうむ……」


 いかにも、話を咀嚼しているような表情を浮かべる。

 知らない振りというのも意外と気苦労が多い。


 それから、クルスにはもう一つ聞いておかねばならない事があった。


「ちなみにその『あるもの』を譲って頂く様な事は可能だと思いますか?」

「それは難しいと思いますよ。希少品ですからね。我が主は手放さないと思われます。ですがもしお望みでしたら、その旨を主に伝えますが?」

「いえいえ結構です。興味本位で聞いてみただけです」



 食事を終え、ギルマン達と別室に別れたクルスはそこのベッドに横になる。

 明日は朝早くからバフェット家の馬車でこの村を発ち、昼ごろには屋敷に着く予定だった。


 だから今のうちに屋敷に着くまでに考えておかなければならない。

 クルスの頭は、猛回転していた。

 どうやって『生成の指輪』を譲ってもらうか。



 それとも、奪うか。



用語補足


ダボハゼ

 小型のハゼ類の通称。

 小さい体の割りに口が大きい魚であり、“貪欲に何にでもがっつく”という比喩表現に使われる。

 バフェットからの依頼内容をロクに精査せずに飛びついたクルスは、まさにダボハゼのようだった。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月5日(金) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 3月 3日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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