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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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26.地元愛



 日が沈み辺りが闇に包まれた後の貿易都市ドゥルセ。

 そこの冒険者ギルドの受付にて受付嬢のメイベルは二人組みの冒険者から報告を受けていた。


 小さな魔術師コリンと黒髪の異民クルスだ。

 彼らからの報告をメイベルは呆れ顔を浮かべながら聞き返す。


「……え、倒しちゃったんですか。“森の王”を、二人だけで?」

「はい、もちろん」


 対してコリンはいつにもまして自信たっぷりで答える。


 彼の言葉を聞いてメイベルは困惑していた。

 確かに今朝、受付に来たのはコリン少年と新人クルスだけであった。


 コリン少年の相棒のレジーナとはどこかで合流して、依頼にあたるのだろうとメイベルは思っていたのだ。

 ところがいざ話を聞いてみれば、“森の王”はコリンとクルスの二人だけで討伐して見せたという。


 “森の王”はそこらの雑魚とは一味違う凶悪な魔物だという噂だった。

 いや、噂だけではなく今までに四パーティ、計十五人を葬っている実績がある。


 それをたった二人で、だと。

 メイベルが困惑した表情でいると、コリンが更に信じられない言葉を吐く。


「でも、たいしたことなかったよね? クルスの剣で一突きだったもん」

「……は?」


 それだけ言うのが精一杯のメイベル。


 何を言っているのだこの少年は。

 いくら期待の新人とは言え、オーガを一突きでなどありえない。

 ところがクルスはコリンの言う事を否定しない。


「コリンのエンチャントのお陰で剣がよく通ったよ。俺もあのスクロール欲しかったな」

「エンチャントは人気がある術だからね。出回ってもすぐ誰かに買われちゃうよ」


 おかしい。

 あどけない少年とド新人の会話なのに、熟練のベテラン同士の会話にしか聞こえない。


 いかんいかん、仕事をしなくては。

 メイベルは気を取り直すと依頼クエストの事後処理に移ることした。


「え、えーとおふたりさん、貢献点はどうします? 山分けで?」


 メイベルの問いに即答するコリン。


「うん、ヤマで」

「わかりました。えーとと……計算するので、ちょっと待っててくださいねー」


 メイベルは軽やかな手つきでそろばんを弾いて計算を完了させる。

 コリンが“銀”に昇格だ。


「コリンさん、おめでとうございます。“銀”です。タグは発注しておきます。受け取りは王都で?」

「うん、そうして」


 “銅”以上のタグは盗難を防ぐためにギルドには置かれていない。

 面倒だが、商工会に発注しなくてはならない。


 昇格をしたコリンがほっと一息ついた。


「良かったー。やっとレジーナに並べたよ」


 するとクルスが彼に賛辞の言葉をかける。


「良かったな。コリン先輩」

「うん、ありがとクルス」


 和やかな顔で会話する二人。

 そんな二人にメイベルは補足情報を伝える。


「“森の王”は結構悪名ありましたからね。点数も高かったですね」

「ふーん、クルスは昇格してないの?」

「あー……クルスさんは、あとちょっとですねー。あと軽めの依頼何個か片付けたら“銅”になれますよ」

「だそうだ。ま、頑張りたまえよ。クルス君」


 先輩風をびゅんびゅんと拭かせながらコリンが胸を張ると、クルスは笑いながら返した。


「なあに、すぐに追い抜いてやるさ。コリン先輩」

「ほう、言うねえ後輩」


 なにやら気の置けない雰囲気をかもし出して軽口を叩き合うクルスとコリン。

 メイベルはそんな二人の関係について少し探りを入れる事にした。


「随分、打ち解けてますねー。二人は今日初めて会ったんでしょ?」


 メイベルが尋ねてみるとコリンが答えた。


「いや、この前あの町で会ったんだよ。クルス、なんてったっけ? あの、辺鄙な田舎町」


 辺鄙な田舎町というワードを聞いたクルスが激昂する。


「バーラムだ! 貴様っ! 俺の第二の故郷を侮辱したら許さんぞ、それがたとえ先輩でもっ!」


 どうやらクルスは地元愛が強い人間の様だった。







---------------------







 受付で依頼の事後処理を済ませたクルスはコリンとともにギルドを去ろうとする。

 歩きながらクルスは言った。


「さてと報酬も貰ったことだし、そろそろ宿に戻るかな」


 何だかんだで無傷の勝利を飾ったクルスではあったが、しかし疲労は溜まっていた。


「うん、そうだね。僕も宿とってるからそっちに帰るよ」

「この後はどうするんだ? サイドニアに戻るのか?」

「うん、結構稼げたしこれで当面のお金は大丈夫かな。あとはレジーナの看病でもしてるよ。クルスも来る?」

「いや、いい。レジーナによろしく言っといてくれ」


 レジーナは災いを招き寄せる。

 傍にいるのは危険だ。

 そんな事を話しながらギルドを出ようとすると、酒場の方から呼び止められる。


「おーい、お二人さん」


 聞いた事のある声、デズモンドだ。

 クルスは声の主に話しかける。


「こんばんは、デズモンドさん」

「おう、まさかお前らが二人組みになってたとはな。少年、相棒はどうした?」


 デズモンドの問いにコリンが答える。


「レジーナは今頃、マンティコアの毒で苦しんでるよ」

「ははは、そりゃ災難だったな。それでクルスと組んだのか」

「うん」

「まぁ、座れ。一杯奢ってやるよ。今日の仕事の話を聞かせてくれよ」


 デズモンドの計らいに礼を言ったクルスとコリンは椅子に座る。

 二人が席に着いたところで、見覚えのあるエルフがこちらに向かってきた。

 デズモンドのパーティの弓使い・イェシカだ。


「よし、お、丁度イェシカも来たな。おーい」

「うわ、赤毛女の相棒のガキじゃん……。で、その隣の黒髪とははじめましてだね」


 案の定クルスの事を覚えていなかったイェシカ。

 呆れながらデズモンドが突っ込みを入れる。


「おいおいイェシカ。昨日一緒に呑んだろ?」

「えっそうなの? あ、思い出した! あんた確か…」


 おっ、憶えててくれたのか。

 自信ありそうな様子のイェシカに期待するクルス。

 だがその期待は一秒ともたなかった。


「ケビンでしょ!」

「違います」


 やっぱりな。

 知ってたよ。

 クルスががっかりしているとデズモンドが再度紹介してくれた。


「イェシカ、こいつはクルスだよ。昨日お前が偉そうに説教垂れてた」

「あークルスね。今言おうと思ってた。うん憶えてる憶えてる」


 断言できる。

 絶対憶えてない。

 だがクルスが突っ込む間もなくイェシカが話題を投げかけてきた。


「あ、そういえば聞いた? デズモンド。“森の王”がやられたらしいよ」


 ふっと思い出したようにイェシカが言い出すとデズモンドが驚いたような声を出す。


「何? まじかよ。復帰明けは奴を狩ろうと目星つけてたんだが、先を越されたみたいだな」

「ほんとほんと。人の獲物先にとりやがってまったく」


 熟練冒険者である二人の愚痴を聞いて、少し心配になるクルス。


 いやいや、こういうのは早い物勝ちだろう。

 我々に落ち度はない。


 とはいえ、自分から“そのオーガを倒したのは自分達だ”と言うのは憚られた。

 “何か知ってるか?”などと聞かれたら、その時は渋々答えよう。


 クルスがそう思っているとコリンがぶち壊す。


「じゃあそのオーガに名前でも書いておけば良かったじゃない。そうしないから先を越されちゃうんだよ。ねぇクルス? そう思わない?」


 しかもクルスに振るという悪魔の所業。

 クルスが返答に窮していると、イェシカが不機嫌そうに尋ねてくる。


「おい、そりゃどういうこった? とんがり帽子と黒髪さんよ」


 そういえば彼女は前にもレジーナに獲物をとられたと言っていた。

 巻き込まれた立場のクルスは胃が痛い。


 だがそんなクルスの気も知らずコリンはイェシカを煽る。

 たった二人で難敵を片付けた高揚感から気が大きくなっているようだ。


「だーかーらー、あんたらボヤボヤしてるから僕らが、そのオーガを倒しちゃったんだよ。残念だったね」

「ほーう、このガキ……。言ってくれるねぇ……」


 ますます棘のある物言いになってきた二人を、デズモンドが制止する。


「おいやめないか、二人とも。特にイェシカ。“銀”持ちがみっともねぇぞ」

「分かってるよデズモンド。ちょっと、からかっただけさ。ガキの言う通りさ。依頼は早いもん勝ち。文句はないさ」


 険悪な空気になった二人を抑えたデズモンドはため息を一つ吐く。

 その後でしみじみと言うデズモンド。


「それにしても、俄かには信じられんな。二人だけでやったとは」


 その言葉にコリンが答える。


「意外とクルスが使える奴だったんだよね」


 さらっと毒のある発言のコリン。

 マンティコアより毒性は強い。


 一方、コリンの毒舌を聞いたイェシカはご機嫌だ。


「そら酷い言い方だねぇ。ほら黒髪、言い返してごらんよ」


 イェシカが煽ってくる。

 それに乗る事にしたクルス。


「あそこでコリンがコケなければ、もっと安心して討伐できたのに」

「まだそれ言う? いいよもう僕も《風塵》憶えるから」


 矛先を向けられたコリンは拗ねている。

 そこへデズモンドが割り込んできた。


「ところで少年は何でクルスと一緒に仕事をしようと思ったんだ? 凶悪なオーガ相手によく知らない“鉄”が仲間じゃあ不安だろう」

「ん? 確かにまだ“鉄”だけど、まぁクルスが弱い奴だとは思ってなかったし」

「今日初めて会ったんじゃなかったのか?」

「違うよ、ええと……辺鄙な……」


 直後に睨みを利かせるクルス。

 コリンは“辺鄙な田舎町”というワードを飲み込み、話を続ける。


「……バーラムの町で会ったんだよ。で、そこの喧嘩大会でレジーナがクルスに負けてさ」


「「はあっ? あいつが?」」


 同時に驚くデズモンドとイェシカ。


「うん。だからそんな奴が弱いわけないと思って、連れてったんだよ。実際働いてくれたし」

「はぁーー……ますます信じられんな」

「嘘じゃないよ。僕はこの目で見たからね」

「ふむ、それでしばらく二人で活動するのか?」

「いや、当面のお金は稼げたから僕は王都に戻るよ」

「じゃあ、クルスはまたソロか」


 デズモンドが気の毒そうな視線を向けてきた。


「はい、いい加減パーティ組みたいんですけどね。昇格したら人が寄ってくるって信じるしかないですね」


 力なく答えるクルス。

 それを聞いたイェシカがぼんやりと呟いた。


「ふーん、それにしてもそんな大物を仕留めたってのに、昇格できなかったのかい。“鉄”から“銅”だったら割とすぐだった気がするけどねぇ」

「あと少しだってメイベルさんに言われましたよ」

「だったらそんな危険度の高い依頼じゃなくてもいいだろ。採取系でものんびりやりながら休めよ」

「はい、そうします」


 その後、イェシカが酔いつぶれたタイミングで会はお開きになる。

 デズモンド達と別れて酒場を出たコリンとクルス。

 歩きながらコリンが話しかけてくる。


「別に僕らのパーティに入れてもいいけど、でもクルスには何か目的があるんでしょ?」

「ああ、まぁしばらくはこのまま頑張るさ」

「そっか。また仕事一緒にしようね」

「ああ、そのうちな」


 こうして二人はそれぞれの宿に帰っていった。

 コリンとの共同戦線は中々に有意義なものであった。

 リスクこそあったものの貢献点は稼げたし、その上仇敵・“森の王”にリベンジすることも叶った。


 あとはいくつか依頼を片付けて“銅”になるだけだ。

 そうなれば周りの視線も良いものに変わって人が寄ってくる。

 パーティが組める。

 クルスは期待に胸を膨らませて眠りに就いた。



 明けて翌日以降の一週間。

 モチベーションを得たクルスはデズモンドのアドバイス通り、採取系の安い依頼に勤しんだ。


 今まで危険な仕事が続いていたので、良い骨休めになった。

 そうして、無事“銅”に昇格する。


 これでパーティ結成への道が開かれる………はずだった。

 だが、実際蓋を開けてみればクルスは相変わらずソロ街道を驀進している。


 ギルド掲示板にパーティ募集の張り紙(有料)を出し、更には直接勧誘もやってみた。

 ところがどうやら先日の“森の王”討伐の件で、クルスに関して良からぬ噂が一人歩きしているようだ。


 曰く“あの異民はレジーナと似たり寄ったりの戦闘狂だ”だの“オーガをたったの一突きで殺したバケモノ”等々である。


 その結果上級パーティからは疎んじられ、下級パーティからは怯えられる始末。

 勧誘どころの話ではなかった。


 そうしてクルスが半ばパーティ結成を諦めかけていたとある日、吉報は不意に届けられる。

 いつものようにクルスがギルドに顔を出すと、受付嬢のメイベルが呼んできた。


「クルスさーん! こっちこっち!」


 見るとメイベルが盛んに手招きしている。


「こんな朝から一体どうしたんですか、メイベルさん?」

「実はクルスさんにお客様が」

「えっ、遂にパーティ希望者が?」

「あっ、それとはまた違うんですけど」


 途端に肩の力が抜けるクルス。

 “何だ……期待させやがって……”という言葉を飲み込むものの、露骨にがっかりとしたクルス。


 そんなクルスを励ますようにメイベルは明るく告げてきた。


「で、でもこれも悪い話じゃないですよクルスさん! 指名依頼です!」


 指名依頼。

 依頼者が信用に足ると見込んだ人物に直接、名指しで解決を依頼するアレである。

 通常の依頼より報酬は豪華なことが多いが、同時に厄介ごとも多い。


「指名? 俺にですか? 一体誰が……」


 クルスの問いに答えるメイベル。

 彼女の告げた名はクルスの待ち望んでいた人物のものだった。


「依頼主はジョー・バフェット伯爵ですね。アイテム蒐集が趣味の」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月4日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正 文章を追加

※ 3月 1日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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