25.続・マルテの森にて
「王様一体やっつけて、あとは逃げちゃえばいいのさ。そう聞けば簡単に思えるじゃない?残りの子鬼は他の人たちがそのうち狩ってくれるでしょ。簡単簡単」
そう胸を張りながら後輩クルスに語りかけてくる小さな魔術師コリン。
自信溢れる彼の発言を聞いてクルスはいたく感心していた。
なるほど確かに依頼書にはオーガのことしか記載されていない。
もちろん、取り巻きのゴブリンを片付けた方が“森の王”とは戦いやすくなるだろう。
しかしこちらは僅かに二名。
数で不利な状況で多数をわざわざ相手してやる事もない。
ならば目標の個体の撃破のみを狙う他ない。
と、ここまで考えたクルスは一つ問題点を見つける。
その事について先輩コリンに尋ねてみる。
「それはわかったけど、じゃあその“森の王”をこの森の中からどうやって見つけるんだ?」
「奴の居場所に関してはいくつか当たりはつけてある。地図を見てよ」
そういって地図を広げるコリン。
大まかな地形が記された程度の地図だが、無いよりは遥かにマシだ。
「この中でオーガが塒にできるような場所っていったら……ここか、ここらへんかな」
既にコリンは塒候補を二箇所に絞っていた。
一つは大昔にこの森を荒らしていたワームが掘った穴。
大半の穴は既に塞がっているが、まだ残っているものもある。
もう一つはこの森の中央部にそびえる巨木の下。
あの巨木の下なら図体のでかいオーガでも風雨を凌げるだろう。
「なるほど、その二箇所のどちらかに居ると」
「僕の考えではね。それにオーガほどの大きい魔物だと、常に魔力を周囲に垂れ流している。それを追えばおのずと正解も見えてくるはずさ」
これで捜索の面での不安はない。
後は“森の王”をどう仕留めるか。
もたもたしていると取り巻きのゴブリンに囲まれて、オーガに手を出せなくなる恐れがある。
手早く片付けなければならない。
「ということはあとの問題は如何にオーガを迅速に始末するかだな。やっぱり俺が注意を引いてコリン先輩の魔法をぶち当てるのが無難か」
「それなんだけどさ。逆の方がいいかもしれない」
「逆?」
「うん。僕が注意を引いて逃げ回って、その隙にクルスが仕留める。事前に僕の《魔刃》で剣の切れ味を上げておいて、クルスは《印術》で身体能力を上げておく。そうして武器とクルス自身を強化しておけば敵を一撃で仕留められると思う」
「でもそれだと、コリンの方が危険じゃないか?」
クルスがそういうとコリンは吹き出した。
「ふっはは! 危険が嫌ならこんな依頼、最初から受けてないよ」
至極もっともなことを言うコリン。
「わかった、じゃあその作戦でやるか」
「うん、昼間はゴブリン共も寝てるはずだけど、なるべく静かに塒まで行こう」
そうした綿密な打ち合わせの後に、二人は森の中に踏み込む。
鬱蒼としたマルテの森は日中だというのに夕暮れ時のような薄暗さであった。
その暗い森の中をなるべく静かにだが迅速に二人は進む。
本来はもっと警戒してゆっくり進むべきだが、もし途中で取り巻きのゴブリンに見つかって戦闘音でも立てようものなら、二人の侵入者の存在を“森の王”に気取られてしまう可能性が大きい。
そして時間をかければかける程、取り巻きに見つかってしまう確率は増えるだろう。
そうなっては作戦はご破算だ。
ここは拙速を尊ぶべき局面である。
そうして二人は漆黒の森を進む。
ワームの掘った穴は外れだった。
魔力反応を見たコリンは、そこには小物しかいないという判断を下す。
とすると残るは森林中央の巨木だ。
二人は巨木を目指してひたすらに進む。
どのくらい歩き続けただろうか。
やがて巨木の幹が見えてきた。
周囲の樹木と比べても一際大きなそれは、果たして樹齢何年のものなのか想像もつかない。
かつてこの森とその巨木を設定したはずのクルスもその容貌に思わず圧倒される。
コリンが物言わず指を差す。
指した先には“森の王”が横たわって惰眠を貪っていた。
周りにはゴブリンの姿は確認できない。
寝る時は周りに取り巻きが居ない方が落ち着くのだろうか。
クルスはその寝ているオーガを視認して確信する。
やはりあの時、自分を襲った奴だ。
あれから時は経ち、こうして再びその姿を目にすると感慨深いものがある。
二人はすぐ作戦通りに準備を進める。
まずはクルスが待ち伏せに向いている地点を見繕う。
二人で色々考えた結果、木陰に隠れて《氷床》で転ばせてから仕留めるという方法に落ち着く。
そしてエンチャントを開始するコリン。
同時にクルスも《勝利》のルーンを刻む。
いよいよ、あとはコリンがオーガを釣るだけである。
しかしコリンとクルスは待ち伏せ作戦に全てを賭けていたわけではない。
今、惰眠を貪っているオーガをコリンの《暴風》の一撃で仕留める事も視野に入れていた。
《暴風》は文字通り、凄まじい勢いの風を巻き起こす魔術であるがその風の威力もさることながら副次的な効果も強力だ。
周りの小石やら枝などの物も瞬間風速次第では弾丸にも槍にも化ける。
まして的が大きいオーガである。
それらをまともに食らえば穴あきチーズのような無残な姿になるだろう。
《暴風》による一撃を見舞うべくコリンが詠唱を開始した。
クルスは待ち伏せ場所に伏せつつ、じっとコリンの奇襲を見守る。
詠唱完了までの間はクルスにとって実に長く感じられた。
その時、不意に“森の王”の目が開く。
そして近くにあった岩を投げつけてきた。
身の丈ほどもある大きな岩をすんでのところでかわすコリン。
コリンの詠唱により生じた魔力のうねりで“森の王”が目を覚ましたのか、それとも奴は最初から狸寝入りしていたのかは分からないが、とにかく《暴風》による不意打ちは失敗だ。
後はクルスによる一撃に賭けるしかない。
作戦通り、脱兎の如く逃げ出すコリン。
“森の王”が重厚な足音を響かせながらそれを追う。
よし、もうすぐだ。
もうすぐでクルスの射程にオーガが来る。
奴はこちらに気づいていない。
暗殺の一撃はおそらく成就する。
そうクルスが確信した瞬間、コリンが木の根に躓いた。
盛大に転等し、前のめりに全身を打ち付けるコリン。
物陰からそれを目撃したクルスは決断を迫られた。
このままじゃコリンが捕まる。
かといってここで自分が手を出したら、不意打ち計画が台無しだ。
その時、コリンが叫ぶ。
「クルス! まだ仕掛けるな!」
不意打ちを捨て木陰から飛び出しそうになったクルスは踏み留まる。
そうしている内にもコリンとオーガの距離は詰まる。
起き上がったコリンはオーガと自分の間に《氷壁》を発動。
その程度ではオーガの攻撃は防げないが、どうするつもりなのか。
次の瞬間、コリンが正解を見せてくれた。
コリンはあろうことかその氷壁に向かって《水撃》をぶつける。
氷の壁に向かっていった水の玉は壁で跳ね返りコリンを吹き飛ばす。
本人にも多少のダメージはありそうだが、オーガの攻撃を食らう事に比べれば万倍もマシな選択だ。
機転をきかせて見事後方に吹き飛んだコリン。
それを追ってオーガが走ってくる。
「今だッ!!」
コリンが叫ぶ。
その声を受けて絶妙なタイミングで《氷床》を発動するクルス。
走っている最中に急に地面を滑りやすいアイスバーンに変えられてしまったオーガは大きな音を立てて転倒した。
その頭部を目指してショートソードを構えて突進するクルス。
突然の一撃に“森の王”は回避動作が取れなかった。
クルスの剣の切っ先はオーガの右目を貫通し、そのまま脳漿を貫いていていた。
ピクピクと数回痙攣しやがて動かなくなるオーガ。
終わった、二人の勝利だ。
しかし余韻に浸っている暇はない。
今の戦闘音でゴブリン達が目を覚ましたようだ。
まだ姿は見えないがギャアギャアと喚く声が聞こえる。
クルスは急いで討伐の証であるオーガの一本角を切り取る。
《魔刃》の効果でだいぶ剣が通りやすくなっている。
難なく取り外せた。
「証、取れた?」
コリンが聞いてくる。
「ああ、囲まれる前にずらかろう」
そうして今度は二人して、脱兎の如く疾走を開始する。
来た道を全力疾走で逃げ出し森から脱出した二人は、森と平野の境界にて疲労のあまり倒れ込む。
息を切らしながらコリンがクルスに話しかけてきた。
「ハァ……ハァ……もう追ってこない?」
「ああ、大分距離を離した。ここまでは追ってこないだろう」
クルスはまだ幾分、余力を残しつつ答える。
「はぁーっ良かったー! 死ぬかと思ったよ!」
爽やかな笑みを浮かべるコリン。
普段は大人びている印象だが、こういう表情は歳相応のものだ。
「それはこっちの台詞だよ。先輩がコケた時は心臓が止まるかと思ったぞ」
「でもさ、その後のリカバリーは完璧だったでしょ?」
「完璧ってなぁ。普通思いつかないぞ。自分を魔術で吹っ飛ばすなんて」
「うん、実はあれ、めっちゃくちゃ痛かった!」
その言葉で爆笑する二人。
生きて帰れて本当に良かった。
二人が森を脱出し、監視小屋に着いたときにはもう夕暮れ間近であった。
事後報告の為にクルスとコリンが監視小屋に顔を出すと、昼間会った衛兵が尋ねてくる。
「あれ、お二人さん生きてたのか! どうだった“森の王”は見つかったか?」
「ほら、これ」
そういってコリンが討伐の証である一本角を見せる。
「おいおいマジかよ……。“森の王”をたった二人でやっちまったのか」
「すごいでしょ。ふふん」
自慢げなコリン。
と、そこへ別の衛兵が現れる。
途端にクルスはまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
昼間の飲んだくれ、テイラーに加えてもう一人の衛兵も来た。
あの時クルスに紅茶をくれた“親切な”方の衛兵だ。
彼はクルスの姿を見ると申し訳無さそうな顔をして謝罪してくる。
「テイラーからお前の事を聞いてな。あの時は本当に申し訳ない事をした」
「いえ、おかげさまでマリネリス公用語も習得できましたし、お二人には感謝しておりますとも。言葉を教えてくれた友人は死にましたが」
どうしてもトゲのある物言いになってしまう。
こればっかりはクルスにも制御できなかった。
「本当に悪かったと思っている。許してくれなんて言えた義理じゃない。だがせめて、お前の助けになればと思ってこれを買ってきた。良ければ使ってくれ」
その衛兵が差し出してきた物は、チャポディア・スプレンデンスの花弁を用いて作られた腕輪だった。
周囲の者の魔力補充効率を高めるチャポディアの効果で魔術師に人気のアイテムだ。
クルスは複雑な表情でそれを受け取った。
「では、その……有難く使わせていただきます」
「うむ、大事に使わなくてもいいぞ。これは俺達の自己満足……いや違うな。良心の呵責から逃げる為に、買ったものだ。そんな高尚なものじゃない。それでもこれがお前の役に立ったら嬉しいと思っている。これは本心だ」
その後二人は小屋を去り、ドゥルセに向けて歩いて戻る。
帰路の途中でコリンが話しかけてくる。
「結局そんなに悪い人じゃなかったじゃん、衛兵の人たちも。まぁクルスにとっては許せない事に変わりはないんだろうけど」
「まぁなぁ……こんなので許せれば俺も気が楽なんだが」
そう言って腕輪を眺めるクルス。
「ていうかクルス。その腕輪けっこう高いんだよ。チャポディアの加工に技術が必要らしくてさ。要らないなら僕に頂戴よ」
コリンがたかって来る。
クルスはそれを突っぱねた。
「ばか、要るよ。俺が貰ったんだ。ところで先輩、これって最近作られた物かな」
「うーん、見た感じは新しく見えるね。でも何で? それがどうかしたの?」
「だとしたら、俺がおとつい採取したやつかも」
「ははは! 自分で採取したチャポディアのアクセサリーを自分でつけてるなんて、世界は狭いね」
「まったくだ」
その狭い世界を抜けて現実に戻れるのは、果たして一体いつになるのだろうか。
夕暮れの中、クルスは自問したのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 5月3日(水) の予定です。
ご期待ください。
※ 8月 9日 レイアウトを修正
※ 3月 1日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。




