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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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24.苦虫を噛み潰す



 ドゥルセのギルドで自分の盾となってくれる前衛を勧誘する事に成功した魔術師コリン。

 彼は前衛である異民いみんクルスを引き連れて町を出た後、目的地を目指して街道を歩く。


 幸先良く自分の護衛を捕まえることができた事に気を良くしたコリンはご機嫌だった。

 しかしそれも束の間、現在彼はゼエゼエと息を切らして苦痛に顔を歪ませている。

 

「おーい、どうした、先輩!置いていくぞ!」


 前方から前衛クルスの声が響く。


 くそ、あの野郎無駄に体力が有り余ってやがる。

 コリンは憎らしげな表情を一瞬だけ浮かべると歩くペースを速めた。


 コリンとクルスが受注したのは“マルテの森”という所に住み着いたオーガの討伐である。

 このオーガがそこいらの奴とは違う難敵のようだ。

 今まで四組のパーティが挑んだがいずれも返り討ちに遭っている。

 他のオーガとは毛色の違う存在であるらしく“森の王”などという呼び名が与えられるほどの強力な個体だ。


 そんな強敵に二人で挑むなど正気の沙汰とは思えないような蛮行なのだが、コリンはレジーナと冒険者稼業に励む過程でこういう困難な、だが実入りの多い依頼を率先して受注する妙な癖がついていた。

 事実、そういう困難を乗り越えることで短時間に大幅な成長をしてきたと自負もしている。


 そんなコリンはしたたかに思案する。

 最悪、あの異民は肉の盾にでもすれば良い。

 自分の強力な魔術の詠唱の時間さえ稼いでくれればそれでいい。

 “鉄”の冒険者なんぞに大きな期待は最初ハナから寄せていない。


 しかしコリンのシビアさなど露も知らず、クルスはコリンの顔を覗きこんだ。


「先輩、歩くの遅くないか? 体調が悪いんじゃあないか?」


 などと心配そうにのたまってくる。

 別にコリンの歩行ペースが遅いわけではない。


 コリンは非力で体力に劣る魔導師ではあるが、レジーナと共に冒険を重ねることでだいぶ体力もついた。

 単にこの異民が速いだけである。


「そう言う後輩は随分歩くのが速いね。そんなに生き急いで楽しいかい?」

「別に生き急いでるつもりはないんだけどな。まあいい、少しペースを落とそう」


 コリンの嫌味をあっさりと受け流しこちらにペースを合わせてくる異民。

 これではどっちが先輩だかわからない。



 しばらく二人が街道を進むと目的の森が見えてくる。

 が、その前にマルテの森を監視しているという小屋に立ち寄る事にする。

 何か情報を得られるかもしれないからだ。


 その小屋が見えてきたあたりでクルスの表情が変わる。

 クルスの変化を見て取ったコリンが尋ねた。


「どうしたの、クルス? 顔が強張ってるよ?」

「いや……なんでもないよ。……なんでもない」


 明らかに“なんでもある”表情だったが、あえて無視するコリン。

 こんなところで浪費している時間は無い。


「こんにちは、衛兵の方はいらっしゃいますか?」


 コリンが戸外から声をかけると衛兵と思しき男が出てきた。


「あーあんたらが依頼を受けた冒険者か? こんな辺鄙なところによく来たな」

「“森の王”の最近の動きは?」

「最近は比較的おとなしいな。奴の悪名が轟いてからは人間は近付かないからな。ただ連中の餌となる森の動物が居なくなれば、どうなるかわからんな」

「日中はどこに居るか分かりませんか?」

「ずっと監視しているが流石にそこまではわからんよ。だがねぐらは一箇所だけじゃないように思える」

「それはどうして?」

「時折、動物の悲鳴が聞こえるんだがその位置が近くなったり遠くなったり、まちまちなのさ。ゴブリン共を従えて移動している証拠だ」

「なるほど、貴重な情報をありがとう」

「なあに、仕事だからな。二人ぽっちで奴を討伐できるとは思わないが、せいぜい頑張れよ」

「すぐに吉報を届けましょう」


 そう自信満々にコリンが宣言したところで、小屋の奥から声がした。


「う”う……何だ? 客か?」


 その声を聞いた衛兵はウンザリした様子で小屋の奥に向かって怒鳴る


「ったく今頃起きやがったのかよ……この酔っ払いが。さっさと家に帰んなテイラー! カミさん待ってるぞ!」

「うるせえなー。言われなくても水飲んだら帰るよ」


 会話の後に衛兵はコリンとクルスに謝罪した。


「悪いな、あいつは夜勤の奴でな。疲れて寝てやがったのさ」

「へぇ」


 衛兵は王都サイドニアから派遣されてきている。

 荒くれ者が多い冒険者と比べたら衛兵は職務に忠実な印象だったが、真面目な衛兵ばかりというわけでもないらしい。


 その時コリンは、ふと横を見て絶句する。

 隣では、小屋の奥に居る呑んだくれ兵士を視界に入れたクルスが、ダース単位で苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 そのクルスに気づいた呑んだくれが、顔を青くしてクルスに話しかけてきた。


「あれ? お、お前あの時の異民か? へぇ冒険者になったのか。よ、良かったじゃねえか……」


 なにか様子がおかしい。

 コリンはクルスから微量な殺気を感じ取った気がした。


 どうもこの呑んだくれの男は過去にクルスと縁があったようだ。

 それも悪縁が。


 クルスが笑みを浮かべながら返事をする。


「ええ、おかげさまで。“あの時は、たいへんお世話になりました”」


 満面の笑みを浮かべながらゾッとするような声色でクルスが告げる。

 尤も笑っているのは口元だけで目は一切笑っていない。

 良からぬ雰囲気を感じ取ったコリンは、さっさとこの場を辞するべきだと判断する。


「じ、じゃあ我々は森に向かいます」


 いささか強引に話を切り上げるコリン。

 それを見て真面目な方の衛兵も同調する


「あ、ああ。武運を祈っている」


 一方クルスはまだ、呑んだくれを睨んでいた。

 コリンはそんなクルスの手を取り無理矢理その場を離れる。


 小屋から距離を取ったところでコリンは切り出した。


「ふぅ、肝を冷やしたよ。一体何があったのさ?」


 コリンの問いかけを聞いたクルスは先ほど見せた殺気はどこへやら。

 神妙な顔つきでコリンに謝罪する。


「すまない先輩。気を使わせた」

「そういうのはいいからさ。なんであんなに怒ってたのか聞かせてよ」


 コリンがそう言うと、クルスはため息を一つついてから話し始める。


「俺がこの大陸に流れ着いたのが丁度この辺りなんだ。あのマルテの森から命からがら逃げ延びてそこの小屋に助けを求めたんだけど、眠った隙に奴隷商人に売られた。その時に当直で居たのが、あの呑んだくれさ」

「……」


 クルスの尋常じゃない怒りの理由がわかった。

 だが彼にかける言葉が中々見つからないコリン。

 そしてクルスは話を続ける。


「奴隷として売られた先では酷い扱いを受けたよ。散々殴られて死に掛けたし、そういう時には俺を売った衛兵を恨んだりもした」

「……」

「でも彼らの立場も分かるんだよ。いきなり言葉も通じない奴がやってきて、そりゃどうすればいいかわからないさ。彼らにだって生活があるし、見ず知らずの異民なんか世話してる余裕もないだろうって事はわかってるんだ。わかってるんだけど……」

「…………」

「あーいや、コリンには関係のない事だったな。気にしないでくれ」


 コリンは少しこのクルスという男を誤解していた気がする。

 拳闘会の時に見せた容赦の無い機械じみた戦い振りから、もっと冷酷で血の通っていない人物像を想像してしまっていた。


 だが今目の前でうまく清算できない感情をぶちまけている男の姿はじつに人間味に溢れていた。

 こいつを肉壁にするのはやめよう。

 寝覚めが悪そうだ。

 コリンは思いなおした。


「今は」


 きっぱりとコリンは言う。


「ん?」

「今は、目の前の依頼に集中しよう。クルスの身の上話の続きは依頼が終わって、気が向いたら聞いてあげるよ」


 クルスは一瞬呆けたような表情を浮かべるが、すぐに気を取り直す。


「そうだな。ありがとう先輩」


 それからしばらくは互いに無言のまま歩き続けたが、不思議と先ほどよりも空気は軽くなっていた。

 そして気付けば漆黒の森が目と鼻の先にある。


「さて、もう目の前が森なわけだけど」


 昼間でも漆黒に見える鬱蒼としたマルテの森。

 その森に入る前にコリンは先輩冒険者としてやっておかねばならないことがあった。


「わけだけど?」


 後輩が聞いてくる。


「森に入る前にお互いの手札を確認しておこう。敵は強力だ。こっちもちゃんと連携しないと勝てないと思う。だから切り札も全部明かすよ。いい?」

「異論はない」

「よし、まず僕の手持ちの魔術は、《火球》《氷壁》《水撃》主に使うのはこの三つなんだけど、今回は《暴風》と《雷陣》も使うかもしれない。敵は大型のオーガだから、なるべくなら詠唱が長いけど強力な《暴風》を当てたいね」

「他には?」

「後は、武器に魔力を纏わせるエンチャント系の魔術だね。といっても《魔刃》しか憶えてないけど。クルスは?」


 コリンが問いかけると後輩は手持ちの武器を実際に見せながら説明を始めた。


「俺の攻撃手段はまず、このショートソード、ターゲットシールド、予備のハンドアクス。魔術は《氷床》《風塵》《水撃》の三つ。基本的に《風塵》の勢いに乗って突撃することが多い」

「ふーん、補助系魔術しか憶えてないんだ。三つも使えるんなら攻撃系魔術師にもなれたのに。あ、でもそれだとソロがきついのか」

「そうだな。あと、魔術とは違うんだが《印術ルーン》というのが使える。」

「え、なにそれ。聞いたことないよ」

「これは、虚空に《しるし》を描くことで自身の身体能力を上げることができるものだ」

「へぇそんな術があるんだ。それは海の向こうの技術なの?」

「ああ、『プレアデス諸島』という場所に伝わっている」

「僕でも使える?」

「うーむ、わからん。試してみよう。俺のやったとおりに真似してくれ。《勝利》のルーンだ。身体能力をあげる」

「わかった。やってみる」


 クルスが指で刻む《しるし》を真似する。

 ルーンが成立した瞬間、クルスの体をほんの一瞬光が包む。

 一方、コリンには何も起こらない。


「やっぱり、プレアデスの精霊達に祈らないとダメみたいだな」

「そう。残念だけど、まぁいいや。僕が身体能力上げてもたかが知れてるし。それに敵に突っ込むのは前衛の仕事だもんね」

「それもそうだな。あと思い出したが、たぶん俺は“森の王”に一回遭ってる」

「ほんと?」

「ああ、でっかい大木をそのまんま投げてくるようなクレイジーな奴だ。それでマイカーがおしゃかになって……ってそんなことはどうでも良くてだな」


 まいかー。

 何のことだろう。

 クルスの発した謎の単語をひとまずは置いておくコリン。


「問題は奴は結構頭がいいってことだ。以前遭遇した時も俺の逃げた先にきっちりゴブリンを配置していた。統率も良くとれていたように見えた。奴らを倒すのはかなりの難題だぞ」

「ふーん、クルス。もしかしてゴブリンも殲滅しなきゃって考えてる?」

「ん? 違うのか?」

「依頼書をよく読んでごらんよ。あくまで僕らの仕事は凶悪なオーガ、通称“森の王”の討伐。他の事は一切書いてない」

「むう……」


 コリンの言葉を聞いたクルスは依頼書を確認して唸る。

 更にコリンは言葉を続けた。


「クルス。僕らは王様一体やっつけてあとは逃げちゃえばいいのさ。残った子鬼は他の人たちがそのうち狩ってくれるでしょ。そう聞けばこの依頼も簡単に思えるじゃない?」


 そう言うと先輩風を身にまとったコリンは余裕の笑みを浮かべたのだった。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月2日(火) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月28日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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