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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
23/327

23.先輩少年



 ドゥルセのギルドで依頼クエスト完遂の報告を済ませたクルスとデズモンドの二人。

 今日の戦果に気を良くしたデズモンドに呑みに誘われたクルスは彼の後に続く。


 二人はギルドに併設されてる酒場の席を見回すと、そこにデズモンドのパーティの弓使いイェシカの姿を見つけた。

 イェシカの居る席に近づくとイェシカが赤ら顔で文句を言ってきた。

 席では既にイェシカが数杯のジョッキを空にしていた。


「おっせーぞデズモンド! 依頼の成果報告にどんだけかかってんだよ!」

「いや、しょうがないだろ……こいつの昇格もあったし」


 そう言ってデズモンドはクルスの“鉄”タグを指差す。


「あ、結局そいつも呑みに誘ったのかよ? てか、あれ? さっき“錆び”だったよね? あんた」


 憶えてないのか。

 クルスは困惑する。


 だが次の瞬間クルスは彼女の設定を思い出した。

 イェシカは“酒好きだけど弱い”という面倒くさい性格の設定だった。


「はい、ついさっき昇格しまして」


 イェシカに昇格の事を伝えるクルス。

 すると何故かデズモンドが鼻を高くしながら言った。


「こいつたった二日で“鉄”に上がったんだぜ。すげぇだろ?」


 我が事のようにイェシカに自慢するデズモンドだったが、イェシカの態度は冷ややかだ。


「ふん。そいつの実力じゃなくて、あんたのおかげだろ? デズモンド」

「んなことねぇよ。こいつは俺の力なんかなくても余裕で“鉄”に上がれる実力はあった。俺はそれを後ろから押してやっただけだ。さっさとこっち側に来て欲しかったからな」


 随分、買われたものだ。

 内心では誇らしく思っていたクルスだったが、それを表情に出すのは控えた。

 調子に乗っていると思われたくなかったのである。


 一方イェシカはデズモンドに対して持論を述べ始めた。


「いやいや、そんな事はどうでもいいのさ。そいつの実力が事実だろうが嘘だろうが、そんなことはどうでもいい」


 デズモンドの評価をばっさり切り捨てるイェシカ。

 それに不服らしいデズモンドが理由を尋ねる。


「イェシカ、そりゃどういう意味だ?」

「いいかい、そいつがあんたと依頼をこなしていって、どんどん昇格していったとするよな。そうすると周りの連中はこう評価するはずだ。“あの新人はベテランのケツおっかけて、労せず昇格した”ってな」

「……むう」

「ギルド内だけの評価ならそれでもいいさ。でもギルドの外にまでそういう悪評が広まっちまったら、そいつにとって良くない事さ。指名依頼なんかは、まず入らないだろうね」


 指名依頼とは依頼主が冒険者を直接指名する依頼だ。

 困難なものも多いが同時に割のいい仕事も多い。


 更にイェシカはまくし立てる。


「あんたがそいつを気にかけてるのはわかったよ、デズモンド。でもね、だからといって過保護になっちゃあいけないよ。その結果のしわ寄せはそいつにいくんだからね」

「ああ、言われんでもわかってるさ。元々パーティのメンツが帰ってくるまでの繋ぎの予定だったからな」

「わかってるなら良いのさ。優秀な新人が不当な扱いを受けるのは見ていて、気分がいいもんじゃないからね。ほれ黒髪、ぼけーっとしてないで、あんたも呑みな」


 イェシカの言葉に聞き入ってたクルスはハッとして返事をする。


「あっ、はい。どうも」

「おう呑め呑め。あ、でも一つだけ忠告しておくけど、二日で“鉄”になったからってうぬぼれちゃあいけないよ。世の中にはギルド登録初日に“銅”なった奴だっているんだからね」


 “銅”は“鉄”の次のランクだ。

 一日で昇格するとなると、どれほどの死線をくぐらなければならないか想像できない。

 

 そんな奴がいるのか。

 誰だろう。

 クルスが疑問に思っているとデズモンドがイェシカに確認する。


「ああ、それってあいつだろ? あの赤毛女」

「そう、赤毛のレジーナ。あのクソ忌々しい脳筋女め。人の獲物全部横からもっていきやがって……」


 クルスも知ってる奴だった。

 その上、散々な言われようである。


 レジーナとイェシカは作中では特に仲が悪い設定では無かったはずだが、しかし現実的に考えて商売敵となる冒険者同士はそこまで良好な関係では無いだろう。


 クルスが作中の人間関係について思いを巡らせているとデズモンドがクルスに話しかけて来る。


「まぁ何にせよ俺がお前を手伝うのは今日一日で一旦中止だ。また組みたければ最低でも“銅”までは自力で登って来い」

「はい、一日だけでも組んでくれて感謝しています。異民の俺はどうも他の人から避けられているようですし」

「それもまた世知辛い話だな。どうしても組む奴が居なかったら“錆び”のパーティつかまえて強引に入っちまえ。自分達より格上なら無碍むげにし辛いだろ」

「最後の手段として憶えておきます」


 その時バタン、と音がした。

 見ると、イェシカが意識を失うように眠りに落ちていた。

 それを見て呆れたような声を上げるデズモンド。


「あーあ、今日は早かったな。一人でしばらく呑んでたみたいだから、その間に酔いが廻っちまったのか。しっかしよ、あんだけはっきりとした調子で喋ってたのに明日には全部忘れてんだぜ」

「えっ嘘でしょ。最初そんなに酔ってないように見えましたけど」

「それがこいつの酔い方の特徴なんだな。面倒だろうけど明日以降会った時に、お前の事を憶えてなかったら、また自己紹介してやってくれ」


 デズモンドはこんなのと長い付き合いをしている苦労人であった。




-----------------------




 酒場から戻り、宿に帰ったクルスは思考する。


 さて、明日からの計画を練らねばならない。

 デズモンドとはあと数日くらいは組めると思っていたのだが、当てが外れてしまった。


 とりあえずは危険性の低い依頼を受けつつ、地道に貢献点を稼いでいく他ないだろう。

 やはり採取系か無難だろうか。

 しかし昇格に必要な貢献点はランクが高くなるほどに増えていく。


 ソロの採取系で“銅”までどのくらいかかるかは予想もつかない。

 多少のリスクを承知で討伐依頼でもやってみるべきだろうか


 クルスは熟考した。

 今日の討伐依頼での感触から見るにソロでもはぐれの個体の討伐なら、やれなくもなさそうな気がした。

 魔物の巣穴に乗り込むような依頼と比べると点数は低いものの、それでも危険が絡むぶん採取系よりはマシなはずだ。


 明日は朝一番にギルドに行って依頼を確認しよう。

 自分でもできそうな討伐依頼があったら真っ先に確保しなければ。

 クルスは決意した。




 翌朝クルスは冒険者ギルドに顔を出す。

 ギルドは朝が一番込み合う。

 朝一番に依頼を確保したいと考える冒険者が多い為だ。


 今までクルスはそういう込み合う時間を避けてきた。

 旨みのある依頼を受けたくても、どうせ“錆び”だから危険性のある依頼は受付ではじかれる。


 それに加えて異民であるクルスによからぬ感情を抱いている者も居るだろう。

 クルスとしても無用なトラブルを避けたかった。


 だが、おいしい依頼を受けたいという欲求がクルスに芽生え始めると、そうも言っていられない。

 

 周りの目など知るか。

 一番おいしい依頼をとってやる。

 そう鼻息を荒くしてクルスはギルドに乗り込む。


 それに気づいた冒険者達の視線がクルスに突き刺さる。

 なにやらヒソヒソ話をしているようだ。


「あいつ知ってるか?」

「なんだあの黒髪」

「けっ……。“鉄”かよ」


 などという声が聞こえてくるが気にせず掲示板に張り出されている依頼を見る。

 そうして吟味していると不意に背後から声をかけられた。


「おい、異民」


 聞き覚えのある少年の声だ。

 声の方を見ると、特徴的なとんがり帽子が目に入る。


 レジーナの相棒の魔術師の少年であるコリンだ。

 この少年はクルスがレジーナを絞め落としたのを目撃して以来、妙に風当たりが強い。


 しかしなぜこんなところに。

 普段は王都サイドニアで活動していると聞いたが。

 そう思ったクルスはコリンに尋ねる。


「おや、また会ったな、少年。相棒はどうした?」

「……ねてる。王都で」

「何だって? また酒か?」

「いや今度は違う。毒にやられた」

「毒? 何の毒だ?」

「マンティコア」


 マンティコアはトラやライオンなどのネコ科の大型肉食動物のような胴体に、人間に似た頭部がついた怪物だ。

 俊敏な動きと尾についた毒性のある針が脅威である。

 随分な大物に手を出したものだ。

 二人で挑むには危険過ぎる標的である。


「そりゃ難儀なことだな。でも解毒はしたんだろ?」

「うん、でもしばらく動けない」


 マンティコアの毒は体内に長く残ることで知られている。

 治癒の奇跡でも治せるが、すぐにぶり返してしまう。

 結局は解毒剤を継続的に処方するのが最も効率的なのだ。


「なるほど、それで一人なのか」

「うん」

「で、俺に何か用か? 世間話をしにきたってわけじゃないんだろ?」

「異民。僕と組め」


 そのとき、クルスの目にコリンの持っている依頼書が見えた。

 掲示板から剥ぎ取ったものだろう。

 “凶悪なオーガの討伐”などという剣呑な文字が見える。


 よし、辞退しよう。

 クルスの決断は迅速であった。


「悪いが少年、その依頼は……」


 危険すぎる、と言いかけたところでコリンが割り込んでくる。


「そこをなんとか! な? 頼むよ。な? 相棒が動けないからある程度ドカンと稼いでおかなくちゃ、やばいんだよ」


 オーガと対峙するとなると、一歩間違えばこっちが“ドカン”となりそうだ。

 そう思ったクルスは難色を示す。


「いやだってオーガだろ? そんなのベテランに任せとけよ。俺はまだぺーぺーの素人だし……」

「そう言わずに! な? それにお前だって困ってるんじゃないのか? 異民と組んでくれる物好きなんて、そう居ないだろ?」

「……」


 このガキ、なかなか痛いところをついてくる。

 確かにコリンのいうことも一理ある。

 目下ソロを強要されているクルスにとって、組んでくれる人間というのはたいへんに貴重な存在だ。


 それにこの依頼も危険は大きいがそのぶん報酬も多い依頼だ。

 貢献点は稼げるだろう。

 ここはリスクをとってでもリターンを求めるべき局面かもしれない。

 

 そう考えたクルスはコリンに告げる。


「わかったよ、組もう。よろしくな、“銅”の先輩」


 すると先輩呼びに気分を良くしたのか、コリンが今日はじめて笑顔を見せた。


「まかせろ、“鉄”の後輩!」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 5月1日(月) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月27日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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