22.二日と二週間
デズモンドから聞かされた異名をクルスは繰り返す。
「“毒針のダリル”……」
クルスにとってそれは寝耳に水の情報であった。
ダリルは確かに片田舎の農場の護衛には余る高い技量を有していたが、まさか殺し屋だったとは夢にも思わなかったのである。
クルスが言葉を失っているとデズモンドが話しかけてきた。
「まぁ、俺もそいつに会ったことはない。外見的特長と戦い方からの推測さ。今のは話半分で聞いてくれ」
「はい……」
「そんなに深刻に思うことは無いさクルス。農場では真面目に働いてたんだろ?」
「はい。とても気のいい奴で、色々助けてくれました」
「そうか。なら人違いか。よしんば本人だったとしても、改心して裏稼業からは足を洗ったってことなんだろうさ」
「そうですね。会う機会が有ったら、尋ねて見ます」
「気が向いたらでいいと思うぞ。本人としては、話したくない事だろうしな」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
今度ダリルに会うことがあったら時機を見て聞いてみよう。
と、クルスが考えているとデズモンドが動き出す
「さて、少しお喋りが過ぎたな。そろそろ行こうか」
「はい」
そして二人は行軍を再開する。
暗い洞窟を進みながら新たに二つの集団を片付けた。
ここまでのゴブリン討伐数は既に二十を超えている。
洞穴もそろそろ最深部であろうか。
クルスがそう思った時、足元でカランと乾いた音が鳴る。
一瞬、鳴子の様な罠を警戒したクルスだったが違った。
そこには人骨が無造作に転がっていたのだ。
「ふむ、これは……」
そう言いつつ白骨化した骸を検分するデズモンド。
クルスもその骸を観察した。
どうやら二人分の遺骨のようだ。
注意深く遺体を注視した時、傍に鈍く光る何かが見えた。
“錆び”のタグだ。
それを見てクルスは得心が行く。
この洞穴はロジャー達が攻略しようとしていたゴブリンの巣穴だ。
「アンナさんとロジャーさんのパーティメンバーですかね?」
「ああ、タグが残っていたのは僥倖だな。戦友に届けられる」
死者のタグは結局、見つからないことも多い。
そういう不明者は一年が経過した後に死亡扱いになる。
クルスはデズモンドに尋ねる。
「この先の上位個体にやられたんでしょうか?」
「いや、というよりは多くの雑魚に袋叩きにあって、その後に食われたんじゃなかろうか。上位個体はあまり死体で遊ばないと聞く」
「なるほど」
「いずれにせよ、とっとと片付けちまおうか。最深部は近い」
骸からタグを回収し、教会が販売する聖水を白骨にふりかける。
これでアンデッド化は防げるだろう。
二人が目指すは最深部。
細い通路から先の様子を伺うデズモンドとクルス。
見た先は広間のようになっており、ゴブリンが十体ほど確認できた。
真ん中に粗末な玉座のような椅子が置いてあり、そこに他のゴブリンとは雰囲気の違う個体が鎮座している。
あれが群れのボスだろうか。
その脇にはシャーマンと思しき個体が控えている。
その様子を視認した二人は小声で相談をする。
特にプランが浮かばなかったクルスはデズモンドに問いかけた。
「開けた場所での戦闘になりそうですけど、どうします?」
開けた場所となると今までの戦術は使えない。
デズモンドが二、三体引き付けたところで、それ以上の数に包囲されては意味がない。
「しょうがねぇ、アレを使うか」
デズモンドは腰の小物入れから何かを取り出す。
紅紫色の何かの粉末が入っている小瓶を取り出す。
「何ですかソレ?」
「これはな、とある植物を元に作られた非常に強力な眠り薬さ。一般にはあまり出回っていない植物を使っててな。俺らは“狸の小剣”って呼んでる。由来は知らんが」
“狸の小剣”?
はて、どこかで聞いたような…。
クルスは記憶の引き出しを探し回る。
その時クルスは思い出した。
おそらく“ムジナノカミソリ”の事だ。
“ムジナノカミソリ”はヒガンバナ科の有毒植物で、野生のものは絶滅したと考えられている。
ちなみに変種のキツネノカミソリは現在も、本州以南に自生している。
それを原料とした睡眠薬で敵を眠らせようという魂胆であろう。
その作戦に疑問を感じたクルスはその事をデズモンドに聞いてみた。
「でも閉鎖空間でそんな物を撒いたら、俺らにも効いちゃうんじゃないですか?」
「そこでお前の《風塵》だろ。粉末を敵方面に飛ばすんだ」
なるほど、この小瓶中の粉末を敵に向かって散布し、風向きを調整すれば敵だけに効果を発揮するというわけか。
デズモンドの意図を読んで作戦に納得したクルスは深く頷いた。
クルスの作戦了承を受けてデズモンドが告げる。
「よし、俺が広間の入り口で連中の注意を引こう。お前は俺の合図に合わせて小瓶を床に投げつけて、粉末を風で飛ばせ。それで連中はたちまちオネンネさ」
「了解です」
「ようし、やるか。くれぐれも俺を巻き込むなよ!」
そう言うとデズモンドは広間の入り口で、大盾を槍で叩き始めた。
さらにはゴブリン共に向かって何やら喚いている。
挑発しているのだ。
その様子を物陰からじっと伺うクルス。
デズモンドからの合図を待つ。
すぐにゴブリンが釣れた。
ボスとシャーマン以外の個体が突っ込んでくる。
「今だ!」
クルスはデズモンドの三歩先くらいの地面に小瓶を投擲。
ぱりん、という音を立てて中から粉末が舞い散る。
間髪入れず《風塵》を発動し敵陣に粉末をぶちまける。
その粉末を吸引したゴブリン達は一斉に昏倒した。
かなり即効性の強い薬のようだ。
しかし、奥に控える二体は違った。
シャーマンが舞い散る粉末を魔術《火球》で焼き払う。
あの二体だけは通常の方法で狩らねばならないようだ。
「チッ、気づいたか。まぁいい、周りの雑魚を無力化できただけ良しとしよう。おいクルス、雑魚達が目を覚まさない内に止めを刺しておけ。あの二匹の注意は引いておく」
「分かりました。すぐ援護に行きます」
「おう」
そう言い、前進するデズモンド。
クルスは手早く雑魚ゴブリン達に止めを刺してゆく。
ショートソードの切っ先を次々とゴブリンの喉元に立てていった。
一通り終わったところでゴブリンの一体が所持している武器が目に留まった。
中々に質の良さそうなハンドアクスだ。
クルスはショートソードの他に武器を持っていない。
他の装備やら宿代などで予算が消えてしまい、予備武器にまで手が廻らなかった。
剣が折れたらとっとと逃げようと割り切っていたが、思わぬ拾い物だ。
予備武器は持っておいて損は無いだろう。
早速、手斧を腰に差し孤軍奮闘するデズモンドの支援に向かう。
「来たか、クルス。といっても残り一匹になっちまったが」
クルスが到着した頃には、既にシャーマンの胴体には槍で穿たれた穴が開いており、そのまま絶命していた。
残るは群れのボスと思しき個体のみである。
最初から援護の必要など無かったようだ。
クルスはデズモンドに提案する。
「さっさと片しちゃいましょう」
「そうだな」
残っているゴブリンのボスを二人がかりで攻撃する。
もちろん二人には油断など微塵もなく、デズモンドが的確にボスを追い詰めクルスが止めを刺した。
「ふう、終わりましたね。ところでこのボスって分類上は何なんですかね。ゴブリンキングとかですかね?」
「いや、キングはもっと遥かに手強いよ。こいつは、そうさなぁ……キングへのなり掛けというか。まぁ未成熟な個体だったってことだな」
「なるほど、勉強になります」
クルスの言葉を聞いたデズモンドは表情を崩す。
「ははは! 死んでからは勉強できないからな。生きている内にやっとけよ!」
そう言ってベテラン冒険者は豪快に笑った。
そして洞窟を出て、ドゥルセの冒険者ギルドに戻ってきた二人。
その二人を待ち受けている人物が居た。
「あ! やーっと帰ってきたよ、デズモンド!」
見ると長身のエルフの女性が手招きしている。
このエルフ、イェシカはデズモンドのパーティの一員で弓の名手だ。
彼女もまた“銀”の冒険者である。
「何だお前、帰って来てたのか。イェシカ」
「あんたが寂しがってるといけないから副業を早めに切り上げてあげたってのに、当のあんたが遊びに行ってるんだもん」
「遊びじゃねぇよ。暇つぶしの訓練だ」
いいえ、討伐依頼です。
心の中で否定するクルス。
「そんなのたいして変わんねーよ。ん? ところでそこの“錆び”は誰だよ? そいつと遊んでたのか?」
「ああ、こいつはクルスっつってな。新米だけど面白そうな奴だから連れてった」
紹介を受けたクルスはイェシカに挨拶する。
「クルスと言います。よろしく」
「あ、そう。よろしく」
クルスにそっけなく返事した後で、イェシカは訝しげな表情をデズモンドに向ける。
「デズモンド、あんたが“錆び”風情に興味を引かれるなんてねぇ……」
「なんだよ、悪いかよ」
「別にぃ?」
そしてデズモンドはクルスに確認してきた。
「っていうかクルスよぉ、もう今日の戦果で“錆び”卒業じゃねぇか? 結構倒したろ、俺達」
「どうでしょう? メイベルさんに聞いてみないと何とも」
貢献点をいくら貯めたら昇格かという設定は、流石にクルスも憶えていなかった。
するとイェシカがギルド受付を指差しながら二人を急かした。
「とりあえずさ、デズモンド。さっさと報告してきちゃいなよ。あたしは先に酒場で呑んでるから」
「おう、わかった。すぐ行くから席とっといてくれ」
「あいよ」
メイベルの待つ受付へと向かう二人。
その姿に気づいたメイベルがにこやかに声をかけてくる。
「あ、おかえりなさい。どうでした? 首尾は」
「上々さ。ほれ」
そう言ってデズモンドは討伐の証であるゴブリンの犬歯をメイベルに渡す。
「うわ、大漁ですね」
「あと、これもな」
さらに犠牲者のタグも渡した。
「あ、この前の新人のですね。やっぱり新人さんには荷が重かった依頼ですね……」
「うん? そうか?」
デズモンドはそういって隣に居るクルスに視線を向ける。
するとメイベルが腑に落ちたような顔で頷いた。
「あ、そういえばクルスさんもド新人でしたね。風格あるから忘れてました」
「風格って……まだ二日目の若造ですよ。デズモンドさんのお陰です」
クルスがそう言うとデズモンドが茶化してくる。
「先輩を立てるのが上手いねぇ。クルス、お前出世するぜ」
「そうですかぁ?」
などと言っていると、メイベルが尋ねてくる。
「あ、そういえば貢献点はどうします? 二人で山分けちゃっていいですか?」
メイベルの言葉に身を乗り出すデズモンド。
「おうそうだな。どんくらいになった?」
「ええと、ちょっと待って下さいねー……うわ、クルスさんもう“鉄”だ。昇格早っ!」
「おっ良かったな。脱初心者だ」
何だか実感が湧かない。
ベテラン冒険者に寄生して不当に点を稼いでしまったような気がする。
少し後ろめたい気持ちになるクルス。
だがメイベルはそんなクルスの様子に気付かずにタグの準備に取り掛かった。
「じゃあ鉄のプレートのタグ用意しますから、ちょっと待っててくださいねー」
メイベルが特殊な器具でプレートを作成するのを待ってる間にクルスはデズモンドに話を振る。
「デズモンドさんの時は何日で“鉄”になったんですか?」
「ん? 俺の時はなぁ、結構かかったぞ。二週間くらいかな」
「ええっ、そうなんですか? 意外です」
「誰もがお前みたいに駆け足で上がれるもんじゃない。冒険者になりたての頃の俺は今ほど社交的じゃなかった。ずーっとソロで安い採取系の依頼をやってた。そら二週間かかるわな」
意外だった。
創造主クルスも知らないキャラ設定であるデズモンドの下積み時代の話だ。
ちょうどその時、クルスの新しいタグが完成した。
「ほい、できましたよー。古いタグは回収しますので私にくださーい」
メイベルに言われるままにタグの交換を済ませるクルス。
「そしてこれが今回の依頼の報酬です」
彼女から手渡された報酬を受け取る二人。
その時、入り口から一人の女性が現れる。
件の新人パーティの唯一の生き残り・アンナだ。
「あ、ちょうどアンナさんが来ましたね。アンナさーん」
そう言って手招きするメイベル。
アンナが駆け寄ってくる。
「はい、何ですかメイベルさん?」
「このお二人がお仲間のタグを回収してくれて、さらに仇も討ってくれましたよ」
二人の戦果をアンナに伝えるメイベル。
するとアンナは安堵したような表情を浮かべた。
「そうですか……これで私の仲間達も少しは浮かばれると思います。あ……」
アンナはクルスが腰に差しているハンドアクスに目を向ける。
クルスは彼女に問いかけた。
「この手斧はゴブリンの一体が持っていたのですが、もしかしてお仲間のですか?」
もしそうだとしたら彼女にとっては仲間の遺品だ。
返したほうが良いだろう。
クルスは腰からハンドアクスを抜こうとする。
しかしアンナはそれを制した。
「ええ、でもそれは貴方が持っていてください。私にはもう必要ありませんし、持ち主もきっとそれを望んでいるでしょう」
予備武器を予算不足で諦めたクルスにとっては非常に有難い話であった。
「では、ありがたく使わせていただきます」
会話が終わったところでメイベルが割り込んできた。
「それじゃあ、早速アンナさんには酒場の給仕をお願いしますね」
「はい、今日からよろしくお願いします」
それを聞いたデズモンドがアンナに問いかける。
「ん? なんだ嬢ちゃん、ここの酒場で働くのか?」
「はい。ここには辛い思い出があるから、故郷に帰ろうかと思いましたけど、それでも、私はここからやり直したいんです」
そう言うとアンナは寂しそうに、だが昨日よりは明るい表情で笑った。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 4月30日(日) の予定です。
ご期待ください。
※ 8月 9日 レイアウトを修正 一部文章を追加
※ 2月26日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。