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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第二章 Free Me From This World
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21.即席連携



「休暇で体が鈍ってきてな。ちょっと散歩に付き合ってくれや」


 ギルドに顔を出したクルスに唐突に告げられる“銀”級冒険者デズモンドからのお誘い。

 突然の呼びかけに一瞬面食らったクルスであったが、パーティの誘いなら大歓迎であった。


 彼にどういう意図があってのものかクルスにはわからないが、断る理由があるはずも無い。

 クルスは快諾する。


「ええ、喜んで」

「うむ。そうこなくちゃな」


 そう言うとデズモンドは依頼書をクルスに見せてくる。

 どうやらもう受ける依頼は決まっているようだった。


「で、今回受けようと思ってるのはコレなんだがな」


 クルスはその依頼書を注視する。

 その内容はゴブリンの討伐依頼であった。

 巣穴に篭った子鬼共を殲滅するという冒険者の力量が試される依頼であり、熟練者でも油断すると足元を掬われかねない危険な内容である。


 だがデズモンドにとってはこれも準備運動に過ぎないのだろうか。

 普通なら“散歩”という表現は出てこない。


 クルスはデズモンドに問いかける。


「はぁ……ええと俺とデズモンドさんの二人だけで?」


 敵の本陣に乗り込むのだ。

 子鬼どもの待ち伏せがほぼ確定しているといっても過言ではない。

 頭数は多い方が良いに決まっているのだが、デズモンドはきょとんとした顔でクルスに尋ねる。


「ん? 何だ、新米。盾役が俺じゃ不満か?」

「いえ、決してそういうわけじゃ……」


 クルスとてデズモンドの実力は知っている。

 この男はその辺のモブとは違いクルスが自分で設定した登場人物だ。


 その堅牢な守りから“城塞のデズモンド”という仇名あだなまで持っている優秀な盾役だ。

 だが彼には他に仲間がいてその仲間と普段はパーティを組んでいるはずであった。

 クルスはその事について質問する。


「デズモンドさんのパーティの他の方は?」

「ああ、あいつらは今、親元に帰ったりと副業したりとかで、こっちに戻ってくるまで一週間程はあるのさ」

「じゃあ今回の仕事は……」

「まぁ、暇つぶしも兼ねた軽めの訓練かな。俺にとっては」


 なるほど、どうやらこの男は本気で討伐依頼を二人で完遂するつもりのようだ。

 しかしデズモンドは“銀”持ちのベテランである。

 おそらく彼我の実力を見極める観察眼は持ち合わせているはずだ。

 ここは先輩冒険者であるデズモンドに乗っかるのもアリかもしれない。


 そう考えたクルスは首を縦に振る。


「分かりました。“銀”の戦い方を学ばせていただきます」

「お、殊勝な心がけだねぇ。よし、そうと決まればさっさと行くぞ」


 その後、巣穴攻略に必要と思われる回復薬やら松明、ロープ等の道具を補充する。

 いよいよクルスにとっては初となる討伐依頼である。

 場所は昨日チャポディアを採取した森から、北西に五キロほど進んだ所にある洞穴であった。


 その洞窟には特に異変もなく到着する事ができた。

 クルスとデズモンドは洞穴に入る前に戦術の打ち合わせを済ませる。


 基本は盾役のデズモンドが先行し、クルスはそれに追従。

 接敵した際には“まずデズモンドが敵の攻撃を引き付けて、その隙を突いてクルスが敵を仕留める”という段取りが決まった。


 そして二人組みの即席パーティはゴブリンの巣穴に乗り込んでゆく。





-----------------------





 大盾であるタワーシールドと短槍のショートスピアを構えながら先陣を切って洞穴を進むデズモンド。

 後ろからはターゲットシールドとショートソードで武装したクルスが油断の無い足取りで追従している。


 ただ漫然と追従してくるだけではなく、時折後方警戒もしているクルスの様子にデズモンドは満足する。


 そう、ここは敵の本陣。

 侵入者を挟撃する為の抜け道が掘られている事も珍しくない。


 そしてそういう抜け道は巧妙に隠蔽されているものだ。

 結局は常に背後に気を配る他ない。


 やはりこいつはそこらの勢いだけの新人共とは違い、ある種の慎重さを持っているようだった。

 それは冒険者には無くてはならない資質だ。

 それが無い者から順番に死んでゆくのがこの世界である。


 デズモンドがそう考えながら進んでゆくうちに、ようやくゴブリンと出くわす。

 数は三体。

 群れの斥候だろう。

 さて、この期待の新人君の戦闘技術のお手並み拝見だ。


 デズモンドに棍棒で殴りかかるゴブリン。

 だが彼のタワーシールドの前には無力である。

 子鬼の棍棒を難なく受け止めつつ敵の注意を引くデズモンド。


 その隙にクルスは何やら指で《しるし》を刻む。

 それはデズモンドの知らない術のようだ。


 妙な術を自身にかけたと思しきクルスは足元に《風塵》を発動させ、デズモンドを一足で飛び越える。

 そして頭上からゴブリンに襲い掛かった。


 クルスは頭上からの奇襲に反応できなかった個体をショートソードの一突きで始末した。

 着地の隙を狙ってゴブリンの一体が棍棒を振りかざすが、その攻撃を小盾でパリィしてからの一振りで切り捨てる。


 残る一体はデズモンドのスピアでフォローした。

 即席とは思えない完璧な連携だ。


 三体を片付けると後続の部隊と思しきゴブリンが五体。

 その内の一体はホブゴブリンだ。


 すかさずデズモンドは槍で盾を叩いて、音で気を引く。

 ゴブリンの注意が向いたところでクルスの前に出て、立ちはだかる。

 すぐにクルスも次の攻撃の準備に移る。


 先ほど同じ連携で攻撃を開始するクルス。

 頭上からの奇襲で一体を仕留めるが、今度は着地の隙を四体が狙う。


 しかしクルスは落ち着いて魔術《氷床》を発動。

 二体が足を滑らして隙を見せる。


 さらに一体の顔面に《水撃》を見舞い転等させる。

 残る一体が殴りかかってきたが、それを後ろに回避。


 その後シールドバッシュからの鋭い刺突で一体を仕留めた。

 デズモンドは《水撃》で転等した個体を手早く槍で突き殺し、これで二対三。


 手馴れた様子の侵入者に恐怖を感じたのか、ホブゴブリンが一歩後ずさった。

 その心理的動揺をデズモンドは見逃さない。


 今度はデズモンドから仕掛ける。

 大盾を構えながらホブに突進してそのまま体当たりをかますと、ホブを大盾で殴りたおす。

 その様子を見た残りの二体は逃走を試みるが、クルスの風塵突撃で敢え無く斃された。


 視界内の敵をすべて片付けた二人は周囲の様子を確認するが、この周辺にもう気配は無い。

 後の個体は奥に居るのだろう。

 束の間の静寂に息を整える二人。


 それにしてもこのクルスという男はなかなかに出来るようだ、とデズモンドは感心した。

 戦闘スタイル的にはショートソードによる刺突をメインに据えた技量剣士だ。


 更に三種の魔術を上手く運用して、搦め手とすることで戦術の幅を広げている。

 その魔術のチョイスも初心者が選びがちな派手な攻撃系の術には目もくれず、剣士の自分に必要な三つを見事に選んでいる。

 合理主義の塊のような男だ。


 そして気になるのは指で刻んだ《しるし》のような何か。

 デズモンドは何気ない風を装ってクルスに尋ねる。


「さっき指で、こうやって……なにか文字を刻んでいなかったか?」


 その質問にクルスは一瞬、ほんの一瞬、思案するような表情を浮かべて答えた。


「これは故郷に伝わるおまじないのようなもので、たいしたものじゃないんですよ」

「ふーむ、そうか」


 何か隠してやがるな、こいつ。

 そうデズモンドは直感する。


 だが、今日初めてパーティを組んだ奴を信用しろというのも無理な話だ。

 その《しるし》の秘密を教えてもらうのはまたの機会にしよう。

 そう考えたデズモンドは話題を変えてみる。


「それにしても、なかなか良い剣捌きだな。特に刺突だ。お前に剣の師はいるのか?」

「はい。お世話になった農場で護衛をやっていた人に教わりました」

「ふむ。俺も知っている人物かも知れない。名を聞いても良いか?」

「ダリルという男です」

「ふむ。ダリルか……ん?ダリル?」

「知っているのですか?」

「その男は、体格はお前と同じくらいか?」

「ええ、そうですが」

「それで、ショートソードなどではなく、エストックやスティレットのような刺剣の使い手ではないか?」

「はい、何でわかったんですか?」

「そうか、“あの”ダリルが今や農場の護衛ね。成程」

「え? “あの”?」

「俺も面識は無いんだが、噂なら知っている。本人からは何も聞いてないのか?」

「……何も聞いていません。あの、噂って?」


 クルスの問いかけにデズモンドは答えた。


「そいつは“毒針のダリル”と呼ばれた殺し屋だよ」




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 4月29日(木) の予定です。


ご期待ください。



※ 8月 9日  レイアウトを修正

※ 2月24日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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