表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
202/327

202.決戦



 夜空に青白く浮かぶ満天の月。


 まんまるとした月が夜のノアキスを照らす中、“赤い竜”レジーナと“黒い骨の竜”リチャードが向かい合っていた。


 月明かりに照らされて不気味なシルエットを形成しているリチャードを、レジーナは油断なく見つめる。

 レジーナは先ほどの町での戦闘では不覚をとってリチャードの体当たりをもろに喰らい、この大聖堂に吹っ飛ばされてしまった。


 だが、これは結果オーライである。

 そうレジーナは前向きに捉えた。


 この大聖堂付近には友軍はいないので思う存分暴れられる。

 こちらに向かってくるグスタフたちはレジーナの信頼できる仲間たちが抑えてくれていた。


 一対一の決闘だ。


 レジーナは大きく口を開けるとぐおおおおお、という咆哮をあげた。

 強烈な音圧によってビリビリと空気が振動するが、当然リチャードは怯まない。


 リチャードは雄たけびを返しながらこちらに突進してきた。

 レジーナは身構えて衝撃に備える。


 しかし今度は単純な体当たりではなかった。

 リチャードは地面を蹴って思いっきり跳躍する。


 そのままレジーナの体を飛び越えんばかりの勢いで宙を舞いながら、跳びヒザをぶち当ててくる。

 そのヒザ蹴りはレジーナの顔面にモロにヒットしたが、レジーナは構わずそのヒザをキャッチしてリチャードの右足全体を抱える。


 そして右足を抱えながらリチャードの体を、力の限り地面に叩きつけた。

 凄まじい衝撃が地中を伝わり、周りに散らばった瓦礫がふわっと浮き上がる。


 大きな衝撃を受けた事により、一時的に動きが止まったリチャード。

 その隙にレジーナは背中の翼を広げて風を巻き起こすと、垂直に飛翔した。


 そしてある程度の高さで羽ばたきを止める。

 浮力を失ったレジーナの巨体が重力に引き寄せられ地面に落下していく。


 その落下の勢いを利用したダイビング・フットスタンプをレジーナは仕掛けた。

 巨大な質量を誇るレジーナの勢いをつけた踏みつけ攻撃の威力は凄まじく、先ほどの捕獲投げ以上の地響きが大聖堂跡地を大きく揺らした。


 フットスタンプにより完全に動きを止めたリチャードに、トドメを刺すべくレジーナはさらに攻撃を加えようとする。

 大きく振りかぶって渾身のパウンドを叩き込もうとしたところで、突如リチャードが暴れ出した。


 彼の体を構成している骨の至る所から、尖ったスパイク状の鋭い突起がいくつも生えてくる。

 その突起の表面はギザギザと尖っていた。


 リチャードのスパイクに傷つけられ、思わず後退してしまうレジーナ。

 ゆっくりと立ち上がるリチャード。


 だがハリネズミのようにびっしりと隙間なく生えたスパイクは、彼自身の体も傷つけているようだった。

 苦しそうにもがきながらも、レジーナの方に殺気を向けるリチャード。


 おそらく敵はここで勝負を決めるつもりだ。

 リチャードのなりふり構わない行動を見てレジーナは直感する。

 そして勝負を決めなければならないのは彼女にも言えることであった。


 もう行動限界が近い。

 “赤い竜”の姿を維持できるのはあとわずかの時間だ。


 レジーナは大きく息を吸い込み火炎の息を吐き出す。

 リチャードはそれをかわすこと無くこちらに突っ込んできた。


 正面からまともに炎の息を浴びるリチャード。

 前進してきた彼の全身をレジーナの業火が包む。


 しかしリチャードは動きを止めることなく、炎に包まれながらレジーナに抱きついてきた。

 全身凶器と化したリチャードの“死の抱擁”だ。


 鋭利なスパイクで体中を深く傷つけられるレジーナ。

 だが肉を削るその痛みにも関わらず、レジーナは炎の息を吐き続ける。


 リチャードがレジーナを切り刻むのが先か、それともレジーナがリチャードを消し炭に変えるのが先か。

 先に諦めたほうが負けの根競べだ。


 二匹の竜はともに炎に包まれ、だんだんと形を失っていく。

 二人ともこれ以上の変異を維持できなかったのだ。 


 やがて火が消えると、そこにはどちらの竜のものかの区別もつかぬ灰の山ができていた。





-----------------------





 大急ぎで周辺のグスタフどもを片付けたコリン、イェルド、マルシアルの三人は急ぎ大聖堂のレジーナの元へと向かった。


 そして礼拝堂跡と思しき場所へたどり着いた時、燃え盛る二匹の竜を発見する。

 やがて火が消えて辺りにはおびただしい量の灰が残された。


「レジーナぁ!!」


 コリンが叫ぶ。

 そしてレジーナが居たと思しき場所へと駆け寄る。


「レジーナ、どこだよ! レジーナ!!」


 涙ぐみながら灰の山を掻き分けるコリン。

 だが彼女の体は見つからない。


 必死になってレジーナを探すコリンの傍にイェルドとマルシアルも寄って来た。


「コリン、手伝うぞ」

「うん! イェルドはそっち! おじじはあっちを探して!!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながらコリンは仲間に指示を飛ばす。

 必死に灰を掻き分けながら尚もレジーナに呼びかけた。


「レジーナァァァ!!! 返事しろよー!!」


 静けさを取り戻した礼拝堂跡にコリンの絶叫が響く。


 その時、少し離れたところから少しハスキーな女性の声が聞こえてきた。


「ったく。うるせえなコリン。ぴーぴー泣きやがって。あたしはまだ死んでねえよ」

「え?」


 コリンがその声の方を見ると、灰の山から女性の腕がにょきっと生えてきている。

 慌ててそこへ駆け寄り、腕を引っ張り上げた。


 そこには無事人間の姿に戻ったレジーナが居た。

 彼女は全身に大粒の汗をかき、辛そうだ。

 先の戦闘でかなり消耗したようだ。


「レジーナ……」

「へへへ、どーよ? あたしの戦いぶり。ゲホッゲホッ。“灰が肺に入”っちまった、へへへ」

「何くっだらない事言ってるんだよ!! ……ふふふ」


 レジーナのしょうもない駄洒落を聞いて、思わず笑みがこぼれるコリン。

 普段はこんな寒い洒落を言ったらぶん殴ってるところだったが、今この瞬間だったら彼女が何を言っても許せた。


 コリンはまだ体力が戻っていなさそうなレジーナに告げる。


「ちょっとそこで待ってて。レジーナ、二人を呼ぶから」

「ああ、頼む」

「おじじー! イェルドー! 居たよーー!!」


 二人に向かって叫ぶコリン。

 その声を聞いた仲間達がこちらに向かってくる。

 そしてコリンは再びレジーナの方に顔を向けたところで、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。


 レジーナの後ろの灰の山から、ゆっくりと男が立ち上がるのが見えた。

 全身に灰を被っていて姿は判然としない。


 その男は右手に刃渡りの長い刀を携えている。

 おそらくリチャード・ダーガーだ。


 コリンは反射的にレジーナの元に駆け寄りレジーナを突き飛ばす。


「レジーナ!! 危ない!!」


 コリンがそう言ってレジーナを手で突き飛ばした次の瞬間、左腕に激痛が走る。

 リチャードの刀に切断されたコリンの左腕が、宙を舞ったのであった。


「うあああっ!!」


 視界が赤く染まり、体の動悸が激しくなる。

 恐怖と痛みに屈したコリンはその場を動けない。


 そんなコリンを再び切りつけようとするリチャード。

 レジーナが咄嗟に迎撃しようとするが、消耗の激しい彼女はまだ足腰がふらふらで立ち上がれない。


 その時、イェルドの叫び声が聞こえた。


「コリン、レジーナ! 伏せろ!」


 コリンとレジーナが伏せたのを見て、イェルドは左手のランタンシールドに取り付けてある隠し散弾銃ショットガンをぶっ放す。

 リチャードはそれに反応し、銃撃をバックステップでかわした。

 その身のこなしから察するに彼はレジーナほど体力を消耗しておらず、おまけに剣の腕も立つようだ。


 リチャードが後退した隙に、イェルドはマルシアルに告げる。


「老マルシアル!! 二人を治療しろ!! 私が単騎にて時間稼ぎをする!!」

「任せろ」


 マルシアルが迅速にコリンの腕を布で圧迫して出血を抑え、そして《奇跡》の準備をする。


 一方のレジーナは再び立ち上がろうとした。

 だが彼女は相変わらず動けない。


「ざっけんな、イェルドてめえ! ひとりで格好つけてんじゃねえぞ! あたしだって……」

「フン……。私においしいところを持って行かれたくなければ、さっさと起き上がるのだな、レジーナ!」


 そう言って右手にレイピアを構えたイェルドは単身リチャードに斬りかかる。

 それを長刀で受け止めるリチャード。

 二人の剣閃が火花を散らす。


 コリンが痛みに歯を食いしばりながらイェルドの戦いに目を向けていると、隣のマルシアルが何事かを呟く。


「む? 何だ、これは?」

「どうしたの? おじじ」

「コリン、お前の傷が……治らん」

「え?」


 するとレジーナが震える手でリチャードの刀を指差す。


「見ろよ、あいつの刀。何か黒い瘴気を纏ってやがる。それで治癒が阻害されているかもしれねえ」


 言われてコリンも観察してみると、確かにリチャードの刀には何か黒い煙のようなものがまとわりついていた。

 その瘴気はプレアデスの呪術にも似た禍々しいものだった。


 コリンはマルシアルに告げる。


「おじじ、僕は後回しでいいよ。先にレジーナを」


 一方のレジーナはそれに反論した。


「何言ってんだ、コリン! お前の方が重症だ。お前が先だ!」

「いいや、そっちが先だ。……見なよ、イェルドが苦戦してる」


 リチャード相手に当初は互角以上に立ち回っていたイェルドだったが、だんだんその動きが鈍ってきた。

 彼の体には二箇所ほど刀が掠った傷があったが、そのかすり傷でもリチャードの妖刀の前では致命傷なのかもしれない。


 コリンの頼みを聞いたマルシアルは押し黙って考え込んだ後、レジーナに奇跡《超回復》を顕現させる。

 目が眩むような強烈な白い光がレジーナを包み込む。

 これは身体の回復力を大幅に引き上げるかわりに、しばらく経った後に反動で大きなダメージがくるという危険なものであった。


 顕現させた後のアフターケアもしっかりしないと危うい奇跡であるため、使用は推奨されていない珍しい奇跡だ。

 見る見るうちにレジーナの体に活力が戻っていく。


「ありがとよ、おじじ! コリンを頼むぜ!」


 そう言い残し駆け出そうとする彼女を、コリンは呼び止めた。


「レジーナ、ちょっと待って」

「あ? どうしたコリン」


 コリンは痛みに耐えながらも力を振り絞って、レジーナの剣“鉄板”と“マンゴーシュ”に魔術《魔刃》のエンチャントをかける。

 それはかつてクルスにもかけたことのある魔術だった。


 そしてコリンはレジーナに声をかける


「ほら、行ってきなよ。負けたら承知しないからね」

「へっ、わかってんよ。相棒」


 少しばかり目を潤わせたレジーナは、イェルドとリチャードが剣を交えている所へ駆けて行く。


 彼女を見送ったコリンは次の瞬間、気を失った。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月15日(月) の予定です。


ご期待ください。



※10月14日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月15日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ