201.世界で一番かっこいいネコ
ノアキス大聖堂近くの鐘楼から逃亡したハロルドだった追いついた。
後一歩のところまで追い詰めたかに思えたが、ハロルドは自分自身を何か良からぬものに変質させてしまったらしい。
ハロルドがミントを見てせせら笑う。
「さて、お仲間は“グスタフ”に気を取られているようだね。ミント」
「……」
彼の色白の肌は溶岩を連想させるような硬質なものへと変貌を遂げている。
そして体格も一回り大きくなり、赤く変色した目がギラついていた。
何かの薬品を飲み干して、ヒトならざるものに変異したハロルドは更に言葉を紡ぐ。
「決着をつけよう。一騎打ちだ」
悲壮な覚悟を滲ませたハロルドの言葉に、ミントは闘志を滾らせて答えた。
「望むところだっ!!」
叫び終わるなりミントは誘導式粘着爆弾を構え、玉を発射する。
立て続けに三発発射した玉はそれぞれハロルドの胴体と、右手そして左足にくっついた。
それを確認したミントは即座に爆薬を射出する。
中に入っている“双子石”が引き寄せあい、吸い寄せられながら爆薬が着弾する。
「やった……かな?」
爆発の際に発生した煙の中、目を凝らすミント。
すると煙の中から声がした。
「なるほどねぇ、フロストが言ってたのはコレかぁ。思ったより小賢しい武器を使ってるんだね、ミント」
そして煙が晴れる。
見ると爆発の衝撃で溶岩のような肌に多少のヒビこそ入っているものの、戦闘継続には支障は無さそうだ。
そしてハロルドは口が裂けんばかりにニタァと笑う。
「そっちがそんな武器を持ってるならこっちも対策しないとね、ああ、ナんだか楽しクなってきちゃッた」
そう言ってハロルドは両手の形を変化させる。
ボキボキとハロルドの腕の骨の砕ける音がしたかと思えば、どんどん腕の形状が変化していく。
右手はシンプルなロングソードのような形状に変化し、そして左手は堅牢なカイトシールドを思わせる形になった。
ロングソードもカイトシールドもハロルドの肌を覆っている黒い溶岩のような色合いではなく、白く輝くダイヤモンドのようだ。
「見ろよぉ、ミントぉ。綺麗ダろぉ? 知ッテるか? 灰とダイヤモンドは近しい存在ナんだぜ。お前ヲ殺した後デ、その遺骨も宝石にシテやるよ。へヘへ」
などと聞いてもいない雑学を饒舌に語るハロルド。
そして彼の表情を見る感じでは、だんだんと理性を失っているようだ。
ミントはハロルドの世迷言には答えず再び誘導式粘着爆弾を射出するが、すべてハロルドの盾によって防がれてしまう。
その盾は爆発をものともせず、傷一つついてはいなかった。
「ヒヒッ、効カないヨ~。残念だッたネ~、ミントぉ」
「……」
「サァて、今度ハこっちカラ行クぞっ!!」
ハロルドが見た目に似合わぬスピードで踏み込んでくる。
その速度を見たミントは一瞬で判断を下した。
効果が見込めなくなった誘導式粘着爆弾を投げ捨て、左手にダガーナイフを持ち右手にシックルを携えた。
師匠セシーリアに教わった小型武器二刀流だ。
そしてその武器二つに魔術《雷剣》でエンチャントを施すと自らも地を蹴って前に踏み込んだ。
火花を散らしながら、二人の刃が交錯する。
すれ違うようにしてお互いの斬撃がそれぞれの体を掠める。
シックルの湾曲した刃は盾をよけるようにしてハロルドの左手に当たり、ハロルドの剣はミントの頬をかすっていた。
硬質な体に変化したハロルドであったが《雷剣》の効果により、ハロルドにダメージは与えられているようだ。
一方ミントは、ハロルドに切りつけられた頬からまるで火で炙ったナイフで切られたかのような熱さを感じていた。
掠っただけでこれならば、まともに喰らってしまったらタダでは済まないだろう。
ハードな状況に顔が険しくなるミント。
対してハロルドはミントの攻撃を喰らった事に激怒している。
「グァァァ!! 痛いじゃネェェェカァ! ミントォォォ!」
まるで獣の咆哮のようなうなり声をあげながらミントの方に突っ込んでくる。
また一段階理性が吹っ飛んだハロルドの攻撃は、先ほどよりもさらに単純に真っ直ぐなものになっていた。
よって攻撃の軌道を読むのは、目の良いミントにとっては容易い。
だが問題は攻撃の速度が段々と上がっていることだった。
ぶんぶんと剣を振り回すハロルドに対して、かわすだけで精一杯になってゆくミント。
しかし勝機が無いわけでは無い。
このままずっと相手に攻めさせればその内攻め疲れを起こすかもしれない。
小柄なミントは持久力には自身が有った。
そう考えたミントはスタミナ切れを狙ってハロルドに攻めさせる。
まるでずっと終わらない剣舞でも踊っているかのように相手の攻撃を次々と避けるミント。
だがハロルドは相変わらずの速度を維持してミントに襲い掛かる。
しかしその刃は全てミントにかわされる。
こうして膠着したかに見えた状況だったが、意外な形で変化が訪れた。
突如として地響きが響き渡り、何かずしんすしんと近くを駆けてゆく。
そしてぐおおおという重厚な咆哮とともに、爆音のような音が町中に響いた。
次の瞬間“赤い竜”が大聖堂方面に吹っ飛ばされてゆくのが、ミントにも見えた
たった今聞こえてきた爆音はどうやら二匹の竜がぶつかり合った時の打撃音であったようだ。
レジーナの苦境を目の当たりにしてミントは一瞬集中を途切れさせてしまう。
一方のハロルドはリチャードの戦い振りにはまるで頓着せずに純粋にミントの命を狙う。
ハロルドの剣による刺突をステップしてかわそうとしたミントだったが、集中を欠いたせいで一瞬反応が遅れてしまった。
ハロルドのロングソードがミントの大腿部に突き刺さり、ミントの体に激痛が走る。
「うわあああ!!」
強烈な痛みと熱に涙を流しながら叫ぶミント。
そしてあまりの痛みにダガーとシックルを手から落としてしまう。
ミントの信条は“喰らわずにかわす”であり、実際に相手の攻撃をもらう事は稀だった。
よって痛みに対する耐性が低いのだ。
その様子を見たハロルドは勝利を確信したように下卑た笑みを浮かべると、ロングソードを両手で握る。
「ヒヒフフフ、終わリだよ。ミントォ」
そして両手持ちでロングソードを頭上に掲げると、それを勢い良く振り下ろした。
ミントは足を怪我しているので逃げることは出来ない。
剣が振り下ろされる瞬間、ミントは頭をフル回転させて打開策を探る。
何か、何か使えるものは無かったか。
必死に思考を巡らすミント。
考えながら左手で腰に差した道具類をまさぐる。
その時手が何かに触れた。
セシーリアにもらった小型武器の一つ、パリングダガーだ。
相手の武器攻撃を逸らす防御用途で用いられる短剣の一種だ。
ミントはセシーリアとの稽古の時の事を思い出しながらパリングダガーを振る。
相手の武器を絡め取るために付けられた突起を上手く使い、ミントはハロルドのロングソードによる攻撃を逸らした。
ミントの予期せぬ行動に面食らったハロルドは大きく体勢を崩した。
そして胴体がガラ空きになる。
ミントはその一瞬を逃さず素早くダガーを拾い上げ、ハロルドの胴体に突き刺した。
ハロルドの左胸に深々と刺さったダガーはハロルドの鼓動に合わせてどくどくと振動したが、やがてそれも弱くなる。
「ひどいよ……僕が何をしたっていうんだ……。僕はただ同胞たちのために進化したかっただけなのに……」
気付くとハロルドは元の黒髪の少年の姿へと戻っていた。
そして血を吐きながら仰向けに倒れる。
ごぼごぼと口から血を出しながら、涙を流すハロルド。
ミントは静かに答える。
「その為にボクや“おにいちゃん”を犠牲にしていいわけないだろ」
「はぁ? ……ふざけんなよ、クソ猫の寄生虫め、ニンゲン如きに飼い慣らされやがって……。ちきしょう、“あいつ”はまだ、来ないのか……」
「あいつ?」
問いかけるミントだったが、ハロルドはそれに答えずに虚空に手を伸ばす。
まるでそこに幸せが手に掴める形で存在しているかのように。
だがそこには当然ながら何も無く、彼の右手は空しく宙を握っただけだった。
「あ……ああ……あ」
小さな声で呻いた後で、ハロルドの手から力が無くなる。
そして彼の体は塩に変化して崩れ落ちた。
ハロルド・ダーガーの最期であった。
ミントが呆然としながらそれを見つめていると、後ろから声をかけられる。
「ミント!! 無事ですか!?」
ハルだった。
その後ろからはナゼール達もこちらに向かってきている。
どうやら彼らの方は“グスタフ”退治にキリをつけられたらしい。
「ハル……ボク、やったよ」
「ええ、勝負が決まった瞬間を見てました。ミント、あなたは本当に、世界で一番かっこいいネコかもしれません」
「はは、褒めても何も出ないよ」
「いえいえ、今ぐらいは褒めさせてくださいよ」
「それより、足がいたい……」
「おっと、そうでした。手当てをしましょう」
「うん」
「その間、レジーナさんの応援でもしてますか、フレーフレーって」
その時、大聖堂の方から“赤い竜”の咆哮が聞こえた。
ミントは宿敵ハロルドを倒した。
次は、レジーナの番だ。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 10月14日(日) の予定です。
ご期待ください。
※10月13日 後書きに次話更新日を追加
※ 6月14日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。