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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
200/327

200.戦友



 本格的に戦闘が始まったノアキスの町。

 日はとうに地平線に沈み、暗くなった大聖堂を星明りが静かに照らしている。

 その中で一人の女性が倒れている。


 ハロルドの私兵の一人であるキーラ・フロスト少尉だ。


 敵の『HL-426型』アンドロイド達に敗北して拘束された彼女は通信機インカムを奪われた後、大聖堂内に放置されていた。

 といってもただ放置されているわけではなく、両足を折られている。

 黒髪のアンドロイドに折られたのだ。


 アンドロイドはどういうわけか、フロストに対して尋常じゃない恨みを抱いているようであった。

 戦闘中はそれが何なのか気付けなかったが、ひょっとすると彼女は“あの時”船に乗っていた個体かもしれない。


 二年と数ヶ月ほど前、フロストがまだザルカのハロルドの私兵になる前のこと。

 プレアデス諸島沖で二隻の木造船を襲撃したあの時だ。

 あの時とはアンドロイドの容姿も変わっていたので、すぐには気付けなかったのだ。


 当然、マスターの仇の一人である自分をアンドロイドが許すわけが無いとフロストは考えた。

 ところが彼女はフロストの通信機を逆探知してハロルドの現在位置を特定すると、仲間を連れてさっさと外に出てしまった。


 アンドロイドは足を折られて地に這いつくばるフロストなぞもはや眼中になく、彼女の憎悪はハロルドへと一瞬で移行したようだ。

 鐘楼へと駆け出す彼女達を呆然と見送りながらも、ひとまずの脅威が去って安堵するフロスト。


 だが恐怖感が薄れると今度は足の激痛が鮮明になってきた。

 痛みに顔を歪めながらも、這いつくばって移動しようともがくフロスト。


 これ以上ないほどの屈辱であるが、しかしここでじっとしているわけにはいかない。

 今は平穏であるが、ここだっていつ戦場になるかわからないのだ。


 その時、不意に誰かに声をかけられる。


「戦士さま、大丈夫ですか?」


 声の方を見ると影武者の少年であった。

 彼を見上げながらフロストは答える。


「お前には、大丈夫に見えるのか?」

「いっ、いいえ。すみません」

「気にするな。それはそうと、頼みがある」


 フロストは額に大粒の汗を流しながら少年に懇願する。


「頼み?」

「ああ。回復薬をもし持っていたら、私にわけてくれないか」

「回復薬……ちょっと待って下さい。ええと……」


 フロストの頼みを聞いた少年は懐を探る。

 やがて彼は包みに入った丸薬を差し出してきた。


「あの、こんなのしか無いんですが……」

「これは?」

「僕が調合した手製の丸薬です。効能が出るまで時間がかかるし回復力も弱いですけど……」


 申し訳無さそうにうつむく少年。

 フロストは少年に告げる。


「いや、ありがたいよ。薬の調合が出来るなんて君は凄いな」

「い、いえ。僕は祖母から教わっただけで……」

「謙遜するな。これは、このまま飲めばいいのか?」

「あっ、はい。飲み込んで暫くすると効果が表れて自然治癒力が増します」

「そうか、ありがとう」


 そして丸薬を飲み干すと、段々と体がぽかぽかと暖かくなってくるような感覚を覚える。

 少年はフロストの汗をハンカチで拭きながら言った。


「しばらく安静にしてれば痛みも多少和らぐと思います。ただ、おそらく足に関してはこの丸薬だけでは完治しません」

「それでも助かるよ。ありがとう」


 フロストが少年に礼を述べたその時、大聖堂内に入ってくる者の足音が聞こえた。

 その不規則な音から察するに、音の主は足を引き摺っているようだ。


 途端に怯えた表情になる少年。

 フロストは小声で彼に“私を置いて逃げろ”と伝える。


 だが少年は首を横に振りフロストの傍を離れない。

 そうしている間にも足音はどんどん近付いてきて、ついにその姿が見えた。


 血まみれの兵士がこちらに足を引き摺りながら歩いてくる。

 その男はフロストと同期の兵士であった。

 彼にフロストは声をかける。


「バーンズ!」

「よお、フロスト。お互いみっともねえ姿になっちまったな。へへ……」


 力なく笑いながらこちらに歩み寄るバーンズ。

 そして彼は少年の方に顔を向けて、話を切り出す。


「お前が影武者か?」

「は、はい。そうです」

「そうか。実はハロルド様から頼まれごとがあってな」

「バルトロメウス様から?」

「ああ、お前をハロルド様の下に連れて来いって言われてるんだ。一緒についてきてくれるか?」

「もちろんです。でも僕なんかに一体何の用なんでしょう?」

「さぁな。とにかく行くぞ。時間がない」

「はい、でもフロストさんが……」


 そう言ってフロストに視線を送ってくる少年。

 フロストは少年を心配させまいと気丈に告げた。


「私の事は気にするな。行ってこい」

「で、でも……」

「いいから!!」

「……はい」


 少年がか細い声で返事をしたその時どさっ、という音とともにバーンズがうつ伏せに倒れこむ。

 倒れた彼は蒼白な顔で喉からひゅうひゅうと息を漏らしている。

 おそらく血を失い過ぎたのだろう。


「バーンズ!!」


 バーンズに声をかけるフロストだが、自分に出来ることは何も無い。

 フロストは少年に縋るような思いで尋ねた。


「おい、さっきの薬は? もう無いのか?」

「あなたにあげたので全部ですし、それに僕の薬じゃこんな大怪我は治せません。ごめんなさい……」


 顔を伏せて涙を流す少年。

 罪悪感と己の無力さを噛み締める彼に、フロストはかけるべき言葉が見つからない。


 その時、バーンズが口を開いた。


「しょう、ろうのち、かく、だ」


 それを聞いたフロストはバーンズに確認する。


「鐘楼の近く? そこにハロルド様が居るのか、バーンズ?」


 それに対する言葉での返答は無かったが、微かにバーンズの頭が上下したような気がした。

 頷いて肯定したのだ。


 そしてそのすぐ後、ゆっくりとバーンズの瞳孔が開いていく。

 バーンズの眼から意志や感情が抜け落ちて、筋肉が弛緩していくのがフロストにも見えた。


 こうして彼は事切れた。


 バーンズの最期を見届けたフロストは強い語調で少年に告げる。


「聞いたな? 行け!」

「で、でも」

「こいつの死を無駄にする気か? 早く行けよッ!!」


 日頃“冷血女”などと揶揄される彼女が感情を爆発させる。

 声の限り怒鳴って、少年を焚き付けた。


 その声に突き動かされるようにして、少年はゆっくりと歩を進める。

 最初は歩いて、段々と小走りに、そして全力で走り出した。


 走る少年の後姿を見送りながら、フロストはがっくりとうなだれる。

 付き合いの長いバーンズの死に何も思うところが無いわけはなく、戦友の死を静かに悼んだ。


 やがて足の痛みも少しは引いた頃合になって、フロストは自分に喝を入れると立ち上がろうとする。

 相変わらず激痛が伴うが、それでも騙し騙し歩けなくもない。

 こんなところでへばっていてはバーンズに笑われてしまう。


 大聖堂の壁を掴みながらどうにか姿勢を安定させると、そのまま壁伝いに歩き出した。

 そうして十歩ほどよちよちと歩き出したところで、突如まるで地震のように床が揺れる。


 激痛に顔を引きらせながらフロストが耐えていると、目の前の通路が衝撃とともに崩れ去った。

 凄まじい衝撃と土煙に遮られ何が起きたのかさっぱりわからなかったが、土煙が晴れるとフロストも状況を理解する。



 大通り付近で戦闘していた“黒い骨の竜”が“赤い竜”を大聖堂まで吹っ飛ばしたのだ。

 あともうちょっと位置がずれていたら自分も巻き込まれていたかもしれない。


 もはや完全に崩壊した礼拝堂跡地にて、二匹の竜が向かい合う。

 その姿を夜空に浮かぶ月が青白く幻想的に照らしていた。

 そして再び竜たちは戦いを始めた。


 フロストはその戦いを見届けることなく、その場を後にした。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月13日(土) の予定です。


ご期待ください。



※10月12日  後書きに次話更新日を追加

※ 6月13日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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