20.異民の憂鬱
「すみません、少々遅くなりました。」
酷く憔悴した様子で異民は到着が遅れた事を謝罪した。
が、そんな事はメイベルにとってはもはや些事であった。
よかった、帰ってきた。
これでこいつの親御さんからクレームは来ない!
やった!
天は私に味方した!
そう心の中でガッツポーズを決めつつ、だが顔には営業用スマイルを貼り付けてメイベルは声をかけた。
「良かった。ご無事で何よりです。それで、依頼の方はいかがでしたか?」
そうは言ったメイベルだったが、彼女には結果は見えていた。
どうせ見つからなかったのだろう。
到着が遅れたのは“成果なし”という事実をこの異民が受け入れられなかった為だ。
この見栄っ張りめ。
しかしメイベルの予想はアッサリと覆される。
「はい、これが依頼のチャポディアです。今回は五束納品します」
さも当然のように差し出された依頼品。
あれ?
おかしい。
正直なところ一束でも見つかれば御の字だと思って薦めた依頼であったが、五束だったら充分な戦果である。
だのに何故こいつは、こんなに浮かない顔をしているのか。
メイベルが不審に思っていると異民は依頼品とは別のものを差し出してくる。
「それと……これも」
続いて異民が渡してきた物は、ゴブリンの犬歯が四体分。
討伐の証だ。
「え、あの森でゴブリンと遭遇されたんですか?」
思わず身を乗り出して確認してしまうメイベル。
しばらく魔物の目撃情報が寄せられなかったので、あの森は安全だと思っていたが違ったらしい。
新米にきつい仕事を振ってしまった。
「はい……あと、これを……」
一体、今度は何だ。
そう思ってメイベルは差し出された物を見る。
血がついた“錆び”のタグ。
新米四人組の内の一人の物だ。
それを横で眺めていたデズモンドが口を挟んできた。
「ふむ。こいつの持ち主は、今どこに?」
「教会に……居ます。失礼、貴方は?」
「ああ、済まない。俺は非番の冒険者でな。デズモンドという」
「どうも、クルスです」
そこへ、新米四人組の内の一人アンナが蒼白な顔をしてやってきた。
「そのタグ……」
タグを食い入るように見つめてから、アンナはクルスに問いかけた。
「ロジャーは……、これの持ち主は、生きてますか……?」
一瞬、言葉を詰まらせたクルスだったが意を決したように告げる。
「ドゥルセの町へ運ぶ途中で……亡くなりました。遺体は教会に安置されています」
「あぁぁぁ……」
クルスの言葉を聞いたアンナが崩れ落ちる。
その落胆ぶりを見ていられなくなったメイベルが話を引き取った。
「クルスさん。そのロジャーさんって人はこのアンナさんのお仲間なんです。さらに他に二人の仲間がいた筈なんですが見かけましたか?」
「いえ、俺が見たのはロジャーさんだけです」
「そうですか……。その時はどんな状況だったんですか?」
「チャポディアを採っていたら悲鳴が聞こえて、そのすぐ後にゴブリンに襲われました。ゴブリンを片付けた後に悲鳴のあった所に行くと、ロジャーさんが倒れていました」
「その時はまだ息があったんですか?」
「はい、しかし俺は奇跡の使い手ではありません。回復薬と包帯で応急処置をして、町の神官様に診てもらおうと思って運んだのですが……」
「その途中で、力尽きたと」
「はい」
するとクルスの状況説明に疑問を抱いたらしいデズモンドが口を挟んでくる。
「ん? ちょっと待て。お前さん、見ず知らずの冒険者を森からここまで運んだのか?」
「え、はい。死体だったらタグだけ回収しようと思ったのですが、まだ生きていたので」
その言葉を聞いて、呆れたような表情を浮かべるデズモンド。
「随分、無茶な事をしたもんだな。重かっただろうに。それに、運んでる途中で襲われたらどうするつもりだったんだ?」
「いや、流石にそうなったら彼を置いて逃げますよ。そこまでの義理はないですし。でもそうならない限りは、なるべく助けようと思って」
「そうか、立派なことだ。本当に立派なことだよ」
「はぁ、有難うございます。あ、それとアンナさん?」
クルスはアンナに向かって言葉をかける。
「……はい」
「申し訳ないですが、お仲間の装備……遺品は森に置いてきました。一人で運べる重量ではなかったので」
「……いえ、こちらこそ、私の仲間が世話をかけました……」
そう述べたアンナは涙をぽろぽろと流していた。
遺品の引渡しが終わるとアンナはクルスに礼を言い、教会に向かっていった。
そこで仲間の遺体と対面するのだろう。
その背中には言い知れぬ侘しさが漂っていた。
その様子を見届けたメイベルはクルスに報酬を手渡す。
クルスは報酬を受け取ると、根城にしているという宿へと帰っていった。
それにしても、とメイベルは思い返す。
クルスという男を過小評価していたようだ。
まさか一人でゴブリン四体を退けるとは。
いやそれだけならまだしも、採取依頼も完璧にこなしている。
おそらくチャポディアの自生場所も事前にある程度調べて、当たりをつけていたに違いない。
おまけに途中で負傷した冒険者を拾って町まで担いで来るとは。
見た目からはそんなに筋力・体力があるように見えなかったが、意外と鍛錬を積んでいたのだろうか。
今まで様々な冒険者を見てきたメイベルだが、初仕事でここまでの成果を挙げる者は流石に珍しい。
冒険初心者らしからぬ超然とした佇まいを感じさせる。
もしかしたら大物に化けるかも知れない。
クルスは今日一日で結構な“貢献点”を稼いでいた。
貢献点は依頼達成や魔物討伐等で加算される。
さらには死傷者・行方不明者のタグ回収も貢献点の加算対象だ。
そうして一定の点数を貯めると昇格できる。
この分なら“錆び”卒業はすぐであろう。
次は“鉄”のタグだが、現時点で既に“銅”くらいの実力がありそうにメイベルには見える。
思案に明け暮れるメイベルに、デズモンドが話しかけてきた。
「期待の新人が来ちまったなぁ」
「ほんと、そうですね。最初は疫病神かと思いましたけど」
「あいつなら“銅”ならすぐだな。パーティに恵まれれば“銀”もいけるだろう」
デズモンドが太鼓判を押す。
随分な高評価だ。
「そうなって欲しいですけど、でも貴族なんだからすぐ辞めちゃいそう」
「そういや、さっきメイベルちゃんは“苦労知らずな貴族は嫌いだ”って言ってたけどな。あいつはかなりの苦労人だぞ」
「えっ、どうしてわかるんですか?」
「あいつの服の肩口の部分が少し破れててな。そこから焼印が見えた。おそらく解放奴隷って奴だろう」
「え、あいつ奴隷だったんですか?」
「ああ。自分で自分を買い戻したのか、それとも飼い主に自分の存在を認めさせたのかは分からんが、並大抵の事ではないだろうぜ。開放されるっていうのはな。しかも養子になって身分証書まで用意させてる。よっぽど信頼されてるんだろうよ」
「……ふぇぇ」
メイベルはなんだか恥ずかしくなってしまった。
苦労知らずの貴族のボンボンかと思いきや、自分の百倍は軽く苦労してそうな男だった。
明日からはもっと敬意をもって接しよう、と心に誓う。
「さてと、ほんじゃま、俺も宿に帰るかな」
「あれ? デズモンドさん、酒場で呑んでいくんじゃなかったんですか?」
「なに、気が変わっただけだ。そんじゃあな」
そう告げるとデズモンドはさっさと帰って行ってしまう。
どういう心境の変化だろうか。
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宿に帰ったクルスは手早く夕食を済ませると、早くに床に就いた。
今日は色々あったせいか、身体的にも精神的にも疲労が溜まっているようだった。
採取依頼をそつなくこなせた迄は良かったが、その後のゴブリン戦とロジャーの運搬は激務であった。
あのロジャーという冒険者の事を思い出す。
彼はかつてクルスが、マクニールにされた以上に痛めつけられていた。
一歩間違えば自分も彼のように無残な姿になっていたかもしれない。
冒険者を続けていたらいずれ、自分もああなるのだろうか。
そう考えると言いようの無い不安が襲ってくる。
やっぱりソロは危険過ぎるだろうか。
何か想定外の事が起きた時に、一人では対処できない可能性がでてくる。
今回の事例がまさにそうだ。
神官とパーティを組んでいれば、あの冒険者を救えたかもしれない。
クルスは奇跡を一切使えない。
ドゥルセの教会で適正を見てもらい、実際に祈りを捧げてもみたがダメだった。
どうやら自分は現代人らしく信仰心の欠片もないらしい。
冒険者を続ける以上やっぱり仲間は欲しい。
安心感が桁違いになるだろう。
しかし、少なくとも今は無理そうだった。
異民のクルスはただ町を歩くだけでも、通行人から避けられているフシがある。
実際、宿選びも苦労した。
いろいろ難癖をつけられ複数の宿に断られた後で、やっと見つけたのが今宿泊している安宿である。
一回、町中で衛兵に連行されそうになったこともあるくらいだ。
即刻ダラハイド男爵から貰った身分証を見せて黙らせたが。
こんな状態では、命を預ける冒険仲間が寄り付くとは思えない。
だが、冒険者としての格が上がれば、状況が変わるかもしれない。
“銀”いや、せめて“銅”くらいあれば、あるいは……。
それに、格が上がればクルスの当面の目的であるアイテム蒐集家、ジョー・バフェット伯爵との接触も叶う可能性が出てくる。
彼の持つ『生成の指輪』は、クルスにとって咽から手が出るほどに欲しい一品だ。
魔力を消費するが、自分の知識にあるモノを産み出すことが出来る。
手に入れた暁には『プレアデス諸島』の秘宝『ベヘモスの胃袋』や、『ルサールカ人工島』に存在する機械の一種である『HL-426型』でも作りたいものである。
それがあればクルスにとって、かなりの助けになること必至だろう。
そんなことを考えている内にクルスは眠りにつく。
明けて翌朝。
朝早くに冒険者ギルドを訪れるクルス。
「あ、クルスさん。おはようございます!」
受付嬢のメイベルが挨拶してくれる。
心なしか昨日より随分愛想が良い気がするのは気のせいだろうか。
クルスは彼女に話しかける。
「おはようございますメイベルさん。今日はどんな依頼がありますか?」
「あ、それなんですけどクルスさん。一時的にパーティを組む気はありますか? 実は、とある冒険者さんから指名がありまして」
「へ?」
まったく予想していない展開だ。
自分のような異民と組む物好きが居るのだろうか。
誰だろう。
クルスにはまったく心当たりがなかった。
その時、背後から声をかけられる。
「お、来たな。クルス」
振り返るとそこにはデズモンドが居た。
「休暇で体が鈍ってきてな。ちょっと散歩に付き合ってくれや」
そう言うと、デズモンドは豪放磊落な笑顔を見せた。
お読み頂きありがとうございます。
次話更新は 4月28日(木) の予定です。
ご期待ください。
※ 8月 9日 レイアウトを修正
※ 2月24日 一部文章を修正
物語展開に影響はありません。