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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
199/327

199.失敗作



 ノアキスを照らしていた夕日が傾き、辺りを薄闇が包み込み始めた。

 だが町は静かになるどころか、むしろこれから激動の時を迎えようとしている。


 ミントとハロルドが鐘楼付近で対峙しているその頃、ノアキスの地下ではレジーナ達がやきもきしながら待機していた。

 落ち着かない様子でその場をぐるぐると歩き回るレジーナ。


「おいおいおいおい!! さっきから戦闘音が聞こえてくんのにあいつら報告に来ねえじゃねえかよ! なぁ、もうあたしらも地上に出ちまおうぜ! な?」


 そう言って皆に同意を求めるレジーナだったが、マルシアルに跳ね除けられる。


「ダメだ! レジーナ、何の為に皆がわざわざ偵察に向かったと思っている? お前の消耗を少しでも抑えるためだ。じっとしてろ」

「でもよう、おじじ。皆が頑張ってるのに、あたしだけここでじっとしてるなんて出来そうにねえよ」

「耐えるのだ。もし負い目を感じるのなら、その感情を腹に溜め込んでおけ。それを竜になった時に爆発させるのだ」

「チッ、わかったよ……」


 レジーナが諦観して述べると、コリンがぽんぽんとレジーナの背中を叩く。


「レジーナ、あんまり気負うと動いてなくても消耗しちゃうよ。何なら肩でも揉んであげようか?」

「いや、いい。リラックスし過ぎるのも集中が途切れて良くねえ」


 その時、外の様子を窺っていたイェルドが口を開いた。


「お喋りはそこまでだ。そろそろ出番のようだぞ」


 その言葉のすぐ後、地上から馴染みの人物の声が聞こえてきた。

 チェルソの声だ。


「ごめん、みんな。お待たせ!」


 全力で走ってきたのだろう。

 息を切らしながら告げるチェルソにイェルドが問いかける。


「おや、一人か? 仲間はどうした?」

「それなんだけどね。“グスタフ”達と戦闘状態になっちゃって、こっちもてんやわんやなんだ」

「なんだと」

「でも安心してくれ。リチャードの居場所はわかったよ。町の大通りだ」


 チェルソの言葉を聞いたレジーナは鼻息を荒くする。


「よしきた。行くぞお前ら!! この戦いに……あたし達の物語にケリをつけるぞ!!」


 威勢良く吠えると拳を突き上げるレジーナ。

 そうして士気を高めた後、地上に出てノアキスの町を駆け抜けた。





---------------------




 ノアキスの大聖堂近くの鐘楼付近にて。


 アンドロイドのハルは仲間達とともにグスタフの群れと熾烈な戦いを繰り広げていた。

 だが戦闘中にも関わらず、ハルの胸中には気がかりな事がある。


 グスタフとの戦闘になった直後、憎き仇敵であるハロルド・ダーガーをまんまと取り逃がしてしまった。

 どさくさ紛れに逃走した敵を素早いミントが単身で追撃に向かったが、自分もついて行くべきだったかもしれない。

 今からでもミントの後を追って加勢するべきだろうか。


 いや、ミントを信じよう。

 彼はやる時はやるネコだ。

 ハルはそう思い直し、目の前の敵に集中する。


 この量産型のグスタフは以前ナブア村で戦った“トカゲの悪魔デーモン”に比べて二回りほど体格が小さい。

 だがその分動きは素早く攻撃も鋭い。


 おまけに斬撃を受け止める硬いウロコを有しており、近接戦闘型のナゼールはそれに手を焼いているようである。

 だがそんな彼を的確に援護しているのはドワーフ女ヘルガだ。


 ボレアレでハルがレジーナの訓練をしていた際に手が空いてヒマだった彼女は、オットー工房から譲り受けた回転式拳銃リボルバーをずっと改良……否、改悪していた。


 彼女は拳銃に込める弾丸に魔鉱ミスリルの欠片を込めて破壊力を著しく向上させたのだが、その弊害で射撃精度が大幅に悪化した。


 その精度を安定させるために銃身バレルを長くするが、今度は射撃時の反動が増加してしまう。

 強烈な威力ゆえに反動も凄まじく、気を抜いて撃つと肩を脱臼してしまうほどである。


 ならばと反動を抑える為のがっしりとしたストックを取り付けるが、そうなると今度は拳銃の利点であるコンパクトさが失われた。

 最終的にヘルガはコンセプトを火力偏重に完全に切り替えて、拳銃の利点を全てかなぐり捨てる決心をする。


 その結果出来上がったのは、ごついストックとアホみたいに長い銃身を備えたいびつな拳銃もどきであった。

 ヘルガはそれに愛着を込めて“失敗作”という名前を与えた。


 しかしながら“失敗作”の威力の高さは本物で、現に今も“グスタフ”相手に猛威を振るっている。

 強固なウロコを一撃で吹き飛ばし、地肌を露出させたグスタフをナゼールが曲剣で仕留めるという連携を確立させていた。


 一方のハルはヘルガの援護無しでもグスタフ相手に渡り合えている。

 《パイルバンカーE型》はグスタフと相性が良い武器であるからだ。

 ウロコを剥がさずとも直接杭を打ち込んで電流を流せるおかげで、効果的にダメージを与えられている。

 

 だがそれ以上にグスタフ戦で活躍しているのは呪術師レリアであった。


 かつて怪魚ウモッカを一撃で仕留めた呪術《毒霧》は対グスタフにおいても有効であった。

 レリアの放つ黒い霧に触れたグスタフが次々に溶けてゆく。

 《毒霧》は詠唱までの時間が長いのが欠点ではあるが、その隙を上手くナゼール達と連携して補っていた。


 こうしてグスタフの数を減らせているハル達であったが、順調に事が進んだのはここまでだった。

 ハルはふと強烈な殺気のような何かを感じ取り、後ろを振り返る。


 そこにはザルカ皇帝リチャードが変異した“黒い骨の竜”が居た。

 一向に侵入者を仕留められないグスタフどもに業を煮やしたのであろう。


 一瞬、気圧されたハルではあったが、すぐに闘志を取り戻し“黒い骨の竜”に向かっていくハル。


 ハルは骨の竜の体に《フックショット》を打ち込み一気に接近しようと画策するが、骨はグスタフのウロコとは比べ物にならない程の強度を有しており、フックが刺さらない。

 それでもどうにか接近して《パイルバンカーE型》による電撃を見舞うが、まるで効果が見られなかった。


 そして接近したハルに骨の竜がしっぽを振り回して襲い掛かってくる。

 目茶苦茶な軌道の尾撃はハルの視覚をもってしても動きを読むことが出来ず、その攻撃を喰らって吹っ飛んでしまうハル。


 その結果、脚部バランサーにダメージを負ってしまい一時的に自立歩行に支障が出てしまった。

 ぎこちない動きで何とか立ち上がろうとするハルに、骨の竜が襲い掛かる。


「ハルさん!!」


 ナゼールが心配そうな叫び声を上げるが、彼も目の前の敵に対処するだけで精一杯である。

 ハルが二度目の死を覚悟したその時、辺りに突如として強風が吹き荒れる。


 強風になびかれながらハルが後ろを振り返ると、そこには“赤いレッドドラゴン”が大きな翼を広げて仁王立ちしていた。


 その竜を見上げながらハルは呟く。


「まったく……。もっと早く来てくださいよ、レジーナさん」


 赤い竜へと変異を遂げたレジーナは再び骨の竜と対峙する。

 暫しの間じっとにらみ合う両者であったが、二体とも同じタイミングで歩を進めた。


 ずんずんと前進した二体の竜は真正面からぶつかり合う。

 お互いの手を掴み合い、がっしりと組み合うが力が拮抗しているようで両者一歩も譲らない。


 その動けない隙を狙ってレジーナに複数のグスタフが襲い掛かるが、そこへ彼女の冒険仲間たちが駆けつける。


 コリンが魔術《暴風》でレジーナに飛び掛るグスタフを吹き飛ばし、イェルドが散弾銃ショットガンでウロコを剥がしていく。

 そうして刃が通り易くなったグスタフにマルシアルが斧槍でトドメを刺して回っている。


 こちらもナゼール達同様に錬度の高い連携だ。

 マリネリス大陸最強の冒険者達の戦闘能力の高さは伊達ではなかった。


 彼らの戦いにハルが見とれていると、後ろから声をかけられる。

 レジーナ達を呼びに行っていたチェルソだった。


「ハルちゃん、大丈夫かい?」

「ええ、何とか。チェルソさん、ありがとうございます」

「足は? 動きそう?」

「今、自己修復プログラムを走らせています。あと一分ください」

「わかった」


 言いながらチェルソはハルを二体の竜から遠ざけるべく体を引っ張ってくれる。


「すみません、チェルソさん」

「いいって。それより見てごらん、ハルちゃん」

「え?」


 チェルソの指差す先をハルが見ると、サイドニアの兵士達が大通りの向こう側の門からなだれ込んでくるのが見えた。

 サイドニア軍が到着したのだ。


 丁度その時、ハルの脚部バランサーの再起動が完了する。

 それを確認したハルは勢い良く立ち上がった。


 そんなハルにチェルソが声をかけてきた。


「あれ? もう大丈夫なのかい?」

「ええ。『ナイツオブサイドニア』最終局面でおちおちサボってられませんからね」



 クルスの処女作『ナイツオブサイドニア』。

 その終幕の時が、刻一刻と近付いていた。



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月12日(金) の予定です。


ご期待ください。



※10月11日  後書きに次話更新日を追加 一部文章を修正

※ 6月12日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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