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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
198/327

198.渇望



 ノアキス大聖堂から歩いて数分の所に建つ、一際背の高い建物。

 町を一望できる大きな鐘楼だ。


 普段は刻を告げる鐘が鳴らされるその鐘楼だが、ノアキス陥落以来ずっと沈黙を保っていた。


 護衛役のバーンズ少尉とその部下二名を伴ってそこに昇ったハロルドは双眼鏡を構える。


 眼下では“グスタフ”が続々と変異を遂げて戦闘態勢を整えている。

 一方、皇帝リチャードが変異した“黒い骨の竜”は町の大通りの中央に鎮座し、静かに開戦の時を待っていた。


 ハロルドが町の様子を観察していると、大聖堂の方から微かに銃声が聞こえてきた。

 ハロルドはバーンズに声をかける。


「聞こえた? 今の」

「はい、マシンピストルの銃声ですね」

「どっかのバカが影武者に釣り上げられたかな。しかし随分早いな。どこから侵入したんだ? まだ敵の本隊は到着すらしていないのに」


 そう言ってハロルドは耳に装着した通信機インカムに手を伸ばす。


「フロスト少尉。報告を」


 だがハロルドの問いにフロストは応じない。

 これでは状況がさっぱりわからない。


「フロスト少尉?」


 尚も呼びかけるが応答が無い。

 ハロルドと同じく通信機の音声に聞き入っていたバーンズが言った。


「交戦中なのでは? 近接戦闘で通信する隙も無いとか」

「やれやれ……それってつまり劣勢ってことだろ?」


 本来ならフロストは奇襲により一方的に相手を排除する予定であった。

 それが失敗してるということは、彼女には困難な状況が訪れているに違いない。


「その可能性が強いですね」

「なんだよ、まーた負けるのかフロストは。何回失敗すれば気が済むんだろうね?」


 辛らつな事を言うハロルド。

 対してバーンズはフロストの肩をもつ。


「いえ、ハロルド様。あいつを庇うわけではないですが、さすがに礼拝堂の見張りが三名だけというのは少なすぎたのでは」

「なんだい少尉。僕が悪いってのかい?」

「いっいえ、決してそういうわけでは……」

「フン、冗談だよ。確かに人員をケチりすぎた。バーンズ少尉、待機させてる予備のドローンがあったろ。それで援護してあげなよ」

「了解しました」


 その時、通信機からフロストの声が聞こえてくる。


「こちら……フロスト」

「おっ少尉、よかった。無事かい?」

「いいえ」

「えっ?」


 そして通信機からガサガサと物音がして別の人物の声が聞こえてくる。


「おい、ハロルド! 来てやったぞ!!」


 それは寄生虫『トキソプラズマ』の化身と思われる自称ネコの少年の声だった。

 ハロルドは口の端をにやりと上げて返答する。


「やあ、トキソプラズマ。元気そうだね」

「ボクはミントだ!」

「ああ、そんな名前だったね。それで? 何の用? まさか僕に挨拶するためだけにわざわざフロストの無線を奪ったわけじゃないだろうね」


 嘲るようにハロルドは言い放つ。

 通信などしてこずに黙っていれば町に侵入したのがバレずに済んだのに、わざわざ連絡してくるのだから救えない。


 たいして頭の回らないネコが通信機を奪ったところで何の意味も無いようだ。

 文字通り、猫に小判だ。


 こんなネコに遅れをとるとは、まったくフロストも情けない。


 だがハロルドの甘い考えは即座に否定される。

 再びガサゴソと物音がして、話し手が交代した。


「ふうん、随分高いところに居るんだな。寄生虫」

「お前は……」

「そこで待ってろ。今駆除しに行く。マスターの弔いだ」


 そしてブツッと通信が切れた。


 何てこった。

 ハロルドは頭を抱える。


 怨念に満ちたその声の主はアンドロイドのハルだ。

 彼女はネコに無線で話をさせている隙にこちらの位置を逆探知していたのだ。


「バーンズ少尉! 敵が来る! 移動するぞ!」

「り、了解!!」


 慌てて鐘楼の階段を駆け下りるハロルドたち。


 今、この状況は大変まずい。

 軍勢の数的不利を少しでも解消するため、ザルカ軍の兵士たちはほぼ全員前線の持ち場に居る。


 ハロルドの護衛要員は最小限に抑えていたのだ。

 それを補うための策が影武者であり、それによって時間稼ぎができると踏んでいたのだが、この分だととっくに露見しているだろう。


 高い鐘楼の階段をぜえぜえと息を切らしながら駆け下りるハロルド。

 心臓が爆発しそうなほどに高鳴っているが、そんなことは意に介してはいられない。

 クルスの忘れ形見のアンドロイドと、クルスの飼い猫が徒党を組んでこちらにやって来るのだ。


 汗だくになりながらハロルドが鐘楼を降りると、そこにはネコ耳の少年を筆頭とした侵入者達が勢ぞろいしていた。

 彼らは鐘楼をぐるりと取り囲んでハロルドをじっと睨みつけている。

 絶体絶命の状況に顔面蒼白になりつつも、ハロルドは頭をフル回転させる。


 何か、何か使えるものは無かったか。

 必死に思考を巡らすハロルド。


 だがそれを邪魔するようにネコ耳の獣人族ライカンスロープミントが話しかけてくる。


「ここまでだ! ハロルド! 観念しろ!」

「嫌だね。僕はこんなところで終わるわけにはいかない」


 話しながら右手でポケットの中をまさぐる。

 その時手が何かに触れた。


 それは小さなガラスの小瓶だった。

 中にはドス黒い色の液体が入っている。

 その小瓶は最後の手段としてポケットに忍ばせておいたものだ。


 これは“グスタフ”研究の際に生まれた副産物で、人間を魔物へと変異させる効力を持っている。

 かつてこれを投与した邪教の信徒が王都サイドニアで大暴れして、そいつは“殺人鬼マーダー”と呼ばれたのだった。


 これを投与したが最後、もう人間には戻れない。

 だが、もうハロルドには選択の余地は無かった。


 ここでこいつらに殺されて消滅させられてしまっては、どの道ハロルドの悲願である種の進化は達成できない。

 ハロルドは覚悟を決めるとバーンズに告げた。


「バーンズ少尉、今から数秒間。何があっても僕を守れ」

「は?」


 ハロルドは一思いにその小瓶を噛み砕く。

 口の中をガラスで切ったが、もう痛みを気にしている余裕も無かった。


 その動きに気付いた侵入者達が各々の遠距離攻撃手段で妨害してくるが、時すでに遅くハロルドは薬品を嚥下し終わったところであった。

 バーンズの部下が身を挺して敵の攻撃を受け止め、そしてバーンズはハロルドを抱えながら腰に差したマグナム銃の《ウステンファルケ》を抜き放った。

 そして牽制射撃をしつつ鐘楼の影に隠れるバーンズ。


 その時、銃声に引き寄せられたのか周辺のグスタフが数体こちらに駆け寄ってくる。

 その迎撃に追われる侵入者たち。

 バーンズはそのどさくさに紛れて鐘楼付近からの離脱を図った。


 ハロルドを抱えながら脱兎の如く逃げ出すバーンズ。

 彼は走りながらもぐったりしたハロルドに話しかけてくる。


「ハロルド様!! ご無事ですか!? ハロルド様っ!!」


 切羽詰ったバーンズの声を朦朧とした頭で聞くハロルド。

 返事をしようとするハロルドだったが、頭がぼおっとして上手く言葉が出てこない。


 その時、走っていたバーンズの足が不自然に止まる。

 こつん、という音とともに何か小さな玉がこちらに飛んできた。


「な……んだこりゃ?」


 次の瞬間、まるで小さな玉を追いかけるように細長い筒がこちらに飛んできた。

 咄嗟にバーンズが《ウステンファルケ》で筒を狙う。

 銃弾が筒に当たった次の瞬間、耳をつんざく爆発音とともに衝撃で吹っ飛ばされるバーンズとハロルド。


 そういえばフロストが“ネコ耳の少年が新しいタイプのグレネードランチャーを所持している”とか言っていたが、それだろうか。

 とハロルドがぼんやりとした頭で考えていると、その考えの通りミントの声が聞こえてきた。


「もう逃げられないぞ、ハロルド」


 ミントの凛々しい立ち姿を見て、バーンズが小さく“くそっ”と呟く。

 血まみれの彼は爆発の衝撃で走れなくなっているようだ。


 一方のミントは満足に動けない様子のバーンズを無視してまっすぐハロルドに向かってくる。

 そして腰からダガーナイフを抜いてハロルドの前で立ち止まった。


「これで終わりだ。お前が居なくなった後で『世界の歪み』を正してやる」


 そしてミントはナイフを振りかざした。

 その瞬間、ハロルドの脳裏に渇望に似た感情が爆発する。



 生きたい。



 強烈な生への渇望に突き動かされたハロルドは反射的にナイフを手で受け止めた。

 ギィンという鈍い音を立ててミントのナイフは弾かれる。


「な!? ……んだよおまえ……人間じゃないのか?」


 驚愕に満ちた表情でハロルドを見つめるミント。

 その視線を受けながらハロルドはゆっくりと立ち上がった。


 漸く薬品が体に馴染んだようだ。

 そして段々と人間の思考が融解していくような感覚を覚えるハロルド。


 ふと自身の体を見ると肌は真っ黒い溶岩のように硬質化しており、自分が既に人間から離れた存在になったと悟る。


「は、ハロルド様……」


 背後からバーンズの掠れた声が聞こえてくる。

 ハロルドは人間としての意識が消える前にバーンズに指示を出した。


「バーンズ少尉、影武者のガキを探し出して至急ここにつれて来い」

「……は?」

「いいから! これがおそらく君への最後の指示だ。わかったら行け」

「了解……!」


 そう言って足を引き摺りながら、その場を後にするバーンズ。

 それを妨害しようとミントが駆け寄ろうとするが、その前にハロルドは立ち塞がった。


「さて、お仲間は“グスタフ”に気を取られているようだね。ミント」

「……」


 ミントの目をじっと見据えながらハロルドが言うと、ミントも視線を返してきた。

 ハロルドは更に言葉を紡ぐ。


決着けりをつけよう。一騎打ちだ」


 悲壮な覚悟を滲ませたハロルドの言葉に、ミントは闘志を滾らせて答えた。


「望むところだっ!!」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月11日(木) の予定です。


ご期待ください。



※10月10日  後書きに次話更新日を追加 

※ 6月11日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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