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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
196/327

196.影武者


 アルシアの森での戦闘から三日。


 図らずもザルカとサイドニア双方の切り札がいきなりの激突を果たした戦闘を経て、両軍は進軍に大分慎重になっていた。

 サイドニア側は“黒い骨の竜”と“グスタフ”を大いに警戒し、対するザルカはその“黒い骨の竜”を一蹴した“赤い竜”を恐れていた。


 そんな両軍のにらみ合いは尚も続き、今日も日は暮れてゆく。

 辺りを斜陽が橙色に染め上げ、ノアキスの町を鮮やかに照らしている。


 そんなもうじき暗闇の時間になろうかという頃合。

 崩落しかけのノアキス南門の外壁にて。


 ハロルドの私兵であるキーラ・フロスト少尉は、そこで外部からの侵入者がいないか目を光らせていた。

 ザルカ軍によるノアキス侵攻の際には“町から出る者を”狙っていたのに、今では逆に“町に入ろうとする者”を撃つ立場になったのは皮肉だろうか。


 そしてフロストは昨夜のハロルドの様子を思い出す。

 敵の奇襲から逃げ延びた彼は終始不機嫌で、フロストは再び眼を抉られるのではないかとヒヤヒヤしたものだ。


 ノアキス到着後すぐに皇帝リチャードと話をしたハロルドは、それが終わるなりフロストとバーンズを呼びつける。

 そして彼にしては珍しく言葉を荒げて両少尉を怒鳴りつけた。


 “弛んでるぞ、ゴミども!”

 “この給料泥棒が!”

 “次にしくじったらお前らもトカゲにしてやる”


 等々の叱咤激励を有難く頂戴したフロストとバーンズ。

 だが一通り喚き散らしたらハロルドも多少は落ち着いたようで、やがていつもの調子に戻り始める。


 平静を取り戻した彼は今後の作戦について語りだした。


 曰く、“敵の中で最大の脅威は赤い竜だ。こいつにはルサールカの近代兵器を用いても勝てるかどうか怪しい。そこで我々は赤い竜の取り巻きの冒険者どもを相手どって赤い竜を孤立させる”。

 といった内容の作戦だ。


 先のアルシアの森での戦闘で圧倒的な力を見せた敵の“赤い竜”。

 これに勝てる戦力があるとすればリチャードの“黒い骨の竜”だろう。


 もしくは“グスタフ”の群れだろうか。

 グスタフ一、二体程度では相手にならないだろうが物量で押せば実力差もひっくり返せるかもしれない。


 だが、そんな事は当然敵も把握していることだろう。

 あらゆる手段を使って“赤い竜”をサポートしてくるに違いない。


 自分達の仕事はそれを妨害することだ。

 今度は失敗しないようにしなければならない。

 次も目程度で済むとは到底思えなかった。


 暗澹たる思いでフロストが警戒を続けていると、突如としてサイレンが響き渡る。

 そのサイレンはハロルドがルサールカから持ち込んだもので、ノアキスの町に一定感覚で設置されている。


 サイレンがウーウーとけたたましい音を鳴らす。

 その直後、フロストが耳に装着している通信機インカムにバーンズの声が聞こえてきた。


「全部隊に通達。哨戒ドローンが接近する敵軍を確認。数は千程度と思われる。“赤い竜”は今だ確認できず。繰り返す……」


 どうやらバーンズの飛ばしていたドローンが敵を発見したらしい。

 そしてバーンズの通信が終わるなり今度はハロルドの声が響く。


 今回は皇帝リチャードが戦闘に集中したいとの意向で、ハロルドに指揮を委ねている。

 大抜擢とも言える大胆な采配であったが、不思議と反対するものは誰一人居なかった。


「聞いたな。総員配置に着け! “グスタフ”部隊は変異開始。敵一般兵を蹂躙した後で皇帝陛下の直掩ちょくえんに回れ! フロスト、バーンズ両少尉、並びにザルカ軍の指揮官クラスの将校たちは至急作戦本部に集合だ!」


 歳不相応に勇ましく告げるハロルド。

 その通信の直後、静寂を切り裂いて獣じみた咆哮がノアキスに響き渡る。

 リチャードとグスタフ隊が相次いで変異を開始したのだ。


 それを聞いたフロストも監視任務を中断し、外壁から移動を開始する。

 他の持ち場についている狙撃隊の部下達に無線で指示を出し、自らもハロルドの下に向かうフロスト。


 トカゲのバケモノどもがひしめく町中を走って移動し、大聖堂を目指すフロスト。

 その途中でリチャードが変異した“黒い骨の竜”に出くわす。


 黒い大きな体が夕日に照らされている様子は生物というよりも、モニュメントか何かに見えてしまう。

 彼が現在どのくらいの理性を残しているかフロストにはよくわからないが、とりあえず立ち止まってから敬礼をして脇を駆け抜けた。


 そしてフロストは急ぎハロルドの居る大聖堂の資料室へと歩を進める。

 臨時の作戦本部として用いられている資料室にはバーンズを始めとしたハロルドの私兵たち、そしてザルカ軍の指揮官クラスの連中が揃っていた。


 その中でハロルドは悠然と足を組んで座っている。

 そしてフロストの姿を認めると、バーンズに指示を出す。


「バーンズ少尉、説明を」

「了解」


 言うなりバーンズがタブレットデバイスを取り出しそこに映像を出力する。

 そこにはノアキス郊外を進軍する敵軍の姿が映し出されていた。


「見ての通り敵軍が進軍中です。が、接敵まではまだ時間があります。遅くとも日没前にはこちらに到着するでしょう。そしておそらくその数は千五百程度ではないかと思われます」


 などと先ほど出した見積もりよりも数を盛ってくるバーンズ。

 先ほどはあくまで速報だったので、数はアバウトに見積もったのだろう。


 それを聞いてハロルドが口を開いた。


「今回に関しては敵の数よりも重要な事がある。バーンズ少尉、“あいつ”は見つけたのか?」

「“赤い竜”はまだ発見できておりません。変異前の姿である赤毛の女の姿も確認できておりません。赤い竜は敵にとっての切り札ですから、ギリギリまで隠匿するものと思われます」


 などと自分の所見を述べるバーンズ。

 そこにフロストも自分の考えを付け足す。


「或いは別ルートを通るという事も……。我々がノアキスを落としたときのように……」


 それを聞いてハロルドは頷く。


「それは僕も考えている。目立つ軍勢を陽動にして、別ルートで忍び込ませた切り札の“竜種”で本陣を狙う。僕らがやった戦法の再現だね。あり得る話だ。だが……確証は無い。赤毛のレジーナは軍勢の一般兵にしれっと紛れ込んでいるかも」


 それを聞いてフロストも大いに頭を悩ませる。

 ハロルドの言う事は尤もで、敵の出方が完全に掴めたというわけではない。


 そこへザルカ正規軍の将校の一人がハロルドに尋ねる。


「ハロルド様、各門の防備は固めないのですか?」

「うん、必要ない」


 きっぱりと言い放つハロルドに対し、将校は不可解そうだ。

 たしかに常識的に言えば将校の感覚の方が正常である。


「それは一体何故?」

「敵の方が数が多いからさ。そんな状況で正面からまともにやり合っても最終的にはジリ貧になる見込みが強い。であるならば、敢えて敵を町に誘い入れて乱戦に持ち込んだほうが勝算が高いと判断した」


 作戦立案の理由を明朗に語るハロルド。

 ハロルドの言葉はまだ続く。


「それに想像してごらんよ。“グスタフ”とだだっ広い平地で戦うのと、逃げ場の少ない市街地で対峙するのと……敵兵はどっちの方が恐怖を感じるだろうねぇ?」

「それは、後者かと思われます」

「だろ? というわけで今回は市街戦だ。君たち指揮官は一般兵を上手く使って敵戦力を少しでも多く削ってくれ。但し積極的に仕掛けなくても良い。あくまでメインの戦力は“グスタフ”と皇帝陛下だ」

「はっ!!」


 そしてハロルドはすくっと椅子から立ち上がる。


「さてとここに引きこもってるだけじゃ戦況が把握し辛いね。僕は移動する。町全体を見渡せる鐘楼にだ。バーンズ少尉、君とその他に二、三名選抜して僕の護衛に回れ」

「了解」


 ハロルドは肉眼での戦況確認と、バーンズの操作するドローンでの情報収集を同時に行うつもりのようだった。

 そうして戦況を俯瞰し、最善の指示を出すのだろう。


 更にハロルドはフロストにも声をかける。


「それとフロスト少尉。君はここに残れ」

「待機……でありますか?」

「うん、実は僕の影武者を用意してある。といっても黒髪のカツラを被せただけの、ただのガキなんだけどね。とにかく、君はそいつが逃げないように見張っていてくれ」

「了解しました」

「そしてそいつを狙って来た敵を始末しろ。それが君の仕事だ」


 言い残し、ハロルドはバーンズ達を伴い足早に移動を開始する。

 その後、指揮官クラスの将校たちも持ち場につくと大聖堂に静寂が訪れる。


 フロストも部下を連れて行動を開始した。


 大聖堂の深奥に位置する礼拝堂に行くと、そこには仕立ての良い真っ白なローブを纏った十代の少年が居た。

 彼は崩れかけの礼拝堂の中央の台座に自身が持ち込んだ偶像を立てて、それに向かって祈りを捧げている。


「バルトロメウス様。どうか……どうか矮小なわたくしたちをお救いください」


 彼はどうやらハロルドが教祖を務めている邪教の信徒であるようだった。

 フロストは両手を組んで祈る少年に近付き、声をかけた。


「おい」

「あっ、あなたがバルトロメウス様の使わした戦士様ですか?」

「……まぁ、そんなところだ」

「そうですか、お会いできて光栄です」

「世辞はいらない。それよりその喋り方をやめろ」

「え?」

「役割を忘れたか? お前は今はハロルド様だ」


 それを聞いた少年は神妙な顔つきになり、頷く。


「そうでした……じゃない。そうだったね。君の事はなんて呼べばいいんだい?」


 語調の変化に少し驚くフロスト。

 おそらく影武者になると決まってから相当な練習を積んだのだろう。

 ハロルドを知らない者ならば百パーセント騙されるに違いない。


「フロスト少尉とお呼びください、ハロルド様」


 本来の役割を演じ始めた少年に合わせてフロストは丁寧な口調で答えた。

 そして少年はまるでハロルド本人のような動作で鷹揚に頷いた。


「わかった、フロスト少尉。君は持ち場に戻ってくれて構わないよ、暫く一人でここに居たい」

「了解しました」


 そう言ってその場を後にするフロスト。

 その後部下と分担して礼拝堂への侵入口を狙撃できるポイントに身を隠した。


 礼拝堂には本来の出入り口のほかにグスタフが開けた開口部が二箇所存在している。

 その三箇所の侵入経路をフロスト達で見張るのだ。


 わかりやすい撒き餌である影武者の少年だが、敵は果たしてこれに引っかかってくれるだろうか。

 彼の存在によってハロルド本人の安全が確保されている事を願う他ない。


 そう思いじっと身を隠すフロスト。

 敵軍が到着するのはもう少し先ではあるが、彼女に油断は無かった。

 先の戦闘では敵の奇襲を許した上に、その前の戦闘ではフロスト本人も危うく命を落とすところであった。


 その時、部下が無線で連絡してくる。


「西側開口部に近付く者あり」


 フロストもセミオートスナイパーライフル《グライフ》のスコープを覗いて確認する。

 ローブを纏った人物が礼拝堂に近付いて行く様子が確認できる。


 彼らもまた邪教徒であろうか。

 いや、その可能性は低い。


 もしそうなら事前にハロルドもしくは影武者の少年から一言あるだろう。

 フロストは部下に命じた。


「予定に無い侵入者だ。撃って構わん」


 フロスとが告げたその瞬間、背後から微かに物音がした。


 何者かが後ろにいる。


 咄嗟にフロストは後ろに向けて《リューグナー18》をぶっ放す。

 だが、侵入者もフロストの銃撃に反応して横に跳ぶ。


「おや、よく気付きましたねぇ」


 その侵入者……黒髪に赤い瞳のアンドロイドが言った。

 彼女は《フックショット》と《パイルバンカーE型》で武装していた。


 バーンズがボレアレで確認したヤツだろうか。

 そのアンドロイドはフロストの外見を嘗め回すように見つめると、にやりと口角を上げる。


「ふふっ、こんなところで会えるとは。海の上ではお世話になりましたねぇ、狙撃手さん。私の事覚えてますか?」


 どうやらこのアンドロイドはフロストに心当たりがあるらしい。

 彼女が顔に浮かべている笑みとは裏腹の殺意めいたものを感じたフロストは、動揺を隠すようにおどけて答えた。


「あいにく、私は忘れっぽい性格でね」



お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月 9日(火) の予定です。


ご期待ください。



※10月 8日  後書きに次話更新日を追加 

※ 6月 9日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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