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アマルコルド -私は忘れない-  作者: 利府 利九
第九章 Lights Of Cydonia
195/327

195.束の間の休息




「大変申し訳ございません。皇帝陛下」


 ノアキス大聖堂にて。

 ハロルドが皇帝リチャードに対して深々と頭を下げる。


 迫撃砲での先制攻撃の後、後方で待機していたハロルドたちであったがそこを冒険者どもに襲撃され屈辱の敗走を強いられる。

 その際に閃光弾を打ち上げたのだが、それを切欠としてリチャード率いるグスタフ隊も撤退したのであった。


 深くこうべを垂れるハロルドに対してリチャードは慈愛に満ちた表情で告げた。


「ハロルド。面を上げよ」

「はっ……」


 そうしてリチャードはハロルドに近寄ると優しく頬に触れた。


「そう気に病むな、我が息子よ。お前は良く頑張った」

「で、ですが……我々が敵の接近を許したばかりに……」

「なあに、戦場では常に予想外の出来事が起こる。伏兵に襲われた程度はお前の失態には入らんさ」

「……」


 そして立ち上がるとリチャードは話を続ける。


「それにな、撤退のタイミングとしては丁度良かったのだ」

「……と仰いますと?」

「実は、恥ずべき話だが余も苦戦していた。敵にも“竜種”がおったのだ」


 リチャードの言葉を聞いて驚くハロルド。


「そいつに傷を負わされたのですか?」

「ああ、赤い竜でな。中々の強敵だ。おそらくグスタフ・バッハシュタインが過去に取り逃がした実験作であろう」


 赤い竜。

 やはりレジーナ・カルヴァートも竜種の力を引き出す事に成功していたらしい。


「勝算はお有りでしょうか?」

「勿論だ。……と言いたいところであるが、おそらく実力は五分五分だろうな」

「では、どうされるのですか? 一旦ザルカに戻って仕切りなおしですか?」

「それは出来ん。折角お前がノアキスを落としてくれたのだ。それなのにここを手放すわけにはいかぬ。もし余がここを手放したのなら、連中はより強固な防衛線を拵えるだろう。そうなったらサイドニア侵攻など夢のまた夢だ」

「では、ここで迎え撃つのですか?」

「ああ。幸いにして周辺の村落から物資は徴発できている。しばらくは兵糧を気にする心配は無い」


 それを聞いてハロルドは思案する。


 本心を言えばリチャードには五分五分の勝負などという博打は避けて欲しかったが、だが彼の言い分にも正当性がある。

 彼の言うとおりここでノアキスを放棄してしまうと、次に取り返す時はより多くの労力を必要とすることだろう。

 それにここで総大将リチャードが退却するとなると、ザルカ軍の士気に重大な影響を与えてしまう。


 そのようなことを黙して思案するハロルドにリチャードが語りかけてくる。


「ハロルド、心配するな。余は負けはせんさ」

「もちろん、私もそう思っております」

「うむ。それに戦うのは余だけではない。忠勇なる我が軍の兵士達も一緒だ」


 先の戦闘では兵士達には大きな損害は出ていない。


 先陣を切っていたリチャードが早々に撤退を指示したため、犠牲は最小限で済んだのであった。

 引き時を見誤らなかったという点では、彼も一流の指揮官であろう。


 そしてリチャードはハロルドの肩にぽんと手を置くと、優しく告げた。


「案ずるな、ハロルド。あの赤い竜さえ仕留めてしまえば後は烏合の衆だ。余の敵ではない」

「はい」

「今はしっかり体を休めてくれ。次の戦いが正念場だ」





-----------------------------






 森での戦闘が終わった後、アルシアの町にて。


 冒険者レジーナは町の酒場に敷かれた茣蓙ござの上に横たわっていた。

 地面にそのまま寝るよりはマシだが、それでも体の節々が痛む。


「町を救った英雄サマを茣蓙に寝かすとは……世知辛えな……」


 ぼそっと独り言を呟いたレジーナに返答してくるものがあった。

 長年の相棒の魔術師コリンだ。


「しょうがないじゃん。ちゃんとしたベッドは負傷者優先なんだから」

「あたしもまったくの健康ってわけじゃねえぞ」


 “竜種”の力を解放して謎の“黒い骨の竜”を退けたレジーナだったが、その直後に反動が来て動けなくなってしまった。

 今はこうして体を休めている。


 そこへ酒場のドアが開き、数名の男が入って来た。


 レジーナの仲間であるイェルド、マルシアル。

 そしてここを指揮しているエセルバード、さらにはドゥルセのギルド長ブライアンだ。


 彼らはレジーナが寝ているところまで歩いてくる。

 レジーナは先頭のエセルバードに話しかけた。


「わざわざご足労どうも、近衛兵長サンよ。悪いが寝たままで応対させてもらうぜ」

「構わないさ」

「で? 何か用かよ」

「うむ、大体の話はお仲間の二人から聞かせてもらったよ。“赤い竜”殿」


 レジーナの事を竜と呼ぶエセルバード。


「へっ、それが何かマズイのか? “人間に化けてる魔物だ!”つってあたしを捕まえるのか?」


 挑戦的な言葉を投げかけるレジーナ。

 対してエセルバードは難しい顔をして返答をよこす。


「或いはお前がサイドニアの兵士達を巻き込んで大暴れでもしたら、そうだったかも知れんな。だが今回はお前のおかげで敵を後退させることに成功した。そんな貴重な戦力を拘束しているほどの余裕は無い……というか拘束できる自信も無い」

「あたしは今、見ての通り弱ってるぜ」

「“フリ”かも知れんだろ?」

「疑り深い野郎だな」

「信じてやりたいのは山々だがな。……と、こんな話をしに来たのでは無かったな」

「じゃあどんな話だよ?」


 レジーナが問いかけると、エセルバードの隣のブライアンが口を開く。


「取引だよ」

「取引だぁ?」

「そう取引だ。今回の戦争が終結したらお前が“人間に害を成さない存在”だと俺らが証明する。だからお前はこっちの軍の人間には被害を出すな」

「お安い御用だ。あたしはザルカに個人的な復讐をしたいだけだからな」

「なら良い。お前が“魔王”リチャードを倒してくれるなら万々歳さ」

「魔王?」


 レジーナの疑問の声にイェルドが答える。


「ザルカの皇帝リチャード・ダーガーについた渾名だ。禍々しい禁忌の術を使っているからな。相応しい名だろう」

「“魔王”ねぇ……」


 レジーナは頷く。


 なるほど。

 “白金”級冒険者たち、通称“勇者”とザルカ皇帝“魔王”の戦いである。

 我らが創造主クルスは案外ベタな物語を想像していたらしい。


 その時、酒場のドアが再び開かれる。

 それと同時に少年の声が聞こえてきた。


 獣人族ライカンスロープの少年ミントだ。


「レジーナ、居るー?」


 起き上がれないレジーナに変わり、マルシアルが呼びかけた。


「こっちだ、ミント」

「ありがと、おじじ」


 ミントがこちらに駆け寄ってくる。


「思ったより元気そうだね、レジーナ」

「ああ、あのくらい屁でもねえ」

「そっか、良かった」

「それよか、ミント」

「んー、何?」

「トムおじさんとリンジーおばさんは元気か?」


 ノアキスでミント達が助けたグレアム夫妻の事を尋ねるレジーナ。

 夫妻は今はサイドニアに居るらしい。


「大丈夫だよ。今はサイドニアでエルマって女の子の面倒を見てるよ」

「そうか、良かった」


 安堵するレジーナ。

 するとレジーナの隣でコリンがミントに尋ねた。


「ねぇ、ミント。ひとりで来たの?」

「まさか! ヘルガとハルと一緒にボレアレを出て、途中サイドニアに寄って若様とイェシカ様を拾ってきたよ」


 イェシカの名を聞いて、イェルドの眉がぴくっと上がる。

 そういえばこの姉弟していはハルマキスの外で会った事はあるのだろうか。


 などとレジーナが思案している横で、コリンが質問を続ける。


「ふうん、そっか。今はどこに?」

「レリアとデズモンド達と話してるよ」


 丁度その時、酒場のドアが再び開いてハル、ヘルガ、ナゼール、レリアにチェルソ。

 そしてデズモンド、ブリットマリー、リオネル、イェシカの皆が入って来た。


 それを見てレジーナが呟く。


「へっ、錚々そうそうたるメンツだな」


 それに同意するミント。


「“決戦の時、来る!!”って感じだね。何かのキャッチコピーみたい」


 その言葉を聞いて身が引き締まる思いのレジーナ。

 ミントの言葉は正しい。


 レジーナが主人公の物語『ナイツオブサイドニア』終幕の時はすぐそこまで迫っていた。




お読み頂きありがとうございます。


次話更新は 10月 6日(土) の予定です。


ご期待ください。



※10月 5日  後書きに次話更新日を追加 ルビミスを修正

※ 6月 8日  一部文章を修正

物語展開に影響はありません。

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